Lv36 手
何とかしねえと。
どう打開する?
逃げる場所が地上の砂丘なら今ごろ俺たちあの虫の腹の中だった。
今は狭い洞窟にぶつかりながら追いかけてくるため、ルナを背負った状態でも何とか逃げ切れている。
しかし。
「あと10秒だ…」
「何が…ちゃか?」
「レベルが1に戻る」
珍しく察しの悪いまんまるチビ。いや、分かった上で認めたくなかったのだろう。俺だって、そうだから。
『可変急成長』でレベルを上げすぎないようにしたとはいえ、持続時間はまだ短い。それに、最大レベルに『急成長』したときと同様、連発はできない。少なくとも2分はかかる。
「つまり、俺はルナを背負えない」
懐の投げナイフを強く握りしめる。震える手に力を籠める。
「レディに言うべきセリフじゃないっちゃね。アタイが代わるっちゃ」
「悪いな、ルナを頼む」
ルナを受け渡すと同時に、レベルが1に戻り、再び走る。
『盗賊成長』のスピードも、レベルによる強化も失われ、俺は1人だけ取り残される…。
「何やってんだお前? ルナを頼むって言ってんだろ」
望月ウサミがペースを落とした。ルナを背負っているからではない。
「あんたもちゃんと生きて帰るっちゃ!」
「頼んでねえよ!」
俺に合わせて全員死んだら意味ねえだろ。
「この仕事を頼んだのはアタイっちゃ! 誰も死なせんっちゃ! っ!?」
突如、飛来した石礫が望月ウサミの右足に強打した。
倒れ込んだ望月は、再び立ちあがろうとするも、
「ぐっ!!」
叶わない。
そしてこの女は、下らない言葉を言うんだ。
「ルナを背負うっちゃ! アタイを置いて逃げるっちゃ! 急ぐっちゃ!」
「でも」
一緒に倒れ込み、立ち上がれないルナの顔。戦意を、…いや意志を失った抜け殻のような顔。無力に満ちた、虚無の目。
「つまんねえ」
踵を返す。
「えっ…、ちょっと、聞こえてるかっちゃ!」
「おい! このイモムシやろう!」
依然としてバカみたいに直進してくる魔物。
「お前、腹減ってんだろ?」
「何をしてるっちゃ! 早くルナを連れて逃げるっちゃ!」
知らねえよ。
どいつもこいつも、ビビったり腹空かせたり。
もっと、なんかこう、ねえのかよ。
「俺は、イージスになる男だ」
「逃げなきゃそれにならないっちゃ!! 早く!!」
懐から投擲具を探る。『盗賊成長』の時に使うはずだった投げナイフ。
それを、俺の『とっておき』に付けて、大口を開けるイモムシ野郎に、
「俺は、お前なんかよりもずっと強い!…強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い!!!!!!」
「も…もうやめるっちゃ」
「だからお前が道を開けろ、この木偶の坊!」
投げつけた。
△△△
アタイは、嘘をついた。
藤井カナト。
アタイの大事なルナの心を弄び、踏みにじり、蔑ろにした最低最悪の男。だからアタイも、ルナが騙されたように、この男を騙してやりたかった。
アタイにイージスの推薦権なんてない。推薦できるのは彼女の親兄弟だけ。
その嘘を嘘とも見抜けずに、愚直に信じる間抜け。少し出し抜いてやろうと、そう思っていた。
なのに。
「うおおおおお!」
こんな状況で、藤井カナトは、そんなアタイの思惑なんて知らずに、アタイのことまで守ろうと…。
「入った! よーし、じっくり味わえや!」
『サンドワーム』の巨躯が、動きを止めて咀嚼した。小さな投げナイフと、小さな球体しか口に入れていないのに、口いっぱいに頬張るように咀嚼がなかなか終わらない。
「望月!」
無謀に突っ込んだ藤井カナトが戻ってきた。
「逃げるぞ、肩貸してやる!」
「何が起こったっちゃ?」
「これだよ」
差し出したのはスライムの核。本来は藤井カナトが『急成長』を使うためにストックしてある道具。
「2つあったから、その1つをあいつに分けてやった。そしたら見ろ」
『サンドワーム』は、まだムシャムシャと、もたもた噛みしめている。
「そんでもう一つ、引っ付けた投げナイフに『急成長』時のエナジーをあらかじめ付与しといたんだ。高レベルの『とっておき』だ。それも口に入れた」
「だからあいつは、あんたのその膨大なエナジーを頑張って食べている…」
「そういうことだ。量と食感。テリヒメの弁当で思いついた。ほら、肩貸せ。逃げるぞ」
差し出された『Lv1』の手。その穢れ無き、手。
ルナもそうだった。
『望月』の家系は『月』の一族の中でも下の立場で、司祭玉様をはじめとする『陽月教』の人間にも邪険にされた。年の近い従兄弟たちに関わるなと言い、アタイたち望月家を遠ざけた。
それでも、あの月光の髪は、あの翡翠色のまなざしは、アタイを一人にしなかった。
『ウサミちゃん、一緒に帰ろう』
『ウサミちゃんと一緒に遊ぶ』
『ウサミちゃん、優しいから大好き』
…。
「おいおい、早くしてくれ。あいつまた動きそうだから。てか、お前何泣いてんだよ? ようやく事の重大さに気づいて怖気づいたとか? 察しがいいくせに反応は鈍いんだなお前」
「うるさいっちゃ、『Lv1』の雑魚」
本当に、この男は。
「1人でもなんとか走れるように処置したっちゃ。あんたはルナを守るっちゃ。傷一つでもつけたら、内臓がつぶれるまで叩き殺すっちゃよ?」
「本当にやりそうだから怖えんだよ、お前は」
そう、ルナはあんたが守るっちゃ。
アタイよりもずっと強い、あんたが。
その時だった。
『サンドワーム』の背後。魔物らしき気配が飛び込んできたのは。
その『蛇』のような、『龍』紛いのような、鱗をまとった人型『Lv47』が、大きく跳躍し、固めた拳を、その『大王砂虫』の頭めがけて、思い切り振りぬき…。
「っ!?」
アタイの大槌なんか比べ物にならないほどの衝撃が走り、『狂暴指定生物』はあっさりと青い粒子と化した。
「デカい声で叫んでるかと思ったら、オレ様の大親友カナトじゃねえかァ!!」
溌溂とした濁声が洞窟に響き渡る。
「イージスかァ…いい夢持ってんじゃねえかァ、カナト! 相変わらず『Lv1』なのは変わりねえけどナァ!」
「お前は…」
△△△
『魔物化』のようなスキルを解除し、元の姿に戻る。
細い瞳孔と黒い逆立った髪が特徴的な荒々しい男。
「誰だっけ?」
「俺だよ俺! Y地区とZ地区の間の『フェンス』で出会った」
ああ、そうだ。テリヒメの大暴投でボールを探したときに出会った。名前は知らんけど確か…
「自分のことを『ドラゴン』だと思ってる変態」
「ざけんなァ!!」
子供のように取り乱す。
「オレ様はァ、マジでドラゴンなんだよ!」
「はいはい、分かったから落ち着けって」
「ようやく分かったカァ、ふん!」
なんでドヤ顔。
「つーかお前、何やってんだよ。レベルも、前からあった時より上がりすぎてるし」
『Lv47』
一番の疑問はそこだった。近くで警戒する望月同様、俺だって、知り合いでなければ敵視していた。
「苦労したぜ。本当は『Lv55』だったのにナァ。あのクソ女の銃弾にやられてから、また1からここまで上げなおしてやったぜ」
この前の夏休みにあったばかりだぞ。『Lv1』だったこいつも、まさか『急成長』のようなスキルを持っているのか?
それとも純粋に、何体もの魔物を殺してレベルを上げまくったのか。
いずれにせよ、不気味だ。
「Y地区のやつらには世話になったナァ。魔物駆除を手伝うついでにメシも食わしてもらって、何とかここまでこれタァ…。で、お前は何やってんだよ親友」
「親友じゃねえし、てか、お前の名前知らねえ」
「名前なんてどうでもいいだろ。オレ様は自分の名前が大嫌いだからナァ。…ウロコってだけなら名乗ってやるよ」
「どこまでも自分勝手な奴だな。調子狂うぜ」
望月がようやく警戒を解く。
「藤井カナト。あんたの味方ってことでいいっかちゃ?」
「うーん、まあ、戦闘になってないし、あっちが勝手に親友呼ばわりしてくるから、少なくとも敵じゃねえ。…ていうか、なんなんだこいつは。こっちが聞きてえよ」
「うーむ。どこかで見たことあるような、ないような…そんな感じっちゃねぇ」
「へん! なんてったってオレ様は『ドラゴン』だからなァ。見覚えくらいはあるだろう。この高尚なオレ様ってやつをナァ」
「やっぱ知らんっちゃ、こんな変態」
「ざけんなァ!」
しばらくそんな生産性のない会話をしていると、『ワイト』の残党が4体現れた。
「今こんな雑魚を殺したところでレベルは上がんねえ。そうだァ、カナト。未だ弱小のお前にくれてやる」
「本当にお前は偉そうだな。まあいいけど」
スライムの核に短剣を刺しこみ、エナジーを散らす。
再び『盗賊成長』。
さっきとは違い、短期決戦型。『急成長』の持続時間を犠牲に、現段階での最高到達点『Lv39』にエナジーを全振り。
「なんだァそれ!?」
「俺も腹減ったし、さっさと帰ろうぜ」
さっきよりもずっと速い速度。イメージ通りの直角移動で、一気にこいつらの急所を瞬足で…仕留める。
ワイト4体全員に致命の一撃を入れたタイミングで、レベルが1に戻った。
やっぱり自分で決めると気持ちがいい。
「こんなの初めて見たぜ! 言うだけのことはあるみてえだナァ!」
『急成長』を最大にしてもお前の方が上なのに、よく言う。
「オレ様もこうしちゃいられねえ…。急成長する親友に負けねえようにしねえとナァ」
「結構マジで腹減ったな。お前も一緒に来るか? 今日はK地区で焼肉。割り勘だけど…って、おい!」
「カナト! また会うときは、オレ様が『ドラゴン』らしさを取り戻す時ダァ!! だからお前も、オレ様のところまでたどり着いて来い!! オレ様たちがオレ様たちのための時代を作るぞ!!!」
『Lv47』の自認『ドラゴン』は、その高レベルらしく高々と跳躍し、洞窟の天井を突き破り、遥か彼方へと消えていった。
本当になんなんだ、あいつは。
△△△
あーあー。
負けちゃったー。
せーっかくあーたしが狂暴にしてやったのにー。
「ねーえー。あーんたのペット死んじゃったよー。今どーんな気持ちー?」
「あれは我の同志だ。次にそのような呼称をすれば、殺す」
「はーいはーい」
毛むくじゃらのおっさん、『レオ』がそのふーさふーさの顔から涙を流す。
「なーんで泣いてんのー? ボスに叱られるからー?」
「断じて違う! あの男などどうでもいいのだ!!」
相変わらずむーさくるしいやつー。
「『序列・弐』のくーせに、ピーピー泣いちゃて、だっさー」
「黙れ!『序列・玖』! 『下位六配下』の分際で! 貴様の粉がもう少し正しく作用していれば、こんなことにはならなかったのだ!! 不覚! 一生の不覚!!! 『サンドワーム』よ! ああ、願わくば、このK地区の大地で安らかに眠ってくれたまえ!!」
「めーんどくせー」
獣さんだーけど、いちおー理性はあるみたいで、あーたしを殺そうとはしないおっさん。
「悲しみなんて感情をもーってるから悲しいんだよー。いーっそ捨てちゃえばいいのにー」
ごーこくする『半獣王』があーたしを睨むけど、なーんだかーんだで、やーっぱり優しいからあーたしを無視して転移石を砕いたー。
「でーもまーあ、しゅーかくはあーったんじゃなーい」
ボスが去年の暮れに拾ーってきたあーの蛇ちゃんの動向もはーくできたし。
たーのしみだなー。
『ウェイト』が元気になーったら、みーんなでそーこーげきー。
きっとめーちゃくちゃーになるんだろーなー。
あの湿地帯とはー比べ物にならないくらいにー。
「あー、ほーんと、たーのーしーみー」
夜空にぷかーと浮かぶお月さまーを見ながら、あーたしの身体がぽーかぽか、温まってきたー。
焼肉の打ち上げは、望月ウサミのおごりです。
ウサミの家は、月の家系の傍系なので、お金持ちです。
「おい、藤井カナト、少しは遠慮するっちゃ」
「うっせえ。他人の金で食う肉が一番うめんだよ。おねーさん! 特上カルビ3人前!」
「お前、あとで覚えてろっちゃ」




