Lv34 左右
授業が始まる2時間前。
「カナトは、あと3周追加な」
肺が破れそうになる。鳴りすぎる鼓動は、やめてくれと訴えるも、この鬼畜は無慈悲にも応えてくれない。
「飽田、はぁ、てめっ」
「ペース上げないと喰われるぞ〜」
遠征の襲撃依頼、生徒会並びに各チームは、更なる襲撃に備え、合同の強化訓練を始めたのだが…。
「てめえこの…加減を知りやがれ!!」
背後から猪突猛進で迫り来るラージブル『Lv5』の群れ。『Lv1』の俺を食い物認定し、死に物狂いで追いかけてくる。
この訓練の教官は、各チームリーダーと生徒会の役員。
そして、飽田ヨウジ。
スキル『エンハンス』により訓練用の魔物を強化し、戦闘を鍛えるための要員。加えて、(俺には分からないが)頭がいいらしいから集団戦術の指南役に任命されてわけだ。
「ほらほら、喰われろ~」
「なんで願ってんだよチクショウ!!」
魔物どもからどうにか逃げ切った。
△△△
ああ、腹減った。
昼休みになっても、魔物と追いかけっこしたり、筋トレばっかりさせられたせいで、体中が鉛のように重たい。他のやつらは魔物の集団討伐訓練やってる中で、俺だけ肉体強化訓練をやらされた。
「あのくそ飽田の野郎…」
俺の『急成長』を完全に使いこなすために必要だとかヌかしておいて、本当のところただ単純に俺の心身を虐待したいだけだろ。
思い出すだけでもむかっ腹立つぜ。
こうしてダラダラとしているわけにもいかない。売店で何かを食べなければ。昼休みが始まって10分は経っているころだ。まともな品は売り切れているだろう。
立ち上がったのと同時に、やけに教室の中がざわざわと落ち着きがないことに気づいた。
こいつらがモブキャラみたいに騒がしいのはいつものことなのだが、今回は統率の取れた魔物の群れのように、2つの存在に対してひそひそと小声を生んでいる。その群れはなぜか、俺と、俺の真向かいを交互に見やり…
「か、カナト」
蒼穹の瞳をパチパチと瞬かせ、チラチラと俺へ目線を合わせては外すの繰り返し。
「昼ごはん食べた?」
「まだ食ってねえよ。売店でメシでも買いに行く予定だ」
「そ、そうなんだ」
小さなざわめきはどんどん大きくなっていく。「あの人あれだろ?」「『太陽』の」
「2年生の天王寺テリヒメ先輩」「なんで1年の教室、それも藤井のやつに?」「この間のE地区のやつじゃない?」「一緒に拉致られたって言ってたし」「もしかして、付き合ってるとか?」
「え、いや、ちが…!」
黄昏色の髪をぶんぶんと右往左往させるテリヒメ。なんかいろいろとめんどくせえな。
「テリヒメ」
手首をつかんだ。「ふぇえ!?」と間抜けな声を漏らす相手に構ってなんかいられず、その手首を強く握ったまま、
「ちょ…ちょっと!」
外に引っ張っていった。
「何の用だよ」
屋上についたところで、うざってえ騒ぎを生みだした『太陽』を解放してやる。
「いや、その…」
勿体つけてどうしたんだろうか。
「わかったぞ!!」
もしかして、もしかするとだ。
こいつの家の人間が俺のことを認めて、俺に大層な任務を与えようとしているのか?
だってそうだ。俺、あの黒いローブの撃退に一躍大貢献したわけだし、それなりに評価も上がってたりして!
「その、ね」
「なんだよ、ほら、言ってみろよ。俺はテリヒメちゃんの新生ファン1号として、一字一句聞き逃さないぜ?」
「なんか急にニヤニヤするのやめてよね…、でね」
もじもじと勿体つける。あまりにも重大な任務ゆえに、周りのやつらに聞かれないように配慮をしているのか?
「実は、カナトのために…」
「俺のために…! 何でも果たしてやるぜ、来いよ!」
胸の奥の心の臓が躍動を始める。更なる飛躍に向けて、体中のエナジーがみなぎる。
そして、その無駄に整った唇が動き出した。
その口は、俺の今後の運命を左右する。
「お弁当、作ってきた」
「…はあ?」
「お弁当…」
「なんだって?」
「だから、お弁当を作ってきたのっ!」
左右なんて、しなかった。
しゅーん、と空気が抜ける風船のように抜けていく躍動。凡人でも実現できるであろう現実的な現実。
「カナト、筋力トレーニングでハードワークだから、栄養のあるものを作ったほうがいいかなって…」
手に持った大きな弁当箱。1人で食べるには少し多い量の弁当箱。
「なんだよそれ、がっ…」
がっかりさせんなよ。
そう言いかけた寸前の出来事だった。
「…なんでお前、泣いてんだ?」
「い、いや、…何でもない」
本当に泣き虫だ。太陽が主役のように鎮座する快晴の下、こっちの『太陽』はボロボロと大粒の雨を降らす。頬を伝うそれらを拭うことなく、ずるずると洟をすする。
「カナトのおかげで、私は立ち直れたから」
何でもないって言ってる割には、聞いてほしそうに相手の反応を待つ。
「それがすごく嬉しくて。だから私、カナトのために、こんな些細なことでも力になりたいって、思って」
「…」
「がっかりさせたならごめんね」
「そんなことは一ミリも思ってねえ」
急に図星を差すな。
「開けろよ」
対する俺は、指をさす。その、ピンクを基調とした色味にかわいらしいウサギのキャラクターがプリントされた風呂敷。
促されたテリヒメは風呂敷を外し、豪奢な黒い弁当箱を開ける。
渡された箸を手に取り、俺はさっそく、玉子焼きを口に運んだ。
「うめえ」
食感、味付け、色味、風味。どれも最高だった。
でもそれらを全て伝えるのは少し痒い感じがして嫌だから「うめえ」とだけ伝えた。
それだけなのに、こいつときたら…。
「よかった、あんたがバカ舌じゃなくて」
命を助けてもらったみたいに、大げさに笑顔を作った。
△△△
テリヒメが教室に乗り込んできてから1週間が経つ。
放課後。
俺は、学内3チームが使える校舎『チームギルド』の門の前で待っていた。
『イエロースパーク』の『フロア』で待っていてもよかったが、あの先輩らは絶対に俺を茶化すに決まっている。だからこそ、大事な言葉は2人っきりの時に伝えたい。
歩いてきた。
ある程度の距離で、護衛の大人らしき人物が『彼女』に頭を下げ、歩いてきた道を引き返していく。
残った『彼女』が1人でこちらを歩いてくる。小さな彼女がどんどん大きくなってくる。
人と人とが会話をする距離で、止まった。
月明かりのように明るい髪が黄昏に照らされてよく見える代わりに、伏せられた翡翠の双眸は隠される。
「水無月」
逃げも隠れもするわけにはいかなかった。
「疲れてるのに立ち止まらせたな、ごめん」
まず最初に謝るべきこと。『祈祷』と長旅で疲れているだろうに、部屋へ直帰させられなくて時間を取らせたことを深く謝る。
それからもう一つ。
「それから、ごめん!」
しなければいけない謝罪。
「俺はお前の手を振り払った。お前がどんな思いで差し出してくれたかなんて知らずに…知ろうともしないで、俺は俺のくだらねえプライドのために、お前の厚意を蔑ろにした。ごめん」
反応がない。水無月ルナの小さな体は微動だにしない。
言葉を続ける。続けなければ沈黙で身体が消滅するような恐怖がせりあがってくるから。
「お前の前で、お前の兄貴を侮辱したことも、謝る。偉そうな口をたたいて悪かった」
届かない。
近いのに、夕闇に浮かぶ白い月のように遠い。
ずっと、このままなのか。
嫌だ。
「私の方こそ」
『月』が、俺を見た。
「ごめんなさい」
今日、初めて、俺を見てくれた。
「兄様との衝突を止められなくて。もっと私が、『月』として精進していれば2人を止められた。私の責任です」
こいつは本当に、優しすぎる。
やめろ。
その優しさに、甘えてしまう。俺という人間が堕落してしまいそうになるくらいに、その『月』は、無垢で光り輝く。
「な、なあ!」
だからこそ、俺はもっとこいつと…水無月ルナと仲良くなりたい。
もう弾かない。その透き通るように滑らかな手を。
「今度、もし、お前がよかったら、一緒に訓練でもしないか? …ルナ」
言ってしまった。
闘いに消極的な奴にいうセリフじゃないよな。
呼んでしまった。
あれだけ最低なことをしたくせに、『ルナ』なんて気安く呼んでしまった。
「え」と小さく息を漏らす水無月。気持ち悪かったか、不信感を抱かせたか、恐怖を感じさせたか。
くそ。
鎮まれよ、心臓。
相手は不快に…なっていなかった。
「はい! もちろんです! …カナトくん!」
子供のような顔が動いた。頬を紅潮させ、無邪気に笑った。
それに呼応してか、なぜだか俺も、きっと同じような顔になっているような気がして…。
風が、夏の匂いを運んでくる。その静かなそよ風の中、俺もルナも、特に言葉を交わさなかった。
でも、その沈黙は不思議と苦しくはなくて、むしろ心地の良いものだった。
…。
「見つけたぞこの…」
声が割り込んだ。
いや、それとともにドタバタと至極騒がしい足音が響いた。
振り向くと同時に、
「クソ虫がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
横から現れた小さな女が、俺の腹に思い切り体当たりしてきた。
「ぐえあっ!!!??」
しばらく何回か転がり、腹と身体中に激痛を伴いながら、急襲した相手を見やる。
『Lv8』の、頬がぷっくりとした全体的に丸い女。
「お…お前は…黒いローブのやつらの関係…?」
「なあに言ってるか意味わからん! アタイはルナを傷つける奴の敵っちゃ!!」
ふくよかな頬をさらに膨らませ、太い眉を吊り上げた。
「か、カナトくん!」
慌ててルナが駆け付け、治癒の光を当ててくれたが…。
「そんなクソ虫に掛ける月光はないっちゃ」
急に現れて何なんだこいつは!
「ウサミちゃん違うの! この人は…」
「藤井カナト。あんたのことは知ってるっちゃ。ルナの心を弄び、オボロにいを貶し、挙句の果てに『太陽』の家の娘さんにもちょっかい出しとるっちゅう。悪名高い魔物っちゃ!」
背中に下げた1メートル半の大槌を手に持ち、真上に掲げる。小さな背丈からは想像もつかないパワー。
「ふ、ふざけんな! いろいろ誤解だ! あの仮面野郎はけなしたけども! つーかおめえ急に表れて、誰だよ!?」
「アタイは」
大槌が、俺に狙いを定める。
「そこにいる親友、水無月ルナの遠い親戚、望月ウサミ! そもそも、あんたは今から地獄に落ちるんやけん、名乗る必要は無いっちゃ!! でぇーーーーい!!!」
「や、やめ…ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」
その大きな鈍器が、ギロチンのごとく振り下ろされた。
※補足
『チームギルド』
学内3チームが使える校舎。7階建て。各チームに『フロア』が与えられている。
利用権は、1~4F『ブルーローズ』。5~6F『レッドフレーム』。7F『イエロースパーク』。
轟ヒビキ「つーかなんで俺らだけ一階分しかねえんだよ。ぶち殺すぞ」
鍵カケル「君たちは8人しかいないから仕方ないだろ? 胸倉掴まないでよ…」




