Lv33 暴れる心臓
インターンシップが終わった。
私はこの2日間、参加しなかった。選ばれなかった。その事実に安心している自分がいた。
「…兄様」
寝息を立てる兄に向けた声は、もちろん届かない。ただ、目覚めていようと私の声など届きもしないだろうが。
病室の窓の奥。
夜空に仰々しく浮かぶ三日月。いくら手を伸ばそうが届かない光。他を魅了し、圧倒する大きな光。
私が、持っていい物じゃなかった。
闘いたくなんかなかった。
遠征の時だって、震えて何もできなかった。私が動けていたなら、誰も傷付かずに済んだ。分かってるのに、何もしなかった。
自分だけを、最優先に可愛がってしまった。
『頼れよ』
藤井君の声が聞こえる。怖くて何もできなかった私を励ましてくれた言葉が、今は無力な私の胸中に爪を立てる。
頼ってばっかりの私。
『貴方は聡明な存在。臆病がなんです?』
昨日、兄様のお見舞いに来た司祭玉様は私に行った。
『この成り損ないの『月光』と、『太陽』の愚図とは違い、貴女はご自身の価値をよく分かっていらっしゃる。なにせ貴女の『月』は、1000年前の生き写しのように眩いのですから』
そう言って、女性のように長髪で美形ながらも骨ばった男性的な手は、私の髪を絡め取るように頬を撫でた。
そのまま耳元に顔を近づけ、囁いた。
『10月31日…E地区で行われる『抗魔大祭』が待ち遠しいばかりです。麗しき花嫁と唇を交わすことのみを考えております。
くすぐったく、不快な甘美。
『輝かしき『抗魔大祭』の夜に、私と一生を遂げる『誓い』を交わす。…本当にそれでよいのですね? ルナ様』
兄、そして姉妹のように慕う彼女への侮辱に歯向かうことなく、場違いに上がる体温。
何もできない私はされるがままに、彼が敷いた『正しい』道へと進んでいくことを選んだ。
『はい。喜んでお受けいたします』
これでいい。
せめて、誰かを幸せにしなければいけない。
私は、『月』なのだから。
△△△
9月。
2学期。
生徒会とチームリーダーによる定例会。
「ってことがあってね…はあ、すごく疲れたよ、まじで」
思い出すだけでもさっき食べたサンドイッチが胃から逆流しそうだ。
「ご苦労様ね。カケルも大活躍だったそうじゃない?」
「そんなことないよ。あの場に必要だったのはオボロくん、そして君だよ大城副会長」
「あら、相変わらずお利口なコね。土のドームへの『アンロック』が間に合わなかったら…加減を知らないエンジのせいでみんな爆死してたわよ?」
「君らなら使用者を瞬殺してドームを解除できただろ」
「ふふ、どうかしら」
オボロくんといい彼女といい、僕のことを少し買い被り過ぎだ。僕のスキルだって万能ではない。あの時だって土ではなく影の方に閉じ込められてたら『アンロック』の範囲指定に2時間はかかっていただろう。
「影のやつは討伐、土の巨漢は役所で身柄を拘束。戦闘状況。負傷者等。それらは分かった」
包帯ぐるぐる巻き、文字通り満身創痍のオボロくんが初めて口を開いた。
嫌な予感がする。
「その、土のドーム内で盾と短剣でスキルの発動時間を稼いだ、時間稼ぎの功労者とは誰のことだ?」
「えっと、それはその…」
刺すような目つき。こちらの胃腸にかなりくるからやめてほしい。
ええい!
言ってしまえ!
「い、一年の、藤井カナト。『Lv1』の問題児」
「…そうか」
「え、それだけ!?」
「それだけだが」
言葉では『そうか』だけで済ませた学校最強の男。
仮面を付けられない素顔は、街中のピエロを見つけたかのように、フッ、と小さく笑った。
△△△
「じゃあお前ら、2人1組でペアを組め」
2学期の模擬戦闘。
1学期とは違い、俺は迷わず水無月ルナを探す。
小柄で、月明かりのように輝く金色の髪。エメラルドのような翡翠の双眸。
「おーい、みなづ…」
そうだ。
俺はあいつのこと。
あいつの好意を、踏みにじった。
謝らなきゃ。
第一声は先回りして謝罪だ。
「ああ、それから、水無月のことだが」
教師が俺の目的を瞬時に察知するように言った。
「水無月はE地区で開催される『抗魔大祭』、そのひと月前に行われる『退魔祭』で公欠だ」
…そうなのか。
謝る機会がどんどん遠のいていく。
そして今。
俺は窮地に立たされている。
水無月以外にペアなんて組んでくれない!
このままだと、俺は授業に参加できなくて落第の危機!
つーか、水無月は俺を避けるために公欠取ったんじゃ…。インターンシップもいなかったし。まさか、水無月のやつ、俺のことをマジで嫌ってるのか。
「カナト」
「っ!?」
正面に立ち、そよ風のようにふわりと、それでいて嵐のように毅然とした出立ちで現れたのは、幼馴染の嵐ミツキ。
「付き合ってよ」
「は、はぁ!? ちょ、ちょっと待て、心の準備が…」
暴れる心臓。蠢く血管。
「ああ、ごめん。単刀直入すぎた。私の新しい戦闘スタイルに付き合ってって話」
「ああ、そっちか」
体温が冷めていく。い、いや、別に普通だ!
…でも。
「なんで俺なんだよ」
聞きたくないことを聞かざるを得ない。
「リョウが、いるだろ?」
反応を待つ。わざとか無自覚か、「知りたい?」と焦らしてくる。苦しいから、やめてくれ。早く答えてくれ。
「カナトに興味持ったから」
「え?」
「ちょこーっとだけね」
「それ言わなくて良くないか」
落胆する俺を、去り行く風のようにせせら笑う。艶やかな黒髪が日の光に輝く。ふわりと、花のような匂いが鼻腔を掠める。
「カナトの新しい戦闘スタイル、参考にしたいからさ。無理ならいいんだけど」
「行く。…行きたい!」
まるで、今のこの景色は夢なんじゃないかと、疑ってしまう。
「よしきた! それじゃあ早速、レッツラゴーよ!」
せっかちでお節介な幼馴染が、旋風のごとく前を走って行った。
第三章 太陽とメスガキと夏休み
—完―
遠征から成長したカナト。
イージス目指して突っ走る。
これからは、仲間と共に。




