Lv.29 算段
インターンシップ2日目。
「ホンマ、単純やなぁ」
紫髪の男が、ヘラヘラと笑い、人馬が一体化した魔物3体をまとめて消滅させる。
「おっ、レベルアップ」
頭上の『Lv26』が『Lv27』へと変わる。
「ん? なに?」
私の視線に気づいたF地区3年・西宮コンジが訝し気に…いや、私の視線の意味を察して楽しんでいる。
「いえ、何も」
相手の神経を逆撫でするような態度から、私は目を逸らすことにした。
極力相手にしない。そう思っていたのに。
「風のお嬢ちゃん、そこ、危ないで?」
僅かに感じた空気の淀み。目の前に現れた魔物。レベルの表示すらも消した、爬虫類型の魔物の急襲に反応できなかった。
しかし、西宮が仕掛けた『罠』が作動。白い札から凝縮したエナジーが一気に爆発し、
「ほらなあ。魔物も人間も同じや。弱い相手に牙を向ける」
魔物が爆散し、経験値の粒子と化した。
「くっ…」
かなりの実力者だった。
西宮コンジ。F地区中学の生徒会長。スキル『罠師』と、地区の中でも大人顔負けの戦闘IQを駆使し、広範囲の戦闘を掌握する策士。
「社会科見学に来たんなら今すぐ荷物まとめて帰りぃや。美人が取り柄の1年はん」
1日目。
私だけが、魔物をろくに討伐できなかった。
それはすべて、類似した戦闘スタイルの彼に、横からすべて奪われるからだ。
「コンジ、いい加減にするかの」
「冗談でゆうとるだけやし。ヨウコが助けてやればええやろ。俺の努力を軽々と越える余裕があるんやから」
「そういう問題じゃないかの。…すまん、ミツキ」
「いえ、ヨウコさんは悪くないです」
そう。
これは自分の問題だ。
ここで終わる私じゃないんだから。
感情に乱されるな。風向きは、常に勝利へと持って行け。
この戦況を、私が変える。
決意に身を固め、魔物を奪われながらも必死に食らいつくこと約30分。
気付けば空は、ビルの影に覆われたように真っ黒に染まっていた。
「…なんや」
「強い魔物かの。みんな、いったん撤退するか…の?」
残り2人の班員と私たちの間にできた、薄暗い、言うなれば『影の壁』。
「キシャシャシャシャシャシャ!」
聞き覚えのない声に振り返ると、その、魔物のような金切り声を出したのは、紛れもなく、人だった。
そんなことはどうでもいいのかもしれない。
着目したのは、その相手が纏っているもの。
「黒い、ローブ」
忘れるわけもない。
数日前、私たちを襲ったローブ。それと同じものを纏っている。
「キシャシャシャシャ!! チェーンのやつが言ってた風の小娘と、『妖狐』の小娘。ビンゴだ! なあ、マッド」
「うおおおおおおお!!!!! 違う!!! 違うじゃないか!!! テリヒメちゃぁぁぁぁぁん!!!!! 騙したんだね『シャドウ』!!! 後で潰してやる!!!!」
「キシャシャシャ、騙される方が悪いんだよバーカ。お前は新聞読まねえからな。キシャシャシャ」
巨漢の方は知っている。しかし、やせ細った歯茎の大きい男は知らない。…何人いるの。どれだけの規模なの。…計り知れない。
「次は何が狙いかの。あの1年坊も『月』も、ここにはいないかの」
「なんやなんや。噂のテロリストはん?」
「キシャシャシャ、それに…」
細い男は先輩の声を無視し、遠くを眺める。あそこも範囲内だ。
「氷の男に、…面白そうなやつ。キシャシャシャ」
「リョウ!」
「ミツキ…!」
やや遠方。リョウの班が見える。陰に入ってしまったのは、リョウと、イエロースパークの上杉ユウト。影の外に、鍵先輩たち。
「キシャシャシャ!! ボスの言ってた通りのラインナップ! 紫髪のヤツを入れたのは想定外だか、まあいい。皆殺しだ」
先制攻撃に手を構える。
そこに、
「ほざいてろ」
リョウが氷剣を振るうが、顕現した影の大鎌に塞がれる。
「キシャシャシャ、単調単調! そんなもんで俺らは止まんねえよ、ガキ!」
「なめんなよ、気色の悪いおっさん」
「っ!?」
距離を取ったリョウが手をかざすと、細身の男と巨漢の周囲に無数の氷の矢が顕現する。
エナジーの出し過ぎだ。
でも、包囲した。リョウの高硬度の氷から放たれる一つ一つの矢なら、無傷では済まない。損傷次第では、私も追い打ちをかける。手に持ったレイピアに風のエナジーを流し込む。
「終われよ。てめえの存在をよく分かってもらえないまま」
「キシャぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
凄まじい速度で衝突する氷塊の豪雨。並の人間なら、全身が穴開きになるだろう。
でも。
「キシャシャシャシャ。なあんてな!!」
彼らは無傷で済んだ。
回避の素振りはなかった。
「隣のデカいのは単純な防御力で、…キシャシャ、俺には固形は効かねえ」
さっきまで真正面にいた敵の声は、いつの間にか真後ろに聞こえていて…。
「…ミツキ!!!」
え。
エナジーの欠乏で何とか声を上げているようなリョウが、私の名前を呼ぶ。
その声が、途中で遠くなる。
声だけじゃない。周りの音だって。
薄暗い視界は、もっと暗くなっていて。
息苦しい。
まるで、水の中に入ったような。
反射的に、全身と周囲に風を通わせる。
半径1メートルくらいか。私の放つ風が、薄暗い壁にぶつかる。
閉じ込められたことに、すぐさま気付いた。
△△△
「『影檻』」
キシャシャシャ!
俺とは一番相性の悪そうな女を捕まえた。
「この中に引き入れた奴は…キシャシャシャシャ」
氷のガキが、俺の影檻に斬りかかるが、無駄だ。
「俺のエナジーを高密度に濃縮した檻。外からも内からも、バケモンみたいなエナジーの衝撃じゃないと破れない。それこそ、貴様らの生徒会長や、裏切り者の蛇野郎みたいな、なあ」
説明しながら。ああ、やっぱり俺は有能だと確信する。
組織の『序列・伍』。上位六配下の1人として、俺は弱者どもを弄んでいる。
コンフュやウェイト、
「うう、テリヒメちゃん、どこだよぉぉぉ…、また僕を騙したんだね」
ここで泣きべそ掻くマッドみてえな下位とは一味違う。
このままボスの命令通り、ここでこいつらを残虐し、藤井カナトの精神を粉々にする。そうすれば、欠番の『序列・惨』に入れてもらえるだろうな。キシャシャシャシャ。
「アタチをお忘れかの」
「無駄だ、『妖狐』の小娘。お前の異質な炎も所詮は低火力。命への殺傷力は高いが、…ほら、無生物には微弱だ。キシャシャシャシャ」
俺の影の前では、そんな耳と紫炎はお飾り。
「お手上げや、クソたれ」
紫髪のガキは、察しがいい。それに、あの美形のガキも。
「滝本君、今は…」
「ああ?」
美形のガキが氷の少年をたしなめるが、逆効果。氷のガキに再び荒々しい冷気が纏う。
「なに諦めてんだ? 勝手に下るな。先輩もそうだが、てめえも。味方を敵のいいように掴まれて、てめえは犬公みてえに尻尾振るのか? がっかりだぜ。荒くれ集団のイエロースパークのくせに、気の小さいビビりかよ」
「違うよ」
美形のガキが二刀の短剣を逆手に構える。
キシャシャシャシャ。いいぞ。このまま、仲間割れをするがいい。
「ちょっとだけ大人しくしてもらえるかな、滝本リョウ君」
「今なんつった?」
「試したいことがあるんだ」
「っ…!!?」
氷の少年は、仲間を見失った。…いや、俺たちもだ!!
いない。
さっきまで殺意を纏った美形のガキが、瞬き1つで消えた。
…。
「マッド!!」
「うがっ!?」
マッドは、防御においては機敏に反応する巨漢。組織一の防御力を誇る。
が。
「っはは!!」
聞こえたのは、悪魔的めいた嬌声。
見えたのは、音速でマッドの懐に届いた双剣。
浅い傷も残らない、軽い斬撃。しかし、それは、電光石火のごとく。
「ほらほら」
「うっ! うがらぁ!!!」
土塊で作った槌を振り回し、地面を軟化させるマッドの攻撃を、全て躱しながら、マッドの巨躯にまとわりつくような残像たちが、ミキサーのように全身を切り刻む。
止まない…。
「影枷!!」
「遅いよ」
影の拘束具を高速で飛ばす技も、まるで亀の歩みのごとき扱いを受け、躱される。
なんて速さだ。あのガキ。
目で追えねえ!
下手したら、パニッシュより…。
「うがっ!!」
「よし、クリーンヒットだね」
最後の一撃は、その素早い足による、顎への殴打。さすがのマッドにも、わずかにダメージが入る。
蹴った勢いで、一気に氷の少年のもとへと戻る。
「上杉、お前」
「今のでいろいろ分かったよ」
美形のガキは、その誠実そのものの目を、悪魔のようにゆがめて笑った。
「まず第一に、あのおデブさんは本気を出せない。目的の人がいなかったのかな、だから防御の反応もスキルの質も悪い。
第二に、相手さん方は結成したばかりか、知り合ったばかりなのか、とりあえず連携に難があるようだった。その証拠に、影のおじさんの援護が遅れた。
そして、最後」
その美形の悪魔は、俺を見た。
「嵐さんを捕らえた影の檻。影のおじさんも外からじゃ攻撃ができないんじゃないかな。だから捉えた彼女を人質にしようとする素振りがない。…開けるにはスキルの解除が必要。もしくは」
刹那。
双刃は、影となった俺の首を通過していた。
「使用者を殺して強制解除」
死を感じた。
焦るな、今の俺は影だぞ。肉体を切られたわけじゃない。
「やっぱりダメっぽいね、固形の攻撃は。次は人力で風圧でも起こしてみようかな」
視界の隅。紫の炎の弾丸を間一髪避ける。
「小癪なやつかの」
くっ、この小娘。こっちの焦りを目ざとく狙ってきやがった。
『妖狐』の炎。
当然だが、本体である俺は命として判定される。低火力で影檻は壊せないものの、俺の肉体に紫炎がかすりでもすれば、確実に俺のすべてを蝕むだろう。
…。
き、キシャシャシャシャ。
それがどうした。
こいつら全員を包囲した『影壁』。外部からよっぽど強いエナジー出力か、圧力の強い気体、液体、そして、世にも珍しい『光属性』を当てない限りは破壊されない。
外部のやつらはその仕組みを理解して、該当する人材を呼ぶのにどれだけ時間がかかるか…。キシャシャシャシャ!
更には『影檻』…小さく圧縮した影の檻に閉じ込めた風の娘。
濃縮したエナジーの中、満足に空気の交換できない球体の中。
息苦しさに悶える。
結局のところ、素早く俺を殺せなければ、死人が1人は出る計算。魔物でも分かる簡単な引き算。
襲撃は一度きりではない。何度でも奇襲し、同じように閉じ込め、確実に殺して帰還する。それを繰り返せばいいだけの話なのだ。
さあ、焦れ。
「ミツ…キ…」
ほら、顔を地面に向け、息を切らした氷の少年は今にも…
「キシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ!!!」
このまま、閉じ込めたまま、大事な人間の死を見届けるがいい!
この、見たくないものだけが見える、不完全な闇の中で…
…
闇の中で…?
「シャぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」
どうしてだ!!!
影が、粉々に破壊されていく。
世界が、光り輝いている。
その光から、現れたのは。
「よっしゃぁぁぁぁぁ!!!! ドンピシャ!!!!! 一気に突っ込むぜ!! テリヒメェ!!!」
「ちょっ、ちょっとカナト! 勝手に突っ走らないでよ!!!」
まるで、中学生のような無邪気さを体現したような愉快が、俺の描いた算段を台無しにしてくれた。
影に差し込んだ聖なる炎。
テロリストにどう立ち向かうか。




