Lv25 テリヒメ
「あれあれ、もう終わり?」
夕陽の差し込む武道場。
5日目のチャンスが終わろうとする。
俺は今日も、Z地区から出られない。
「歯ごたえ無くなって来ちゃったな~」
またしても一撃すら入れられなかった俺は、その場に座り込み、やられるがままにメスガキに忍耐力のなさを卑下される。
「るっせえよ」
言葉を選べない。
脱力感。
違う。
無力感だ。
一昨日、弱弱しいと思っていた女がキレ散らかして、俺の頬を散々ぶちやがった。2発目を喰らわされた時から、このメスガキの約束を放棄してでも、俺の尊厳を守ろうと、やり返そうとしたが。
なんだよ、あの威力は。
俺と同じ『Lv1』になってるくせに。普通の強化系のスキルじゃそこまでの強さは得られない。
マジであいつは、『太陽のエレメント』だった。…1000年に一度の逸材。1000年前の、初代イージスの妃と同じ、一度は滅んだ人類の再建に必要不可欠だったと云われる存在。そんな人間と同じスキルを、あいつが。
「…クソッ」
どうあがいても、俺は弱いままなのかよ。
リョウもミツキも、あの仮面野郎も、俺にない才能でこの俺のことを…。
モチベーションもクソもない俺に、空気の読めないメスガキの声が落ちる。
「おっ、あれは…ねえねえ、もう一回やらない?」
「…やんねえって言ってんだろ」
こいつだってそうだ。
俺のことを弱者扱いして、てめえは上から弄ぶように俺の尊厳を破壊する。
分かってんだよ。
俺が、弱いってことくらい…。
「やんねえと帰してくんねえんだろチクショウ!!」
もうやけくそだ。
壁に掛かった武器…木剣を選び取り、どうあがいても届かない身体に殺意を振るう。
避けられた。
ああ、そうだよ。当たらないんだよ。こんなに必死こいて剣を振っても、まるで俺の今までの努力を否定するみたいに、軽々と避けるんだ、こいつは。
「やっぱり、重心、丸見えだよ」
そして、俺の手首や胸倉を掴んで、真正面に引き落とすんだ。俺の立ち姿から重心を読み取る。後ろに身体を引けば、そのままこいつは両脚で俺の胸に踏み乗り、そのまま俺の背中を地面へと突き落とす。
そうやって、俺は何度も、何度も何度も、違う体勢から、同じ相手から、見下されて…
「もう一本やろうよ」
「…」
のろのろと立ち上がる俺を嘲笑うように直進してくるメスガキ。
もう無理だ。
胸倉に、その小さな手が届きそうになる。
ああ、次は掴まれて前に引っ張られる。この負け方も何度も経験した。
反応できているのに、こいつの手は俺の反応をたやすく超える。
「しゃがめーーーー!!!」
「っ!!」
突如。
急に、声が割り込んだ。
誰の声かと判別する間もなく、刹那、俺は右ひざを床に付けるほど、深々としゃがんだ。
掴まれ、強引に引かれた胸倉。しかし、低くしゃがんだ全身は引きずられない。体勢が崩れない。
「…おっ」
感嘆の息を漏らすメスガキに、一寸の隙なんか与えてやらない。
選べ。
早く、正確に。
こいつの頭部に突き刺さる、避けられない攻撃手段を!
しゃがんだ時に引かれた俺の右腕。そこから繰り出すのは、大きく空気を薙ぐ水平切り…ではなく、手早く仕留めるための、槍のように刀身を突き出す、刺突。
喰らえ!!
…。
向かう木剣の先は、軽々と避けられた。それも、首を少し傾けるだけで、軽々と。
大きく距離を捉えたメスガキは、「すごいすごい!」と手を数回叩いて必要のない賛辞を送ってきた。
「いい突きだったよ、お兄さん! でもまあ、予備動作が見え見えで何してくるか簡単に想像ついたけど」
相変わらずムカつく批評を聞き流す。俺の意識は、別の方向に向いている。
「おい」
「ひっ!」
半開きのドアから見えるオレンジ髪の毛先。
そこの持ち主が、気付かれたことを観念したように目を逸らしながら現れた。
「お、お疲れ」
一昨日の暴力女。
何しに来たんだ。もう一度、俺に何か不運をもたらそうとしたのか。
「また俺に暴行加えに来たのかよ、このアバズレ」
「そんな言い方ないじゃん」
無駄に綺麗な双眸で俺を睨みつける。
流石に今のは余計な言い草だったか…、いや、俺は被害者だ! 当然の態度と言葉遣いだ。…だよな。
「おい、メスガキ。お前が話広げろよ。得意だろ。余計なお喋りは」
「お断りだよん。レイナ、こう見えて空気読める、大人のオンナだから」
「こんな時にめんどくさがってんじゃねえ」
「あのっ!」
暴力女は、オレンジ髪を窓の黄昏でさらに輝かせながら、俺に言った。
「一昨日は、あなたのこと…たくさん叩いて、ごめんなさい!」
そう言うと、深々と、頭を下げた。
心臓が見えない両手で握り締められる感覚だった。
「だからその…、せめてもの償いって言うか。スキルで目を強化して、あなたが勝ちやすくしてあげようって」
「必要…」
ねえんだよ。
そう言いたかったのに、口がうまくひらかない。
クソったれ。
「他人の心配なんてしてる余裕ねえだろ」
こいつだって。
「お前だって、疲れて余裕ねえくせに。いっつも帰ってきたらいびき掻いて寝るくせによ」
「え、ちょっと! それ初耳なんだけど!」
「だからその…」
すらすらと出したい言葉が喉に引っかかる。
「…ありがと、な」
つっかえながら絞り出した言葉をどう捉えられるだろうか。足元から頭の先まで落ち着かなくなるような感覚。
相手の顔を見ると、その相手は、額に冷たい雫を当てられたように目を見開いていた。
「…うん」
こちらと同様、言葉を繋ぐのに必死な様子で、女は会話を紡ぐ。
そして、光り輝く双眸で、その顔は安心したように弱く笑った。
「ありがた迷惑って思われなくてよかった」
「別にそこまで思ってねぇ…」
蒼穹を思わせる瞳に、言葉を失った。
「テリヒメ」
続けて女は俺に伝えた。まるでそれが大切なことであるように、もう一度、「テリヒメ」と伝えた。
「私の名前」
「ああ」
「お前とか、女とかじゃなくて。天王寺テリヒメ。それが私の名前」
これが、俺と『太陽』が、初めて会話らしい会話をした日。
「藤井カナト」
仕方なく、俺も名乗ってやった。
「よろしくね! カナト!」
「いきなり呼び捨てかよ」
距離感掴めねえのかこいつ。
次は不自然な笑みを浮かべ、作ったような抑揚で強引に、ズカズカと物理的にも距離を詰めてきた。
「ああ、…よろしくな、天王寺」
「テリヒメって呼んで! 家名で呼ばれるの大嫌いだから」
その顔は、頬を膨らませて天王寺呼びを全力で拒否する。
「別にいいだろ、天王寺で」
「テリヒメ」
「どうでもいいだろ」
「テリヒメだってば!」
「…」
はあ。
うるせえな。
「…テリヒメ」
「うん! よろしくね! カナト!」
互いの気まずい状況に耐えかねたのか、天王寺テリヒメは、おとといの一件を強引に和解へと持って行った。
「ふぅん。なかなかお似合いだねぇ」
「んだよ」
「べっつにー。面白くなりそうだなって、いろいろと」
黙っていたメスガキは口を開いたかと思えば、ニヤニヤと、きっと余計な妄想を繰り広げていた。




