Lv24 愚図
夏休み。
見せられた新聞を見て、リョウたちは無事だったらしい。あのタコ野郎や雷のガキ以外にも仲間がいて、水無月の兄貴…ヘンテコ仮面が中心になって撃退したとか。あいつもまだ、生きてるらしい。俺の真価を分からせる前に死なれたら困るから、それは幸いだ。
そして…。
A地区の中学では、生徒会や学内チームが、他地区の中学との合同訓練のための準備を始めている。
都内での大規模な戦闘訓練で、実際に都市を襲う高レベルの魔物を討伐するインターンシップを行う。
結果を出したものには役所からの推薦状がもらえる。イージスになるための数少ない道筋の一つだ。
インターンの参加条件は、基本的に推薦方式だけど、希望者は選抜試験を受けて、合格すれば参加できる。
それも、あと2週間とない。
それなのに。
俺はこんなところで…。
「はーい! また私の勝ち! お兄さんってば才能ないんじゃないのぉ?」
レベルも持たないやつらが住まうド田舎…Z地区の小さな武道場で、俺より一つ年下のメスガキに投げられ、背中から地面に叩きつけられる。
「お兄さん、重心がまるで丸見えだから」
もう3回目だ。
「クソッ! もう一回だ! なんかの間違いだ」
「懲りないね。…いいよ、何回でも飛び掛かってくれば? どさくさに紛れて絶賛発育中のレイナにお触りしちゃってもいいんだよ?」
「上等だ! 次はこいつで、お前の頭蓋骨砕いてやる!」
壁にかかった木剣を手に取り、今の今までずっと丸腰のメスガキ向かって、今度こそお得意の水平切りを…
「うおぉ!?」
何でだよ。
何で俺の身体は、宙を舞って、床に叩きつけられている!
「いってえ!!」
「はいまた私の勝ちぃ~。弱すぎでしょ。ざぁこざぁこ」
「んのやろ~!! 分からせてやる! 分からせてやるぅ!!」
こいつに一撃を入れられなくて3日が経つ。
「ほらほら、私に一発喰らわせないと、いつまで経っても家に帰さないよ~」
こいつとの約束。俺がこいつの頭部に一発でも攻撃を当てられれば、身柄をA地区まで送ってくれる。
『急成長』があれば、こんな『Lv0』なんかに負けない…。
いや。
レベルなんて無くても、こんな華奢なメスガキに負けてたまるかよ!
「うおおお!!!」
「はい、またまた私の勝ち」
「だーーーーーもう!! チクショウ!!!!」
頭部どころか、攻撃がかすりもしねえ!
ちょこまかしやがって…。
△△△
今から3日前。
「はいはい、歩いて~、人質さんたち~」
足の拘束を解かれた俺たちは、バスの外へと歩かされた。
眼前に広がる青々と光り輝く海は、見るだけで気分が高揚するもののはずだが、置かれている状況が状況だから、素直に感動はできない。
「つーか、なんでこの女だけ仰々しい首輪付けてんだよ」
俺には無い拘束具。黒を基調としていて、エナジーと同じ青白い色の脈が枝分かれしたような道具。
「このお姉さんは強いから、『異能抑制装置』で力を抑えてないと。『Lv1』に弱体化させるだけじゃ抑えられないもん」
バツが悪そうに目線を下に向けるオレンジ髪の女。瞳は海と同じ青色をしているくせに、暗くて気持ち悪い女だ。
「お兄さんは弱いから付けなくても私一人で抑えられるよ。お兄さんはクソ弱いからね」
「てめえ覚えてろよ」
クソったれ。
何となくわかってたよ。
そして、連れて行かれたのは、海水浴場らしき場所に隣接した、温泉旅館のような外観の宿泊施設。
「他地区来訪者専用施設。別名:檻。体内のエナジー生成を抑制する特殊宿泊施設だよん」
かわい子ぶったような言い方だが、要するに俺たちみたいなレベルを持った化け物を隔離するってことか。害獣扱いされてるのは気に食わないが、今は従うしかない。
施設に入ると、玄関には一人の老人が立っていた。
「おお、相も変わらず我が愛しき孫娘のレイナ! 帰ってきたか!」
その発言を口火に、メスガキは「じぃじぃぃぃ! 寂しかったよぉぉ!!」とか弱い態度を全開に、祖父らしきジジイに飛びついた。
「3日ぶりだよぉぉ…」
「よく無事でいてくれた…我が宝よ…」
「うん…じぃじ…」
さっき俺のことを何度も蹴り、髪の毛を引っ張った時とは大違いの弱弱しさだ。
急にジジイが「ほう…」と俺たちを値踏みするように見た。
「この娘が、…そうか。あの、天王寺家の…1000年ぶりの…」
「間違いないよ、じぃじ。レイナ見てたから、あの聖火を」
「拘束を解いてやりなさい」
「はいはーい」
メスガキがオレンジ髪の女の手に掛かった縄を解く。
「おい」
俺のも外せよ。
「ええ~。お兄さんゼッタイ暴れるでしょ? だからまだダメ。おすわり」
「取ってあげなさい、レイナ」
ジジイが気の利いた発言をすると、「はいはい」とメスガキがしぶしぶ俺の縄を解き…。
「まずはてめえだおら!!!」
「きゃっ!?」
俺は瞬時にオレンジ髪の女の胸倉を精一杯の力で掴み、振り回し、壁に抑えつける。
そして、エナジーがほとんど機能しない、肉体だけの力を振り絞り、
「てめえのせいで負けたんだよ!! それにこんな訳の分かんねえ奴らに捕まって!! 歯あ食いしばれよ、このクソアマ!!」
思いっきりぶん殴…
る直前。
横から手が伸びた。
「いっ!!」
それに手首を掴まれ、激痛が走る。そのまま強く握られ、乱暴に捻られる。
後ろに手を回され、顔は木の床に抑えつけられていた。
「くそ…が…!」
「だーから言ったじゃん」
「ほっほっほ、レイナがいれば安心じゃと思ってのう」
「てめえ、邪魔すんじゃねえ…。おいコラ、ハゲじじい! どうなってんだよこのクソガキの躾は!!」
「ほっほっほ、なかなか威勢のいい小僧じゃの。この状況で、彼以上の胆力じゃ。婆さんも喜ぶじゃろう」
意味わかんねえこと言いやがって。
オレンジ髪の女の方から声がした。
「クソガキはあなたの方でしょ…」
「てめえ今なんつった!! ああ!? こんの足手まといが! クソ!! …あああああ! いってえ!! 止めろ!!」
関節をさらに締め上げられた。
それから俺はメスガキに旅館の奥へ。オレンジ頭の女はジジイと外に出かけた。
「ばぁば、また出張か~。10日ぐらいは帰ってこないか」
メスガキが呟きながら、俺を誘ったのは、小さな武道場。壁沿いに掛かっているのは、木剣や木刀、木製の棍棒など。残念ながら殺傷能力はなさそうだ。
「ばぁばの書き置きにね」
メスガキが俺に言った。
「しばらくは私が稽古つけてやれってさ」
それから、このメスガキに一撃を入れるための闘いが始まった。
イージスになるために、リョウに、ヘンテコ仮面に勝つために、…とは程遠い、エナジーもスキルも使わない、小学生でもできる戦闘ごっこ遊び。何の意味もない、いつ終わるのかも分からない無駄な時間が、だらだらと無意味に流れ始めた。
△△△
夜8時。
「明日の祈祷は朝の9時からだって。またお願いね、テリヒメさん」
レイナちゃんに案内された部屋は、住んでいた実家ほどではないが、人が10人寝泊まりできて、不自由なく立ち歩けるほどの広さはあった。洗面台とトイレは3つずつ設置されている。風呂場こそないが、大浴場に行けるので十分だ。
「ありがとう、レイナちゃん」
風呂を済ませて戻った敷布団。そこに横たわった瞬間。
眠い。
エナジーを使いすぎた。
でも、あの首輪を付けるよりかは疲れない。あれは兵器と呼ぶにふさわしい。この国の4人の賢人…『国玉』の1人、『文明玉』が開発したと、レイナちゃんは言っていた。
旅館と礼拝堂にいる時は外してくれる。その時だけは心置きなく身体を休められる。
正直、辛い。
早く、A地区役所の人たちが助けに来てほしい反面、来ないでほしい。
もう私なんか、放っておいてほしい。
これ以上、迷惑をかけたくない。責任なんて、背負いたくない。
「嫌…」
パパも、ママも、お爺様もお婆様も、私が迷惑かけたばっかりに、みんな不幸になってる。
でも、最初はみんなが悪いんだよ。
ミコトばっかり可愛がって、姉の私のことは『太陽』だから仕方なく世話してるだけ。
弟だからって、ミコトが好き勝手なことするのは許すくせに、私には我慢しなさいって…。だから、家を飛び出して…私だって自由に振舞いたくて…。
「大っ嫌い」
みんなも、私も。
どうにでもなっちゃえ。
「っだぁぁぁぁもう!! 疲れた!!」
襖を、わざとかと疑いたくなるほどに激しく開き、人の顔色など気にもせず、自由気ままに大声をあげるのは、私の一つ年下の男子。1年の藤井カナト。
「なんだよあのメスガキ!! ちょこまかと避けやがって!! クソったれ」
こいつも、もちろん大っ嫌い。人の気も知らないで、ずかずかと偉そうに。私より後輩のくせに。強さを背負ったこともないくせに、この世の全てを分かったような口を利く。オボロさんとルナちゃんたちにも我が物顔で迷惑をかける。
「ああ、しゃあねえ、素振りでもするか」
こうして今も木剣を振り回し、イメージトレーニングだと畳を駆けまわろうとする。ドタバタと暴れるような自主練をして3日が経つ。
そもそも、どうして私がこんなやつと相部屋なのよ。年ごろの男女よ。こんなやつ全然タイプじゃないし。その気になれば『陽炎』なり『破魔の聖火』で軽く炙れるから、襲われる心配はないとはいえ…。
「…おい、なに見てんだよ」
こちらの視線に気づかれてしまった。面倒事が起こりそうだ。そう、絡まれたら相当めんどくさいタイプの人だ、こいつは。プライドが高い弱虫特有の粘着質。
男女であること以前に、こいつの人間性が吐きそうになるほど嫌い。
「何でもない。邪魔したなら、ごめん」
何で私が謝らないといけないのかしら。納得いかないけど、私だって朝は早い。こんなやつを相手にしてる余裕はない。
「じゃあ見てんじゃねえよ」
程度の低い相手との会話が終わる。これでいい。怒りはグッと上から抑えつけて鎮める。
しかし、
「ふん、しっかしよぉ」
藤井カナトは私を無視してくれなかった。
「お前って、見てるばっかりだよな」
大嫌いな顔。その口元が嗤う。
「あの時だって、俺が必死に闘ってんのに、てめえは、ちっちぇえ声でボソボソ呟くだけで。何がしてえんだよ。プライドとかねえのかよ」
「…それは本当に、ごめん」
必要以上の言葉はあげない。出来るだけ早く会話を終わらせる。本当は言いたいことが山ほどあるけど、堪える。大事なのは今この瞬間じゃない。私は先を見ている。私の立場。『太陽』を持つ者としての立場。
「謝るばっかりかよ。本当につまんねえ野郎だな。今すぐにでもぶん殴りてえが、…メスガキにバレたらA地区に帰してもらえるルールが無効になる。だから仕方なく手は出さないでやるよ」
こんな底辺の男の言うことなんか、真に受けない。
それなのに、許せなかった。
こいつの次の言葉が、私に持ってはいけない感情を持たせてしまった。
「何にも背負ってねえから動けねえんだよ」
「っ!!」
「そうやって申し訳なさそうにしてりゃあ何でも許されるだろうって、高括ってんだろ? 責任なんてものを真正面から背負ったことがねえから動けねえんだよ。お前みたいなやつをなんていうか知ってるか? 教えてやるよ」
やめて…。
1年前。
『ルナ様に比べると、器としては、はあ…』
国玉の1人・『司祭玉』のあの顔。この世で最も穢れた物を一瞥するような。私のすべてを否定する冷ややかな視線。首の下から急激に寒くなる、あの溜息。
そして、私を形容した言葉。
「愚図」
「…」
「ふん、そうだよ。お前みたいなのは愚図だ。言葉にしてやるとしっくりくるぜ。愚図。っははは! この愚図が」
私の中で、何かが切れる音がした。
「…るさい」
「ああ? なんだって? 声が小せえんだよ、ハッキリ言えよ、愚図」
ああそうか。
怒ることを『キレる』って言うのは、こういう感覚なんだな。
…今はそんな事、どうでもいい。
「うるさいっていってんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」
今まで、出したことのない声が出た。歌を歌うのは大好きな私が、それでも出したことのない程度の叫び声。
その勢いのまま、近づきたくもないこの男の胸倉を掴んだ。
そして、一発。
頬を張った。
「お、おい、てめえ、ふざけんな!」
「ふざけてるのはあんたよ!!」
頬を張った。
「てめえ! 俺が手ぇ出せねえって言ったのをいいことに…」
「ああもう!! それでもいい!!!! あんたごときに! 私の何が分かんのよ!!!!」
こいつの言い訳、ほんっとうにうざい!!!
「弱いくせに!!! レベル1のままのくせに!! 役立たずのくせに!! 愚図はどっちよ!! いっっっっっっっっつも偉そうに!!!」
頬を張った。
「てめえ、いい加減にしねえとさすがに…」
「偉そうに!」
頬を張った。
高揚する。
怒り、そして『太陽のエレメント』の技『陽光凱歌』で強化される身体。藤井カナトの防御なんて和紙同然で、超える。
「偉そうに!」頬を張った。「偉そうに!」頬を張った。「偉そうに!」頬を張った。「偉そうに!」頬を張った。「偉そうに!」頬を張った。「偉そうに!」頬を張った。「偉そうに!」頬を張った。「偉そうに!」頬を張った。「偉そうに!」頬を張った。「偉そうに!」頬を張った。「偉そうに!」頬を張った。「偉そうに!」頬を張った。「偉そうに!」頬を張った。「偉そうに!」頬を張った。「偉そうに!」頬を張った。「偉そうに!」頬を張った。「偉そうに!」頬を張った。「偉そうに!」頬を張った。
何回叩いたか分からない。
何回叫んだ分からない。
「テリヒメさん、ストップストップ。どおどお」
気付くと、レイナちゃんが私の振り上げた手を抑えていて。
「いやはや、…まさかこうなるとは…。この旅館の外なら…『陽光凱歌』が100%で機能してたら死んでたよ~このお兄さん」
「…うぅ…偉そうに…偉そうに…」
水没する視野の中。
微かに見えた藤井カナトは、白目を剝き、口から大量の泡を吹いて意識を失っていた。




