Lv21 覚醒
この世界の中学生は怖いなぁ…。
「さあて、どうするよ。ぶっちゃけノープランだ」
飽田先輩が折り曲げた両肘で『お手上げ』だと肩をすくめてアピールする。
無責任な言葉と軽薄な仕草だが、目は、勝利の道筋を見極めている。
「保護者ちゃん」
「…私、ですか?」
呼ばれたことのない呼称で私を呼ぶ先輩。「誰が保護者だ。しかも誰の保護者だ」と文句をつけたいところだけど、状況が状況なので仕方なく黙って許容する。
「君の風、さっきのより出力上げられる?」
「ええ、はい。でも…」
出力を最大にすれば、制御が利かなくなり、自分は愚か味方全体にも危害を与えかねない。だから普段から制御には気を配っている。今回の場合だと、出力を上げ過ぎれば、粉を吹き飛ばす以上に、先輩たちのハマったままの足を引きちぎることになる。
それを丁寧に、眼鏡の奥の鋭い目に説明すると、「そうか」と小さく相槌を打ち、先輩は再び思案に首を傾ける。
思いついた可能性を潰すようで申し訳ない。
飽田先輩を中心に、再び可能性を熟慮しているが…早くしないと、発狂し始めた他の先輩たちの声が増える。何とか耐えている人たちも、周りの狂乱に息を乱し、やがて全員が、あの粉の餌食になる。
それに、遠くに見えるローブの頭上。『Lv55』の覚醒だけは防がなければ、みんなあいつらに…。
「よし! 最大出力で撃ってくれ!」
「「ええっ!!?」」
隣にいるルナちゃんと同時に、驚愕した。
この人、今なんていったの?
「でも、飽田先輩。さっき私は、先輩たちの足まで…」
「そん時はそん時。足がもげたらそいつらの才能はそこまでだったってことで」
「そんな! 無責任な!」
ある日の生徒会の会議室を思い出す。
水無月会長と、3年の海原先輩が出した名前。
イエロースパークの頭脳・飽田ヨウジ。
スキルは2年で最高精度。銃のライセンスにおいても、拳銃のみならず、散弾銃や自動小銃、さらには取得の難度の高い狙撃銃の資格を持つ。学内なら、副会長の大城先輩の次に射撃力が高い。
そんな逸材は、生徒会の勧誘を4度も断ったらしい。
言ってしまうが、イエロースパークは、彼とチームリーダーの轟ヒビキ以外は、並のレベルの生徒、それもごく少人数で編成された最弱チーム。
そんな弱小にこだわる心理が分からない。敢えて違う道を歩むことで、周囲から特別な存在だと思われたいのだろうか。でも、そんな幼稚な人間にも見えない。
「大丈夫。目的はもっと広く。状況は俯瞰して見ねえとな」
冷静そのものの、落ち着き払った目からは、微塵の冗談も狂気も感じない。真っすぐな目が、自分の策は、ごく当たり前の正しい道理だと訴える。
その目に、嫌でも信じさせられる。
「足はもげないから、大丈夫だよ」
△△△
『第三勢力の介入により、藤井カナトを取り逃しました。パニッシュの意識不明。おそらく、あいつらの仕業でしょうが、任を果たせなかったことを詫びましょう…』
「構いませんよオクト。どうやら貴殿の報告だと…」
彼らが動き始めたか。至極、厄介。
ただでさえ、こちらが命懸けだというのに。
「偽物の分際で…」
無線を切断し、乗り込んできた三人に着目する。
拙者のスキルは正しく機能しているはずだ。やつらの出力する氷・炎・光に干渉…飛んでくる技を重量化で届かなくする。
拙者の前には、チェーンによる鎖、コンフュの粉、マッドの泥が、一方的に相手に向かう。向かっている。はずだが。
「ほう、貴様のスキルは発動対象の『加重』といったところか。その逆の『軽量化』も使えるかもしれんな」
スキルを看破された。それは、さしたる問題ではない。
問題は、純然たる…
「俺の太刀筋も奪えようか」
技量。稀代の剣豪と恐れられる『ヤツ』ほどではないが、悠長に闘いを長引かせれば、我々は確実に距離を詰められ三枚に卸される。
最も警戒すべきは、このLv45の仮面の男だが。
「刺し込め」
頭上に氷柱が顕現する。剣や手を通じた顕現だけでなく、中空にも氷を発動できるのか。才能め。
「いいのう、一年。…アタチも、一肌脱ぐかの」
小柄の女が赤いローブを脱ぎ捨てる。
花柄の和装。しかし、今はそれに一切の奇異を感じない。
頭上についた耳の方に、視線が吸い寄せられる。
「まさか、『妖狐』の…」
「ご名答じゃ」
遥か昔、この世に魔物が存在し始めて間もなき時代。
『最古の異生物』の1匹『妖狐』の魂を継承し続けた一族。
この娘は、その末裔か。
狐娘が操る紫の炎。直撃すれば肉体への損傷はもちろん、その紫の灼熱が体内のエナジーを深く焼き尽くす。
「ねーえー、この状況ヤバくなーい? そろそろこのネボスケ起こした方が良くなーい」
「まだそんな時間じゃねえよ、コンフュ」
チェーンが眠れる『Lv55』を拘束する鎖を動かし、ついに『吸い上げた』。
「起こしはしねえ。だが、ちっと借り物をするだけだ」
「出し惜しみは無しですよ、チェーン」
「わーってるよ。しっかし、気持ち悪いんだよなこの鎖」
『あの方』が改良した鎖が、真価を発揮する。
吸い上げた黒々しいエナジーが、使い手の腕にまで浸食し、チェーンは数秒間、発狂した。
「自我は、ありますか?」
「ああ、何とかな。これがこの男の力かよ。気分が良い」
力を吸い上げた男を、2本の鎖で縛り、チェーンは両腕で残りの鎖を操作した。
…さて。
仮面の男のレベルと剣技。優れた氷使い。妖狐の炎。
この劣勢を、どう覆してくれるか。
そんなことを考える暇すらも、なかった。
長い鎖が、今までにないくらいの速度と衝撃で、固い地面をえぐり取った。
「やっべえっ!」
大型の装甲車が衝突するように、氷剣で受けた少年が後方へと吹き飛んだ。
「滝本! …くっ、スキルも使えぬ」
叫ぶ妖狐の娘は、両足を鎖に奪われ、宙に浮いた。
「不覚」
仮面の男は、見事なまでに反応し無傷だったが、我々は人質を得た。
「アタチに構うな、水無月」
「…言葉に甘えるぞ、紺野」
「ふん、それでいいかの」
中学生にしては達観し過ぎている。高いレベルからして、死に近づく機会が多かったのだろうか。
だが、それは我々も同じこと。
あの方は、今さら妖狐の器など求めてはいないだろう。
第一優先は藤井カナト。その次に、あの月と、太陽。
「こっちも言葉に甘えてぶん回すとしようか。じゃあな、稀少なだけで大して強くない、狐の嬢ちゃん」
チェーンが腕の筋肉を収縮した。
その瞬間だった。
「何事!?」
「はあ!? きーてないんだけどー!?」
突如として、嵐が起こった。
その風は、戦場の全てを飲み込んだ。
見たところ、半径50メートル程か。
それらすべてを、大きな風が吞み込んだ。
風使いの娘か!
これほどまでの力を抑えていたのか。もしくは、能力上昇のスキルを付与したものか。下に蔓延するコンフュの粉たちは、あらゆる方向へと消え去っていく。
…およそ30秒。
立っていられるだけでやっとの風が、広範囲を独占する。我が物顔で鎮座する大旋風、湿地帯の芝や土をも巻き込み、視野も狭窄する中。仮面の男だけが走る。
…まずい!
「チェーンっ! ぐっ…!?」
一歩、土を蹴った瞬間に、その仮面は、拙者に触れられる距離にまで現れ、
「1人」
鈍く輝く刃が拙者の胴体から一気に引き抜かれる。倒れ込む身体に伴い、視野が下に突き落される。
スキルが間に合っていなければ、刀身は重力に落とされることなく、この心臓を確実に貫いていた。
恐怖と出血が、急激に体温を下げていく。
「ちょっーと、ウェイト、なーに刺されて…え」
横たわる視界で、コンフュの首元に打たれた峰が見える。後で、下のやつらに掛けたスキルの解き方を尋問する気だろう。
それ以外は、問答無用で殺される。月光のような薄い金色を纏った刀身が、麺を嚙みちぎるように堅牢な鎖を断ち切っていく。着地した妖狐の娘を見向きもせず、次はチェーンの本体へと殺戮の刃を向ける。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
強化されたチェーンの片腕が瞬く間に切り落とされた。出血の量から、もう絶命したものと判断したのか、仮面の悪魔はすかさず次の標的、マッドへと向かう。
マッドの体格、土属性のスキルから風の影響を受けにくい。最後の頼み綱だった。あの仮面を倒して、やつの泥で傷口を固めてもらい、積み荷にある転移石で帰還すればいい。
ゆえに、今は後方支援に心血を注ぐのみ。
手を伸ばす。
仮面が切りかかる瞬間に、手を握り、残り少ないエナジーで『加重』を発動。
彼奴の全身に100キロの加重。
崩した。
「畳みかけなさい…!」
最大出力の泥で、あの男を生き埋めにするのです!
顕現した高密度の泥。マッドの圧縮した泥は、戦闘機も戦艦も容易く呑み込む。
この男さえ抑えつければ、あとは妖狐の娘と氷の少年に追いつかれる前に転移して…。
「『月光閃・八つ裂き』」
覆いかぶさらんとする泥の塊に左手を差し出すと、戦闘機も戦艦も容易く吞み込む泥は、淡い閃光に細切れにされ、使用者の皮膚にまで切り傷が到達した。
致命傷は避けた巨漢は、しかしその場に倒れ込む。
真上に待ち受けるのは、突き立てた刃。
死など、今さら恐れるはずもないと思っていた。
それなのに。
「チェーンっ!!!」
拙者の身体は、貫かれたあの刃に震えている。仮面を被った悪魔に、怯えている。
「やつを…、やつを解放するのです!!!」
決死の叫び。
死にかけたチェーンに届かなければ、本当にこのまま…。
鎖が外れる。
悪夢の発端となった嵐は、ようやく止んでくれた。
と、同時に。
真っ黒なエナジーを纏った『ヤツ』が頭を上げ、長い眠りから覚醒した。




