Lv.18 生徒会長・水無月オボロ
「ストームウェイト」
戦闘機のように大きな大型のサギの魔物を、『Lv25』のミツキが上から圧倒的な風圧で抑えつける。
「フロストライン」
眼前に輝くのは、氷の残光。持ち主の刀身以上の範囲に氷の一閃が凄まじいスピードで走る。
2秒ほど前まで無邪気に飛び回っていたアヒル野郎は、大岩に足でも挟めたかのように身動きが取れず、泣き叫ぶ首元を紙粘土のようにあっさりと切り捨てられた。
切り捨てたのは、言うまでもない。
「やるなあ、あの2人」
俺の隣にいる眼鏡をかけた嫌味野郎が、遠くのあいつらに素直な感想を口にする。
「ウェットルーラーは、この湿地帯に生息する魔物の主と呼ばれている。あの図体で力強いのはもちろん、高度な知能による危機管理能力で飛び回り、非常に厄介。でもその魔物を無駄のないエレメント出力の突風で抑えつけ、極めつけはあの一撃必殺の一閃。一年でアレはヤバいな。俺のスキルによるアシストを抜きにしても、…アレはすげえの一言」
魔物マニアによるお決まりの魔物講釈をうざったく披露しながら、飽田ソウジはチラリと俺を見た。
「どっかの、泥まみれの『Lv1』くんとは大違いだな」
「んだとコラ!」
「そうやってすぐ頭に来るから魔物にもナメられんだよ。飛び回られて『Lv1』に戻って風圧に耐え切れなくなって湿地の地面でゴロゴロと子供みたいに泥遊びしちゃって、くくっ、やべえ、腹痛い」
「ああ、この野郎、ぶっ殺す。今日こそぶっ殺す!」
「分かったから、おい、堂々とした啖呵切りながらネチネチと泥を投げつけてくんな」
「つーか、なんで俺じゃなくてあいつらに『強化』かけたんだよクソォォ…」
「なんだよ、ヤキモチかよ」
「ちげえから! 『急成長』した俺の方がレベルが高いんだから、俺に使うのが道理だろうが」
「それは一理あるな」
声が割り込んだ。
「もっとも、その頭脳が魔物以下でなければの話だが」
振り向くと、白を基調とした丸い仮面で顔全体を覆った男が、ゆっくりと俺に指を差した。
「ああ? なんつった?」
怒りで胃が沸騰する思いだ。今すぐにでもこのヘンテコな仮面野郎を地面に伸してやる。
『Lv45』だろうと関係ねえ。
そう思い、殴りかかったものの。
「ぐえっ! やめろよクソ飽田! 急に襟元掴むな!」
「お前がやめろよバカカナト!」
いつもヘラヘラと笑っている軽薄男は、珍しく焦りを感じている。「いやあ、すいませんね、会長」と相手に向き直る。
「こいつ、見ての通りアレなもんで、許してくれませんかね?」
「誰がアレだよ、バカ飽田!」
「うっせえ、お前マジで黙れ」
「…気にするな、飽田。そのような木っ端の言動、あるいは行動に揺れ動く俺ではない。先の『エンハンス』、いい判断だった。お前はやはり生徒会に身を置くべきだ。そうすれば約束通り、お前の家には口出ししない」
「いやぁ、それはすごくすごくありがたい話ですが…その話、今しますか?」
空気がヒリつくのがすぐに分かった。眼鏡の奥の目が珍しく笑っていない。しかし、その目つきも一瞬、いつもの飄々とした態度に戻った。
「それよりも、あなたの可愛い妹さんが心配してますよ」
「下らん」
「はあ? 妹?」
周りを見渡すと、こちらを注視する女子、それもかなり見覚えのある女子。水無月ルナが地面に目線を落として立ち尽くしているのが見えた。
「ちょっとカナト!」
ミツキが、俺たちに近づいてきた。
「何やってんのよ、生徒会長に」
「はあ? 何言ってんだミツキ。生徒会長はこんな失礼なヘンテコ仮面野郎じゃないだろ。冗談きついぜ…」
指を差し返した俺を驚かせるように、仮面野郎は、自らの顔面に手を伸ばし、素顔を見せた。
「1年の未熟者どもに顔を見せるのは2度目だろうか」
見覚えのある顔だった。
それと同時に、もう一つの事実を思い出す。
「言葉の通じない愚か者は誠に面倒だ。行動を持って証明しなければならないのだからな」
「あんたは…ぐえっ!」
見えなかった。
「カナト!」
「会長、それはちょっとやりすぎだろ」
近づかれた事実にすら反応できなかった。
腰に下げた刀の柄で鳩尾を突かれた。
目の前のムカつく野郎を前に倒れ込んでしまう。屈辱だ。
「貴様には、言葉だけでは足りぬから力を添えて名乗っておこう」
淡々とした声とともに、ヤツの固い靴底が俺の頭に落ち、顔面はぬかるみに押し付けられた。
「俺はA地区中学3回生、並びに生徒会長・水無月オボロ。そこの口を挟むことすら出来ぬ愚かな妹、水無月ルナの実兄」
「水無月の…ぐっ!」
「痛みと共に、その狭苦しい記憶領域に定着しておくといい」
砂粒が歯に挟まる感触を噛みしめたと同時に、すかした野郎は仮面をつけなおし、背を向けて歩き始めた。
「納得いかねえ…」
「藤井くん…、あの…」
タオルを差し出してくる水無月の小さな手は、震えていた。
「いらねえよ、今は。つーかお前の兄貴、最低なやつだな」
△△△
納得いかないやつとの遭遇から1時間後。
なぜか動きの止まった遠征部隊。目的の街に着くまではまだ時間が掛かるというのに、休憩にしては長すぎる休憩だった。
首脳陣のやつらがいないことに気付いたと思えば、岩陰から出てきた。「ご苦労だった」と小さなフードのリーダーが、辺りを見張っていた坊主頭を労う。さっき俺のことを叩いたやつだ。あいつにもやり返してえ。
リョウとミツキ、さらには飽田までいなかったと思えば、首脳陣どもの会議に参加していたらしく、その列の後ろの方から出てくる。
さっきの100倍は納得いかない事実に直面したのはその30秒後だった。
「意味わかんねえよ! なんで俺に!」
帰還命令。
さっきの話し合いは、俺の処遇についてだと、飽田は言った。
「まあ聞けって、カナト。」
「うるせえ、ガキ扱いしてくんなよ! お前だって、賛成したんだろ?」
俺の帰還は、賛成多数だったらしい。発案したのは、やっぱりあの水無月の兄貴、…あのクソったれ仮面野郎。
「ガキ扱いか。実際ガキだろ、お前は」
違う方向から声がした。
その侮辱は、リョウの口から出てきた。
「もういっぺん言ってみろよ」
「お前は、誰のために闘ってんだ?」
急に何を聞きやがる。
「俺のためだよ。俺は強くなる。この国のイージスになる」
「なんでだ? ならなくてもいいだろ」
「証明するんだよ、俺のことを蔑ろにしたやつら、全員見返してやる」
そうだ。それが俺が強くなる理由だ。誰にも好き勝手言わせねえ。俺の価値は、俺が決める。
「だ、そうです。会長。紺野先輩」
「そうか」
現れた覆面野郎とフードのチビ女。
「藤井カナト。貴様は最初からお呼びではない。今すぐ失せろ」
「んだと、てめえ!」
今度こそやり返してやる。殴りかかった直後。目の前は一瞬にして紫色の光に包まれた。
空気に揺れるのは、紫の炎。見たことのない炎。
「それはアタチの炎かの。心配せずとも燃やしはせん。攻撃を止めるのなら」
「う、るせえ! うおおおおおおおお!!!」
こんな紛い物みてえな炎、簡単にくぐり抜けてやる。
すぐに抜ければ、死なない。なめ腐ったこいつに一発くらいは入れられる。飽田も、リョウの野郎も、俺のことを見下してる。
やってやるよ。
会議中、飽田のカバンからくすねたスライムの核を握りつぶしてレベルを上げて、こんな炎、かき消してやる。
手に持った命をすりつぶす直前。
「だから! それが子供っぽいんだよ!!!」
その手と、そして足が止まった。
俺を阻んだのはスキルではない。武器でもない。
言葉。
声。
その声の持ち主。
「ミツキ…」
真っ赤な双眸から涙がこぼれていた。
「私も、カナトの帰還には賛成。カナトのこと、すごいって思ってた。危なっかしいけど、他人の気持ちを考えて行動できるやつだって思ってた」
「なんだよ…それ…俺は、イージスになって、お前の事が…」
「求めてない」
言葉は心臓を締め付け、体温を下げた。
「カナトが強くなっても、誰のためにもならない。少なくとも私は、求めてない」
「なんだよ、それ。お前もあいつらの仲間かよ!」
「あなたが会長に柄をぶつけられた時、飽田先輩がエンハンスで痛みを和らげたの、気付いた?」
「知らねえよ。見間違いだろ。こいつが俺に施すことなんてねえ。こいつだって結局あの仮面野郎にヘコヘコする雑魚なんだよ」
「ルナちゃんが差し出したタオル、どうした? で、なんて言った?」
「…それが何だっつんだよ」
「ルナちゃんは、弾かれたタオルを拾って、『私が弱いから、励ませなかった』って自分のせいにして、あんたのことを…」
「知らねえよ、そんな…」
泣き崩れた顔を、両手が覆う。
更に覆うのは、
「もういい」
リョウがミツキの感情を掌握するように両手で肩を包んだ。
「うん…ごめん…でもね…でも…」
ミツキは、うなだれた頭を、体重を、心を、全てリョウに預けた。
「俺が…俺が悪いって言うのかよ!」
視界が潤うのは、湿地帯のせいだ。湿度が人体に悪影響を及ぼして…、クソ。言葉が震えやがる!
「そうだ。お前が悪い」
リョウは断言した。
「身勝手に動いて、忠告する生徒会長の言葉に反抗。挙句に差し出された手を跳ねのけて、助けてくれるやつの家族を侮辱した」
その言葉を合図に、少し離れた場所から「帰れよ」と声が聞こえた。
と、同時に。
それらは、雑踏のように集合する。
「いらねんだよ、クソ一年」
「『Lv1』の足手まといが」
「会長に謝れよ」
「そもそも呼ばれてねえくせに」
「『イエロースパーク』の面汚し」
「轟先輩たちにも迷惑」
「俺らの見せ場も潰しやがって」
「お前がイージスになんてなれるわけねえんだよ」
「早く帰れよ」
…。
ざけんな。
もういい。
「うっせえんだよ雑魚ども!!!」
声を張り上げた。
「今日のところは黙って帰ってやるよ畜生!! 見てろよ、絶対に俺が、この仮面野郎をぶっ飛ばして、リョウのクソ野郎にも勝って、俺がイージスになってやる!! 俺の価値は、俺が決めるんだよ!! どいつもこいつも…」
その後のことはあまり覚えていない。
6人の2年が監視役になり、『俺たち』は学校へと連行される。
俺とは別に、帰還命令が出た女が前を歩く。
「ああ、私だ。私がいるから現場が不幸になっちゃうんだ。ああ、私なんて死んじゃえばいいんだ」
髪色は明るいくせに、気持ちの悪い言葉をブツブツと呟く女は、うつむいたまま悲愴に溺れている。
…なんて。
他人のことを言えた口ではなかった。
「ミツキ…。クソっ」
なんで誰も分かってくんねえんだよ。
どいつもこいつも、俺を弱い者扱いしやがって。
「なあなあ! ホントにあいつ、『Lv1』だよ! チェーンの報告ってマジだったんだな! これはもう、チェーンの麻痺毒みたいにビリンビリンにシッびれちゃうよなぁ!」
「落ち着くのですよ、パニッシュ。彼も第一優先ですが、何より、あの娘も…ぐふふふふ」
前方に、黒いローブを纏った二人組が立ちはだかったのは、帰路へと出発してすぐの事だった。




