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LV.14 イージスを目指す男

俺は、目の前の巨大な爬虫類を見据えて剣を構える。


「来るぞ! 毒ガス!」


先刻にクラスのやつらを襲った瘴気を放とうとする魔物。


「分かってる!」


隣で闘うミツキは、俺の声を聞く前に強風を操る準備に入る。


毒ガスが撒かれると、その風を巧みにコントロールし、毒ガスを巻き込む。戦闘の衝撃で大穴の空いた壁に追い出す。追い出された毒ガスは、空に舞って空気に分解されていく。


さすがはミツキだ。なかなかに広範囲だった毒ガスを焦ることなく、風の力具合、角度、精度を見極めている。スキルのコントロールにおいては俺を超えている。レベルをもっと上げれば、生徒会1のスキルコントロールを持つだろうな。


俺も、負けられないか。


「バスターフォーム」


氷のエレメントを剣に再び付与し、今度は大剣にする。スキルの威力なら、誰にも負けない。


クールで繊細に見えて、意外と荒削り。これが、現時点での俺の評価。

「貴様のその下らぬ気質が、持ち得る才能を潰しているのだ。滑稽千万」

生徒会長・水無月(みなづき)オボロに涼しい顔で酷評された。


昔から、そういうところはあったが、レベリングされてからは浮き彫りになったようで情け無い話だなと、よく思う。


やはり毒ガスを出した後は、気怠そうになり、しばらくの間動きが鈍くなる。


だから、その間を狙って一気に叩き斬る。


爬虫類が完全に動きを止めたと同時に、地面を強く蹴って突進した。


「終わりだっ!」


2メートルにもなる氷の大剣を、そのまま、こいつの顔面にぶつける。


そして、魔物の頭部は大きな切り傷をもらい、氷の大剣がパキッと、柄を離れるように綺麗に折れてコンクリートの地面に刺さった。


「やったか…」


爬虫類が倒れた衝撃で起こる瓦礫の埃が、視界を覆う。


俺は、経験値の青い粒子が俺の身体を纏い、身体の増強を味わう未来を確信した。倒した手応え。威力を最大限に高めたスキルの力で、ほとんどの魔物の急所と言われる頭部を渾身の力で叩き斬ったから、間違いなく倒せたはずだ。


埃が視界から次第に消える。地面に伸された魔物の姿が表れるだろう。


しかし。


それは、スローモーションに見えた。


巨大な鞭のようにしなる大きな舌が、反応出来ないスピードでこちらに飛来し、そのまま、俺の横腹に直撃した。重量のある一撃で飛ばされ、柱に激突する。


「ぐはぁっ!」


「リョウ!!」


意識が遠のいているのが、なんとなく分かった。近くにいるミツキの声が、やけに遠く感じる。


ただ、はっきり分かるのが、俺は壁に激突し戦闘不能になったということ。


つまりは、敗北。レベリングを受けてから、負けたのは初めてだった。それが、こんな図体と毒だけの魔物に。


グラついた視界の中で、ミツキが冷静さを欠いて、敵に直進しているのが分かった。


ダメだ、落ち着け、危険だ、逃げろ。そう言いたいのに、声が出ない。


このままじゃ、ミツキが…。


「きゃっ!」


とっさに構えたレイピアが折れて、先刻の俺と同様に後方へ飛ばされる。


武器で衝撃を和らいだから、ダメージは俺の時より薄いみたいだ。ミツキが立ち上がろうとする。


ダメだ。このまま闘ったら、みんな死ぬ。


早く、逃げないと。


俺を置いて、みんな逃げろ。


俺は、この状況、絶望から目を閉じてしまった。やはり、「負け」とは相変わらず慣れない。


兄さんのように…俺が…守らなければ…。


最後に敗北したあの日が、走馬灯のように、脳裏に浮かんだ。



△△△



バギィッ!


平静で、いたって平和なこの公園で、小学生だった俺は顔を殴られた。


頭の上に、数字を並べた中学生に。


さすがに、暴力を振ることはないだろうと高を括っていたから驚愕し、尻餅をついた体勢からしばらく動けなかった。


言葉で解決する自信はあった。声を荒げるような中学生でも、さすがにレベルを持たない小学生には手を出さない、そう思っていた。


「あんまり調子乗んなよ、ガキ!」


遠くから飛んで来たボールに頭をぶつけたことがそんなに腹立たしいのか、レベル6の中学生が、怒りを堂々と表明する。

俺は、痛みに顔を歪ませながらも、相手を睨みつけ反論する。


「でも、こいつはちゃんと謝っただろ? あんたも特に、怪我もしてない」


「そういう問題じゃねえんだよ! 謝っただけで許されると思うなよ!」


「ううっ、ごめんなさい…」


「だから、許さねえつってんだろうが!」


隣で泣きじゃくっている同級生の首根を右手で強く握りしめながら、そう答えた。その同級生も、顔にアザを作って苦しそうだ。


そして。中学生が、とんでもないことを口走り、俺たち2人に戦慄が走った。


「こいつには、お仕置きが必要だな。この『スキル』でなっ!」


そう言いながら、首を掴んでいない方の左手に、拳ぐらいの大きさの火を灯す。


スキル。


2年後、俺たちにもレベルが付与され、各種の『スキル』が覚醒する。それは、魔物の退治や、例外的な対人戦の場合のみ発動が許されるが。


中学生になり、レベルとスキルを与えられた目の前の男は、闘えない小学生2人に『スキル』をぶつけようとしている。しかも、個人的な恨み、短絡的な報復として。


気づいた瞬間に狂気を感じた。魔物を退治するために授けられた潜在能力が、自分より弱い人間を傷つけるために使われることに。


俺が抱いたレベリングやスキルへの希望や憧れは、こんな器の小さい男のせいで台無しになってしまうことが悔しくてたまらなかった。


後悔が、こみ上げてくる。


ここに来る前に、レベルを持った『大人』に知らせたら助かっていたのに。


普段から同級生たちに頼られているという責任感を勝手に感じ、1人でもやれると、つまらない意地を張ってしまったことが、今回の敗因だ。


やられる。


もう、ダメかもしれない。いつかレベルがもらえても、スキルが使えても、それが満足に使いこなせない身体になるかもしれない。


この国の、イージスになる目標に届かなくなる。


クソッ。


「まずは、お前からだ! 優等生のクソガキ!」


もう、終わりだ。


こんな不甲斐ない姿を目の前の同級生に見られたんだ。明日から、このことがみんなに知られて、俺はもう、見限られるかもしれない。


ごめん、兄さん。


こんなやつらにも勝てない俺が…。


「おおおらあああああ!!!!」


叫び声が近づいて来た。その声は、目の前の中学生ではないことが、そいつの驚いたような表情と視線の先から分かった。


俺がよく知っている声。


無謀と蛮勇の声。


常に勝てるはずのない俺に立ち向かい、負け続ける、鬱陶しい小動物の声。


勝てないと、敵わないと、分かっていても、勇気を灯し、猛進するその声。


それは、声だけに限ったことではない。


声の方向に、俺も目を向けると、やはり、レベルのない『そいつ』の姿が見えた。


自転車に乗っている。ものすごいスピードで、直進してくる。


「 リョウ! 避けろぉぉ!!」


名前を呼び、避けるように指示した。


俺はすぐさま、中学生から距離をとった。


「おい…、お前、本気か—」


「本気に決まってんだ…」


さすがにぶつかって来ないだろうと、高を括っていた中学生が慄き始めた時には、もう遅かった。


「ろうがぁぁぁ!!!」


先ほど殴られたのとは非にならない程の衝撃音が、公園に鳴り響き、中学生が、文字通り吹っ飛んだ。


「へへん、ざっとこんなもんだぜ!」


癖のある茶髪の少年が、やってやったぜと言わんばかりに、ほくそ笑んだ。



△△△



「ミツキ、離れろぉぉぉ!!!」


当時と同じような状況から、まるで夢でも見ているような感覚だった。


能力を過信し敗北した俺の前に、急に現れて、一時の強撃で、目の前の強敵に大打撃を与える。


あの時の記憶と今の状況が重なった。


ミツキが距離をとる。


現れたのは、藤井カナト。


頭上には『レベル30』。


「ぶった切ってやらああ!!!」


高く飛び、落下する勢いに力を借りて、魔物の頭に剣を振り下ろした。爬虫類が、エナジーの青い粒子を纏った小さな直剣に、金槌に打たれる杭のように叩きつけられた。


ビル全体が大きく揺れるほどの衝撃。



それは、最弱による最強の一撃だった。



藤井カナト。


俺と同じ、イージスを目指す男。


そして俺の、最たる強敵。


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