LvMax 前編
時間の流れというのは、あっという間で。
本当に、あっという間だ。
「藤井カナト」
名前を呼ばれ、席を立つ。
「卒業、おめでとう」
壇上に立つと、『Lv45』の校長が綺麗な厚紙を両手で差し出した。
△△△
「つーかお前ら、話なげえよ!」
生徒会室で集合写真を撮るために集まると、ここまでずっと抑え込んできた言葉があふれ出す。
涙が出そうな卒業式で、唯一、文句があったとするならば。
「ちょっとしか喋らなかった俺がバカみてえじゃねえか」
3年間の思い出をこっちはざっくりと振り返っただけなのに。
「カナトが喋らなさすぎだって。もっとあったでしょ?」
「カナトにとっての3年間はその程度のスカスカな思い出だったってことだろ。浅いな」
ミツキもリョウも、こいつらのスピーチが完璧すぎるせいで、俺の言葉が同級生や後輩たちに響かないだろ。
「うぐぐ…空気の読めないやつらめ…」
「バカの自覚があったんだな」
「あ、そうそう! リョウ気づいてた? カナト、『人』って字を冷や汗掻きながら書いて飲み込んでたの」
「あれってジョークじゃねえのか?」
「あああ、それをいじるな!」
見られてたのかよアレ!
「はわわ、み、皆さん、喧嘩はやめてくださーい!」
眼鏡をかけたおさげの女子がカメラを持って部屋に来る。
「そ、それでは先輩方、集まってください。ご指定がなければ、私が配置を決めます」
オドオドとせわしない生徒会庶務の後輩は、しかし意外と段取りがいい。
「か、かか、カナト先輩、どこにしますか…?」
「普通に生徒会長が真ん中だろ」
横にいる生徒会長・水無月ルナを見る。
「ふふ」
「何がおかしいんだよ、ルナ」
俺の顔を見上げ、クスクスと笑う。その顔は、本当にあのムカつく兄貴そっくりだ。
「俺が真ん中だ、って言うのかと思いました」
「あー私もそれ思った!」
「ふん、奇遇だな。俺もだ」
「お前らなぁ…」
「か、カナト先輩はそれで揉めてたんじゃないですか?」
「ちげえよ! ガキか俺は!」
「すみません! …では次は、副会長が会長の隣で」
「はいはーい。『風』の副会長が傲慢なカナトを差し置いて真ん中へ寄りますっと!」
「一言余計だっての」
こういう鬱陶しい冷やかしを浴びるのも最後になるか。
「次は監査なので、ユウト先輩。後列はチームリーダーで、左から『黄』『青』『赤』の順でお願いします」
こいつらとも離れ離れになるんだな。今になっても全然信じられねえ。
「おい、呼ばれてるぞ。ボケっとするなよ、『黄』のチームリーダー」
並ぶリョウの声で意識が戻る。
「はいはい、『青』の支配者様」
「本当にお前は憎まれごとに対してはレスポンスが早いよな」
「うっせ、お前はもっと他人を丁重にだな…」
「では、撮影の注意点を述べます」
「遮ってんじゃねえ!!」
「ひえええええ!! 早く帰りたいです!!!」
「…すまん、つい声が張っちまった」
△△△
「カナトさん!」
「卒業おめでとうございます!」
イエロースパークの後輩たちが、ユウト、ルナ、俺の順で胴上げする。
つい2年前までは少人数だったイエロースパークは、タナト撃退の翌年度から、入隊希望の後輩たちで殺到し、『青』と『赤』に並ぶ人数になった。
それでも、荒っぽいやつらが多めなのは相変わらずで、ヒビキさんたちとの日々がちゃんとあることを嫌でも教えてくれる。
2年の冬。
脇谷先輩からチームリーダーのバトンを渡された時は、本当に俺でいいのかと疑った。
だって俺は、未だに低レベルのままだから。
「マジでお前ら…俺みたいな低レベルに敬語使ってんじゃねえよ。リーダー扱いしてんじゃねえよ」
呪いのように、レベルはなかなか上がってくれない。タナトを倒した日から誰よりも魔物を倒し続けて、ようやく『Lv15』。
幸か不幸か、俺のスキル『反発』は強すぎるあまり、倒した魔物から得られるエナジーを拒絶する。意志で抑え込んでも、その9割を突き飛ばし、大気に消し去る。
ヨウコ先輩いわく、長年タナトという怪物を押さえつけていたため、『スキル』だけがエナジー総量と身体能力を置き去りに、規格外な段階まで成長しているらしい。
強いスキルだけど、やはりレベルは大事だ。
高くなければ、強いスキルをわざわざ見せなければならない。見かけでナメられる。威厳がない。リーダーとしては向いていない。
そんな俺を、先輩たちも、同期も、後輩たちもリーダーとして認めてくれた。
「何言ってんすか、先輩!」
「あんたは俺らの英雄です! あんたがいなかったら俺たちは何の目的もなく腐ってくクソ野郎のままでした」
「急成長できたのは、リーダーもちゃんと含めて、先輩たちのおかげです!」
「お前ら」
嬉しかった。
今までやってきたことは、どこか空回りしていたように思っていて、誰にも求められていないようで、辛かった。
みんなと一緒にいたかった。寂しかった。
だから意地を張って、強くなるんだと、がむしゃらに、無計画に、衝動的に暴れ続けた。
「一生ついていきますよ!」
「内定先の剣士隊にも忍び込んで遊びに行きます!」
「それは止めろ」
「褒めたんで飯おごってください」
「それが目的かよ!! こんのガキどもが…」
笑えてくる。
笑い疲れる。
周りに囲まれるのも、悪くねえな。
努力が報われた。
ってことでいいのか。
…。
カバンにしまった書類を取り出す。
『推薦状』と書かれた封筒を眺め、約束の場所へ向かった。
△△△
3ヶ月前。
『それには俺とルナ、そしてウサミの氏名が書かれた推薦状が入っている』
水無月さんが、妙に俺に対して優しくて、不気味だった。
『ここに入団し結果を出せば、お前はイージスになれる。長年タナトを抑えつけ討伐した英雄であるお前なら、順当にこの道を歩めるだろう』
本当に、ありがたい話だった。
いつもムカつく癖に、大事な場面できっちりと人の気持ちを汲み取りやがって。
だから、俺は…。
「来たか」
E地区中央駅。
改札を抜け、今は仮面など付けずに素顔を晒した美男と目が合う。
「来てもらって早々悪いが、『陽月騎士団』の施設を説明する。まずは騎士団長への挨拶を済ませ…」
「俺は!」
動き出した男の足が止まる。
この先、俺は失礼な言葉を吐く。
「やっぱり…やっぱり…」
せっかく誘ってくれたのに。推薦状まで用意してくれたのに。
「…言ってみろ」
こんなことを言われて唖然としているのか。水無月オボロの口は、恐ろしくゆっくりと動く。
せわしない心臓。
「あ…あんたとルナと、それからウサミが推薦状を書いてくれたのは嬉しかった。こんな俺なんかを本気でイージスにしてくれるのかって」
息を整える。
言いたい気持ちを短絡的に発露するな。まとめて、整理して、相手に伝えろ。
「でも俺は、…俺は、俺は俺は…」
拳を握り直す。
「剣士隊に行く」
言った。
「イージスになる前に、自分自身を見つめ直したい」
もう、後戻りはできねえぞ。
「レベルが低いままの俺のせいで、あんたらに恥をかかせるかもしんねえけど、俺は剣士隊の歩兵から始める」
泣きそうだ。クソ。弱いところ見せたくなかったのに。
「国を象徴する最高戦力が、一般の人の気持ちが分かんねえでどうすんだって…だから…、俺はもっと…いろんな立場のやつの気持ちを知ってから、一番になりてえ」
これが、俺の答えだ。
殴られてもいい。斬られてもいい。
絶望的に最弱だった俺には、願ってもないチャンスだった。
それでも、そんなチャンスを心の底から喜べていないのも事実だった。
たしかに、水無月さんたちが俺を思ってくれたのが嬉しかった。でも、俺は、もっと知るべきことがある。知るべき人がいる。今までレベルをジャンプアップさせてきたけど、立場はジャンプアップしてはいけない。これはたぶん、一段ずつ、しっかり踏みしめて行かないといけないんだ。
「今のが冗談であれば、今この場で冗談だと伝えよ」
「本気だ。マジのマジ。あんたらが推薦してくれたのは嬉しかった」
「そうか」
「そうだ!」
5秒の沈黙。
そして。
「くっ、ふふふふふふふふ」
冷徹な『月光』と敵味方に恐れられる水無月オボロの顔が、屈託のない愉快に歪んだ。
「やはりお前は、つくづく愚かな男だ」
「マジで、すいません…」
「藤井カナト。お前がいかに傲慢で哀れな男かを知っているから、そんなに驚きはしなかった。なんとなく、お前は断るものだろうと思っていた」
『月光』の剣士は背を向ける。
歩き出し、
「お前が信じる道を歩めばいい。お前には、成りたいものに成れる力があるのだから」
片手を軽く上げてそのまま駅から消えていった。




