Lv126 弛緩
ちぇ。
親愛を込めたタナトへの殺意の弾丸は不発に終わったか。
独断で滝本リョウの拘束を解き、善戦する彼らの横から狙撃を送ってやるつもりだったけど。
「あなたはつくづく運が悪いようね。一発屋にも成れなかった」
毒親の毒を遮断するために、救護テントを出ていく。
不発のままでは気分悪いので、私の顔によく似た女に振り返る。
「そういうあなたは命拾いしましたね。軍玉の世代交代はしばらくないでしょう。せいぜいあと5年は、精鋭たちの命を好きなだけ落とすといいわ。その肉体とは正反対の、未熟な采配で」
「あっははははは!!!」
図太い女は、寝転がったまま高らかに笑う。腹にも傷を負っているだろうに、早く死にたいのかしら。弟たちのみを認め、私だけを漢字登録しなかった、意地の悪い女。
「それだけ言えれば上出来よ。大城由美子。私の愛娘」
△△△
終わったか。
タナト撃破の報告を受け、張り詰めた『月光』が緩む。
「へっ。やりやがったな、カナト」
地に尻を付け、天を仰ぐ轟。
「さすが、というべきかの。ミツキ。あとで好きなだけマッサージをしてやるかの、ぐふふ」
自らの『紫炎』を消滅させる紺野。
「リョウには手を焼いたが、ここぞという場面を制したな。一年に手柄を奪われたのは惜しいが、見事。ユミコが彼を行かせたのは正解だったというわけだ」
同じく『海神の魔槍』を消滅させ、腰に手を当てる海崎。
三色のトップのそれを皮切りに、死闘を制した全員のエナジーが弛緩する。
終わった。
俺には、真っ先にすべきことがあった。
死者への弔い。
魔物やタナト教団の生き残りを探す。
そのどちらでもなかった。
やはり俺は、出来損ないの『月光』だった。ここに司馬明人がいれば、鼻で…いや、腹を抱えて笑われていただろう。
それでも…
「ルナ!」
この足は、藤井カナトのようにわがままな足取りで、自らの妹へと直進した。
抱きしめた身体に感じ取れる体温。抗魔大祭の惨事に感じた、あの血の通わないものではない。
それが、なんとも嬉しく…嬉しいものか。
「く、苦しいです、兄様」
難色を示すルナの声が耳に直撃する。
「オボロさん…」
「ほ、ほら、テリヒメちゃんも、びっくりしてますから。それに、轟先輩や飽田先輩にもまたシスコンだとか意外と感情的なお子様とか、嫌味を言われ…」
「言わせておけ!」
そんな野次、どうでもいい。
「これは、俺にしかできない、最優先事項だ。お前を抱きしめる。お前の生存を全身全霊で感じる。今、やっておかなくてはならんのだ」
「にい…さま…」
鼻をすする音を聞き取った瞬間、それが伝播するように、涙腺が弛緩する。
もう、知らん。
「兄様のバカ。愚か…です」
「場をわきまえられぬ、この愚兄を許せ。この世にたった一人の、貴き妹よ」
ずっと、抱きしめていたかった。
「オボロさん」
飽田ヨウジが何を言おうと、
「おい」
轟ヒビキが何を言おうと、
「戻ってこい。家に帰るまでが戦闘だぜ、シスコン会長」
場をわきまえられぬのは、どうやら俺だけではなかった。
流れ落ちた水を拭い、再び刀を握る。
「私は生きている…ふふ…まだ生きているぞ!」
最悪の奇跡。
「あの世で見ているか、タナト、司馬明人、藤井寿太郎。お前たち強者の想像すらも超える、私に秘められた潜在能力を! この場で急成長した、私という奇跡を!」
『虚脱』を纏い、その男は、『虚脱』を飼いならすように、立ち上がった。
「『月の憤慨』!」
ルナの先制攻撃。気持ちを瞬時に切り替えられるようになったのを評価したいが、今はそれどころではない。
「え…」
疲弊しているとはいえ、ルナの『月』の威力。
それを、
「どうした? 『月』。そんなものか?」
一瞬で『虚脱』させ、まばゆい光を無に帰した。
見るだけでも感じ取れる『虚脱』の濃度。
掌底に纏い、右足を引き、
「効果範囲を絞った『虚脱』。当たればどの生物も例外なく枯れて死すだろう」
こけた顔の両端を引き、満面の笑みで勝利を確信する。
高濃度、高密度の『虚脱』の矛。
その矛先は間違いなく、
「ルナ!!」
相対する『月』の、エナジーが揺らぐ。
「『月光閃』」
ルナはまた、『奥義』を発動しようとする。俺を置いて眠ろうとする。
「やめろ…ルナ」
もう2度と覚めない可能性が、胸部を圧迫する。
「兄様。絶対に帰ってきますから」
「違う!」
もう一つの可能性。
それが、奇跡になってくれることを望む。
「たぶん、俺たちじゃない」
「え?」
空の向こう。
黒い生物が、禍々しくドス黒いエナジーを纏った『何か』が凄まじい勢いで飛来し、着地と共に大量の砂ぼこりが弾け飛んだ。
「…お前は!?」
「お前らァ!! オレ様を差し置いてなァに楽しいことやってんだァ!!!」
騒々しい声量で吐き捨てる稚拙な文句。
「よくもオレ様の親友を傷つけてくれやがったなァ!!」
闇を彷彿とさせる黒い鱗。悪しき存在を想起させる黒い翼。
『龍』と化した男が、咄嗟に『虚脱』の膜を張るが、
「『序列・零』。何をやっている!? お前は、私が匿っている恩を忘れたのか!?」
「知らねえよ、根暗のオッサン! いいかよく聞け! カナトをぶっ倒すのはこのオレ様ダァ。勝手な真似しやがったおめえはここで…」
「ま、待て! 今の私は『虚脱』でお前を…」
「ぶっ殺す!!!」
ドス黒いエナジーを腕に纏い、『龍』の鉤爪を模った掌打が、
「ぐぅっ!?」
『虚脱』を平然と貫通し、飽田洋一郎の腹を抉り取った。
「ばっ、馬鹿な…。私が、俺が、こんな死に方など、許されるわけ」
鉤爪を抜き取った腹から大量の血を吹き出す文明玉・飽田洋一郎。
「まだだ!」
『虚脱』により、傷口の出血量を著しく低下させ、エナジーで補強し、一命をとりとめる。
もう片方の手を、『龍』に構えた。
しかしその手には、刃が刺さる。
刃についた、長い鎖。
「…おいおい、また邪魔すんなよナァ!!」
当の『龍』はよそを向き、そこから伸びてきた鎖をたどり、その使い手に文句を言った。
禿頭の男。
「このハゲ! 約束と違うだろー!」
「欺いてすまない、蛇塚。でも、俺にも主張させてくれ」
『チェーン』と呼ばれ特殊な鎖を扱う、タナト教団・『序列・陸』。
「糸井ツムグ…!」
「飽田さん、あんたには世話になった。至れり尽くせりで、今こうして逆らうことだって筋違いだ。でも、俺はやっぱり、医者になんかなれねえ。でも…それでも…医者になれなくても、俺は人を正しく守りてえ。それが俺の答えだ!」
鎖から『麻痺』のエナジーが流れ込む。
「ふざけるなよ」
「ぐっ!?」
腹に刺しこむ鎖の刃先から、『虚脱』を流し込むと、『チェーン』は一瞬にして膝をつき、『麻痺』を弱めていく。
「所詮は私の下位互換。他者を制すには弱く、他者を癒すには強すぎる。なんとも中途半端なお前という人間の本質だ」
「ああ、そうかよ…」
禿頭の男は、依然、口元を緩ませて笑っていた。
意地を張ったのではない。
顔の筋肉が『虚脱』したからではない。
その笑みには、明確な根拠があることがすぐに分かった。
蝶の魔物のごとき、薄桃色の粒子が…
「なっ、まさか!?」
滝本リョウの『氷』のように、何もない場所から発現した。
「ボースー、あーんまかーってなことしないでくれるー?」
『序列・玖』。
「世界をほーろぼすのは、あーたしだからー」
ふざけたような口調は変わらないが、しかし、決定的に何かが違う。以前よりも、その口調を意識的に作っているように感じられる。今まで憑りつかれていた異常を克服したかのごとく。
「世界をあーたしのつごーどーりにするんだーからー。いーじわるなやーつらをしかってー。やーさしーひとたちーが得するよーにうーごくんだからー。さいてーな世界をあーたしのスキルでほーろぼしてあげるんだから」
「蝶野マイ…!!」
ただでさえ『粒子系』という恵まれた性質のスキルは、さらに磨きが掛かっている。その証拠に、飽田の『虚脱』が見る見るうちにコントロールを失い、再び腹から血が噴き出る。
「くそがよ、興ざめダァ」
蛇塚ウロコは、攻撃を止めた。
このまま何も手を加えなくても、おそらく飽田洋一郎は、死ぬ。
「そ、そうだ…ヨウジ! 私に『エンハンス』を付与するのだ! 優秀なお前なら、私の細胞と臓器を強化するのは容易いだろう!?」
皆の視線が、1人の男に集まる。
眼鏡の奥の双眸が揺らぎ、辿り着いた結論は、
「さようなら、父さん。今まで育ててくれてありがとうございました」
「なっ…貴様など、育てなければ、よかっ…」
深々と頭を下げ、息子として、罪深き父親の最後を見送った。
「胸張っとけ、お前は強えやつだよ」
轟ヒビキが背を叩き、『黄』の連中もそれに倣うように背を叩いた。
…さて。
「蛇塚ウロコ、貴様は」
味方か。
敵か。
目の前の男の殺意は未だ燃えているだろうか。
「おいおい、『ドラゴンブレス』の一つくらい吹かせてくれよなァ」
龍らしい細い瞳が、呆れるように天を仰ぐ。
首を上げたまま、その不気味で危険を匂わせる眼が、俺たちを見下ろす。
潜在的恐怖。
己の身体の中核を握りしめられているかのような硬直。
「どいつもこいつも」
口を開いた途端、脳内で反射的に技を選択し、構える。
最善は、抜刀。向かってくるのなら、最速の『月光閃・湖月』でルナを守る。
「くそつまんねえナァ」
『龍化』を解除し、人間の姿に戻った。
「どいつもこいつも、怪我だの畏怖だので、まともにやり合えそうにねえナァ」
「おいおい、ヘビ野郎。このビビりのオボロはシカトして、俺とやり合おうぜ」
轟が愚かに拳を鳴らしながら、蛇塚を挑発する。
「俺は弱いやつと弱ってるやつに興味ねえナァ」
「言ってくれるじゃねえか、おおん!?」
「ヒビキさん、さすがにそれは死ぬっすよ」
「うっぜえなトミヒコ! お前から死にてえか!?」
「なんでそうなるんすか!?」
轟に目もくれず、蛇塚はため息を落とす。
「神藤ザンテツ。お前もボロボロでやる気が失せたァ」
「久々にやり合ってもいいんだぜ? レイジの弔い合戦といこうや。女の子たちも見てるしな、カッコいいとこ見せたいねっ。…り、リサも見てるしな…」
ため息が出るくらい格好のつかない男が刀を握る。しかし、その腕はもう限界を迎えている。
タナトとの戦闘で、全力の『剣術』を使い切った。この人がいなければ今の3倍は死人が出ていただろう。
「まあいい」
蛇塚ウロコは、背中だけを龍にし、翼を生やす。
「おめえらの誰でもいい。強くなったら、いつでもオレ様を呼べヤァ。もっとも、オレ様の魂を喜ばしてくれるのはァ、いつだってカナトしかいねえがナァ! ああ、再戦してえナァ!」
雄たけびを上げながら、翼をはためかせ、空の彼方へと消え去っていった。
誰も後を追わなかった。
最年少で剣豪の神藤ザンテツも、血の気の多い轟も、やつに明確な有効打を与えられる紺野や海崎も、誰も彼奴を追おうとしなかった。
皆が尊敬する滝本レイジを殺したあいつに、誰一人として殺意を持てなかった。
やつの頭上。
『Lv75』。
馬鹿げた世界だ。
飽田洋一郎がタナトを欲した理由が、少しだけ分かったような気がした。
最終章 必殺のグロース
―完―
ここまで読んでいただきありがとうございました。
エピローグが2話ほどありますので、お付き合いください。。。




