Lv121 永遠に
夢か幻か。通り過ぎた小さな少女を這い求めるのは…
「ジイ…チャン…ケン…ジュツ…オシエ…テヨ…!!!」
暴走するタナト。声を全身に響かせながら、地を這う。
「ナンデ…オシエ…テ…クレ…ナイ…ノ…?」
俺もまた、地を這う。荒い地面がこすれるように身体を摩耗する。痛い。
高レベルの魔物たち。氷漬けになっているものや、消滅しきれずに瀕死の状態で横たわるものもいる。今にも動き出して、野性のままに死にかけの俺を栄養にすべく、動き出すかもしれない恐怖。
今にでも止めたいのに、この身体はそれを止めない。
アヤが、それをさせてくれない。
アヤの顔に似ていたあの子は。
生霊か。幻覚か。
そんな曖昧なものには思えないのは、どうしてだ。
通り過ぎた足音は、生き物としての重みを感じた。
会わなければ。
会わなければ、まだ、死ねない。
△△△
会ったことを死ぬほど後悔したのに、俺の命はまだ終わってくれない。
「嘘だろ…」
這いずった体勢から、肘を立て、うっすらと目を開けたまま眠りにつく少女を覗く。
アヤのようにキリっとしているが、幼子のようにかわいげのあるその目からは生気の灯が消えているように、力のない眼差しで、中空を見つめていた。
胸に風穴を開けられ、倒れ伏している少女は…。
「お前は…お前は…俺の…俺とアヤの…」
自信がない。その子が俺たちの子…レイナであるということが。
彼女本人から紹介でもされなければ信じられない。
それでも、
「レイナ…レイナぁ!!」
確信があった。
俺の脳が、感性が、魂が、エナジーが、この子をレイナだと言っている。しつこく訴えている。
アヤに似た目。アヤに似た唇。アヤに似た耳。アヤに似た鼻。
もう、信じざるを得ない。
額を付けた額から感じる冷たい体温。
生命を感じなかった。
物体になっている。
「お前…今更…何しに来た…」
少し離れた距離。
レイナ同様、仰向けに倒れこんだ人間。
恐ろしく見覚えのある老婆。痛々しく氷漬けにされている状態でも余裕で判別できた。
眠らせていたバツの悪い記憶を、真正面から叩き起こす声。
もう10年以上は会っていないのに、その老婆は昨日のことのように、俺を『お前』と吐き捨てる。
常人離れした怪力を持つ老婆は、今は死に掛けている。
「この子は、闘った…。守るために、闘った…。お前らタナト教団のように、己の私欲を満たすためではない。カナトや…儂のために…自らの命を削ったのだ…」
老婆の目から、水が一滴…二滴…惨劇を思い出すように目の真横を滑り落ちる。
「かくいう儂もまた、お前たちと同じようなものだ。…守れなかった。儂のいないところで、レイナは…アヤの時も、そうじゃった…」
老婆は手を震わせ、手元に置いたナイフを触っては、力なく手から滑り落とす。
「お前に…」
「…なん、ですか?」
「お前に…頼みがある」
俺はバカだけど、そこまでバカではない。この老婆の言いたいことが手に取るようにわかった。
この老婆は最後まで、俺のことを名前で呼ばなかった。アヤが俺のせいで死んでからは『お前』。その前は『あんた』。
最後の最後まで、俺の存在が気に食わなかったらしい。
そんな俺を嫌悪する老婆は、俺に頼った。
「お前が、儂を終わらせろ」
自分の長い生涯を終わらせることを。
俺に。
この俺にだ。
「お前に殺されるのは死んでも嫌じゃが、仕方があるまい。もう、生きる理由がないのじゃから。この状態では、生きて帰れるかも怪しい…かかか…」
広い歯間を見せつけるように、老婆は笑ってみせた。
「勝ったとて、この世でお前やカナト…バカで未熟なクソ男どもに介護されるくらいなら、あの世でアヤとレイナに稽古をつけたい。海を見て、バカな男どもの話をしたい。そんな永遠を生きたい」
そんな話を…。
「そんな話を、俺にするなよ…クソババア…」
俺だって…。
「俺だって、あんたのことは大嫌いなんだよ。…他人の弱さなんて考えもしてくれねえ、厳格ババア」
「ふっ、…言うようになったじゃないか…『オーファン』」
初めて呼んだ俺の名前が、テロリストのコードネームかよ。
「つくづくムカつくぜ。このクソババア」
力が湧いた。
鋭く、相手の体内を貫くには十分で、刃先の繊細な『光』。
『光』に選ばれたくせに、何の努力もしてこなかった、小さな刃。
「ほほ…『光』という一点だけは、…認めてやろう。この死なら、悦んで迎え入れよう」
アヤを嫁に貰った時と同じセリフを言いながら、また歯間をさらけ出して笑う。
「呑気な婆さんだぜ、ったく」
だから、俺は。
「死ぬにはまだ、早えよな」
「…なに…?」
「あんたも、…それからレイナも」
弱い『光』で、刃を作り出す。
「それにあんただって、まだ旦那がいるだろ? あんたとは違って知性と理性を感じる、お手本のような真人間」
イメージしろ。
外科手術に使うような、メスの形を。
「…お前…他者に…」
「アヤが死んで7年後か…使えるようになったんだよ。遅え研鑽だったよ。それも、テロリストの傷を癒すためにだ。皮肉を通り越して、どこまでもクズだよ、俺は」
そういえば、アヤは医療ドラマが好きだったな。その人を、その人の未来を直接的に守れるからって。あいつらしい、他人の未来を自分事のように思いやる気持ち。
正しいよな。
アヤ。
「よさんか…お前が…」
「言い淀んでるぜ。直情的なあんたらしくない建前だ」
本当はレイナが助かるなら、そうして欲しいんだろ?
ふっ。今更、俺の命なんて心配…するわけないよな?
「アヤが俺なら、絶対にこうする」
「…」
黙り込む。
分かっているが、やはり俺の命よりもレイナの命を優先している。
当たり前だ。
俺が婆さんの立場なら、同じように願う。お前の命と引き換えでもいいから、大事な人を助けてくれ、と。
叶えてやるよ。
『俺が、お前だったらな』
西宮先輩。
あんたはやっぱり、立派な人だったよ。
そうだよな。
あんたが、俺だったら。
こんな見事にドジを踏み続けたような生き方はしない。
…。
今はただ。
「『治癒の光刃』」
ああ、やっぱ出力食うなこれ。
これが終わったら確実に、反動で死ぬ。
でも、不思議と怖くはなかった。
レイナが元気になってくれたら、どうでもいい。なんとも父親気取りだが、今はとにかくそんな感じだった。
ありったけの『光』を、この子の心臓に。
しくじったら…永遠にこの子の父親を騙るな。人間を騙るな。永遠に地獄を生きていくことを覚悟しろ。死後も地獄で永遠に罪を償い続けることを受け入れろ。
「少しチクっとするぞ。我慢してくれよ、レイナ」
クズで志も低くて、善人にも悪人にも飽きられる、このどうしようもない『パパ』だけど、お前の力になってみせる。




