Lv118 弱い
「目覚めたか…」
『月』。
水無月ルナ。
1000年前の『月』を凌駕しうる神童。攻、守、治癒、奥義、あらゆる分野に秀でた、規格外。
隣に立つのは、
「さっきからジメジメと卑屈ばっかり言ってんじゃないわよ! その冗談、チョーつまんないんだから!」
『太陽』。
あらゆる邪を焼き尽くしたと言われる1000年前の『太陽』とは異なる道。『陽光凱歌』に特化。
「ルナ…テリヒメ…」
少年の目に光が宿る。
まずい。
彼女らの動き…特に『月』。あの少女の微動すらも許してはならない。
「やめろ、2人とも。もう僕は帰れない。たくさん、人を…殺したし、殺してたんだ!」
「私もルナも、あんたの帰りを待ってる。いや、待ってられないからここまで来たの」
「だから、もう放っておいてくれよ! 僕なんかのために命を懸けるなよ!」
戦闘中に会話とは、愚か。
おかげで、思考の猶予が生まれる。
あの『月』をどう奇襲するか、丁寧に選択肢を選ぶ。
『虚脱』を始めとする私の攻撃は『月の障壁』で防がれる。
タナトは未だ、敵陣を壊滅しきれておらず、足止めを食らっている。
ならば、狙うは『太陽』。
彼女を人質に取り、『月』の降伏および『陽光凱歌』の解除を要求する。
40メール弱、といったところか。
今の私なら、届く。
体内に入れ込んだ『真紅』。それによって得た成長。この少年の『急成長』をも超える突発的な進化。
言うなれば、『究成長』。
『真紅』を足裏に集中させる。
『藤井カナト』で言うところの『可変成長』。成長路線を根本から入れ替え、理想の自分を瞬時に実現する。
「『最速型成長』」
素晴らしい。
そして、凄まじい。
私が別人に乗っ取られたような感覚。
しかし、不快などとは一切、思わぬ。
感じるのは解放、それによる高揚。
『虚脱』に締め付けられた弱き肉体の不自由を断ち切ることへのカタルシス。
今まで募らせていた世界への復讐心を成就させるが如く、身体は理想のままに進化する。
今の私なら、何だってできる。何にだって成れる。
天王寺テリヒメが咄嗟に手を構え、更なる『陽光凱歌』を発動しようとする。
遅い。
まるで遅い。
水無月ルナに関しては微動だにしない。いや、できない様子だ。
こいつらは、本当に私と同じ人間なのか?
神速とも呼ぶべき肉体に、自然と反応速度がついてくる。
私だけが、この世界のこの一瞬を占領していた。
『究成長』は、私の想像を超える。ゆえに、目標を変える。
水無月ルナを直接、潰す。
単独で、タナトすらも脅威に陥れる可能性を秘めた『月』。
その心の臓を、確実に。
「潰す」
藤井寿太郎も死んだ。
『タナト』はタナトを手放した。
私の死因をこの『真紅』の侵食以外にできるものなど、もう誰もいないのだ!
これが、『強い』ということか。
これが、『個』か。
無防備な『月』。
やはり、抗魔大祭での奥義の後遺症が尾を引いているか。震えたまま立ち尽くすだけ。
『究成長』を遂げたこの私に反応できていない。
このまま心臓を…。
「言いましたよね、カナトくん」
閉ざしたままの口。
彼女の口から聞こえるはずの声は、彼女の後方から聞こえた。
それと、同時だった。
視線の奥。
錫杖・『闇明かし』を構えた本物の水無月ルナが、
「『月の憤慨』」
光を放っていた。
「たっぷり文句があるから、ちゃんと生きててくださいって」
心臓を攫うように空いた穴。私の肉体を通過する光。
手前の水無月ルナの姿が変わる。
いや、元に戻ったと言う方が正しいか。
丸井マドカ。
スキル『変身』。
文化祭襲撃の日、シャドウの撃破に貢献した少女のスキル。ヨウジから彼女の情報を得ていたにも関わらず、私は欺かれた。
抗魔大祭にて、『月』に対する撤退。『虚脱』よりも早いスキルの発動。
おそらくは水無月ルナがその情報を共有し、組み立てた策。
『月』への恐怖を敵陣に知られた時点で、私は詰んでいた。
『変身』ごときの少女が、この死と隣り合わせの前線に立つ可能性など、考えもしなかった。
これが、『弱い』ということか。
『弱い』からこそ、騙された。
これが、『組織』か。
後方に、聖なる気配。
相も変わらず人間離れした者の気配。
『Lv15』。
月光色の髪を揺らめかせる少女。翡翠色の双眸が憐れむように、私の呆気ない死を見届ける。
「これ以上、あなたの好きにはさせません」
「この小娘が…!」
怒涛の悔しさに精神を焼かれる。
その悔しさを力に還元できない。地面の土にすらも爪を立てられん。
生きて、世界の終わりを見届けたかった。
「…まあ…いい…」
…切り替えろ。
この死は逃れられん。
せめて、祈る。
…。
水無月ルナ。
いかなる傑物だろうと、お前1人と周りの烏合どもでは、あのタナトは止められん。
『Lv70』。
あと数刻。
耐えるのだ、タナト。
『Lv100』になるまで。
ルナぁぁぁぁ!!! お帰り!!




