Lv117 いつまで
「馬鹿馬鹿しい」
何が切れただ。
人の命など、所詮は100年と持たない刹那。
だからこそ、つまらんのだ。
圧倒的な『個』も、集団が積み上げた大きな歴史の一部に過ぎない。
神藤須佐之男も、『太陽』も『月』も。
タナトを封印した英雄は、もういないのだ。
命とは、そういうものだ。
いかなる才能を持ち得ようが、その場に居合わせなければ無力なのだ。
いかなる力を持ち得ようが、全力を発揮できなければ意味がないのだ。
「あなたは老いていなければ、深手を負っていなければ」
これが、『個』の限界。
目の前の、枯れ木のように萎れていく藤井寿太郎の老体。
『Lv1』になり下がった元最強の死体を踏み、今度こそ藤井カナトへと歩み寄る。
「貴様…貴様ぁ!!!」
またお前か。
『月光』。
「その微弱な光で何ができる? お前は間違えたのだ、『変容』の仕方を」
『Lv50』に到達した一度きりの特権。それをこの少年は、ただでさえ弱い『月光』の強化に使った。
「『月光』の強化により治癒を可能にし、味方の生存、あるいは自己の傷を修復し継戦能力を高める目的でしたのであろう。立派な考えだ。」
『個』よりも組織を重視した英断。それは評価しよう。
「しかし、その協調の方向は謝っている」
『深紅』で受けた二刀を弾き、腹を蹴り飛ばす。
「お前はその『月光』を瞬間的な威力に変えるべきだった。防御無視の自己犠牲をスタンスにするべきだったのだ。生きながらえたい、などと弱い考えを持ってしまったのが、お前という凡庸な男の最大の失敗だ」
「…はぁ…『月光閃・滅裂・五月雨切り』!」
だから今。
ふらふらと、風に揺れる花のような体幹から繰り出される児戯を蹴り飛ばした。
「私に二度蹴られたくらいで意識を失いかけるのだ。『虚脱』を発動される前に、私を切り刻める速度を望まなかった。誠の『月』に手を伸ばした。地に足のつかぬ誤った成長。それこそがお前の敗因だ。水無月オボロ」
取るに足らない『月』の愚兄を横目に、目的へと歩み寄る。
「『タナト』」
「あ…ああ…」
蒼白な顔。
命の終わりを絶望する顔。
哀れだな、『タナト』よ。
タナトと同じ名を持ちながら、この私などに為すすべもなく、出来ることといえば、ただ立ち尽くすのみ。
「終わりだ。お前には特に思い入れはない。ただ、タナトを育ててくれてありがとう。我が息子よ」
もう、お前の近くには誰もいない。
藤井寿太郎も、それを取り巻く子供たちも消えた。
向こう側もそうだ。タナトを前に倒れていく者たち。あとは『風』の少女・嵐ミツキが喰らわれるのみ。
少しだけ、私は、私が望む世界に立ち会うことができそうだ。
それだけでも十分、私は恵まれている。
△△△
僕が招いたことだ。
僕のせいで、じいちゃんも、レイナも、水無月さんも、みんな…みんな…。
向こう側。
先輩たちも大人たちも、みんな倒れている。生きているかもしれないけど、だとしても、もう…。
真紅の身体が、少女を掴む。
「カナ…ト」
目が合った。
「ミツキ!!」
「逃げ…て…」
みんな同じことを言う。
僕なんかを生かそうとする。
タナトを招いたうえ、もう今は空っぽで何にもできない『Lv1』の僕なんかの命を優先して、みんなは闘う。
「無理だよ…」
逃げるなんて、できるわけない。
「終わりだ。『タナト』よ」
向けられた『真紅』の槍。洋一郎さんは僕なんかよりも『真紅』を使いこなす。じいちゃんの命を削った一撃でさえ『虚脱』で消してしまう。
勝てない。
もう、『急成長』もできない。
眼前に迫る『Lv50』。
レイナの『狂人殺し《レベルダウナー》』の効力もとっくに尽きている。
「やるなら早く、やってくれ」
うなだれる。
そうすることしかできなかった。
もう、一秒でも早く死にたかった。
何も間違ってない。
みんなが『逃げて』っていうから、僕はその通りにするんだ。
タナトを育て、解放した責任から逃げるんだ。
楽になりたい。
罪を感じる知能を手放したい。
生きているから苦しいんだ。
「今までよく頑張った、『タナト』。せめて、楽に終わらせてあげよう」
あれだけ怖くて憎かった人の声は、父親のように堅牢な優しさを纏っていて、それが嬉しいとさえ思ってしまった。じいちゃんを殺した人なのに、僕はこの人に褒められたことを喜んでしまった。
そうだ、じいちゃん…藤井寿太郎。あの人は、僕の親じゃない。
『藤井カナト』の親だ。単なる『入れもの』の『タナト』だった僕の父親はこの人なんだ。
失礼だよな。
僕なんかが、あの人に『じいちゃん』なんて気安く呼ぶのは。
ああそうだ。あの人のことも巻き込んだ。僕なんかのせいで、あの人は死んだんだ。
『虚脱』による虚脱が、体内に浸透していく。
その『虚脱』は、抵抗すれば苦悶するが、そのまま受け入れてしまえば心地の良い夢にいるような酩酊を感じさせる。
従ったものだけが報われる。
まるでそんな理屈を体現するかのようなスキルで。
真っ暗な視界。
僕は、ゆっくりと、時計の針が進むように、
永遠の眠りに落ち…
『いつまでメソメソしているんですか? カナトくん』
真っ暗闇の中。
聞こえるはずのない声を知覚したのは、その時だった。
心臓に狙いを定められたように照らし出される。
蘇ってしまう活力。
開いてしまう双眸。
『月』が、今度こそ迎えるはずだった終わりを、終わりにしてくれなかった。
闇夜の戦場。差し込むは『月』の光。




