Lv116 夢を叶える
こやつ、やりおったな。
切り落とした腕の断面を、『真紅』が補完し、血が止まる。
その生えた手を我が物のように動かす。儂に見せつけるようにして五指を曲げて伸ばす。
「『剣閃・登龍』」
変異したこやつを刀でかちあげると、『真紅』だけが反応する。
「及びませんな。あなたの剣は、我がタナトに!」
「序の口じゃ」
「『剣閃・罰槌』」
叩きつけた部位も、地面に落ちた部位も、『真紅』が衝撃を無効にする。
「『剣閃・扇』」
刈り取った『真紅』が、瞬く間に蘇る。斬られた事実を無かったことにするように再生する。
「『剣閃・九十九』」
連続で同じ個所を突くが、刀を引き戻し、再び突く直前には『真紅』の膜が本体への直撃を阻む。
「これが、生命というものです。私は、今、生きている」
「戯言を。数時間後には、お前さんは死ぬんじゃろ?」
「ええ。そうですね。そこの『入れもの』とは違い、私のスキルでは完全に『真紅』を押さえつけることができない」
奴の視線がカナトに映る。
「本当に、最高の拾い物だった」
ああ。
己の握力が上がっていくのを感じる。
それだけじゃない。
脈拍、全身の硬直。
そして、
殺意。
主役を気取っているわけじゃあないが、儂は今、ブチ切れている。
オボロのやつを一瞥する。
相変わらず利口な弟子は、儂の意図を瞬時に読み取り、さらに距離を取る。
「儂はな」
こやつの、あるいは儂の最後じゃ。
「仲間がいたんじゃ」
自分語りでもしてやろう。
△△△
「フウタ! ライタ!」
『風神・雷神』と呼ばれ、広大な戦場を支配した兄弟の手足が千切れている。
お調子者の風使いの兄。神経質な雷の弟。こいつらはいつも小さいことで喧嘩していたが、なんだかんだで仲が良かった。
「タケチカ! センメイ!」
豪傑と呼ぶにふさわしい『伝説の山賊』も、策略で何体もの魔物を撃破した『賢者』も、頭蓋骨や、左半身が消え去っている。
軍の中で一番食い方が汚かった下品な男。俺の嫌いな読書をしつこいくらい薦めてきては、拒む俺を愚物だと小ばかにしていた女。
「テミア!」
『氷聖』と呼ばれ魔物たちから恐れられた弓の名手は、自らの『氷のエレメント』をも凌駕する火炎に焼き尽くされ、灰と化していた。
毒舌で気位が高くて、儂に対して気に食わんことがあったらいつも耳たぶを引っ張る、容赦のない女。
俺が渡したペンダントがなければ、その焼死体が誰だか分からなかった。分からなかった方が幸せだったのかもしれない。
…。
みんな死んだ。
なのに。
俺だけが、生きている。
1年に及ぶ抗魔戦役が終わり、人間側が勝利を収めた。
俺は、『魔物の王』をはじめ、『剣獣』や『海王』、『天空の射手』など、魔物陣営の要を数体落としたことで、当時のイージスから最名誉国民として表彰された。
人間が勝ったところで、俺が表彰されたところで、あいつらは帰ってこない。
タケチカとフウタと3人で馬鹿みたいに酒を飲んだ店では、いつの間にか俺一人で酒を飲んでいる。
ライタとセンメイ、奥手なあいつらの恋路を茶化した写真をたまに見る。
しつこいくらい、ほぼ毎日、テミアが夢に出てくる。
いつもそうだった。
俺だけが生き残る。
死にたかった。
あいつらのところに行きたかった。
『ふざけるなよ!』
刀を首に当てて死のうとしたら、姉貴のやつからぶん殴られた。
『お前は簡単に死ねると思うな!』
『強いからかよ…俺が強いから、責任から逃げるなってか!!?』
更なる強さが欲しくて、違反行為…レベリングをしたこと。それによって常人主義のZ地区を追放されたこと。
だから俺は、その責任から一生逃げられない。そう言いてえのか。
『お前は私の弟で、あいつらの仲間だろうが』
死ぬ動機を失った。
『あまりにもベタすぎんだろ、その励ましは。ドラマの見過ぎなんじゃねえの?』
そんなありきたりな励ましなんかに、生きる力を与えられた。
『そうだ。最近のドラマは面白くてな。私に似て綺麗な女がいてな』
『姉貴に似てるとか、それこそ死んだ方がマシだな。ぐぇっ!』
腹にめり込む拳。最初の顔面パンチよりも痛かった。
痛かった。
俺は、生きている。
…。
『お前さん、名前は?』
『タ…、タ…ナ…ト』
『そうか…。おっ、それならお前さんは今日からカナトじゃ!』
カナトを拾ったのも、後悔していない。
『カ…ナ…ト?』
『そう、カナト。漢字登録されたら、『叶人』。お前さんは、お前さん自身が持った夢を、絶対に叶える人になるんじゃ』
小さな命をもてあそぶように、『タナト』などとふざけたものを入れ込んだこやつを、許すわけにはいかない。
もう、死なせん。
儂の手の届く範囲なら、全部守る。
△△△
「…正気か!!」
「かっかっか、何を言うか若造。儂は生まれてから死ぬまで、正気というものを知らん」
儂のスキル『経験放棄』。
レベルを低下させることで、爆発的なエナジーを出力する。
「本当は、タナトに使いたかったところじゃが」
出力最大。
『Lv50』だった儂…今は、『Lv1』。
「喜べ。俺はお前を、ブチ殺したい気分だ」
全盛期の感覚だ。自分の身体を巡るエナジーの一粒一粒を、手に取るように知覚できる。
「死ぬのが…怖くないのか?」
「怖くないわい。それをゆうならギャンブルでやらかした方が怖かったのう。あのケチな│姉貴とは違って勝負師じゃからのう、儂は」
「この、化け物め…!」
「人じゃよ。ちょっとだけ女が好きで、ちょっとだけギャンブルが好きな、…カナトの父親じゃ」
『剣閃』。
『驚天動地』。
数年前、この山で小さなカナトを救った奥義。
今度はその力を、出し惜しみなく、殺す目的で、
「振り抜く!」
音も光も、全部置き去りに。
叶人。
今度こそ、本当に。
お前は、お前が見たいように夢を見て、それを叶えろ。
大丈夫じゃ。
お前の夢は、何だって叶う。
じいちゃんが保証する。
藤井寿太郎は、親しい仲間の多くが『獅子王』に殺されていることは知りませんでした。ただ一体の魔物、というよりも魔物全体を打ち負かすことに奮起していました。『獅子王』と会敵した時、もし『獅子王』が寿太郎の友人を殺したことを明かせば、寿太郎は倒れた仲間の救助よりも『獅子王』の殺害を優先してました。まあ、『獅子王』は寿太郎の交友関係なんてものは知らなかったので、起こりえない仮定の話ですが…。




