Lv112 完成
鍵くん。やっぱり君は天才側だった。もう卑屈になんてなっていられないくらい、君を求める人が増えるだろう。
彼らが反抗期の『氷』を落としてくれたおかげで、高レベルの魔物たちに高出力の水を流し込めるようになった。
研究室を出る。
平均レベル70以上に急成長した…あるいは、さっきまでは低レベルにまで押さえつけられていた魔物たち。
私は『海神の魔槍』のスキルの一つ『激流』を駆使し、菱田トヨコと上杉ユウトに迫りくる彼らを後方へと押し流した。
またお主に助けられるとはな。面目が潰れるわい。
彼女に意識があるならそう言われていただろう。単純な氷漬けと、先刻闘っていた忍の疲労で、まだ目覚めそうにはない。
次に向かってくる魔物たち。
彼らのレベルが突如、下がった。
「置き去りとか、レイナのことナメすぎだから。海神のお姉さん」
『狂人殺し』を展開し、魔物のレベルが下がる。
しかし、『Lv45』前後。レベリングのない人間が勝てる相手じゃない。
私たちに装置の影響しない範囲を瞬時に選び取る。そのセンスは認めるが。
「インファイトなら負けないし」
まだまだ、心は未熟だな。いや、元は達観しているが、状況が状況のため焦っているようにも見える。その証拠にチラリと、目が祖母を向く。
「ちょっと、どういうつもり?」
襟首をつかんだ菱田レイナから繰り出される良い蹴りを受け止め、
「君はお婆様の傍にいてあげるといい」
何とかなだめてあげる。
「前線は私が切り開くよ」
「…もたついたら、レイナ、一生あんたを許さないから」
物分かりが良くて助かる。中学生でも我が強すぎてコントロールできない子が多いからね。
例えばあの、タナトと『氷』のように。
ふふ。轟や水無月も、前はそうだったかしら。
「こんな状況で何笑ってんだか。ムカつく」
「というわけで、護衛よろしく。…それから上杉ユウト君」
「はい」
「更なる研鑽を経た私でも、渾身の一撃じゃないと彼らを倒せないから」
「囮、ですね」
「話が早くて助かるよ」
指示を受ける側も賢くなければ務まらない。
指示を送る側の意図を先回りして理解するくらいの理解力を持ち、指示を送る側に近い思考を持てる人間が適役だが。
彼は私の要求を、満足の満足まで満たしてくれる。
「では、さっそく参ります。タメが終わったら合図を」
実力も十二分。
『Lv18』なんて数字が嘘みたいに速い。まさに、『神速』。
何体もの屈強な魔物たちが、肉薄一つで砕けるだろう人間一人に困難を極める。
さあ出番だ。
私。
それから『相棒』。
唯一の有効打としての責任を持とうか。
『魔刺し《スティンガー》』。
『海神の魔槍』のスキルの一つ。
これを披露するのは久しぶりかな。
溜める時間も長い上にエナジー消費の激しい技。大海のような『青』を、三叉槍の先に付与。
しかしながら、そのコストに見合った効力を、魔物にのみ発揮する。魔物特攻のスキル。
ふふ。
そういえば、一学期の魔物討伐は、水無月オボロを差し置いて学年1位だったっけか。
「よくやった、上杉ユウト君」
本当に、よくやってくれたわ。
私に近いレベルの魔物なら。
『激流』。
「うそでしょ…」
私の大好きな反応だ。菱田レイナ。
予想を裏切られた時のその顔に、体内じゅうを愉悦が駆け巡る。…ぞくっと来る。
槍を横に振るっただけで、魔物たちが大海原に流された。
△△△
「おお! 海崎の水がこっちまで来てんぞ!」
足首くらいの水位の海流が流れてくる。神藤さんが子供のようにはしゃぐ。
「ふん」
派手にやってくれたものだな、海崎。
お前も大概、負けず嫌いだ。
対人で俺を転ばせた時の悪魔のような笑顔を、一生涯、忘れんだろう。
「どうだ、紺野」
「…ふむ」
『赤』のリーダーが、意識を失った滝本リョウを観察する。
「命には別状は無さそうかの。鍵と同様、時間が経てば目が覚める」
「そうか」
一年の頭上に乗った『Lv50』。
これは、投薬によるものではなさそうだ。
恐るべき執着だ。
以前、抗魔大祭で会った時に『Lv35』だったこの男は、短期間で『Lv50』になった。
世界への恨みだけで、短期間に魔物を何万体も殺した。
世界を正すために、己を歪めた。
司馬明人に感じた狂気に似ている。
目覚めてしまえば、再び俺たちを殺そうとする。その危険性は高い。
「リョウは…」
嵐ミツキが今後を案じるような目をする。
「リョウは…どうなるんでしょうか」
「分からん」
このような答えしか持ち合わせていないことを恥じるが、こう答えるほかない。
「拘束はするだろう。藤井カナトも、凍り付いたままだがわずかにエナジーを感じる。死んではいない。互いを日常に戻してやる。その努力をせねばな」
「…分かりました。私も尽力します。うちのバカな男どもがお世話になりました」
思った以上に強いな。
嵐ミツキ。
藤井カナトや滝本リョウとは異なる方向で精神が強い。
事実を事実のまま受け入れる。悲観や怒りを交えない冷静さがうかがえる。
「そうと決まれば撤退かの」
紺野が『妖狐』の耳についた埃を払いながら、ため息を小さく吐いた。
「ああ、そうだな」
イエロースパークのやつらや海崎、軍玉様の無事を確認し、今度こそ帰還…
するはずだった。
目の前に現れたのは、
「見事な闘いだった」
黒いローブ。命からがらの痩身。
『序列・壱』。
「未完成だがタナトを封じ込めた滝本リョウ。そしてその彼を封じ込めた君たち」
文明玉。
「実験は成功ともいえるな」
飽田洋一郎。
「いつまで眠っているつもりだ。タナト」
『氷』の解けた小さな水たまりに倒れ伏す藤井カナト。
「器の蓋は剥がれた。早く完成するがいい。そして、お前の欲望を叶えるがいい。破壊だけを原動力とする傲慢の権化よ」
その体の内側から、『真紅』だけが抜き出されていく。
あの夜とは少し違うが、…直感。
「『月光閃』…」
「遅い」
全身に『虚脱』を撃ち込まれた。
やはりこの男、スキルの発動が早すぎる。
「おいおい、なんでか知らねえけど、全身がだりいぞ!? 噂の迷惑系やせぎすおじさんか!?」
「ほう…君は動けるのか。さすがは初代イージスの子孫」
「てめっ、距離とんなよ! チャンバラごっこもできねえのか、ボケナスぅ!」
「ああ。この身体ゆえ少年時分から満足に遊べなかったものでな。娯楽というものを知らん」
目の前の凶悪に夢中で、背後の巨悪にまるで気が付かなかった。
「カナトっ!!」
嵐ミツキの声を遮るように、
「グォァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
全長5メートルの『真紅』が雄たけびを上げた。
倒れ伏したままの主人・藤井カナトの肉体から解き放たれた災厄は、その自由を悦ぶように叫んだ。




