Lv110 帰る場所
父さんは、奪われ続けてきた。
レベリングして授かったスキルは、誰のためにもならない、持っているだけで自他を堕落させていくものだった。
地域によっては忌み者として扱われた父。
夢や目標を叶える人間や、愛を見つけ育てていく人間たちを横目に、自分は抱えきれないマイナスを0に近づける努力をしなければならない。
当たり前の幸せを手に入れるために、自分は身を削るような努力をしなければならない。
スキルの完全抑制を習得したころには、父は37歳。そこから父の人生らしい人生が始まる。
出遅れすぎたスタート。夢や目標すらも決まっていない焦り。
そんな地獄のような境遇の中で、母に会えたことは唯一の救いだったらしい。
しかし。
そんな救いすらも、地獄と化した。
母はもともと病弱だった。この世を憂う理由が一致した二人だから、意気投合したのだけれど、それにしたって皮肉なものだ。
母は、自身のスキル『エンハンス』で延命しながら、俺を出産したらしい。俺を生まなければ、20年は生きながらえていたと、医者は言っていたという。
…。
『お前らはどうなんだよ! こんな下らねえことやってる大人と一緒でいいのかよ! 義務とか命題とか知らねえよ! てめえらのやりてえことは何だ!? 仲間を裏切って心は痛まねえのかよ! 大人ぶって、器用に振舞ってるふりしてカッコつけてんじゃねえ!!』
カナトの言葉を思い返すたびに、じくじくと、胸に針が刺さるような感覚を覚える。
カナト。
きっと、話したところでお前には分からないだろう。
他人の話なんて、頭で理解しても、感覚で味わうことができない。
知識と経験。その理解度の差はお前が思っている以上に大きい。
親の命の代わりに生まれてきた俺が、どうして自分の夢を見ていい?
「おいおい!」
あんたも大して知らないくせに。
「お前のスキルは、そんなもんかよ! ちゃんと俺のこと殺す気あんのか? あぁん!?」
どうして逃げない?
『エンハンス』を最大に振り分けた神鳥の炎を浴び、雷獣の爪に付けられた深手で、あんたはこれ以上、俺に何ができる?
「撤退も、賢い選択の一つですが」
「するかよ。後輩どもが命張って限界超えようとしてんだ。先輩の俺がどうして尻尾巻いて逃げなきゃいけねんだよ」
口から血をダラダラと垂らし、再びすり減っていく命。
「あなたは、陣営の重要人物だ。撤退した方が、集団のためになるんじゃないですか?」
消えてくれ。
ここで殺してもいいのに…俺は何を、急いている。
「だーかーらぁ!!」
雷獣を投げ飛ばし、上空の神鳥に激突させた。
「しねえ、っつってんだよ! 何度も言わせんじゃねえぞ、ボケ!」
「なんでだよ!!」
…クソ。
声が出てしまった。この心はもう、殺したはずなのに。
「なんでだよ…」
ダメだ。
口元が震える。
「そこまでして、あんたがここで出張る理由は、なんなんだよ…」
「ああ? …ったく、んなものも聞かねえと分かんねえのかよ。やっぱてめえは、頭がいいくせにバカだぜ」
死に掛けのくせに、顔が笑っている。やっぱりこの男は、狂人側。
「俺らが、おめえを連れ戻すためだよ」
真っすぐな目だった。
初めて俺に声をかけてきた時と同じ。自分が欲しいと思ったものは、手を伸ばせば絶対に手に入る。そう信じて疑わないような、わがままな目。カナトに共通する、傲慢そのものの目。
羨ましい目だった。
「つーか、さっきから言ってんだろ? おめえを連れ戻すって」
「連れ戻して、どうする? 本気で俺と絆なんてものを築こうとしているんですか? テロリストの息子ですよ? 父が死んでも、その意志を継ぎ、世界を平らにしようとするかもしれない」
無理だ。
俺が、飽田ヨウジである限り、あなたとは交わらない…交われない。
「うっせえよ」
理屈をまるで、無視してくる。
「そんときゃ、そうなる前に、もういっぺんおめえをぶっ飛ばす。おめえが企むたびに、俺がぶん殴って分からせる」
複雑に絡んだ事情の糸を、己の生き様で引きちぎってくる。
「つーか、おめえがいねえと生徒会の書類だの申請だのは誰がするんだよ? オボロのやつ騙してウチの予算引き上げられるのおめえしかいねえし」
「それだけですよ? 俺が有益なのは…」
「それがいいんだよ。生徒会からむしり取ったその金でイエロースパークの打ち上げすりゃいい。オボロざまぁって笑いながら焼肉食うんだよ」
「それだけですよ…それだけ…」
それだけなんだ。
俺が、あんたらに出来ることなんて。
「ヨウジ!」
こっちを見ろ。
声音で伝わる意図。うつむいた頭を持ち上げる。
「っ…!」
見せたくなかった。
きっと、情けのない弱虫の顔。
父親の存在がなければ、どう生きていいかもわからない、弱い人間の顔。
「お前は少しでもここに戻りてえ気持ちはあるか? 俺らとまた、一緒に闘いてえ意志はあるか?」
2匹の魔物を気にも留めず、立ち尽くす男。
「俺は…」
銃声。
そいつがいつの間にか習得していた資格。
神鳥に銃弾が刺さる。『磁力』を纏った弾丸に直撃したせいで、使用者の『磁力』で引き寄せられ、機動力に適した薄い身体を『岩石纏い』で地に固められる。
そういえば、神鳥を捕まえた時の決め手は、こいつらだっけか。
「飽田! 戻って来いよ。俺だって銃の免許くらい余裕で取れたっつの!」
「うむ。トミヒコの未熟な射撃を指南してくれ」
「ああ!? おめえは誰の味方だゴウシ!」
本当に呑気で、にぎやかな奴らだ。
「俺は…」
雷獣が模倣系のスキル『癖移り』による『スキル耐性』と『剣術』を混ぜた斬撃で前足に深手を負う。
「ヨウジ、言っちゃうけど、今の私、使ってるスキルは3つだよ? ヒビキの『スキル耐性』とザンテツの『剣術』と…ふふ、あとこれって誰の『エンハンス』だったかしら」
スキル『癖移り』。
自身に性的欲求を持つ人間のスキルを模倣することができる。肉体を求められれば求められるほど、スキルのパフォーマンスは本人に近づく。
不特定多数に愛されることが分かってしまう彼女。そんな彼女が、きっと真っ黒な闇を憂うことなく、むしろこっちを意地悪く笑う。隣の交際相手と、…俺の反応を楽しむように、喜劇的に笑う。
「おいリサ。…はぁ、ったくよぉ。おめえのせいだからな、ヨウジ! 分かったらさっさとこっちに帰ってこい! 今なら一発ぶん殴るだけで許してやるからよ!」
「ヒビキさん、そりゃ帰ってこねえっすよ」
「うっせえな、まずはおめえからぶっ殺す!」
「なんで俺っすか!?」
…父さん。
咄嗟に後ろを振り向く。
「俺は…」
俺は。
「ごめんなさい…!」
背いてしまった。
母さんを殺したくせに。
まだ、何の役にも立てていないのに。
俺は、裏切ってしまった。
大人になることをやめて、
「し…仕方ないですね、ヒビキさんは」
輩みたいに下品にはしゃいで、子供みたいに無策に笑う、テキトー上等な男のもとを、新たな『帰る場所』にしてしまった。
「俺一人いないと、組織運営もできないんですから」
安心している。
俺よりもずっと無知で乱暴で雑なこの男が、いつの間にか、俺の心の支えになっていた。
生徒会の定例会でも、学内チームのサブリーダーとして出席しているヨウジですが、いつも轟の発言する番が回った時は耳打ちしてます。
今年の2月。カナトたちが入学する前の、定例会は特に。
「だからヒビキさん、この件については…」
「ああん? なんだって? 知らねえ言葉を俺に言わせんじゃねえ」
「ふん」
「おいこらてめえオボロ! 今鼻で笑ったろ! 表出ろやゴラァ!!!」
「どうやら貴様の脳は言語能力は愚か、危機管理能力も伴っていないらしい」
「やめてよ2人ともぉぉ!! 大城副会長、なんとかしてくれ!」
「気が済むまでファイトすればいいんじゃない? 私、男同士の喧嘩を見るの好きなの」
「オボロさん、うちのリーダーがすみません。次回からはきちんと喋れるようにこのサルを調教しておきますから。なんてね、冗談ですよヒビキさん。ぷふっ…冗談」
「ヨウジ、てめえも今日ぶっ殺すから遺書でも書いとけや」
「ああ…早く会いたいよ、サイハぁぁ…」




