LV.11 頼れよ
特別訓練場は、かつては法人として機能していた建物を、再利用したものだった。簡単に言えば廃ビル、そこには機械型の魔物が多く配置されていた。
訓練内容は簡単。ペアを組んだ生徒と共闘して、その魔物の討伐数を競い合う。討伐数によっては、学内チームへや生徒会への評価に繋がるため、生徒たちの大半は、躍起になっていた。
それによって、俺たちはある種の危機に面しているとも言える。
学内チームや生徒会には、一定の定員数が設けられているからだ。つまり、俺と水無月よりも優秀な者が増えてしまうと、俺たち2人が今いるイエロースパークから追い出され兼ねない。
今の状況を端的に言うならば、ピンチなのだ。それも、かなりの。
そのうえ俺たちは、イエロースパークの中でも最低レベル。チームに入れなかった6位以下の生徒たちよりも、余裕で低レベルだ。
ペアを組んだ時に浴びた非難の声は、組む前よりもさらに陰湿な雰囲気を纏っていた。
「最弱なカナトと、ビビリの水無月じゃん! 学内最悪チームの最弱2人組」
「チームに入ってない俺たちよりも弱いんじゃね?」
ルナは、睨み返す俺の隣で後ろめたそうに身体を縮こませていた。
今回の訓練にも、大きくプレッシャーがかかる。心なしか、担当の先生の意味ありげな視線を浴びる。
その担任が、注意事項も確認する。
「この廃墟の最上部は、俺たちが使役していない魔物がいる。その魔物は、致死量の毒を持っているため、くれぐれも最上部には近づかないように!」
開始の合図で、この場にいるほとんど全員の生徒たちが、廃墟の入口にもう突進する。
俺も、それに倣って、地面を強く蹴る準備をしていた。
「よし、俺たちも続くぜ!」
見てろよお前ら。
反骨精神が叩き起こされる。
「む、無理ですっ!!」
ふぇっ?
思わず間の抜けた声が出た。まさか、この期に及んで、そんなことを言い出すとは。
「でも、このまま入らなかったら、点にならねえよ?」
「無理なものは、無理です! 怖いんです!」
頑なに廃墟に入りたがらないルナ。半ば強引に彼女の手を引こうとするも、その場に座り込んでしまう始末。
「ほらっ、早くしねえと、追い越されるって!」
「嫌ですぅぅ!!」
手を引く俺に負けないくらいの力で、その場に踏ん張る。華奢な女の子なのに、なかなか引っ張れない。火事場の馬鹿力ってやつか…。
いや、単純なレベル差か。それで女子に負けるのは結構傷つく。
俺も、負けじと粘り続ける。
「下手したら、イエロースパークから追い出されるかも知れねえんだぞ!」
恐怖によるモチベーションアップって、馬鹿にできないんだな。ピタっと、彼女の動きが止まり、俺の顔を見た。その直後に、俯いて、何かを言おうとする。
そうですね! 私、頑張ります!
…的なことを期待していた俺は、この後、面食らう。
「いいんですよ、最初から、学内チームなんて入りたくなかったし」
「はっ? なに言って–」
「強制的に、教師たちから勝手に入隊させられたんです! 兄様も…家族もそれに協力して! 私の持ってる、『月のエレメント』が千年に一人のスキルを持つ存在だからって。ただ、希少だからって」
「はっ!? つ、月の…!?」
『月のエレメント』。
こいつのスキルは、簡単な治癒や解毒の類だと思っていたが、そんなものとは比べられないほど上等なものだった。
『 月のエレメント』は、最上級の治癒や解毒を可能にし、戦闘面では特殊な結界により、硬い物理防御に加え、エナジーや魔法攻撃の無効化を可能にする。そして、強烈な魔物特攻の性質を持つ。
1000年前、初代イージスの妃が持っていたと言われる極希少なスキル。
まさに、希少中の希少。リョウやミツキの強度の属性エレメントをも凌駕する。
そんな恵まれ過ぎた力を持つのに、この肝の小ささと言ったら。
宝の持ち腐れって、このことを指すのか。心の中で毒づいてしまった。
「こんな力、持ちたくて持ったわけじゃない!! 目立たないように、過ごしたかったのに…」
彼女は、そう言い切ると、グスッと、間隔をあけて何度か音を立てる。
それが、うっ、うっ、という音に変わり、その音が、間隔を狭め、次第に繋がっていく。
まずい、と思った時には、彼女は泣いていた。
下を向いて、うーっ、と呻きながら。
やってしまった。
俺は、中学に入ってから、初めて女の子を泣かせてしまった。
華奢な女の子の肩が、嗚咽とともに揺れる。
これは、本格的にまずいことになって来たぞ。チームから追い出され、しかも女の子を泣かせた男として、これからの3年間を過ごすのか!
いや、ヤバイって!! ホント!!
泣きたいのはこっちだよ、と思いながら、生徒たちがすでに入って行った廃墟の入口を眺める。
すると、声がした。ひどく馴染みのある、2人の声が。
「あー! カナト! 女の子泣かしちゃってる〜! ひっど〜!」
「だからモテねえんだよ、カナトは」
「お前ら…」
声に振り返ると、リョウとミツキが、ふざけ調子に俺を見ていた。
全部聞いた、とリョウが言った。
「女子1人も勇気づけられねえなんて、本当にカナトらしいな」
「は? どういう意味だよ?」
「ああ、もう! ストップストップ! 2人とも!」
ミツキが、喧嘩になりそうな俺たちを止める。そして、未だに蹲っている水無月に言葉をかけた。
「水無月さん、だっけ? 私、嵐ミツキ。よろしくね!」
ルナが、泣き顔を見せながら、ミツキを見上げる。ミツキが続けた。
「闘うのなんて、怖いよね。まだ、レベリングされたばっかだし。そんなの、プライドが高いお馬鹿な人たちがやれって言いたいもん!」
ルナが、射すくめられたように彼女の方に視線を止める。
「でも、大丈夫! 私だって、すごく怖いけど、私のスキルは、メチャクチャ強いみたいだから、スキルが私を守ってくれる。水無月さんだって、どんなスキルかは知らないけど、きっと死なないよ、…いいえ絶対。…このレベル1のおバカさんだって、死んでないし」
ねっ、と俺の方をニヤリとした笑みで見つめる。「おい!」と返す俺に無視して続けた。
「だから、大丈夫。あなたは死なない」
まっすぐな瞳でルナを見つめた。すると、ルナは次第に英気を取り戻したように、表情を明るくした。
「本当…ですか?」
「うん! 私、嘘つくの大っ嫌いだから! それに、いきなり闘え、なんて無理なこと言わないよ。ゆっくりでいい。自分の出来ることから始めよう」
そう言ってミツキは、ニッコリと、太陽のような笑顔を見せた。
「はっ、はい!!」
ルナが、目に見えて自信を取り戻す。むしろ、今日で一番、自身のある顔つきだった。
「少しずつ…」
「うん! 少しずつ!」
こうして、ルナの恐怖は、いくらかおさまった。
ミツキは、昔から人を慰めるのがうまい。人の悲しみに寄り添ったら、その相手は必ずと言ってもいいほど、明るくなる。
俺もそうだった。事あるごとにリョウに立ち向かって、完敗した悔しさを、いつも受け止めてくれる。
だから俺は、ミツキの事が…。
まあまあ気に入ってるだけだ! 好きとかじゃねえ!
「じゃあさ、提案!」
その慰め上手は、言葉通り、提案する。
「今日、水無月さんがピンチだと思ったら、私たちが助ける! 」
その場にいる全員が固まる。
えっ、と声が漏れた俺の方を、ミツキが一瞥して続ける。
「でも、助けてあげる、なんて上から発言じゃないから、勘違いしないで。 逆に、私たちがピンチの時は助けてほしい」
だから、連絡先、交換しよ?
そう言って、自分の端末を差し出すときの笑顔は、休み時間の女子みたいに快活なものだった。
ルナは、彼女に倣って端末を取り出す。ミツキが最後に言った。
「よろしくね! ルナちゃん!」
そう言って、彼女は、リョウと入口へ向かう。
「はい! あっ、ありがとう、ございます!」
ルナが、その背中に向かって、深く頭を下げた。
2人が、完全に廃墟に入ったところで、俺たちも今度こそ突入する。
その前に、俺は、言っておく事があった。
ルナの方に目をやる。彼女は、ミツキの時とは打って変わって、怯えたように俺のことを見返した。
「水無月…」
「はい?」
「ごめん」
「あっ…、いえ、私が臆病なせいですから」
「俺、水無月の気持ちなんて何も知らないのに、偉そうなこと言って。自分のことで精一杯だった。ごめん」
「いえ、私こそ…」
気まずい、ことなんて百も承知だ。俺は、彼女に謝ったあと、こうも宣言した。
「俺にも、頼れよ」
「えっ?」
「俺にも、頼れよ。ていうか、あいつらよりも、頼れるってとこ、見せてやるからよ」
水無月が目を見開きながら、何かを言いたそうにしていた。
しかし、それは二つ返事で終わった。
「はい」
水無月は、目を少し細めて微笑んだ。今までの、おどおどした態度とは無縁の、真っ直ぐで綺麗な眼差しを、俺にくれた。
俺は、迂闊にも、ドキッとしてしまった。単純に、可愛いと思ってしまった。
い、いや、そんなんじゃねえよな。
そう言い聞かせて、照れを隠すように頭を左右に振り回し、前に進んだ。
「ほ、ほらっ、行くぞ。前は俺が切り開くから」
「はい」
俺たちは、ついに入口をくぐった。




