Lv103 長所
「アヤ先生、教えて!」
「えっと、これはね…」
清掃員になって3ヶ月。
庭の手入れをしながら室内を除くと、菱田アヤが赤面しながら、相変わらずなれない口調で孤児たちに教える。
「こうやって…えい!」
武道場に備え付いた木製の器具。
レベルのない女がそのクッション部分に木刀を打ち付けると、まるで炸裂弾が爆発したような音が響き渡った。
「アヤせんせーすごーい!」
「魔物が襲ってきても安心だね!」
子供たちは拍手喝采。
「水平切りはこんな感じだよ? ちっちゃいころは叔父さんの技をよく見てたから踏み込みには自信があるの…えへへ」
照れくさそうに頭を掻き、道着を着た女が控えめに笑った。
えへへ、じゃねえよ。
何者なんだ、あの女は。
この三か月間、剣を、槍を、弓を、二刀流を、棒術を、…ありとあらゆる武器を達人のような手さばきで子供たちに指南した。
だらだらと流れる生活に、一つの興味が差し込んだ。
「菱田さん」
授業が終わり、昼休みに入った瞬間に声をかけた。視線を感じて逃げられることが多いから。
「は、はい! なんでしょうか…」
俺よりも少し背の高い女は、あんなに強いくせに凄まじく気が小さい。
この女にはきっと才能がある。『光』を持て余す俺なんかよりも。それなのに、剣士隊や騎士隊を志願することなく、レベリングすらもしないで、ここでガキどもの面倒を見ている。
『光』を持て余しながら、他人の期待にそっぽ向いた俺は、この女との共通点を見出していた。
単刀直入に聞き出してやろう。
…の前に。
後方の無垢な視線たち。いや、覗いている時点で無垢とは言いにくいが。
「おまえら、大事な昼休みを清掃員なんかで消費すんなよ」
ガキどもが下世話な期待を抱かせてじろじろと12個の目を光らせている。
「だってアヤせんせーとユウヤが仲睦まじそうだもん」
「見逃せないよねー」
「ユウヤー、今日こそ男を見せろー」
このガキども、いっつも俺だけ呼び捨てにするし、『仲睦まじい』とかどこで仕入れてきたんだって指摘してやりたいが、今はそれどころじゃない。
「ほら、あっちいった。大人の話だ。ガキはだめ」
「大人の話だってー」
「ユウヤ、やらしーこと企んでるー」
「ヒワイ」
「お前らなぁ…」
俺はガキの扱いが苦手なんだ。ガキってのは、自分の興味のままに他人の事情に直進してくる。
こうなったら、力で言うことを聞いてもらうしかねえな。
「付いてきたら拳骨な」
「こわくないもーん」
「俺の拳骨じゃない。アヤ先生の拳骨が怖くないのか?」
「それは嫌だー!!」
なめ腐っていたガキども。菱田さんの鉄拳を想像した途端に散り散りになる。
「やっぱ菱田さんってすげえな」
「なんだか恥ずかしいです…」
「ああ、ごめん」
△△△
「その…なんで…」
2人になると歯切れが悪くなる。
聞いてはいけないことを聞いていると直感する。これからも一緒に働く同僚とは関係を拗らせたくないし、そもそも、普段から優しい人の不機嫌な顔を見たくない。
もったいない。
俺が今までの人生で最も言われて嫌だった言葉を、彼女にそのまま言おうとしてしまう。
キリっとしているのに柔らかい目元が、微妙に動く。
やっぱりやめとくか。
「繋ぎたいんです」
撤回を試みた直前、端正な口元が動いた。
「僭越ですが、恐縮ですが、私には才能があると思います。多分、抗魔戦役で戦果を挙げた母よりもずっと…」
『なんで』としか問えなかった俺の足りない言葉を完璧に汲み取る。彼女が続けた。
「その子たちの才能を見つけたり、何か頑張れる目標を与えたいというか…。私一人が強くなっても、それはなんだか寂しいというか…違う気がするんです」
「でも、お前が軍や剣士隊にでも入れば、もっとこの国のためになるんじゃ…」
思わず踏み込んでしまう。失礼だ。
しかし。
「そうかもしれません。母にもZ地区の駐在になるよう言われました。…でも、私が教えた子たちが私を越えてくれたら、そっちの方が国のためになると思います! 私が老いて使い物にならなくなっても、私の技術を受け継いでくれる子がいて、さらにその子の背中を追いかける子が現れて…。そういう心の繋がりが素敵だなっていうか。…なんて、まだまだ全然教えるのは下手ですが…」
たどたどしく言葉が尻すぼみし、また照れくさそうに頭を掻く。
ああ、似ている。
『テキトーでいいんだよ』
仲間のことを第一に立ちまわっていた、あの時の先輩に。
彼女は常に、他人の幸福へと目線が向いている。
自己中で無目的な俺なんかと一緒にしてしまったのは失礼だった。
…。
あふれ出してくる。
こんな真剣な時に場違い感情が口先まで盛り上がり、やがてこぼれ落ちた。
「…好きだ」
「え? …え、ええっと、それは…どういう…!?」
初日に抱えていたリンゴのように顔を真っ赤にさせて、彼女が半歩下がる。
その姿すらも、急に愛おしくなってくる。
どうかしてたよな、俺。
で。
「あんたのこと、一人の女性として好きだし…それ以上に、菱田アヤ…人として好きになった。尊敬した」
言ってしまった。
事なかれ主義を貫き通すつもりだったのに。
多分この後、きっぱり断られるんだ。
どんな建前だろうか。他に好きな人がいる? 高潔なシスターでありたいから情事は控えたいとか? 男性には興味ないとか?
本音は気持ち悪いと思っているだろうな。
この後、友人や他のシスターに言いふらされて、俺はこの職場にいづらくなって自主退職ってとこだろう。
「あ、あの! 私は…」
さあ、覚悟はできてるぞ。
「私は少し前から、好きになってました」
「はぁ? …はあ!!???」
せっかく鎮まりかけた心拍が、吊り上げられたばかりの魚みたいに飛び跳ねた。
「私…天木さんのように、力を抜いて、誰かを安心させられる人になりたいです。ゆっくり、自分のペースでいいんだよって、力を抜いてあげられる人になりたい」
ダラダラやっている俺のダメな性質を、長所だと捉えてくれた。
このままでいいんだと、今の俺を認めてくれた。
ずっと引っかかっていた過去が、するりと簡単に取れた。
「やったじゃんユウヤー!!」
「おめでとー!!」
ガキどもが群れを成して俺に飛び掛かってくる。つーか見てたのかお前ら。
「アヤせんせー、授業の時もずーっと、ユウヤのことチラチラ見てたもんねー」
「そ、そんなことないよー!」
子供に見透かされ、菱田さんは赤面して爆発しそうな顔を両手で覆った。
両手の指の隙間が開き開く目と、俺の目が合う。
視界が咄嗟に反転した。
耳が熱くなっている。
△△△
それから3年後。
アヤと結婚した。
子供も授かった。
小さな赤ん坊。
アヤのように、強くて優しい子に育ってほしい。
レイナ。
まだ小さくて、俺たちのこともきっと認識してない、海を透かしたビー玉みたいに小さくて光り輝く命。
お世話になった孤児院を退職し、彼女の地元であるZ地区と、Y地区のフェンス整備の仕事に就いた。いつでも彼女の母親…トヨコさんたちのもとへ帰れるように、近くに住むことにした。
ガキどもから色紙をもらったアヤは…俺もそうだけど、涙が止まらなかった。
フェンス整備のやつらは酒を飲むのが好きで、俺もよく飲みに付き合わされた。
きゃっきゃと笑うレイナに頬をつねられ出勤して、働いて、飲んで、遅い時間に帰ってきたら頬を膨らませたアヤに頬をつねられる。
そんなダラダラと、それでも誰かのためになっているはずの毎日。
ずっとこんな日が続くと、信じて疑わなかった。




