Lv102 運命の人
何だったんだろうな。
俺の人生について、何か物申すことがあるのならこれだ。
明確にこれです、と形容できない抽象的な生涯だった。
何のプライドもなかったんだろうな。
可能性のある若者の命を優先できたことくらいは、誇っていいかもしれないが。
△△△
「ほら、あいつだよ」
ガキの頃の記憶。
よりにもよって、この時期が走馬灯として出てくるのか。俺もつくづく不幸な男だ。
「天木ユウヤ」
「ああ、あいつが。確かに薄っすら、『光』が出てるな」
ざわざわと風が吹く森のような雑音。
はっきりとしない声量。
О地区。
AからFの上位地帯とは程遠い、凡才たちの集まりの中で、俺は『光のエレメント』を引き当てた。引き当ててしまった。
スキルというのは例外を除けば親の遺伝といわれるが、幸か不幸か(今では胸を張って不幸だと言える)、俺はその遺伝からまんまと逸脱した。
出来れば目立ちたくなかった。強さなんてものに興味がないし、争いごとなんて嫌いだ。
小学校までの時のように、友人たちと群れて、呑気に毎日を過ごして老いていきたかった。
それでも周りは、そんな俺を見逃してくれなかった。
意識の高い生徒会の先輩たち。上位地帯をライバル視する人らに目を付けられ、О地区中学史上初の、一年生で生徒会メンバーに所属した。
行きたくなかった魔物討伐遠征に行かされ、遠慮のない先輩たちと模擬戦闘もさせられた。
「よっ。元気してっか?」
唯一の救いだったのは、日常的に殺し合いのような緊張感をもたらす生徒会のメンバーに、尊敬できる先輩がいたこと。
西宮キンジロウ。
誰に対しても人当たりがよく、気さくに話しかけてくれる。学校でも仲のいい人間が多い。金髪で背の小さい元気な先輩。
「なんだよ、女子更衣室の覗きにでも失敗したか?」
少しお調子者で人をからかう部分はタマにキズだが。K地区生まれだからと、よくそんな言い訳をしてK地区の方々を巻き込む。
「そんなことは気が狂ってもやりませんよ」
軽くため息を吐いて対応するが、構ってくれるのは嬉しい。今思うと、この無神経ないじりすら、固くなっている俺をリラックスさせるための計算なのかもしれない。
実践では、スキル『防護膜』で、味方に衝撃吸収の膜を張ることができる。視野の広い防御ができるのも、彼が人望を集める理由でもある。
「悩み事があるなら言ってみ? 育ちはいい方だからな。なんてったって、俺の親戚の幼馴染の家には『妖狐』の加護がついてるからのう…なんちて!」
子供っぽく浮かれた口調で微妙な自慢話を混ぜながら、俺の顔を覗き込む小さな先輩。
塞ぎこみたいけど、この人に対しては何でも吐露したくなってしまう。
解決してくれる。気を晴らしてくれる。
そんな確信があるから、みんなこの人に気を許すんだろう。
「治癒ができないんですよね」
根負け。打ち明けることにした。
「『光のエレメント』なのに、防御が弱くて、治癒も使えなくて先輩たちを癒せないのが心苦しいというか。自分に対する治癒は使えるのに…。かといって攻撃も弱い。…俺って、役に立ってるんすかね?」
「めっちゃ役に立ってんじゃん!」
即答だった。
適当な回答だったら、この人に対する評価を下げてやろう。
そう思っていた。
「だってよぉ」
しかし。
「先輩たちの顔を立ててくれるじゃん」
「え」
「お前だけが何でもできる万能になってみ? 俺たちが存在する意味がなくなるぞ? 俺も俺で、もっと防御で活躍したいし。先輩たちも剣士隊とか騎士隊の推薦狙ってるからな」
「でも…」
肩に手を置かれる。
「テキトーでいいんだよ」
無責任な言葉だ。
「テキトーに、らくーに、力を抜いていけ。じゃないと自分の役目が回った時に全力を出せなくなるからな」
でも、なんでだろう。
発言の内容は、この時の俺には到底納得のできないものだったのに。
腑に落ちる、とはまさにこの感覚だったのだろう。
そして、この人の言う通りだった。
薄い防御と自己の治癒しか満足に機能しない『光』は、自分の役目に集中し、これまで以上のパフォーマンスを発揮した。
俺よりずっと考えてる先輩たちの考えを、そのまま間に受けて、役目が来るまでだらだらと休む。
ただそれだけ。
ただ、やり方を変えただけなのに、ガラッと結果が変わってしまった。
何の能力を磨いたわけでもないのに、急に強くなったような錯覚。
西宮先輩は、すごい人だった。
俺も何かを目指したくなった。
そうなりかけた。
…。
なのに。
「ああ、ユウヤか…」
殺風景な病室で、見舞いに来なければよかった、などと思ってしまう。
先輩も、今一番来てほしくない人間を見るような反応を取り、慌てて笑顔を作る。顔の筋肉が引きつっているのが、俺の目から見ても分かる。
翌年。
剣士隊や騎士隊が見守る魔物討伐試験。
先輩は、生徒会長の指示に背き、単独で魔物の群れに突撃した。
3年生たちが数体の魔物を倒し、点数を獲得する中で、ただ1人だけ魔物を撃破できていなかった。
その結果、剣を振るえない腕になった。それどころか、手をかざしてスキルで満足に魔物狙うことすらもできないほどの後遺症だった。
補助系スキルのサポート枠を必要とする『異能精鋭隊』は、AからF地区の上位地帯でしか査定してくれない。О地区の田舎にはよほどの才能がなければ来てくれない。
「俺が、お前だったらなあ」
その言葉を最後に、俺は病室を出た。
耐えられなかった。
泣きたいのは、先輩の方なのに。
俺の涙は、絶対にあの人には見せられなかった。
「なんで俺が…こんな力を…」
この日を皮切りに、俺は生徒会から外れた。もったいないと言われながら、だんだんと堕落していく。上位地帯のスカウトも学校に来たが、校長先生には全部断ってもらった。
「もったいない」
俺を見る誰もに、俺の決断をそう否定された。才能を持て余して心の余裕を見せびらかしている、などと勝手な想像による非難も受けた。
それからあっという間に中学を卒業し、特にやりたいこともないまま就職活動をし、Y地区の陽月教系の孤児院、そこの清掃員になった。
履歴書には、『光のエレメント』…ではなく『発光』と書き込んだ。チープなスキルだけど、光のよしみで君を採用しよう、と根明な神父さんに手を掴まれて内定した。
身体から滲み出るエナジーをコントロールし、エレメント持ちだと分からせない努力だけはした。
このままだらだら。
西宮先輩に不快に思われないよう、絶対に目立たないように地味に生きていく。
このまま地味に、何の挫折もなく楽に生きていこうと決めた。
それなのに。
「あっ!」
俺にぶつかり、後ろに倒れ行く身体。
籠から弾け飛ぶ数個の赤いリンゴ。
晴天の青に広がる太陽のような赤たち。
咄嗟に身体が…スキルが動いた。
『光の祝杯』を広げ、リンゴと、倒れ行く少女を拾い上げる。
「あっ、その、ありがとうございます!!」
おたおたと、落ち着きのない少女の頭上に目をやる。レベルがない。
たぶん、隣のZ地区から出稼ぎにきたのか。
「わ、わたし、中学を卒業して今日からこの孤児院のシスターをさせていただきまひゅ! ひ、菱田アヤと、申します!」
顔を真っ赤にして、目を背ける少女。
「も、ももも、もしよかったら、清掃員さんのお名前を…教えてもらっていいでしょうか!」
懐からメモとペンを取り出す。
「そこまでして俺のこと暗記しなくていいから」
忙しいやつだな。
「俺は天木ユウヤ。あんたと同じ、中学卒業して今年から。清掃員だからあんまり絡みないし、気にしなくていいよ」
「そ、そんなことないです! 同じ敷地の同僚ですから! わ、私の方こそ、暗くてどんくさいですが、よろしくお願いします!!」
菱田アヤ。
レベルのない女。
良くも悪くも、俺の運命を大きく左右する女との出会い。
運命の人。
…なんてよく言ったもんだ。
ユウヤ(のちのオーファン)は、西宮の助言を受けてからというもの、味方へのサポート能力が一気に上がりました。しかし、ユウヤがそれに感謝している裏で、西宮は彼の急成長に焦ってしまいます。自己の戦闘能力も鍛え、無理して前線に立ってしまったせいで、今回の事故に繋がりました。
病室での一言を、西宮はひどく後悔しています。




