Lv100 成長の天才
見下げた景色に広がる、序章。
「タナトも要らぬか。つくづく、弱いな」
どうして第二人類史が1000年以上も続いていたか、不思議に思えて仕方がない。
大城裕子の布陣は申し分ない。軍玉として、この国の軍人の頂点としての本領を発揮している。
負けていただろう。
こちらの軍勢が『人間』だったら。
魔物を見くびった結果だ。
結局、人間という生き物は自らの傲慢さで滅びゆく生き物なのだ。
どうしてスキルやエナジー、武器がなければ満足に動物とも戦えない人間ごときが、彼らを下等と見なしているのだろう。
文明の力に頼らねば己の身を守ることもできぬ弱者が。
だからこそ。
「捨て去りたいのだよ」
早くこの身を。
私と同じ人間という者を、一匹残らず。
「君になら、それができるはずだ」
隣に立つ少年。
私の息子でも『タナト』でもない。
普通の家庭に生まれ、普通に育った少年。
後天などは信じない。どんな生物も、遺伝で才能が決まる。
だが、この少年は、私の価値観すらも超えてくる。
信じていなかった。
『Lv60』。
たった一ヶ月にして、私のレベルを超えてしまった。
纏う冷気は、常人ならば心臓が止まるほどの圧をもたらす。
成長の天才。
そう呼ぶにふさわしい。
藤井カナトの、タナトありきの『急成長』とは違う。彼本人の、意思による力。
数万もの魔物を与えたのは私だが、実質、素の力、己のみの力でその数万を手早く殺害し、限界を超越した。
「滝本リョウ」
遥か昔。
魔物が存在しない第一人類史よりも遥か昔。
氷河期という時代があった。
この星の生物が一匹も生きられないほどに冷え切った時代。
まさに、死の時代。一瞬の生の余地すらも与えない冷徹。
そんな時代の権化と化した『氷』使い。
タナトを超える『死』の可能性。
「先生」
そわそわと、年頃の少年らしくエナジーを揺らす。気温が下がる。
「分かっている」
パンドラの『箱』の、空間干渉のエナジーを吸い上げて生産した『転移石』。
それを使って、山頂に移動させた『兵器』。
「君の独裁とタナトの破壊、どちらが勝るか」
Z地区に提供した『狂人殺し』。大気に特殊な物質を展開させ、範囲内の人間のエナジー循環を乱し、レベルを下げる。
『兵器』は、その逆。
タナトのスキルの一つ『増長』。宇宙空間が今も広がっていくように、生きているだけでエナジーの総量が休む間もなく膨張していく。
その『増長』を研究し、エナジーを膨張するスキルの子供たちの心臓を液状に溶かして作り上げた試作品。
人間を疑似的にタナトにする。
対象の血液に直接注射し、レベルを跳ね上げる。試作段階のそれは、適応できなければ内部のエナジー循環が凄まじい勢いで破壊され、全身が血煙のように爆散し、死に至る。レベルが低いほど致死率が高い。
構えた注射器、垂れる白色のエナジー。
差し出される腕に、
打つ。
成功。
滝本リョウは、天命すらも味方につけた。
「適合だ。素晴らしい」
纏う冷気に混ざる『白』。
この『兵器』の名は。
『必殺のグロース』。
「滝本リョウよ。強大な力に兄を奪われ、なすすべなく打ちのめされ、最弱を感じてきた君が、藤井カナトのように急成長する時が来たのだよ」
「俺が…俺が…管理する」
頭上の『Lv70』とともに、滝本リョウは神のごとく飛翔し、戦地へと降り立った。
「そう、なりたい自分になりなさい。君は、あらゆる全てを支配する『個』を目指せばいい」
時間が経てば、『Lv100』と化すだろう。
どうする、人類よ。
あの神のような『月』が欠けた今、タナトでもいなければ話にならないだろう。
△△△
雪が濁流のように流れ込んできた錯覚。
「なんだ…あれは…」
降り立ったのは、氷の魔物?
『Lv70』。
胸の中にいるバケモンを感じた時と同じ悪寒に震える。
馬鹿みたいに震えてしまうのは、凶器のように凍てつく冷気のせいだけではない。
怖気。
死を直感してしまう。
そんな直感は、まんまと的中してしまった。
「サイハ! 轟! 藤井君! 雷の男の子! こっちに来るんだ!」
先輩の後ろに回る。
「施錠!」
流れ込んでくる冷気…いや、氷の噴流といった方が正しいのかもしれない。
凄まじい勢いの『氷』の噴流が流れ込んでくる。
飲まれれば、死とはいかずとも、重症にはなるだろう。
「ぐっ…!」
スキルの対象範囲が広すぎて、手に負えない鍵パイセン。
「『獄炎→防壁』」
箱の先輩が黒い炎で壁を作り、
「『特大のライゲキ』!」
パニッシュの蒼雷でようやく、なだれ込む『氷』を防いだ。
数秒のホワイトアウトが大気に流され、ようやく窓の外を視認できる。
視認できないままの方がよかったのかもしれない。
「おい、なんだありゃあ」
「か、彼は…」
夢かなんかだろ。
抗魔大祭の日、ルナが暴れた時と同じ悪夢。
そんな悪夢が立て続けに起こるわけがない。
起こる、わけがないんだ。
「リョ…ウ…?」
目が合った。
あたり一帯を氷漬けにし、魔物も人間も殺した幼馴染が、いつもみたいに、スカした顔をして俺をほくそ笑んだ。なんてことない日常の、学校の教室でするみたいに、緊張感なんてものがなくて…。
「なんでだよ…なんで…」
「おいカナト、落ち着…」
「なんでだよ!!! ばかやろう!!!! うああああああああああああああああ!!!!!!!!」
顕現した『真紅の剣』。
剣先を心臓に突っ込んだ。
出てきやがれ!
バケモン!!
命令だ。
あのバカ野郎を止めろ!!
「ト…メ…ル!!!」
自我が消えていく。
あの夜、『月』と闘った時みたいに、知覚が共有されたまま暗闇に放り投げられる。タナトに支配される。
もういい。
せっかく協調とか協力とか、そういう意識が芽生えたっつーのに。
お前のせいだぞ。
お前のせいで、俺はまた、誰かに迷惑をかける。
そんな後先を考えられないくらい、俺はお前を止めなきゃいけねえんだ。
一歩で、この馬鹿に近づいた。
手に持った『真紅の剣』と、この馬鹿の氷剣がぶつかる。
「ナ…ンデ!!!」
「カナト、お前には分からないだろうな。その気になれば、成りたいように成れてしまうお前には」
「ウ…ルサイ!!」
「今はなおさら、分かってもらえなさそうだ。この醜い獣め。お前らみたいなのがいるから、兄さんは」
「ミ…ツキニ…アヤマ…レ!! オ…レノ…ダイス…キナ…ミツキ…!!!」
バケモンが、言わなくていいことまで言い放ち、リョウを乱暴に吹き飛ばした。
箍が外れていくように、意識はさらに、タナトに奪われていく。
第八章 限界は打ち破られた
―完―
【第二人類史歴1×××年×月×日・研究記録】
『必殺のグロース』と名付けた投薬型兵器の実験を行った。
『必殺のグロース』を被検体数体に注射。レベルのない被検体30体は爆散し、死亡。レベルのある被検体30体は、10体が即爆散、残りの20体は急激なレベルアップを可能にしたが数秒後に爆散し死亡。いずれの被検体にも、筆者の『虚脱』、助手の『エンハンス』で肉体の調整を行い延命を図り、わずかながら生存時間が伸びた。なお、魔物の被検体は上記と同様の条件下において、すべて爆散した。
レベルアップの数値や死亡するまでの時間は個人差が見られるが、今回の実験結果から、成功の可能性が高いとされるのは人間で、さらに、投薬時のレベル・そして肉体強度が大きく関わると推測した。
次回の投薬実験は、『Lv30』以上の成人を集め、実施予定。
こちらからタナト教団員、陽月教から隠密兵を派遣し、逃亡中の指名手配犯を中心に200体は確保したい。




