126 真冬の五月病
50日目。
日課が増えたお陰でやることが多い。
『ダンス』の訓練で、アリアンとクロが参加してくれたので華やかになったくらいか。
相変わらず多い野良ダンジョン撤去作業は、賽の河原の石積みに似ている。
51日目。
今日は休暇だ。
2日働いたら1日は休んで欲しいと進言を受けた。
オルレア曰く。そろそろメリハリを付けて働くことを考えましょうとのこと。
長期を見据えた目標もなく、だらだら仕事するのは効率が悪いそうだ。
ダンジョンマスターとしての目標なら、決まっている。サリアータの大穴を塞ぐことだ。
個人としてはカザン訪問、大陸行路の街灯設置、昇殿試験かな?
……わあ、我ながら冒険してない冒険者でやんの。
あ、それと各荘園のダンジョン造りもあるか。
レベル2のダンジョンも造ってみたいから、その運用も相談したいし。
なるほど、忙しいな?
これに日課を加えると、予期せぬイベントは入れられない。オルレアの提言はこの事か。
減らせないのは、レベル100までの位階上げだ。
野良ダンジョン潰しと、『調律』は日にちを分けてもいいよな。
教養を積むのは2日に1度は入れるとして、と。
よし、これなら自由時間が作れる。
荘園行脚や他の事は、空き時間にちまちまやろう。
図書館も建てる準備もしたいなあ。
やりたいことをつらつらと箇条書きにしていく。
「サリー、なにから始めたらいいと思う?」
「休暇なら怠惰に過ごしたら如何です?」
「んー。1日だらだらと本を読んだりとか、いいかな」
リアルでも、暇な時間は課題をこなしていたので本は全く読めていない。
映像系の娯楽は途中でやめどきを失うからもっとだ。
冬休みになれば時間も出来るだろうからと我慢していた。
「いいですね。ホテルの図書室に行きますか、それとも書店へ?」
「今日は図書室で。お勧めがあったら教えて欲しい」
「そんなわけで昨日は撹拌世界でだらだらしてきた。
リアルでもゲームでも、やること多くて流されがちだったから。なんか自然とモチベ下がっていたみたいだ。
1日グダついたら、元気になったっぽい。お前らは平気?」
体は疲れてなくても、心がしんどいこともある。
リアルとゲームの両方で。新しい環境にも馴染み始めたところで気が抜けたのか、冬だというのに五月病になってたらしい。
ひとつずつ課題をクリアしていくのって、調子いいときは楽しいよな。だからってぎちぎちに予定を詰めすぎた。
サリーと一緒に図書館に籠り、完結済みの長編コミックを読み漁った。
進められるまま気軽に読み始めたんたが、激動の昭和に輝きを放ち今にも伝わる名作には、人の心を震わせる力がある。
これぞ珠玉。
良質な友情と成長と、その物語が閉じる余韻を補充したので、今日のオレは潤っている。やっぱ、息抜きはしとくべき。
リアルでの朝。合流した千枝と万里を紹介がてらの食事の席だ。
今朝はお好み焼モーニング。
豚コマのお好み焼に、大根の味噌汁と、天かすが入ったお握り、沢庵つき。
豚肉がカリカリで生地がふわふわ、キャベツたっぷり。厨房に関西のお人でも紛れ込んでいるんだろうか。目茶苦茶うまい。
ああ、甘いお好み焼ソースとマヨの相性のベストコンビ。最強だ。
天かすのお握りは初めて食べたが、つゆの掛かった揚げ玉がサクトロで、後味の七味がピリリと爽やか。何個でも食べたいお握りだ。
食いしん坊の千枝なんて、それはもうニコニコだ。
そうか、旨いか。沢山食えよ。
この後、大根の収穫だからなー。
「あー、うん。そうかも。疲れているってわけじゃないけど、オレも休みを入れるかなあ。
なんか、気ばかり急いちゃってさ。自分で入れたタスクに追われてる」
「私はやることが多いと楽しくなる質だ!
効率よくピタリと嵌まると尚良しだ!
しかし、周りに心配を掛けているとは思う!
なのでそのうちレジャーに誘うから、よろしく頼みたい!」
「お前のやる気スイッチ切ること出来んの?」
「エンフィは泳がないと死ぬ回遊魚だからな」
「…おにい、潮ノ目さんたちをあっちの名前で呼んでいるの?」
千枝は口の中のお握りをほうじ茶で流してから問いかける。
おかしいだろうか?
「同い年のエンフィはともかく。ヨウルはこっちに合わせると、西邑先輩か西邑さんって呼ばなくちゃどうも座りが悪くてな。
体育会系男子としては少し年上の同性はタメ語で話すのが難しい。
なあ、ヨウル。敬語使っていいなら、西邑さんって呼ぶけど?」
いや、マジで。
日本は年功序列文化がまだ死んでないから、社会人になった時に困らないようにって敬語だけは叩き込まれた。
中学生男子のオレらがよっぽどアホに見えたのか、そこら辺の指導は厳しかったんだよ部活のセンセ。
「お前、そんな繊細なとこあったの?
敬語はこの距離感で今さらだからやめとけよ。ニッシーでも、よっちゃんでも好きに呼んだら?
千枝ちゃんや万里ちゃんもな」
「はい、西邑さん」
「………リュー、なんでお前が返事するの?
お前にそう呼ばれるとなにか謀られているみたいで怖いんだけど」
「たった今、思い付いた。
研究所に居るうちはいいからって、身バレとか丸っきり放置していたじゃん?
でも撹拌世界ではオレらさ、爵位貰ったから貴族名鑑とかに名前が載ってしまうだろう?
リアルでサリアータ民に会う確率は低いけど、名簿からデータが漏れそうだ」
ダンジョンマスターじゃなきゃバレても構わないんだけどさ。数が増えるまではトラブル防止に、ステルスしとくのがお上の方針だ。
こっちで妹と対面させたからには、リアルネームで統一しといた方が後々で困らなさそう。
「なるほど!
無精せずに、名前を呼び変えていても良かったかもな!
それでは流と要と呼ぶとしよう!」
うーん。自分で言い出しておいてナンだけど西邑先輩を、要呼びかあ。ハードル高いな。
オレは西邑先輩をヨウルって呼ぶことで、頭の中の同世代スイッチ入れていた。ゲームの関係の延長で。
ゲームでは偉そうに振る舞うロープレをしているけどさ。リアルはそこそこ謙虚に生きているもんで、年上を呼び捨てはやりづらい。
ヨウルは人懐こいってゆうか、距離感開くのを嫌がるタイプで、西邑先輩もそこは同じだ。
…まあ、オレが慣れるしかないのか。少し時間が掛かりそうだけど。
「エンフィは幸仁だからユッキーか幸…さっちゃん?」
「そんな可愛らしい呼び名を使われたら照れてしまう!幸か、幸仁で頼む!」
幸か。
こいつは年上の門下生の面倒見ているから躊躇なくていいなー。
細かいこと気にしているのはオレだけだ。
「………なんか、エンフィ以外は直ぐにバレそうじゃね。名前、被ってるし」
「それはどうだろう!
リューとチェルエット嬢はロールプレイング上級者だぞ。
他の者にはプレイヤーだと思われてないのでは?」
そんなわけあるか。プレイヤー周期で寝ているのに。
空白の2年も、しっかりサリアータの奥底に浸かっていたぞ?
「まあ、確かに。
リューは最初会った時は虚弱だったから、いかにも儚く見えたもんなあ。
なんで男なんだろってガッカリするような、深窓の姫君もかくやだったじゃん。
プレイヤーだって合図されなかったら、あれはわからんかった。
千枝ちゃんもなんちゃってお嬢さまってわけじゃなくて、振舞いがめっちゃ板についているしさ。
万里ちゃんだけなら元気で明るくてプレイヤーっぽいけど、そこに年期の入った3兄妹っぷりを追加すると、やっぱり違うかなってなるもんな」
千枝はなあ。『礼法』スキルのアシストもさることながら、TRPGではGM業も嗜んでいたりしてアドリブ利くから。割りと本物のお嬢さまらしい仕上がりになっているんだよな、こいつ。
「それに私たちは未成年スタートだったろう。
最初からステータスにデバフがつくアバターを、良しとするプレイヤーは限られるのでは?
私は面白いと思って受け入れたから、物好きが全くいないというわけではないだろうが!」
「えっ。そうなの?」
ヨウ…要、こいつなんにも考えず勧められたまま選んだのか。素直か。
「オレは、リュアルテを運営に差し出したら悲惨な境遇の現地民として出てきそうかなって」
「やめろ。おチビさんの不幸は胸が痛い」
「うん。なので回収させて貰った。
……オレがプレイヤーに遠巻きにされていたのは、現地民と思われていたからなのかな?」
プレイヤー以外にも遠巻きにされているその事実は、悲しいから無視しとく。
「そりゃ、プレイヤー関係ねえよ。
フツーにお前ら2人は近寄り難いだろ。目映いばかりのあの容姿で、人に囲まれているのが当然って体だ。
特にリュアルテ。あのメイドさんや執事さんたち、テレビでしか見たことないようなSPの立ち回りしてるじゃん。
使用人の服装の民間人。それなのにあんなプロい要人警護見せつけられて、気軽に声を掛けろとか無理ゲーだろ」
だって容姿はGMのセンスだから、オレが選んだわけじゃないし。
メイドさんは、まあ、うん。
オレや客をビビらせないよう表では柔らかい物言いをしているが、裏では鬼軍曹や熟練兵らしくキビキビしているのは知ってはいる。イッヌなのに猫を被る、その努力だけは認めてやって欲しい。
「ヨウルだって冒険者に囲まれてるだろ?」
「あいつら腕は立つけどチャキチャキの下町育ちだもん。鍛冶屋の3男とか、粉屋の8男とか。地元に伝手がありまくりよ?
ちょっと歩くだけで声を掛けられるわ」
「それなら私は?」
「お前みたいな巨壁のゴツい軍人に守られている若いのなんて、見えている地雷をつつきに行く勇者がどこにいると思ってんの?」
「流、西邑先輩が手厳しいんだが!」
「正論パンチ、つら。
オレも西邑先輩みたいに地元メンと仲良くしたい。なのに、ずるいです。先輩」
「ええい、お前ら気持ち悪いわ!後輩マウント取るのやめい!」
後輩マウントってなにさ?
可愛がってくれてもいいのよ?
「…おにいたち、リアルでも仲良しさんなんだね。良かった。
おにい、アバターに合わせて小公子ロールしていたから、詐欺だって思われてないかって心配していたけど」
「私は西邑さんと潮ノ目さんがそのまんまヨウルさんとエンフィさんだったことに驚いたよ、おねえ。
特にエンフィさんはロープレ勢だと思ってた!」
うん。リアルでこんな男がいるなんて、二度見案件だ。
「他所の国で代々の普請がいるようなところは、国主を守る親衛隊とかあるんだけど。そーゆーとこに放り込んでも、エン…幸なら地元民と馴染めそう」
「そんな権力闘争に励みたくないな!
話は変わるが、ダンジョンマスターの虎の巻は読んだだろうか!」
「読んだ。説明されれば納得しかないことばかりで、役に立った」
「オレも。今日からレベル2ダンジョンの製作目指すわ。出来上がりには時間が掛かるだろうから、そっちはプライベートでゆっくりやるつもり。
崩落を防ぐ栓にするには、そこそこ大きくて頑丈なダンジョンを詰める必要があるんだろ?」
「サリアータのレベル1、ワンフロア型のダンジョンは相当数潰れたらしいから、恐らくは。
そこが潰れたお陰で他の場所を守るクッションにはなったという話も聞いた!
だから両方必要なのでは!」
「マメに拡張しやすいのはプライベートダンジョンだけど、便利に持ち運ぶと土地の保護にならないのが勿体ないよな」
「研究所から塔まで駅で繋げれば、毎日ダンジョンの拡張をこなせるのだが!」
「駅運用の研究のためって名目で、意見を具申してみるか。ダメ元で」
「皆、よく食べるねえ」
モーニングプレートを食べ尽くしたあとは、『体内倉庫』から取り出した、パンやら菓子やらをそれぞれモグモグしているから万里が呆れるのも無理はない。
「MP補給にな。お前も魔力を使い出したらこうなるってわかるだろ?」
「皆さま、朝食が終わったらメディカルチェックを受けてくださいね」
一足早く仕事を始めているサリーが端末を片手に顔を出した。
そしてその業務連絡に千枝がおののく。
「えっ。ご飯食べた後に体重を計るんですか?」
そりゃデータを取られることも仕事だし。
「体重の変遷はマメにチェックされているぞ。聞いてないか?」
「うう、教えて貰ったよう。なのに忘れてお腹一杯食べちゃった」
「沢山食べてください。そうでないと千枝さんのお兄さまのように痩せてしまいます」
「そういやリューは体重が変わってないのに、細くなったよな」
「うん。前世もエルブルトでそっちは体格良かったから、幸より体の変化が顕著なのかも。
だとしたら今から成長期なんで食い溜めしとく」
リアルでは竜肉はないのが残念だ。
中華まんを1個挟んでから、お代わりの豚玉に入る。
オレは自力で『診察』をやれる。
かーさんと話した後に確認したが、オレは現在のところ骨が生体金属化しつつあった。つまり栄養がそっちにも使われている。
尻尾や鱗が生えるよりは、目立たないとはいえ大きな変化だ。
食べても食べても腹が減る原因のひとつだ。
「ヨ、要は角が生えたりしないのか?」
「大人の角は引っ掛かって邪魔だから、生えんでもいいな」
ヨウルの角は鹿の角みたいには大きくないけど、邪魔なんだ?
そりゃそうか。
「ジャスミンの角はスキルの発動体だったぞ!」
「そっかあ、ううん。有用なスキルが出たら考える」
「あ。そうだ、サリー。後で千枝と万里のスキルを確認して貰えるか。
こいつらも『エンチャント』が出たから、オレの持っていないスキルの供出をやれるぞ。
星がついたらの話になるけど」
「はい、わかりました。
よろしくお願いしますね。千枝さん、万里さん」
「はい!」
「こちらこそ、お手数掛けます。まだスキルは未熟でお見せできるものじゃないですけど」
「いいえ。
『加工』持ち、その同父母の兄弟は、あちらでも『エンチャント』をまず入れるものですよ。
天然物のエンチャンターとか、凄くありがたいです」
「血縁は魔力が似ているからお前が『精製』した石を、『エンチャント』しやすいんだっけ?」
「そう。兄妹だと共通のスキルも多くなるけど、個人の嗜好でスキルもバラつくから」
千枝はクラフト系のスキルが多く出ているし、万里は体育系のスキルが出ていた。
万里なんて天然で『持久』とか、『柔軟』とか、オレも欲しいスキルがすでにある。星が育つのが楽しみだ。
「そういやお前ら『魔力の心得』はなかったよな?
忘れないうちに渡しておく」
マットにも基礎の重要は説かれたことだ。先人の弁を傾聴して、発動体を持たせておく。
服の下に隠せるペンダントトップだ。
「ありがとー。って受けとりたいけど、発動体の情報検索したら高かったよ。いいの?」
「ああ」
リアルなら妹にブランド品のバッグを買ってやることはありえんが、発動体でスキルを覚えられれば一生ものだ。
それにまあ、手製だし?
「先行投資だ。民間のエンチャンターが出るまでは転売禁止な。お前たちに渡しているのは規格品じゃないから、転売してその足取りを追われると困る」
規格品はロットナンバーを付けるから、個人的に作るのは禁止だ。
「転売なんてしないよう」
「発動体が足りないので、スキルを覚え終わったら市場に流してもらいたいと願う層もいますが……将来のために大事にとっておくのもアリですよ。
旦那さまや自分の子供用に」
「ええ、そんな先のこと!」
「佐里江さん。結婚って貰ってくれる相手がいなければ出来ないんですよ?」
「ふふ、そうですね。でも出会いなんてどこに転がっているかわかりませんよ?
それはそれとして、糧となる職能があるには越したことがないのでバイトが終わったらお話させてくださいね。
今日は1日、研究所にいますので」
眩しい物を見たように、柔らかく微笑む。
サリーと佐里江さんが違うのはこんなところだな。
佐里江さんはサリーより、女の子相手はずっと当たりが細やかだ。
サリーは下手に気を持たせないように配慮している。だからこちらの方が自然体。あちらでは異性だったんでお互いに礼儀正しく距離を取っていたこともある。
ナチュラルボーンイケメン女子な佐里江さんに、優しくされて妹らもキャッキャと楽しげだ。
玲瓏たる美貌のサリーよりも、リアルの佐里江さんの方が妹たちは好きそうだなとは思っていたが。
……いきなり距離を詰めてこない控えめ女子は、かなり好意的だよな。どちらのサリーも。
うちの妹らは人懐こい部類だけど、イケメンにぐいぐい行く根性はないし。
うーん。
知れば知るほど、サリーがオレを選んでくれたのは奇跡だったな。
誤字報告、いいね、評価ありがとう御座います。
相変わらずなんでそこで誤字ってるのか本気でわからない間違いをしています。
報告者さん、面倒をおかけしています。感謝。




