125 オークションは基本裏方
49日目。
48日目は『筆記』と『声楽』の授業を受けたが、今日は『ダンス』と『筆記』の続きだ。そしてテルテル教官の剣術訓練を受ける。
『筆記』と『ダンス』は、専門の教師に一通り習うことでスイッチを踏み終わったらしい。スキルが出た。
リュアルテくんは『礼法』があるから、元より学んだ基礎がある。その家庭学習では足りなかった分が、補填されたようだ。
文字とかなんて、ちょっと直されただけなのに垢抜けた。
リュアルテくんは充分美文字だと思ってたけど、変わるものだな。
文字は理解力がついた大人になってから一度習い直すといいのかも。幾つかテクニックを覚えると一生使える財産になる。
『筆記』はペンを使わず思考入力で、文字を早く書くスキルだ。手帳に付与してあるスキルでお馴染みのヤツだ。そしてそのツリースキルには『コピー』がある。
『コピー』はステータスに付属するメモ帳やスクショをアウトプット出来るスキルだ。
ちなみに撹拌世界の印刷業界は、このスキルによって支えられている。
機械化とはまた違った文明の進み方だ。
うーん。スキルが出たけど、現代日本では『筆記』も『コピー』もいらない子かな?
大量に印刷するなら機械文明に軍配が上がる。
それとも悪筆にコンプレックスがある人だったら欲しいだろうか。印字の書式も選べるし。
そう言えば『筆記』の習得ツリーを見て思い出した。サリアータでは現在、浮世絵がフィーバーしている。
文明の進化系統の違う彼らの目に映る浮世絵は、素晴らしく新しい表現だそう。
コレクター心を非常に擽る品に見えるらしい。
人の手による印刷という技法の目新しさ。版画によるニュアンス。
美術品としては庶民的で、ポスターとしては贅沢極まりない、その塩梅が良いらしい。
というのも浮世絵の版木は、刷れば刷るほど磨耗する。
一定の数しか刷れないということ。
版元の下絵は版木を作るさいに使われて残らないこと。
印刷といえば『コピー』一択という概念を打ち破られて目から鱗ということもあり、その人気に火がついている。
本家本元の技術にはまだ届かなくても、はっと目を引くような絵を刷る浮世絵師が最近になって出てきたそうだ。
そしてその図案は好き勝手に魔改造をやらかしている。
うちじゃ袋リスのショッピングバッグを肩に掛けた、当世、夢二風な佳人のポスターなんぞを発注していた。
蒲柳の質の女性でもお買い物を楽しめますよ。そんな広告だ。
閑話休題。
『ダンス』の授業はピンヒールを履かなくていいのが地味に嬉しい。
成長してからというものの座学時の制服は、凶器のようなピンヒールだ。
リアルの感覚を引きずる男性プレイヤーは、ピンヒールを履くことに羞恥心を抱きがちだ。もちろんオレも例外ではなかったりする。
しかしロープレ的には涼しい顔を保つべきだ。
下手に恥じらうとヨウルみたいにつつき回されるからね。それは勘弁。
踵の高い靴に履き慣れてないとウィングブーツが辛いから、これは訓練だと自分に強く言い聞かせている。
しかしだ。当の『ダンス』。予想外にスポーツとして楽しかった。
リュアルテくんは音感あるし、運動神経も悪くない。ただ社交ダンスはパートナーが要るので、それだけがネックだ。
撹拌世界の社交ダンスは同性同士で踊ってもいいので男女両方のパートを覚えさせられた。
でもどうせなら可愛いドレスを着た女の子と踊りたかった。
ヨウルとエンフィと一緒に習えば、踊る相手はそーなるよな!
サリーと踊れたことは素直に嬉しかったけど、身長の関係でオレが女性パートだったんだよなあ。ぐぬぬ。
…いや、女性パートはリードされる側だ。サリーの接触嫌悪が強く出てしまう。
男性パートでもギリギリっぽかったんだ、仕方ない。
ここはサリーの腰に手を当てて踊ったやつがいない事実に満足しておこう。
『ダンス』は『体幹』やら、『リズム』やら。体を使う技能や感覚系のスキルと多く連動している。また、それらを鍛えるのに効率がいいそうだ。
だから基礎教養のひとつなんだってさ。
踊ってみたら納得だ。筋肉の知らないところがピクピクしている。
そういう必要なタスクをこなして、自分的本日のハイライト。
ノベル内運動公園にて、テルテル教官の剣術指導だ。
「まあ、普通にボコられるな」
「ですよねー」
ヨウルと2人黄昏る。
オレらは先にこてんぱんにのされて休憩だ。今はエンフィが対戦中。
3割弱までHPを削られたんで、『HP回復』アクセサリの出番だ。
じっと座っているとHPが修復されていく。
視線の先ではエンフィが、右から左よと、飛燕の如き猛攻を仕掛けている。
しかしテルテル教官が軽やかにまあ、避けること避けること。
『録画』用にしっかりと見てはいるが、参考になるのかアレ。自信失くす。
エンフィ、お前さ。居合い畑の出じゃなかったん?
「いいね!エンフィくんは受け身の剣も巧いけど、攻撃の剣は一等速くて面白い!」
「その割には当たりませんが!」
「スキル使ってるもん。今使ってるのは『身体強化』、『フェイント』、『影縫い』ね。
『フェイント』は撹乱系のデバフ。
『影縫い』は身体低下系のデバフね。
両方魔力由来だから『魔力抵抗』強いと掛かりにくいんだけど、ピンポイントに使われると感覚が狂って嫌らしいだろ?
こういうデバフは常にはね除けられるようになろうね!
出来るようになったら使用スキル増やしていくよー」
テルテル教官がえげつない。
「エンフィ、あの動きでデバフ掛かってるの?」
ヨウルがゲンナリしている。わかる。上下を見ると際限がない。
「そうなんだろうな。
テルテル教官!デバフを体験したいので、エンフィが終わったら掛けて貰えませんか?!」
「オーケー。よし、エンフィくん、最後、戦技いくよー。手加減するけど巧く逃げてね」
「望むところです!」
エンフィは木剣を正眼に身構える。
「だから、逃げろと。まあ、いいか。
『風神』」
テルテル教官の手加減一発。エンフィが高くふっ飛ばされる。
受け身をとって転がり立ち上がるまでが1セットだ。
『風神』は得物を使った遠距離の面攻撃だ。
メイスや杖でも撃てたりする。
今はすごーく手加減してたけと、テルテル教官が10メートル級の魔物を数体纏めてふっ飛ばしていたのを見たことがある。
「うーん。これはこれで最適解。剣で受けつつ、自分で後ろに飛んで衝撃を逃がせたのは2重丸をあげちゃおう」
「他の解はなんですかー?」
はーいとヨウルが手を上げる。
「この技は近くの敵を吹き飛ばすやつだから、10メートルほど離れると威力減退するよ。
俺は習熟してるから、20メートルぐらい有効距離はあるけど、やっぱり近距離の方が効き目はいいよね。
こーいう吹き飛ばし系のスキルを使う魔物は多いから、よーく見て『魔力感知』を育てるといいよ。
んー。
エンフィくんや、リュアルテくんの剣はある意味、完成されているよね。
どうも英雄症で、剣の扱い方を知っている人は対人戦に洗練されているのが多いな。
うん。護身用としてはこれでいいけど、魔物を狩るにはスキルを乗せたいところかな。
君たちは、どうしたい?
対魔物用の戦技も習っとく?」
「「「よろしくお願いします!」」」
そっか。成人したから戦闘スキルの教導も解禁か。
訓練は今までマラソンや素振りといった基礎作りがメインだったから楽しみだ。
「お、いい返事。そういうところは男の子だな。
まずは『魔力感知』からやってみようか。
君たちは魔力の扱い方に慣れているから、これはきっと簡単だよー」
テルテル教官が言った通り、『魔力感知』はやり方のコツを習っただけで取れた。
しかし他のスキルは海の物とも山の物とも。
剣技スキルはさ。…前世はあったものだから、ちょろいもんよと思っていた愚者はオレです。バーカ、バーカ。
勉強しないで身に付く力なんて、あるわけなかった。
「肉体強化系統のスキルは成長期が終わらないと出にくいよ。だからそっちは後回しだ。
君たちは引っ掛かると厄介なデバフの訓練や、『魔力抵抗』から育てようか。
あとヨウルくん以外は、もっと積極的に体重を増やしていこうね」
とはテルテル教官の弁。
はーい。竜肉ムシャっときます。
ホテルに戻った後、夜の時間に上がってきた書類を捲る。
今回はオレがいない間の施設の利用レポートが送られてきた。
特筆するのは、ノベル駅直通で造ってあった音楽ホールだ。
ここは現在、演奏会の他にも踊りや話芸、演劇なんかの文化ホールとしても使われていた。
少し前のサリアータの地図を見ると、以前にあった多目的ホールは崩落側にあったのでその隙間を無事、埋められたようだ。
しかし空白の2年のうちに、この施設。領外からのお客さんには、音楽ホールというよりもオークション会場として名前が通るようになっていた。
…まあ、お客さんが入らない箱よりはいいのかな。
領主主催のオークション。
3月に1回開催される催し物の目玉は、なんといってもプライベートダンジョンだ。
1つ目は倉庫つきの冒険者用。2つ目はインフラだけ整えたフリースペース。
その2品だけだが、どちらも人気だ。
深淵を潜る冒険者なら安全地帯は確保しておきたいし、物流が活発になると持ち運びできる巨大倉庫はことさら便利だ。
「若くて体力のあるダンジョンマスターが、練習用のダンジョンを他所に売り払うってあまりないのかな」
夜になり、居間でじゃらじゃら魔石タイムだ。
MP回復のその間に、書類を読み込む。
なんでも現在このオークションの利益で、サリアータの大穴を塞ぐ結界費用を賄っているそうだ。
前者は冒険者しか買えないからそれでも押さえられているが、後者の所有者権限フリーのプライベートダンジョンなんてあちこちのお金持ちが参加して、なんかとんでもない値段がついている。
その証拠がこの資料だ。
税金その他諸々が引かれ、前者は付いた値段の8割が作成者の懐に入る規定があるが、後者は半額の値段が入ることになっている。それだというのに後者のほうが前者よりも遥かに実入りがいい。
世の中には金持ちがいるな。
このオークションはオレらにとって福音だ。
ダンジョンマスターは叙爵されているので、貴族としての福祉活動が求められる。
【オークションに出したものは、そのままどうか領民の為におつかいになってください】
そうやってダンジョンの代金を受け取らず、ボランティアを物納で賄えるのは気楽でいい。ナイス救済措置だ。
オークションが始まってホッとした先達は多いんじゃないかな。
催事の主催や、学術の講義。領の顔として望まれるボランティアのラインナップは敷居の高いものばかりだ。
ガチ教養が求められると、にわか貴族としては困ってしまう。
ゴミ拾いとか草むしりとか側溝の掃除とか。そういうやつならやれるけどさ、格調高いものはねえ…?
そういや先輩たちにダンジョン制作の手引パンフレットを貰ったが、スタンダードなダンジョンの造り方って細かく砕いた雫石を『精製』、『調律』して整えた後、『融合』で少しずつ大きくしていくものらしい。
うん。そうね。桃子の中庭はオレもそーやって育ててたわ。
フツー、レベル1のダンジョンをいきなり造ったりする力業は、やらないんだってさ。マジか。
レベル0ダンジョンの雫石は0.1から0.9まで。
レベル1のダンジョンは1.0から1.9。
そしてレベル2のダンジョンは2.0から9.9までのサイズだ。
レベル2相当からダンジョンはとたんに規模が大きくなる。
それらは時間を掛けて、じっくり『融合』を繰り返して造られていたということだ。
なんでもサイズが極端に違う雫石は同格のものより、小さな世界を喰わせるのが簡単になるらしい。
桃子の中庭を広げた経緯を思い返すと、確かに先人の教えの通りだった。
アンチョコには、【体に悪いから、レベル1ダンジョンをいきなり造るのは止めましょうね】と先輩らの心配の声が乗っていた。
つい、天を仰ぐ。
ホテルの天井しか見えないが。
……痩せたり、体を壊したりしたのはその因果か。無知はよくない。
「プライベートダンジョンを定期的に販売するダンジョンマスターは珍しいかもしれませんね。
ダンジョンマスターは基本の出自が貴族です。
その層は金銭より家や名誉が重いので、あくせくはしていない印象ですよ。
親兄弟、親戚、もしくは寄り親に守られておっとり育ちますし。
貴族の出ではないサリアータのマスターたちは例外で皆働き者ですけど」
ああ、サリアータは尻に火がついているから。
あの暗い大穴を見ると働かないと!って気になるよな。
「オークションは、他の国の商品も持ち込まれているんだな」
気を取り直して楽しい話しをしよう。
冬が長いセイランは家に籠る時間が長いので家具には一家言あるし、南大陸からは香木や竜素材、東方諸国からは最新魔道AIを搭載した機械類。西の方からは生体金属由来ではない硝子製品や天鵞絨や絨毯が出品されている。
期間周辺の昼間は、運動公園で物産展のバザールを開催しているので、見て回るのは楽しそうだ。
高級品のオークションより、こっちのほうが興味ある。
それぞれの国の小物や菓子、香料や織物なぞが持ち込まれて百花繚乱、まんま博覧会だ。
「サリアータも経済が回るようになりましたね」
「新人が増えて、宿泊施設が足りなくなると思ったが案外なんとかなったのはこのせいか」
なんとダンジョン型ホテルも2件増えている。
マンションは1件。
これらは先輩ダンジョンマスターの仕事だ。
水道費や光熱費が掛からないのは、ダンジョン住居の良いところ。
「駅が出来て、荘園から出稼ぎにくる人が増えたんでしょう」
「ああ、エンフィは最初はマンスリー形のアパートを造ると言っていたが、それもあるのか」
この調子でご新規さんのプレイヤーが増えていくと、他所の大都市からは人が溢れてしまうだろう。それを奇貨として、サリアータにどれだけの人を呼び込めるかだな。
幸いというか、案の定というか。
サリアータは異世界ゲート崩落痕直通だ。
大陸毎に幾つかあるゲートはまっさらなフロンティアなので、注目が集まる今がチャンスだ。
もちろんオレも興味ある。行ってみたいと気は引かれるけど、どのみちレベル100になってからだ。
それに新人さんらが中堅層として育ち、経済を回せるようになるまでは、ダンジョンマスターとして新人を支えるほうに回りたい。
なんでかって、世界の変革指数が問題だ。
アレって個人ごと、GMに行動をチェックされているわけだよな?
この数字を使いこなすには、自分がなにを望んでいるか周囲にアピールしとく必要があるんじゃないか。そんな予感がするんだよな。
今回世界の縫製は巧く乗り切ったが、次回も上手く行くとは限らないのが世知辛い。
金銭の意味さえ失われた原始時代や、中世の悪徳に汚染された荒廃世界。
純粋にファンタジックな世界観を楽しむなら、そっちもアリだ。
魅力あるコンテンツだと認めざる得ない。
それにチュートリアル世界群は、倫理ガチガチで不自由だという意見は今になっても根強くある。
…まあ、わからなくもないよな。好き勝手やれるなら、それが楽しいって気持ちはさ?
しかしそんな暴力と混沌が支配する世界に、妹たちを落とすのはまっぴら御免だ。
オレは地元防衛をきちんとしてますって、しつこく主張しとかんと。
自分だけならまだしも、うちの子たちを路頭に迷わせるとかありえないからな。
特にオレはリアルでもダンジョンマスターをやるつもりなんで、ゲームとはいえ悪名を轟かせるような真似はNGだ。
………これから先。プレイヤーの嗜好性に負けて、チュートリアル世界が落ちたらどうしてくれよう。
実のところ。悪魔プレイは水が合いそうって自覚がある。
だからこそ、そっちの道には行きたくはないかなあ。
コメント、いいね、評価、誤字報告ありがとう御座います。
音感ホールはきっと早朝に水麗人のバフ巻きミニアイドルコンサートとかもやっているハズ。




