121 ヒシュール大陸門
48日目。
民間の瓦版と合わせて、公報のバックナンバーを読み解く朝だ。
瓦版はサリアータの地方紙で、冒険者ギルドの公報は世界的ニュースを扱っている。
物流は問題が多い撹拌世界だが、通信技術は現代日本と遜色はない。どころか格上の観がある。ゲームの技術の流出元だもんな。そりゃそうか。
サリアータスパイ天国事件は表向き、ひとつの貴族家の当主交代で幕を閉じていた。
裁判もしてないのに纏まった額の見舞金が出るとか、怖くない?
オレは怖い。
当時の新聞をチェックすれば、同じ時期に東方諸国の宮廷貴族家当主が国を跨いで数名、何故か立て続けに頓死している。
それだけに留まらなかった。死亡がニュースにならない層。そのあたりも貴族年鑑を紐解くと、いかにも怪しげな死亡事故が頻発していた。
健康な現役世代で同じ派閥。その上、死因の発表は心臓麻痺。…つまりそういうことなのだろうか。
カエサルのものはカエサルに。
自国の者のやらかしは、自国で始末を着けるのが道理だ。
こちらのサリアータでも東の国の貿易に強かった商家が違法薬物の輸入で捕まり、お取り潰しになっていたりする。
件の屋敷がふっ飛んだとこだ。
某縮緬問屋のご隠居さまに謀を暴かれた悪党よろしく、最後はチャンチャンバラバラの大乱闘になったらしい。
ここら辺が線で繋がってくると、非常にヤバい。
なにがって表沙汰になった時が。
トップ同士は喧嘩なんぞをしたくないのに、やらなきゃいけない羽目になりかねん。
他所に本拠地を置く商家がサリアータに違法薬物もちこんだり、わけわからんことをしでかした貴族家当主からその薬物が検出されたり、したらな?
どー考えても薬物で操り人形にされましたね。オレでもわかる。
オレらにちょっかいかけてきたのは、薬で理性が弱まった余波だな、多分。
となると他所のお偉いさんの本来の目的はなんだったんだろうな。
あの頃のサリアータには大穴くらいしかなかったのに、厄い予感しかないんだが。
さて、人柱している貴人に用でもあったか、世界の破滅が目的か。
やめよう。事件は終わった。ここを掘り返して考えても誰も幸せにならない。
これで商家が黒幕だったら悪い奴もいるなあ、最近あの人たちが可笑しかったのは薬のせいか。犯罪者が捕まって良かったねで終わるけど。
他所の貴族が首謀者なのは不味い。
貴族っていうのは国の顔だ。
日本でいうなれば役付きの政治家。
それが汚い手を使って他国の政府関係者を汚染したなら、普通に戦争案件だ。やめて。
下手に表沙汰にしたら一触即発でヘイトが高まる。
大陸行路が繋がって交流が活発になった矢先にそれは不味い。
伏魔殿のお偉いさんが、死神の鎌を振るうことで事実を闇に葬る真似をしても、それは一面の正義ではなかろうか。
……そういや東方諸国との交易規定は、やや良い条件で纏まったそうでサリアータは貿易黒字だって広報にあった。関係あるかは知らんけど。
せっかく道を繋げたけど、東方諸国の幾つかの場所はほとぼりが冷めるまで近寄らん方が良さそうだな。観光するのは止めとこう。
よし!
このあぶく銭は愉快な小人街道の街灯資金に回してしまおう。
プールしておくには気分が悪い金だ。
一般冒険者だったら良い武具やらを買い込んでぱっと散財しただろうけど、オレらは衣食住を領に面倒見てもらっているから還元だ。
サリーがブラシを鏡台に置いたので、読んでいた公報のファイルを閉じた。
パラパラと捲れる紙の方が考えごとには向いている。お陰で余計なことに気付いてしまった。
いや、全部オレの妄想かもしれんしな。………そうだといいな!
「こちらが新しいお召し物になります」
「ん」
サリーが広げてくれた上着に腕を通す。
新しい学生服は、古き良き応援団みたいな黒の長ランだった。
幼年期の制服といい、学ラン押しなデザイナーさんかいるんだろうか。
ただし袖周りや裾周り、襟口に金糸銀糸で刺繍が縫いとられていて華やかなことになっている。そこが少し違うかな?
それと右肩から垂れた肩掛けには、略綬が留められるようになっている。
こういう形って軍服っぽい。
そして見えるところは控え目だったが、裏布の刺繍は絢爛たるもの。
…確か江戸時代にあったな。お上に華美を禁止されていたから、裏地でお洒落をするのが流行ったの。
もっともこちらは『守護』がバリバリに掛けられた実用品だ。
なにこの戦闘用武闘服。
装甲服を日常で着させられるとか、オレらは戦地にでもいるんだろうか?
「よくお似合いです。黒い上衣はやはり金のお髪が映えますね」
新しく届いた制服に袖を通すと、サリーは満足げに目を細める。
そうだ。髪といえば、伸びっぱなしだから切ってしまいたい。
背中どころか腰まであって、ここまで長いと邪魔になる。
「サリー、髪を切ってもいいか?」
「成人したエルブルト人は髪を切らないそうですよ。
髪には魔力が貯まりますので」
「そうなのか?
北の方では短い者もいたようだが」
「話に聞いたことですが。
セイランではかの戦乱の折り、大魔法を行使するのに貴き方がまこと見事なそのお髪を、躊躇わず代償として捧げたそうで。
短い髪は犯罪者の証よ。そんな風潮を打ち消すために、多くの軍人たちが進んで髪を切ったらしいですよ」
あっ。そーいう。
「エンフィに教えた方がいいかな?」
「ジャスミンが切らせないでしょう。種族特徴とはいえ、これだけ美事なお髪です。
あいつの美意識の高さは、私より遥かに上ですしね。
今日はハーフアップにしようかと思いましたが、邪魔なら編み込みにしてしまいましょうか」
「ひとつで括っただけで……いや、なんでもない。サリーに任せる」
そこで無表情にしょんぼりするのはやめよう?
悪いことした気分になる。
「おにい、弱っ」
いいからマリーは顔を洗ってこい。涎の痕がついてるぞ。
「あら、サリーさまのお気持ちがわたくしにはわかりましてよ。
まーちゃんの髪を弄るのって、楽しいんですもの。
キラキラしてとっても綺麗。
身内の特権ですわね」
「…自分の髪ですればいいのに」
チェルの素直な称賛に、照れたような膨れ顔。天の邪鬼め。
まあ、オレら似たような髪質だったもんな。
オレは成人したんで、ちょっと変わったけど。
髪は触ると柔らかいけど、強い魔力を内包している。だから衝撃や靭性にも強くて、まんま頭部防具代わりになるのがオレらの髪だ。
髪を編み込んだ呪いのマフラーとかが、普通に防具として売られているホラーさよ。うーん、異文化。
「複雑な形に結うのは、自分ではやりにくくて。
でも、そうですわね。お兄さまの髪もそのうち弄らせてくださいましね?」
これは玩具にされる予感。
クエスト!
大陸各地に空いた異世界門。
勇敢な調査隊が今、その奥地に足を踏み入れました!
よって新規マップを解放します!
※入る門により脅威度は異なります!
一定の調査が進むまでは、万全の態勢で臨むことをお勧めします!
まだ見ぬ世界を進む君よ。
胸踊る未知が君の訪れを待っている!
………なんかしれっと、フツーのファンタジーっぽいクエストでたな。
政府ちゃんがまた新人プレイヤーを騙そうとしている。
オレなんて世界どころか、大陸マップですら埋めてないんだけど?
報酬も明記してないし。最近、そういうの多くない?
クエスト!
異世界人の遺跡?!
ヒシュール大陸門で古代遺跡群が発見されました!
遺跡は状態が良く、調査が進めば大発見があるやもしれません!
目指せ次代の考古学者!
おっとイベントを踏んだのは、ヒシュール民か。
となると、東大陸だ。オレらは中央大陸だから遠いなー。
運営が違う大陸のイベントを通達するなんて珍しい。
「面白そうなイベントなのに、また遠いのですのね」
「世界の反対側でやられても無理ぽよ。
おにい、私たちは午前中は位階上げで、午後はバイトしてくるね」
いいなあ。兄は座学の予定が詰め込まれている。
今日なんて、学力試験だ。
ほら、教養が足りてないのに、叙爵されてしまったからさ。
これから昇殿資格を目指して、みっちりしごかれる日々が待っていそうでしょんぼりだ。
いや、勉強をさせて貰えるのはありがたいこと。わかっている。わかっているが、気が重い。
格好つけたい相手が傍に居なかったら、愚痴のひとつも溢していたぞ。
……。
よし、やるべきことはきちんとこなしたあとで、疲れた素振りで甘えるか。ちょっかいかけるなら、断然そっちだ。
『礼法』さん、ありがとう。
免除になった項目は社交『ダンス』、『乗馬』、『筆記』、『礼法』、『声楽』等。
スキルになっていないものもあるが、教養はほぼ合格レベルだ。
学科は取るのを推奨されている『計算』が既にあるので、あとは一般常識やらの詰め込みが入るそうだ。
昇殿試験の学科は中学生レベルの学力があれば間違いないと見た。仮にも現役学生なんでそこは、まあ。
冒険者試験なのに戦闘技術をスルーされているのは、オレらは生産職としての受験だからだ。
「…お前さんら真面目か。ヨウルでさえ学科は要項を満たしているとか、暇な時なにしてんだ?遊べよ。
いや、本を読むのは昔から好きだったな」
試験結果に、呆れたように誉めてくれるアスターク教官だ。やったぜ。
「ヨウルは趣味技能として『造形』らの創作系ツリーを育てているから、それでいいとして。まずはマナーと、『ダンス』からだな。
リュアルテ、エンフィ、お前さんはもう昇殿試験受けていいぞ。
……でも、『ダンス』あたりはもうちょい練習してもいいな」
うん。『ダンス』は体裁きに補正が掛かるから、これを機会に取っておくか。
「エンフィ、絵を描く趣味があったんだな」
引き出しが多いなこいつは。
エンフィは帽子を被り、髪はそこに収納していた。
リアルじゃ女の子でも腰まで髪を伸ばしている子は少ないけど、こっちは男でも髪は伸ばす傾向にある。
ペットをトリマーにかける人と同じくらいには短髪さんもいるかな?ってくらい。
こちらの人の短髪は、珍しいってほどじゃないがファッション上級者のお洒落さんっぽいイメージだ。
ただし種族に依るのは朝に聞いた通り。
「水墨画は書き物の合間の息抜きにな。なにしろ文字を書くのは神経を削られる。
1日1度は筆を持つようにしているが、気分が乗らない時もあった。そんな時はよく小品を描いた!」
「お前、習字習ってたん?」
髪の毛をバッサリ切ってきたヨウルは男振りを上げている。
こいつツーブロック似合うな。
「…私は余程、落ち着きのない子どもだったんだろうな!」
そうだな。こいつぼーっとした時間を楽しめないタイプだもんな。
インドアな趣味でもないと、過労で倒れそう。こいつの親御さんは分かってらっしゃる。
「リュアルテは案外広く浅くというか、打ち込んでいる趣味技能はないな。そこら辺も、ちと弱いか」
「辛うじて造園とかですかね?」
「ああ、桃の庭園は訪れる度にバージョンアップしているな!」
噴水を自力で作成したり、歩道を引いたりで色々している。
ダンジョンマスターだからやれる技だ。
素人のDIYや、造園なりに形にはなってきているんじゃないかな。
桃子とダンジョン苔のコントラストが綺麗だから、それを損なわないようにやりすぎには注意している。
「あれって、ダンジョンを拡げる練習とかじゃなかったんだな」
それもある。0.1刻みで雫石をちょこちょこ足してる。
「うちの桃子がもっと大きくなるって申告しているんで。目指せ蟠桃?」
あいつ吸血種なのに大きく育てていいものか悩んだが、この先、人は襲わないとガッチリ契約したことで解決した。
『テイム』は人と魔物を契約で結ぶスキルだ。
【オレたちと仲良くして欲しいなー】
【いいよー】
くらいに緩かった契約のランクをこの度、上げた。
契約では、オレが死んでも桃子の遺伝子を引き継ぐ樹木は人を襲えないようになっている。この2年で桃子は人と添うことで種の繁栄をすることを決めたらしい。
あいつもひとりぼっちで寂しかったのかな。
だから、桃子の子ども。苗木はノベルで育てはじめている。
【人の傍にいるのって、快適】
【食っちゃ寝、最高】
【果実を食べたいなら、増やしてねー】
【種が芽吹くと、嬉しい気がする?】
『緑の指先』で読み取った、桃子の思考としてはこんな感じだ。うーん、この魔物らしからぬ怠惰さよ。オレが甘やかしすぎたのかもしれない。
「ダンジョン庭園の手入れはいいな。ダンジョンマスターの強味でインパクトある。
昇殿資格で提出した資格の数々はいわばお前さんらの履歴書だ。
お前さんらに仕事を依頼するやつは、まず、そこを見るからな。あまり貧相にはしたくねえ」
そう聞くとスキルは増やしたいし、星をつけたい。
うちの子に恥を掻かせるわけにはいかん。
「始めに『ダンス』と『声楽』のレッスンを受けます。試験まで半年くらい勉強させてください。それと剣術の訓練も」
「私も楽しそうなので受験対策をしておきたいです!
始めの2つはリューと同じ講座で!」
「エンフィ、受験が楽しそうってお前、頭が可笑しくない?
教官、オレもダンスからやります。
それと、体術を習いたいです」
西邑先輩にはなかった、こっちのヨウルの下っ端敬語。
成人したら本当に抜けたな。なんか寂しい。ヨウルったら大人になって。
アリアンやクロも美人さんになっていたし、皆もどんどん変わっていってしまう。
……2年で良かった。これで本来の10年、時間がたっていたらとんだ浦島太郎だ。
実感した今になって、じわじわ悪寒が這い上がってくる。
これはリュアルテくんが感じている恐怖だ。
誤字報告、いいね、評価、ありがとう御座います。




