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118 パラソルの下は甘い誘惑



「殿下。日差しが強う御座います。我らカザンの者とは違い、エルブルトは月の民。

 過ぎる陽の光は彼らには毒にて。

 どうぞ、涼しい天幕でお話の続きをされるとよろしいかと」

 従者さんが恭しく、張られた天幕を指し示す。


「ふむ、さようであるか」

 チョコレートベルト帯のカザンはもっと暑そうだもんな。

 大公殿らはこの程度の日差しなら、むしろ心地いいのかも。

 位階上げしているので、オレもそう苦しくはないけれど気遣いを無下にするのもよろしくない。


「それなら景色がいいので、パラソルの下でお茶しませんか?」

 大公殿のテリトリーに連れ込まれるのはノーサンキュー。

 きっと国宝とかを日常使いしてるよ、この人。緊張するから行きたくないでござる。


「ナンパをされたのは初めてだな!」

 うん?

 言われて見渡せば……パラソルの下でイチャイチャしているのは、確かに恋人なんだろうなって人たちが多いかな?


「なるほど、カップルが多いですね。いつの間に。

 …時間は流れているものと実感します。

 わたしの記憶の南海は、夜陰に大公殿の大砲がまだ響くようなものでありましたが」


「あれはまたとない夜であった。さしもの我もあれ程の獲物を仕留めたことなどなかったわ。

 我がカザンこそが蠱毒の壺よと自嘲しておったが、世は広いと痛感したぞ」

 話している間にも、メイドさんらがテキパキとパラソルにテーブルや椅子などを用意してくれる。


「メニューをどうぞ!」

 渡されたメニューにおっさんは真顔だ。

 真剣勝負といった体。鷹の目を爛々と光らせる。


「北の大地は、魅力的なものが多過ぎる。

 香辛料やチョコレート、竜素材や生薬、秘薬の類いやフルーツで大儲けするつもりだったが、中々に難しい。

 なんだ、この【誘惑にとろける熱情プリン特濃生クリーム仕立て】とやらは、けしからん!

 ひとつ、頼もう!」

 お互いに欲しい産物がある取引は、健全でいいんでない?


「わたしは【煌めく青春甘夏ゼリー】と【初恋ふわふわ抹茶ミルク】で。マット、飲み物はどうします?」

 誰だよメニュー考えたのは。


「我はこの【衝撃♡純情ストロベリークラッシュ】にしようぞ」

 身分あるおっさんにパワーワードを吐かせてしまった。うちの者が申し訳ない。

 オレはなにも聞かなかった。


「はい、承りました」

 メイドさんはキラキラの超笑顔だ。うーん、この強心臓。


「カザンと交易するようになってから、砂糖が安くなりましたね。嬉しいです」

 売店メニューの料金表は、違った意味でも雄弁だ。


「そなたなら望むだけの物を供されるだろうに」


「独りだけ特別に、なんてつまらないでしょう?

 それに甘味が美味しいお店が増えるのって、単純に嬉しいです」


「なるほど。そなたは兄上と同じようなことを言う。

 もっとも兄上は食べ歩きなどなさらぬが」

 それは寂しい。

 為政者って大変だなー。


「ああ、それでマットが買い食いしては美味しいもの厳選して、お届けしているんですね」


「なんと?」


「……マット、『体内倉庫』ありますよね?」

 お土産とかしないん?


「反対に聞く。我は庶民が食すようなものを好いているのだが、兄上に献上して良いものだろうか?」

 おっと。皇帝陛下なら、厳選されたものを食されているか。

 国の隅々から献上品される品を召し上がられて、誉めるのもきっとお仕事だ。

 撹拌世界は『鑑定』があるから、毒見で冷めた料理を出されるなんて可哀想な扱いはされてないだろうし。


「ああ、苦手な味もありますものね。ただ、マットの好きなものを共有するのは楽しいのではないでしょうか。

 これぞと思うものがありましたらお持ち帰りしてみては?

 とんでもない土産を持ち込んで『おにいのバーカ!』と笑いながら罵られるのも楽しいものですよ。

 …ただ、地元の人が、洒落にならんからやめとけと言ったものは避けた方が無難でしょうけど」

 当たり前の顔で市民権を得ている納豆だって、知らん人には腐った豆だ。なんでアレを食べようって思っちゃったんだろうな?

 伊達のまーくん。そーいうとこだぞ。チャレンジャーすぎる。


「楽しそうではあるが、兄上に馬鹿と罵られるのはどんな意味でも心臓に悪いな。

 …まあ、取引になる品ばかり探さずに、個人としての物も見てみるか」

 冒険者で交易商で外交官でもあるわけだ。忙しいな、マットは。

 ………さて、そろそろ覚悟を決めようか。


「失礼して、お手紙を拝見しますね」

 横からテーブルに置かれたペーパーナイフ。それを持つ手が緊張する。


 封筒はうっとりするような滑らかな手触りだった。

 深紅の封蝋に絢爛たる箔押し。こいつは、やんごとない雰囲気がぷんぷんするぜ。


 海猫の鳴く声が、潮騒を渡る。


 ざっと手紙の中身を確認し、もう一度じっくり読む。


 あのさ。

 文章と署名が同じ筆跡ということは、これ、直筆のお手紙だったりするんじゃないか。もしかしなくても。

 なにがやべーって、文字の典雅さだ。教養と品位が香るってもんじゃねーぞ。

 これは印刷には出せない味だ。

 肉筆って美しいんだな。

 リュアルテくんもどこに出しても恥ずかしくない文字を書くが、上には上がいる。

 これほど格調高い手紙を貰うことなんてそうそうないだろう。

 美文字はなるほど武器になる。オレももうちょい頑張ろ。


「お返事はうちのものと相談してからしたためます。

 マットのこれからのご予定は?」


「しばらくは家亀を狩るつもりだ。家亀の魔石は、あればあるほどよいからな。

 ……ふむ。地引き網をしているやつらは、来訪者も多いようだな」

 マットは浜を一瞥する。『魔眼』って便利だ。


「サリアータにも大勢の訪れ人が来てくれたので、支援の一環として連れてきました。昼の南海はレベルの低い者を底支えするのに丁度いいかと」

 それに、プレイヤー最大のネックは、獲物の『解体』だ。

 小亀の『解体』でさえ無理っていう繊細な人たちは少なからずいる。そういうプレイヤーは魔物を新鮮なまま持ち帰れるように、『体内倉庫』習得を優先して指導しなければいけない。その試金石だ。


「そうか。カザンでは竜肉を食らう文化がある。よって成人までには、なにをするまでもなく10ほどの位階はあるものが多い。

 レベル1の者など、どう訓練つけようかと悩んではいたが土地柄だな。

 一先ずカザンの来訪者どもは水玉工場に突っ込んでおいたが。とてもじゃないが、他の魔物は狩らせられん」

 おや。カザンではレベル10以下のダンジョンは少ない感じ?


「サリアータは低レベル帯のダンジョンが充実してますよ。

 品揃えよりも魔物の補充率が高いという意味ですが」


「ふむ。高位階用のダンジョンは一通り視察したが、低位階用のものはまだだったな。

 成人前後の若手でも、留学させるか。

 …しかしサリアータは特異よな。

 ダンジョンはその土地に合ったものは造りやすいが、気候の違う物は困難になると聞く。ここまで多種多様なダンジョンが造られるのは珍しい」


「そうなんですか?」


「我がカザンは砂糖やコーヒー、チョコレートや香辛料のダンジョンが多い。

 若しくは鉱物、その辺りか。

 反対に寒冷地帯のダンジョンはひとつもなかった。

 去年、こちらで買い求めた冷凍庫のプライベートダンジョンが国内初の代物よ。

 よその国でも似たようなもの。風土に合わないダンジョンは出ぬ」

 へえ、そうなんだ。色んな国に行ってる人は知識の引き出しが違うな。

 そっか。

 思えば、ダンジョンを設定する時、気温はもとの数値より上下2度以上は弄ることなかった。

 なんとなくやらない方がいいって本能的に避けていた気がする。

 ああ、だから家亀の魔石がこんなに人気なんだ。外で使ってもいいけど、ダンジョンの中で動かすのなら出力を高くしても、空調の維持費は掛からないしさ。うちの乾燥室とかで使っている機材と一緒だ。


「知りませんでした。ダンジョンマスターによっては特定のダンジョンが出やすい傾向にあるとは感じてましたが。

 面白いですね」

 ヨウルは山とか荒地や岩場をよく出していたし、エンフィは寒冷地や海、湖と縁が深い。

 無作為に野良ダンジョンに入ると、偏るので不思議だ。


「むっ。これは、イチゴを凍らせて砕いたものをミルクとかき氷と和えたのか。

 ミルクも濃くて甘いが、生クリームではないような…?」

 大公殿は届いたばかりの注文の品に夢中である。

 こーいうところが可愛げがあって好かれるんだろうな。

 美味しそうに物を食べる人と、食卓を囲むのは気持ちいい。


 よし、カザンに行くとしたらお土産物はきまったな。


「上に掛かっているのは練乳です。牛乳の加工品ですね。

 バナナやイチゴ等のフルーツや、コーヒーやパンケーキのような飲み物や菓子にも合いますよ」

 オレも抹茶ミルクを啜る。うまぁ。

 抹茶が濃くて甘くて苦い。


 甘夏ゼリーとは合わないかもしれないが、両方食べたかったのだから仕方ない。

 柑橘類は大抵好きだが、夏みかんも好きだ。

 冬みかんはそのまま食べるのがマスト。でも酸っぱい系のみかんは、一手間加えても嬉しいかな。

 夏みかんがシロップに漬かると、甘くて爽やかで堪らない。


「れんにゅう。そうか、覚えたぞ。れんにゅうだな。

 この赤いプリンは家亀のものか。

 家亀肉は国でも人気ぞ。柔らかくて苦くないと子どもから年寄りまで大喜びだ。

 ………これは、旨い。………本当に、旨いな。いくらでも食える。

 魔術師部隊の滋養食にしたいぐらいだ」

 上品につるりと完食して、マットはそのまま考え込む。

 えーと?


「お代わりします?」


「迷っている。プリンを追加で頼むか、未知の驚きを求めてメニューの上から順に試していくか難問だ……!」


 お好きにしたらいいんでない?

 今日も夜戦なら鋭気を養っておくべき。思う存分スィーツの誘惑に翻弄されるといいよ。






 ノベルに帰ったところで、すぐさま相談を求める。オルレア、助けて。


「そんなわけで、招待状をいただいてしまったわけだが」


「…これは」

 問題のブツに、オルレアも怯んだ。

 わかる。そーなるよな!


「拝見します」

 新品の白手袋を嵌めて、オルレアが慎重に手紙を開く。


「カザンの皇帝陛下は書家としても高名な方です。……これは家宝にしてもいい手紙ですね」


 だ よ なー。


「サリーはどう思う」


「現カザン皇帝は名君の誉れも高き方。かの地は人が住まうには過酷でありますが、その分豊かです。

 後学のため、一度訪れても損はないかと」

 高評価のわりに苦い顔なのはなんぞ?


「カザン領海の浄化の音頭をとったのはレイですが、彼女、式典からは逃げ切りましたからね…」


「レイ、本当に人見知りなんだな」

 王女なのに。


「能力的には王族として相応しいのですが、対人技能は雑魚だと本人の自覚が強すぎて。

 仕方ありません。セレンくんに水麗人代表として頑張って貰いましょう」

 セレンくんは、レイの次男だったかな?

 長男はトロットの災禍で、海に帰ったと聞いている。


「まだ、成人前だろう」


「13ですね、優秀ですよ。マスターの側仕え候補として訓練を積んでますので、小姓として出仕させてください」

 ええ?レイの息子なら王孫じゃん。

 少数部族の王族を、顎で使うダンジョンマスターって印象悪くない?


「レイの子どもで優秀なら、身内が手放したがらないのでは?」

 なにせ将来、一族を背負って立たなくてはならない若さまだ。

 それには従士向けの教育とはまた違う勉強が必要だろう。


「マスターへの伝手として、彼は一族の期待を背負っています。

 彼らの大切な子どもたちは、ノベルの揺りかごで育てられているのですよ?

 園を運用するにあたっての要望の吸出し等、肝心のレイはそのあたりが弱いので。常日頃、気軽に顔を合わせられる立場の者が欲しいと立候補してます」

 そっちからの柵か。


「それでは招待を受けて、カザンへ観光に行くという方向でいいな?」


「はい。文章のテンプレートは用意しておきますので、後ほど一筆をお願いします……それで、サリーはなんの気掛かりが?」

 うん。高貴な人への返信とか、どうやって書いたらいいかわからない。テンプレ助かる。校正もよろしく。


「いえ。大公殿がリュアルテさまにてらいなく親しげなのが、少し。

 今のかの方がリュアルテさまを色めいた目で見てないのは分かりますが……その分、国元についたら華やかな少女たちを邪気なく斡旋してきそうな予感がして。

 ………。

 カザンは夫が戦死した未亡人を積極的に保護する為に、甲斐性のある者はハーレムを推奨している文化ですので」

 ハニトラは、昔からやたらに気を付けろアピールされているけど、そんなに激しいものなのだろうか。

 オレはサリー以外にモテた記憶ないけれど。


「私どもとしてはマスターの子を産んでくれる女性はいくらいても大歓迎ですが、マスターの望まぬ婚姻は嬉しいものではありませんね。

 サリー、本気でマスターの風避けになる気はありますか?

 イエスなら例えお芝居でも、遊郭通いは許せませんが」


「リュアルテさまが軽く見られるような真似を私がすると思いますか?」

 おおっと?


「貴方ならそうですよね。一応は聞いてみましたが。

 では、マスター。サリーが内々の婚約者ということで。

 サリーが最低基準なら、勝てる男女は限られてくるでしょう。

 他の従者候補が使い物になるまでは、大っぴらにしてはいないということに致します。

 書類を整えておきますので、後で署名をお願いしますね」

 オルレアから見てもサリーはとんでもないのか。

 オレは惚れた欲目があるから、目に鱗が貼り付いてる自覚があるけど。


「オルレア。恥を忍んで、聞きます。

 リュアルテさまの品位を落とさず、それとなく牽制するために伺いたい。

 人前の振る舞いはどこまで許されますか?」


「人目を忍ぶ振りで匂わせるならハグと唇を避けたキスまで、人前なら手を繋ぐまで。

 マスターの年齢ならそれくらいが爽やかでしょう」

 ふむ。

 恋人に恋人の振りをさせるとか、なんでやねんと思ったが、サリーの周りを牽制出来るのは嬉しいよな。

 外野はまだしも身内へは、ハニトラ対策としていた方がいいだろうか?

 こちらのオレはまだ若いから、サリーにあらぬ嫌疑が掛かっても困るし。

 もうちょい年を取ったら、ずっと一緒にいるうちに自然とそうなりましたで通す方がサリーへの圧は弱そうだ。

 リュアルテくんは過保護にされているんで、サリーが闇討ちされたら困る。


「サリーと手を繋げて歩けるのは嬉しいな」

 だから素直に喜んだのに、生暖かい目で見られてしまった。

 なんで?



 コメント、いいね、評価、誤字報告ありがとう御座います。


 100話をとうに越えて、ようやく語り手が外に出てもいいかなって気になってくれました。


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― 新着の感想 ―
>「サリーと手を繋げて歩けるのは嬉しいな」 中身が13歳だと思ってる側ならまだまだ色恋とは遠いなって感じで無垢で稚くて可愛いし、中の人を知っていても手を繋ぐだけで素直に喜ぶくらい色恋に擦れてなくて純…
[一言] 家亀卵とか豊作過ぎた畑のごとく、自分で掘れるならお好きに持って行ってください状態になってそうですね。 体内倉庫持ちの人件費と空港運賃だけで割と気軽に輸入できそう。
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