117 招待状
午後からは地引き網の参加者を募りついでに、南海でお仕事だ。
弟妹は新人さんらと纏めて、レジャーコースに突っ込んでおく。
ここなら引率付きなのでスムーズだ。
「ふおっ?!ピンクの砂浜?!」
「やばい。本物のファンタジーだ…」
「え、こんなにキレイなのに海に入っちゃ危ないの?」
「ここが人魚の里かあ」
「サンドアート、凄い。…えっと、52代目竜宮城?」
「へえ。壊れる度に作り直しているとか、名物なのかな?」
「経験値稼ぐぞー!」
新人さんらと一緒になって、海だメルヘンだとキャラキャラはしゃぐ弟妹たちの姿に胸を撫で下ろす。
あいつらも悩み多きギザギザハートの十代前半。しかも位階の上がったアバターは、無駄に元気が余り勝ちだ。
青空の下。潮騒耳打つ浜辺に連れ出せば、否応なしにテンションが上がるというもの。
うん。鬱憤ばらしに連れてきて正解だ。
連れてきた新人さんらの交通費らは、ノベルの支援だ。
うちの支配人は真の淑女なんで、社会貢献にも抜かりない。
若手への応援は税金対策の一環だ。そう照れ隠しに嘯くあたり、少し貴族的な偽悪趣味もあるかもしれないな。
デキる女なのにそーゆーとこが可愛いとか、うちのオルレア強すぎひん?
これで白いイッヌなんだぜ、最高か。
2年が経っても南海の夜は相変わらずの危険地帯。しかし昼間は手軽なレジャースポットとしてすっかり定着したそうだ。
翠玉色の海と、薄桃色の浜辺の対比は一見以上の価値がある。
一般人は潮干狩りという名の卵拾いや地引き網に参加して、海浜公園でバーベキューを楽しみ。冒険者はそれに付け加えて、プールのオプションがあるコースだ。
水遊びは町の外なんで自己責任。防御力の低い水着でも、冒険者なら問題ない程度の魔物が迷い込むこともある。
ちなみに海はガチ魔界なんで水麗人以外は入ったらあかん。命が惜しかったら止めておくべき。
新しいノベルの取り組みとしては、南海事業部もワールドウォークの協賛を始めた。
南海灯台跡地のスターを踏むと、ウェルカムドリンクのサービスだ。
南海の思い出を、ご賞味あれ。
背の高いグラスに、エーデルフラワーを上に飾った塩レモンアイスソーダフロートだ。
赤い花をトッピングした、ぎゅっと酸っぱくて甘いアイスは、照りつける太陽に大粒の塩の結晶がキラキラと散る。
翠玉の海を表現したグリーンソーダが、火照った体に蠱惑的だ。
浜辺は照り返しが強いのでこれは、熱中症対策を兼ねているそーだ。
さて、オレは仕事だ。
南海での用事のひとつは、安全地帯の増設だ。
寒い暑いの両地方で、家亀の需要は常にある。叶うなら南海で宿泊したい冒険者も多いとのこと。
なので駅前広場直結の小ぢんまりしたホテルと、ファミレス用の土地をさっくり増設する。
それと追加で家亀の専用解体場と、水玉工場と冷凍倉庫のガワを造った。
インフラだけは整えたが、以前と同じく後の工事はプロにお任せだ。
オレにホテルの小部屋を造らせたら牢屋みたいな豆腐建築にしかならないし、餅は餅屋に頼みたい。
解体場の増設は、スペースが足りなくて狩り控えしなくてはいけないことも多かったそうだから一番の急務だ。
そうだよな。あんな大物を狩りっぱなしにしたら、海が荒れる。なにより命を無駄にするのはよろしくない。
肝心の家亀はこの2年で相当数狩られたそうだが、成体の数は増えている。
過去に産卵を許してしまった分のツケを今払っている最中だ。
これで女王を倒せていなかったらどうなっていたかは、考えたくない。
考えたくないが、書類で具体的な討伐数を出されると水麗人は、だから滅び掛けていたんだなと納得せざるを得なかった。
でもさ。セイランやカザンの人らが出稼ぎに常駐するぐらい、家亀狩りは盛んなのに数が減らないのってちょっと空しいよな。
赤い塗料にもなる甲羅の剥落により、南海の浜辺は見渡す限りどころか、ずっとずっとその先も薄桃色だ。
この海岸線の広さが家亀の産卵領域なのだから、水麗人の困難ぶりがわかってもらえると思う。
この薄桃色の海岸線が、白い砂浜に戻る日が、果たしてやって来るのだろうか。
レジャーとして毎日開催されている小亀の地引き網は豊漁続きで、レベルアップ目当ての観光客を喜ばせている。
良いことだけど悪いことでもあるよな、これは。
卵拾いや地引き網は、小亀が大人になる前に元を断つ意味合いで、地道に続けている。
効果が出るまで我慢比べだ。
そして、だ。
視察の最中に、思わぬ人に再会した。
一際豪奢な天幕が、張られているのは見えていた。しかしその中身までは想像の外だ。
丁重にアポイントメントを取りに来た、前触れの従者はややあって、1人の男を連れてきた。
カザンが誇る双子星が片割れ。ユースラント大公だ。
「久しいな、リュアルテよ。うむ、美事に成長した」
彼の視線はオレの頭の上、1メートルほど先にある。
この人ならそうなるか。
『魔眼』持ちと知らなければ、どこを見ているんだと疑問が沸いたところだ。
そこでなにを【見た】のか、満足げに頷く。
涼しげな麻の服に豪華な帯を締めた、相変わらずの伊達男ぶりだ。
「わたしの感覚ではつい先日お別れしたばかりですが。
この南海で、また貴方にお会いできて嬉しいです、マット。……お兄さまとは、お話し出来ました?」
「おうともよ。まこと有意義な時間であったぞ。
そなたに尻を叩かれた余録で、時期外れの竜どもの繁殖期にも間に合ったわ」
「時期外れ?」
「低位の竜の繁殖は4年に1度よ。
本来は今年になってからのタイムスケジュールであった。が、あの災害に猛った奴らが狂い咲いてな。
さしもの我もあの時期には国に帰る。
恋に逆上せた愚か者は、狩りのし易さが違う故にな」
悪い笑みだな、おっさんよ。
「リュアルテ、そなた位階は幾つだ?」
「70と少しですね」
「ふむ、足りんな。あと25ほど上げよ。したらば共に竜を狩りに行こうぞ。
カザンまで、空港があれば一瞬よ」
狩りのお誘いか。
確かに空港があれば、時間のコストはなきに等しい。
…南大陸はサリーの故郷だし、興味はあるんだよな。…………件の蛇の住処だし。
そういや狂乱した竜の襲撃イベントって凍結してたけど、アレってどうなったんだろ?
「面白そうですね、参加しましょう。日帰りは可能ですか?」
「流石に無理だ。見学だけでもせめて2泊は様子を見ておけ。約3、4ヶ月後に1月ほどが本来のやつらの春よ。
しかしつれないそなたのことだ。断られるかと思ったぞ」
「カザンの方には家亀狩りで、うちの水麗人たちが世話になったようですし」
おや、酢を飲んだ顔。
「そなたは、まだ聞いてないのか?」
「なにかありましたか?
起きたばかりでやることが多くて。空白の2年を埋めるには、まだ時間が掛かりそうです」
「…………家亀は水麗人の天敵ぞ。あれがなかったら海の覇者はきゃつらであったわ。
………。
カザンの海は蛟の魔力毒に犯され、腐海と化しておったのだが。
たった2月ほどで海を浄化し、蛟を根こそぎ平らげたぞ水麗人は。
なんなんだあいつらは」
水質浄化とか水麗人のお家芸じゃん。蛟はどんなのかわからないけど。
「ああ、いきなり空港なんて出来ていて驚きましたが、なにかしらの交流があったんですね。
うちの子たちと仲良くしてくれてありがとう、マット」
「強制的に仲良くさせられたな。
愉快な小人街道の成功で、民意による道の普請が活発になったのは聞いたか?
街道工事よりこちらのほうが役に立てそうだからと、やつらが海を泳いでやってきたのはその前あたりだ。
うちの者が水麗人に【こちらの海は美しくて羨ましい】と溢した、たった一言を拾い上げてな。
腐海の浄化はカザン100と50年の大願よ。
それがたった2月の、弛いボランティア活動で成し遂げられた我らの複雑な気持ちがわかるだろうか?
なんでも奴らの言い分は、カザンの海を選んだのは、女王戦の礼と、我がそなたの友だからだそうな!
あれはリュアルテの采配か?」
知らんがな。
オレはなにもしてないぞ、本気で。
海の清掃活動は、地元の人たちの自由意思です。
おっさんだって好き勝手動いているだろーが。
「ボランティアって、強制されてするものじゃないでしょう?
……ご迷惑でした?」
「複雑なのは個人の所感よ。国としては素直に感謝している。
生まれてから初めてぞ。我らカザンの者が自国の沖合いで獲れた魚を食べたことはな。
しかしこれだけの仕事を成したのだから、代金を払いたいのにボランティアだからと固辞されたのは困ったが」
あー…。
「称号の靴屋の小人が欲しかったんでしょうね」
水麗人の気持ちは分かる。欲と恩の二人三脚だ。
そりゃ、金より称号が欲しいよな。将来の現世利益があれば尚更に。
「さもあらん、いた仕方なし。
返礼は、きやつらの盟主であるそなたに渡そう。我らがカザンはそう決めたぞ。
喜べ、【人類の守護者】よ!
そなたが結ぼうとしたラインに、我が一本付け足してやったぞ!」
「は?」
盟主ってなにさ。
ノベルで雇ってるのは、うちの子だけどさ。従業員よ?
それとラインって、まさか。
「なに、空港の工賃は毒の海から陸を守るのに割いていた、年間予算ほどもつかっておらん。
そなたは交易をしたがっていただろう?」
それで空港築くとか正気か?!
「なんでそうなりますかっ?!」
「うむ。水麗人は健脚よな。
たった半日でこの南海からカザンの海まで渡ってくる。
我らは回り道をしたからとはいえ、片道1月掛ける道程をぞ?
まこと天晴れ!
しかし我も負けず嫌いのカザンの男よ。
なんとも悔しかったので、伝手を辿って本気を出してみた。
ははは、どうだ!魔道工学の精華を見よ!遥かカザンまで一跨ぎよ!」
胸を張っての呵々大笑。
このおっさん、大人げないぞ!
こーいうひとに金と権力を持たせると、人類の時計の針が進むんだな。怖っ。
…でも水麗人ってそんなに早く泳ぐんだ?
脳内の地図を引っ張り出す。
おっさんは一旦西の砂漠を越えてからぐるっと、そう、海に転々と散る諸島の連なりに沿って帰ったのだろうから……直線で泳いだ水麗人とは、移動距離が違うにしてもだ。一月が半日かあ。
カジキは時速100キロで泳ぐとか眉唾な話は聞いたことある。それぐらいなら……いや、待て。
あれって海流に乗ってのスピードじゃなかったか?
海流を使わずこれとか。え、凄いな、水麗人。
カザンは竜の国だから、ウィングブーツで空を飛ぶのは危険だろうし……カザンの人の目にはこの水麗人の移動スピードは驚愕か。
まあ。うん。
水麗人たちが、元気そうで良かった。
他所のボランティア活動に気を回せるほど、余裕が出来たってことだもんな。
これは良い話を聞いた。
そういうことにしておこう!
「よってリュアルテには代表として国賓待遇でカザンに遊びにきて貰えと、兄上がな。
またそなたを探して東西に奔走するかと思ったが、今回は巡り合わせが良かった」
ようやく気構えの落とし処を見つけるや否や、豪奢な箔押しの封筒を渡されてしまう。
… なんで?!
水麗人の功績は水麗人に!
オレに回されるのはお門違いです!
コメント、誤字報告、いいね、評価ありがとう御座います。
そろそろ暑さも和らいでくれるとよいのですけど。
週に2、3回更新したいのですけどネェ、最近のお天道さんったら。マァ。ちと艶姿を晒しすぎやしませんかね。もうちょいと隠すべきところを隠して貰わないと目のやり場に困りますヨ。




