115 世界の改変数値
運動場。朝一番のジョギングに出たら、おっさんどもがお通夜状態だった。
「ああ、ジェシカ。結婚しちまうなんて、あんまりだ」
「お前なんてコクってもなかっただろうが、俺なんて付き合ってたのに新しい彼氏を紹介されちまったよ。はは」
「これからイベントの大詰めだったのに、あのタイミングで抜けるとか、うああ、皆、済まんかった……!」
「俺なんかパーティー離散してたんだけど!…家業継ぐなら仕方ないけどさあ!」
「せっかく証拠は揃ってたのに、犯人、大陸外逃亡したとかマジか。ええ、あれ、追っかけるの…?」
「購入したアパートが竜巻で吹き飛んでいたんだが、こんなことある?」
皆、翻弄されているんだな。
プレイヤーにしてみれば、なんの脈絡もなく2年も時間を飛ばされたわけだ。
図らずしも往年の名作RPGによくあるような主人公が突き落とされる理不尽さの片鱗を味わってしまった。
プレイヤーが寝静まり、一番増える深夜帯に事を起こしたあたり運営は確信犯だ。
今朝は全国津々浦々でプレイヤーは、死にかけの歩きキノコ状態になってそうだ。
悲しげに、ぷるぷるしておる。
打ちひしがれている彼らを横目に、いつもより長めにコースを走った。
時間は同じなんだけど、走行距離が伸びている。息も切れない。
オレもぼちぼち人類卒業コースだ。
しかし早朝はまだ平和だった。
常日頃のルーティンで勉強や訓練したり、野良ダンジョンを処分している間にも、『異界撹拌』されたのが日本だけではなかったと、どんどんニュースが流れてくる。
知らんかった。トリガーになるユーザー数ってサーバーごとじゃなくて世界共通のカウントだったんだ?
世界的にもゲームの出荷台数はここに来て激増しているから、納得だ。
公務員系ダンジョンマスターさんらを含め、オレらが『精製』した白玉魔石は、国内需要が満たされた後は輸出されてしまっている。
まだダンジョンマスターが出ていない国とかありそうだもんなー。
魔石は訓練するのにじゃかじゃか『加工』していくから、喜んでくれる引き受け手がいるのはありがたいことだ。
その海の向こうの世界だが。
日本は東の国なんで、始まりの鐘が鳴るのは最先端。
時間差で他の国にも混乱と悲鳴が伝播しつつある。
今までは同システムを使っていても外国サーバー同士が繋がっていないのは常識だった。
それがどうも崩れてきそうな塩梅だ。
現在のところ、確定はしていない。
だが、件の『異界撹拌』は他の世界との接触によって起こったとされる。
これはひょっとして世界が繋がってしまう前兆なのでは、と盛り上がる層。そしてそれを叩きのめすかのように、敵対魔物種がわんさかいる世界と接続されているのがデフォルトらしい。
どこの運営もどSなんだな。
これから現地入りする調査によって、事の真偽は判明していくだろう。
そしてそんな調査どころじゃないサーバーもあった。
『異界撹拌』された折り、世界を繕うことに失敗したところだ。
しかし、むしろシナリオの重厚感からして、そちらがメインストーリーだったのではないだろうかと囁きも流れてくる。
…人類が滅びかねんイベント山盛りだったのは、こちらに誘導したかったからか。
世界の危機がありふれすぎて、感覚が麻痺してた。
とはいえ、夢魔と戦争すら起きなかったサーバーもあったくらいだ。そこら辺は多種多様だ。
うん。例えばどこぞの愛の国なんて、凄かったらしいよ。
稀代のドン ファンが続々輩出されてしまった、そのお陰。
彼氏ら、夢魔をまるっと種族ごと口説き落としてしまったらしい。
戦争?なにそれ美味しいの?
私たち幸せになります!ってな感じだったらしい。強すぎる。
それとか接触した第一村人が、6歳の母親を亡くしたばかりの少年だったサーバーとかの夢魔族。彼女らは、慈愛に目覚めて義理のお母さん軍団に変貌を遂げたらしい。
そこでの彼女らは、孤児院で献身的なボランティアに精を出していると聞いた。
うん。
そういうところもあるんだよ。
高いところに生る葡萄は、酸っぱい葡萄。
もちろん、一心不乱の大闘争とかやっていたサーバーもあるから、そこは巡り合わせだ。
そういうところは前記したとおりの、ぐちゃぐちゃになった世界を立て直す文明再興シナリオに入るそうだ。
天地創造クラスの大災害に、戦争が強制停止したことだけは不幸中の幸いだ。
ネットニュースでは次から次に続報が入ってきて忙しない。
軽率に人類同士で争うと、撹拌世界は簡単に滅びかけるんだな。チャンスとばかりに嬉々とした、GMたちの魔手によって。良ーく分からせられた。愉快犯め。
「サバイバルしながら文明を起こすとかシナリオ的には面白そうだけど、教官やオルレアたちが酷い目に合うのは許せないから……他所のサーバー阿鼻叫喚だろうな」
今まで親しくしていた人らが、理不尽に辛い目に合うとか辛すぎる。なんでそんなことするのGM。
熊教官のとこなんて赤ちゃん生まれたばかりなのに、本当にやめて。
そんなんされたらプレイヤー、深刻なトラウマにならない?
大丈夫?
「なるほど。人心が荒れた結果、カルマが増えて、世界の縫製に失敗したんですね。
ワールドクエストだけなら、むしろ争乱が起きているサーバーの方が頻発しているようですし」
世界の『異界撹拌』情勢を追っていた、サリーが溜め息混じりに結論を出す。
プレイヤーの行動で世界が変わるとか、TRPGあるあるだけど、GM各位の豪腕ぶりよ。
同じシステムで、これだけ世界が多様化するなんて思いもしなかった。
敵対陣営相手にはカルマ値の減算はないとはいえ、血に高ぶった人間は同胞にも牙を向ける場合も多々あるから。
……うん、カルマは高くなりそうだ。
「そちらのワールドクエスト成功者は一国一城システムが新しく稼働したらしいぞ!
既に小さな村社会が形成されているようだ!」
別口からニュースを漁っていたエンフィが補足を入れる。
人心惑う末法の世。
邪悪な魔物を退治した英傑が、乞われるままに集落の長になり、いずれは王を目指すパターンか。それなんて英雄叙事詩。
最初からそのシステムだったら、面白そうではある。最初からなら。
……新人が大量に入ったタイミングで、チュートリアル終了ってこーいうことか。
先行プレイヤーが悲しい顔で、【ここ、昔は賑やかな都だったんだぜ。今は廃墟になっちまってるけど】、とか後輩プレイヤーに語るやつだ。うわあぁぁ。
日本サーバーは、かなり上手く波をすり抜けたっぽいぞ、これは。
オレの知らない何処かの誰かさんたちが、さぞかし和マンチとして辣腕を振るったに違いない。
サリアータみたいな辺境でもイベントには事欠かなかったのだから、都市部とかはさぞかし盛り上がっていたのだろう。
しかし、災害が多いなんてもんじゃないな、撹拌世界。
うちの民族災害慣れしていて、被災してもそこそこ落ち着いているけど、それは困ったらお上がなんとかしてくれる信頼があるからだ。
自衛隊や消防、ボランティアの人たちが少し我慢すれば助けてくれる。
それが丸ごと失くなったら、ちょっと考えたくない展開だ。
……他所のお国の新人さん、きちんと生き残れるんだろうか。
「えええ。もう国造り始まってんの?
お他所の国の人、バイタリティーあるな。行動早くね?」
「言うな、ヨウル。明日は我が身だ。
オレは新人育成にもっと力を入れたくなった。こうなっては現地民、プレイヤー問わずで」
他山の石の鋭角っぷりに心を削られる。
戦乱は文明の針を進めるって諸説もあるけどさ。天地創造クラスの災害とダブルパンチは人類絶滅の危機じゃないの?
「……人を使うには、私もまだ練れていないから躊躇があったが、そうも言ってられんか。
地元の防衛は必須だ!
サリアータの奥地に新しく開かれてしまった異界門の調査にも、乗り出さなくてはならん!」
「なるべく魔物が強くない世界と繋がっているといいな。……駄目か。
とうとう来てしまったな。レベル100からのコンテンツが」
ダンジョンは小さな世界の欠片。
つまりもとの世界があったということだ。
うちの撹拌世界も千切れてしまい、界の狭間を漂流し。そこで次元の闇に染められてしまったら、数多の野良ダンジョンになってしまったことだろう。
新しく繋がったのは、幸いなことに千切れていない普通の異世界……と言っては可笑しいが、そうらしい。
一先ず熟練のダンジョンマスターにより、敵意ある種族や魔物はサリアータに入れないように穴にダンジョンを埋める形で入管ゲートを造ったそうだ。これは空港の敷設経験が役にたったとか。
エンフィの言う通り、新世界の調査は早めにしたいな。行動するにも情報が欲しい。きっと爆発したらヤバい地雷が埋まってるんだぜ。新世界には。
「GMいい加減にして。コンテンツ増やしすぎ。レベル100帯なら野良ダンジョンがいくらでもあるでしょ」
「プレイヤーは長く野良ダンジョンに潜るのは難しいからな!」
ヨウルがエンフィにバッサリ切られたところで、雫石を取り出す。
「オレ、経験値溜まってた。お前らは」
「あ、オレもー」
「私はあと少しだ!」
レイスのダンジョンで経験値を浴びながらオレらはいつもの『調律』中だ。
安全地帯の外では撹拌世界の世知辛さ、その鬱憤晴らしとばかりに、気持ち良く暴れている兄さんや姉さんらの姿がある。
それを尻目に卓を囲んで、石の『加工』がてらニュースをザッピングしている最中だ。
アリアンやクロは冒険者として大成出来ないと言っていたが、こんなことしてれば位階は上がっても強くはなれんわな。
サリアータの雫石の処理の溜まり具合からして、効率を考えると、どうしても寄生スタイルになってしまう。
体を動かしているより、じっとしている方がMP回復が圧倒的に早い。
リアルでも、エンフィとヨウルがいるからまだいいけど、ひとりぽつんとこうして待機させられて仕事してたら詰まんなかっただろうなあ。
「お。公式から【世界の改変数値】の情報が出てる」
それは気になる。
ヨウルの言葉に、取り出した雫石を『体内倉庫』に戻して、手元の端末を操作する。
「なにもしないで生きて死んだ人の改変数値は1です……って少なくね?」
気に入らないというように、ヨウルが眉を潜める。
「次ページに改変数値の例題が出ているぞ!」
えーと、どれどれ。
位階を積んだ100越え冒険者は +5。
職業例だと、熟練工で +10。
国宝級なら +50。
教師は一般人にはやや高めの +20。
貴族家当主は +100。
……冒険者、ポイント低い…って、ああ。称号にもポイントがつくからか。
称号は1つにつき +1ポイントで、例外あり。
例外の例はブルーブラッドが +1につき +5か。
他にもボランティアや依頼の達成数とか多岐にわたる項目がある。
うわぁ。善いことだけじゃなく、悪いことにもポイントがついているぞ。
人ひとりのキルポイントは +1。
詐欺や窃盗、個人で働く悪事より組織的な犯罪の方が大きく纏まったポイントがつく。
なるほどそれで【世界の改変数値】か。運営め、やってくれる。
善いも悪いもご自由にどうぞ。
その結果が『異界撹拌』後の世界か。
日本ではヒロイックな振る舞いをアバターにさせるプレイヤーが主流だ。
勇敢であれ。清くあれ。
情深く、理不尽には立ち向かい、力なき民草の盾であれ。
リアルはただの一般人でも、ゲームの中ではオレたちは、勇者として振る舞うことを許される。
ファンタジーなら斯くあるべきと、啓蒙してくれた過去の創作者たちに幸あれだ。
ほんと、助かる。
最初からこのポイントが計算されていたのなら、鬼ヶ島の成立はこの見えない財貨によって創られたものだろう。
人を殺して +1なら、ポイントの荒稼ぎをしていた殺人鬼はどれだけのものか。
オレがなまはげ扱いしていたゲルガンは、ポイント数だけなら普通だろう。
数字が多いのは別タイプ。
日本でも競技的にキル数を競う種類の殺人鬼もいた。
外国勢の中には、突き抜けた記録をもつとんでもないのがいたりしたから、悪党らはポイントもさぞ稼ぎ出したに違いない。
個人としては桁が違う。
報奨に専用の別世界が創られてしまうはずだ、これは。
この悪徳の数字より、快適で安全な本拠地を絶対守るマン派閥が勝てて良かった!
人の数は力だ。
ヒーロームーブしていた一般冒険者よ、オレらはやったぜ。
しかし運営。通達もなく水面下でプレイヤーを試すの止めろし。
政府ちゃんはもっと運営に手加減するよう意見してくれてもいいのよ?
サバイバルも楽しそうではあるけれど、毎日の美味しいご飯が食べられる生活の方が断然好みだ。第一、地元の人にいらぬ苦労は掛けたくないぞオレ。
雫石を『調律』するのに、つい力が籠ってしまう。
「皆さん、レイスはそろそろ狩り尽くすので、移動お願いします」
雫石の『調律』が終わると、促された。
サリーが広げていたティーセットやらを片付け始める。
「はあい。次は少し体を動かしていいですかー?
尻に根が生えそ」
「そうですね。…『精神耐性』訓練がてら、ニンジン生姜の収穫をしますか?
大規模魔法スキル禁止縛りで」
オレらは下手するとリュアルテくんらより過保護にされているので、レベルが倍以上離れてないと近距離戦は禁止されている。
まだ無免許ゆえ仕方なしだ。
【冬休みに、おにいのとこでバイト?
するする!やったあ、気になってたんだよね!】
「万里はOKだな。千枝は、どうだ?
とーさんや、かーさんには話を通してあるけど、守秘義務はあるし、雑用だしで、女子が喜ぶようなバイトでもないが」
肩を寄せて引っ付き虫になっている妹たちをカメラが映す。
【私もいくよー。今のバイト先、店舗の工事が入っちゃって他のとこ見つけようって思ってたし丁度良かった。
メインは調理補助でいいんでしょ?】
「それとオレの仕事の手伝いもあるかもだ」
【おにいがボスってことね。了解。
……そういえば、うちの周り。道の整備が始まったよ。なんかね、車線が増えて歩道もできそう。
お他所の耕作放棄地がだだっ広い駐車場になったり、おじいの畑の塔まわりとか、白玉ダンジョンっぽい箱物も建てられたりとか。
…………うちの周り危険だったりする?】
「なにもしなければ、危険かもな。塔を管理してくれているお兄さんたちには、きちんと挨拶するんだぞ?」
【はあい。おにいが政府ちゃんのとこで研修ってなんでかなって思ってたけど、塔の管理人さんになるためのものだったんだ?】
「どうだろうな?
ああ、かーさんにも代わってくれるか」
【オッケー、守秘義務。突っ込みません。
じゃあね、お休みなさい、おにい】
【おやすみー!】
【…あら、流士。痩せてない?ご飯ちゃんと食べてるの】
適当に不穏なこと言うのやめて、かーさん。今、周りがガタってしたから。
「食べてる、食べてる。あー。体重は変わらないけど筋肉がついたから細く見えたのかも。
それよかさ、人員集まりそう?」
【友達は興味津々よ。テレビでやっていたアンチエイジング特集が効いたわね。
取り敢えずゲームをしていた仲間内の娘さんたちと、若いお嫁さんたちは捕まえたわ。
外側の工事が終わり次第、こちらは水玉工場として始動できそうよ。
あと、運動するならもっと食べなさい。部活やめてから、ご飯減っていたでしょ。
育ち盛りの男の子ってなんでこんなに食べるのって、あの時はヒエッってなってたけど、急にしゅっとなると心配だわ】
いや、部活してたときより今はもりもり食べてるんだけどな!
「わかった。気を付ける。そっちは問題なさそうで良かった。お休み、かーさん。とーさんにもよろしく」
【お休みなさい。…若いからって、あまり無理しちゃダメよ】
挨拶してから、画像音声を切る。
研究施設なので画像つきの電話等は基本、専門ブース以外は禁止だ。
この専門ブース。無料カフェが附属した休憩室に設置してある。
隠れて話さなくちゃいけないことは、喋るつもりがないので気にしてなかったが失敗した。
位階が高い面々ばかりなので、耳がいいなこんチクショウ。
おやつ片手ににじり寄ってくるおっさん、兄さん、お姉さん。
まあ、まて。落ち着こう。
「体重は減ってませんよ?」
「知ってる!でも、痩せたよね?!」
「腹周り、太もも、背中、尻っぺた!ラインが明らかに変わったでしょ!」
「痩せてナンボな昭和の女性アイドルじゃないんだから、脂肪をつけようぜ、脂肪!」
「お取り寄せで、背脂こってりの豚骨ラーメン届いているけど、食べる人!
替え玉、高菜、紅生姜も用意してある!」
はーい!
皆、手を上げるついでにオレの手も腕をとって挙げさせられる。
いや、普通に食べたいですけど?
誤字報告、いいね、評価、ありがとう御座います。
そんなわけで後書きで蛇足。
世界の縫製に失敗して、ぐちゃぐちゃになったサーバー。そこでは数百年が経過してしまい、原始時代スタートとかもあります。
文化が退化しまくった世界においてスキルの多いプレイヤーは、現地の人にどう見えるか。
そう、こちらは創生神話ルートです。
撹拌世界に神話がほぼない理由でした。




