113 ニンジン生姜
改めて45日目の昼だ。
朝寝と食事をたっぷり楽しんでから、ホテルのロビーでルートと合流した。
今日から正式にベアトリーチェとハラノはオレつきに配属される。
護衛としてはベアトリーチェが上で、雑事はハラノが取り仕切る。
ベアトリーチェはメイド服を卒業して、執事服に着替えていた。
「そちらも似合うな」
「先日無事に婚約も終わり、一人前と認められましたので。
成人してからは一年ほど軍に出向して、鍛えて来ました」
うん。大きくなったなあ。驚いた。
……へえ。修行中は一途にも今の婚約者のために、あのメイド服を着てたんだベアトリーチェは。幸せにな。
「ルートはよく眠れたか?」
「悩んでいてもぐっすり眠れるのは、いいことですよね。それだけはありがたいです」
そうね。睡眠周りはそーいうシステムだからな。
「……すいません。そういうことじゃないですよね。ただ、吃驚してしまって。
こういうこと、良くあるんですか?」
「時間を飛ばされたのはわたしも初めてだ。ただ、この世界に生きる限り、突拍子もなく理不尽に襲われることは覚悟して欲しい。…強く生きろ」
「万全の対策はないんですね。わかりました」
ルートは賢いな。
「そうだな。位階を上げて備えるか、人脈を広げて備えるか。それぐらいだな。
自然災害に人が勝つのは難しい。
やれるのは負けぬように手筈を調えておくことのみだ」
運営はどS。間違いない。
プレイヤーが右往左往しているのを、ニッコニコで見守っている。
「でも、おにい。備えるっていっても難しくない?」
「そうだな。では、わかりやすく簡単なところから。
功績ポイントは役にたったろう?
あれも世界を変える一助になる」
金銭としても使えるけどさ。奇跡を呼び寄せたい時にこそ使うべき。
功績ポイントはその人が積み上げてきた信頼を可視化するものだ。いざという時に強く輝く。
「そうだ。ルート、『精製』の内職しないか?
うちの売店に置こうと思い、紫毒蛇の魔石を仕入れてきた。
これは小さいが天然で『解毒』がついている。
3人のパーティーでアクセサリに仕立ててくれるなら、材料として提供するし、ギルド依頼を出そう」
「コネで仕事を貰っていいんでしょうか?」
ルートは首を傾げるが、どう考えても反対だ。
「『精製』持ちなら引っ張り蛸だぞ?
むしろこちらがコネで、仕事を頼んでいるんだが」
ルートはそれならと材料と依頼を受け取ってくれた。
ダンジョンウォークの機能で依頼の受注も楽になった。
依頼の際のテンプレートが作られているんで、仕事内容を書き込むと料金計算も自動で済ませてくれる。
仕事が気に入ったときの追加報酬を出せる機能なんてのもあって、いたれりつくせりだ。
でもこの手の投げ銭は常識の範囲で使わないと、運営にめってされるやつだ。知ってる。
「むー。もう少し魔力が増えたら、私も『加工』入れちゃおうかな?
おねえが『細工』するほうが、かわいーの作ってくれるもん」
「生産は楽しくないか?」
「思ったよりは楽しいよ?
でも自分で買うなら、おねえのやつの方が断然いいもん。
料理は下ごしらえの手伝いでしょ?
『刺繍』は『陣形』まで育てるにしても、それだけだと魔力余るし。
お小遣い増やすなら、『錬金』か『加工』かなって。
『錬金』は発動体で覚えるつもりだし」
「ああ、1日に本を何冊も読もうとすると、MPは余りますものね」
「おねえの側だと太るから、MPは使いたい…!」
チェルはこっちじゃ容赦なくハイカロリーなもの作るからな。
ルートは苦笑しているから、同意見なんだろう。
「そうか。今日はストレス発散に体を動かすのと、新人のレベリングどっちをやりたい?」
「「「両方で!」」」
完全初心者向けのダンジョンは開けておきたいので、レベリングは中級者からのダンジョンを選びたい。
できれば血が流れなくて、心構えも養ってくれて。尚且つ敵は飛び道具がなくてそこそこ安全な、と、条件を上げていくと数が限られてくるわけだ。
そんなわけでやってきたのは、『薬味ダンジョン』。名付け方でお分かりだと思うが『建材ダンジョン』や『イクラ大好き』ダンジョンと同じダンジョンマスターさんの系列だ。
ここは生姜やネギや大蒜にセロリや紫蘇といった、薬味系の魔物を揃えたダンジョンである。
薬味系の魔物はHPは低いが状態異常を使ってくるので、実は中堅冒険者の登竜門だ。
なんだ野菜かと慢心した冒険者はボコられてしまう。注意されたし。
先達として新人冒険者に与えたいのは『精神耐性』。
『テラー』を使ってくるニンジン生姜はうってつけだ。
「『サンダー』」
HPを程よく削ったところで、新人さんを解き放つ。
一発良いのを入れれば、野菜を傷つけず収穫できるようにしてあると先に教えておいたから皆熱心だ。
「『てらー』」
「ぎゃー」
「またかよ!」
「こいつら、強いぞ!」
「呑気な顔しているくせに!」
まあ、そこそこ反撃を食らっていたりするが、耐性をつけるためにも頑張って欲しい。
彼らはダンジョンの外で、有志の水麗人によるバフを盛ってきてある。
だから何発かは耐えられるかもだが、『ヒール』は小まめに撒いておく。
後衛のありがたみを感じて、ヒーラーを目指してくれてもいいのよ?
……うちの子、なんでか脳筋多いんだよなあ。水麗人を含めて。
弟妹はそこそこ位階を積んでいるので、最前線で『テラー』を食らっても、一瞬固まるだけで安心だ。
がんばれ、がんばれ。
いや、マジで『ヒール』飛ばすの忙しいな。
得物を持つのも覚束なくて、新人さんってば初々しい。
「はーい、それではレベル5になった新人さんは外に出て下さいね!
まずは実技指導を受けて、体の感覚を掴むのがお勧めコースですよ!
お疲れさまでしたー!」
「魔石やお野菜を、売りたい人はこちらからどうぞ!」
「今のうちに『精神耐性』つけとくと後でラクなのですよー」
やることが迷子になっている新人さん向けに、外ではバイトや訓練を斡旋してくれるメイドさんらが待機しているので、そのまま見送る。
参加賞のおやつを受け取ったら、現地解散だ。
そして出ていった新人さんの代わりに、新しく10人が入ってくる。
これで3セット目。
午後の部、うちが引率するだけで30人の新人か。豊作じゃないか?
彼らもいつか旅立ってしまうだろうが、ホームと思って貰えるように教導せねば。
「お待たせしましたー!」
「いや、待ってないけど。そんなにすぐレベル上がるの?」
「俺ら寄生にならないかな。大丈夫?」
「一応、ここは中級ダンジョンですから。
今日は5レベルまであげますよー!
冒険者の最初の20レベルは、引率か知識がないと危険ですからね!
訓練はレベリングのあと、HPが増えてからどうぞです!
せっかく助かった命ですから、大事にしましょう!」
「お、おう」
話は纏まったかな、よし「『サンダー!』」
一発目は新人さんに経験値を吸わせるために、一定範囲を狩り尽くす。
生姜ニンジンたちは足が人参形なので歩くのがゆっくりだ。
奥で揺れるもさもさが、こちらにくるまでタイムラグがある。
その隙にメイドさんが走って生姜を回収してくる寸法だ。
「え、あれ全部魔物だったの…?」
なぎ倒され、ぽっかりあいた目の前の地面。ざわめく彼ら。
この反応も今日は3度目だ。
「ステータスを見れる方は確かめてみて下さい。
大体4レベルまで上がったはずです。
先ほど通達したかと思いますが、ニンジン生姜の基礎レベルは20です。
万全の引率がない限り、まだまだ入っちゃいけない場所です。気をつけましょうねっ」
「あの、すみません。参考までにレベルはおいくつですか?」
オレ?
坊主頭の無頼漢なアバターなのに、この人も礼儀正しいな。
なんか新人さん、民度高くない?
「72だ。冒険者としては中堅卒業間近かな。トップ層は100を越えてからになる。
一応レベルの上限はないということになっているが、100を越えると上がりが悪い。
それくらいになるとスキルを磨く方が優先されるな」
オレも女王戦でかなりレベル上がった。
教官やサリーですらレベル上がったくらいだもん。
これで大手を振って家亀狩りに参加できる。
「これで、中堅…?」
「ええ?」
「個体差がえげつない」
「わたしが12の時は、少し動くだけ、歩いただけで熱を出すような体だった。
位階を上げれば案外、なんとかなるものだぞ?」
「マジでか?!」
顕著に反応する男が1人。
「だれか、虚弱な身内でも?」
それか本人か。
「ああ、うん。
そっか、そっかあ!
頑張ろ、教えてくれてアリガト………じゃない。ありがとう御座いましたっ」
いいってことよ。
リアルの医療データも揃ってきたが、悪い結果にはなってないぞ。
経験値を吸って、健やかな人生をおくれるといいな。
「マスター、そろそろ行きますか?」
新人さんらと交流している間に、魔物がじわじわ寄ってくる。
植物系の魔物って、数が揃うとパニック映画のワンシーンだ。
やっぱりサリアータのダンジョンは個体制限をつけないと、沸きが異様に早い。中堅以上は美味しい狩場にしても、初心者には厳しめだ。
「そうだな、頃合いか。…『サンダー』」
2度目はあえて弱く撃つ。
新人さんが倒しやすいように調整して撃ったんだが、そこそこ上手くいった。
オーバーキルしてしまった個体も少ない。よしよし。
弱っている群れは無視したメイドさんが数人走って、元気な群れとの間に陣取った。
その一拍遅れて、弟妹もてててと走っていく。
新人さんらのところまで、元気な魔物は通さない布陣だ。
「さあ、頑張って稼ぎましょうね!
この後、自分で倒したのは収入にしちゃってもいいと、マスターは仰せです!
ただし、紳士、淑女らしく他人への気遣いも忘れないこと!
冒険者でこれは一番重要ですよ!」
「はい!」
「おう!」
「よっしゃあ、打ち込み稽古だ!」
「稼ぐぞー!」
わらわら駆けていく新人さんら。
うん。
「一番重要なことを、これから沢山覚えさせられるの大変だな?」
「マスター。先輩とは嘘つきですし、基本からして理不尽なものなのですよ?」
いい笑顔だな。メイドさんや。
これは後輩を可愛がるよい先輩。
ホテルに帰ったら修羅場だった。
ヨウルが美少女2人に抱きつかれ、盛大に泣かれている。
おおう、両手に花。
まあ、アリアンとクロフリャカなわけだが。
以前の意趣返し。助けてって、目線に見捨てたくなったが、クラスメイト女子らにはオレも会いたかったので近寄った。
「久しぶりになるのかな。アリアン、クロ。わたしの感覚ではつい先日ぶりになってしまうんだが………綺麗になったな」
「リューくんは、そういうことばかり言う!」
「嘘ばっかり。顔がグシャグシャなのに!」
非難轟々。でもさ。
「嘘じゃない。女の涙に心動かさないほど、木石じゃないだけだ。
ましてそれがわたしたちのためのものなら尚更だ。
……自惚れかな?」
「違わないわよ、馬鹿っ!」
「淋しかったあ!」
ヨウルだけじゃなく、オレにもぎゅうぎゅうハグしてくれて嬉しい。
「地図を見て、わくわくした。アリアンやクロは凄く頑張ったんだな」
ハンカチを貸す代わりに『洗浄』を掛ける。
「寝て起きたら2年も経っていて、驚いたし悲しく思ったけど、忘れられないうちに帰れて良かった。
皆に他人行儀にされたら、きっとわたしも泣いていた」
「しないよ!」
「そんなわけないじゃない!」
「うん、良かった。また仲良くしてくれるか?
わたしたちは外見は成長したが、中身はそのままなんだ」
「わかったわ。相変わらずリュアルテは外見詐欺なのね。……拍車が掛かっているけど」
「リューくん、前はお姫さまだったのに妖精の王子さまになったのね」
「エンフィにはもう、会ったか?
わたしよりもよほどゴージャスになっていたぞ、あいつ。
……また会えたのが嬉しくて、抱き締め返してしまったが。アリアンやクロは、適正年齢の淑女なのに不味かっただろうか?」
「構いはしないわ、2人同時に抱きついたのだから」
「浮気じゃないってわかってるもの!」
…………。
ん?
「おお!アリアン、クロ!
久しいな!
女性は男より早く成熟するというが、知らせを聞いて驚いた!
婚約、おめでとう!
幸せにな!」
小さな花籠をもったエンフィが、2人にそれを渡す。
ビタミンカラーと葉物の緑が鮮やかだ。
如才ないっていうか、いつの間に帰ってきたんだエンフィ。
それよりも。
「婚約?」
ヨウルがぽかんと口を開ける。
「ええ。婚約したの、私たち」
「紆余曲折ありまして。人生のパートナーならあーちゃんかなって」
アリアンがはにかみ、クロが天真爛漫な笑顔になる。
え?
誤字報告、いいね、評価、ありがとう御座います。
そんなわけで、申し訳程度のGL成分混入です。




