112 製糸ギルド
ナノハナに着いたのは深夜だった。
非常時ともあって、今日の砦は煌々と明かりが灯る不夜城だ。
ここではオルスティンが出迎えてくれたが、その次に駆けつけたのは揃いの制服の集団だ。
「代々コットンのダンジョンを造られると聞きまして!」
微妙に見覚えがあるのは、製糸ギルドの人たちだ。
先に連絡を通していたので、待ち構えてくれていたようだった。
話が早い。
「わたしたちがサリアータの奥地から搬出された時、他所からの客人も一緒に救いだされた話はもう聞いたと思う。
これから衣住が足りなくなる予想だ。協力を頼みたい」
「はい、喜んでぇ!
好機として頑張ります!
コットンは消耗品なのに輸入に頼っていましたので、忸怩たるものがありました!」
元気でよろしい。
会う人、会う人に泣き崩れられるんで、ハツラツとした態度で当たりにこられるとホッとするな。
いや、心配かけたオレらが悪いんだけどさ、力業に持ち込んだ運営のせいで。
「オルスティン。狩場に来てくれる冒険者の都合はつくだろうか?」
「代々コットンならマッドスライムと、三つ目羊の中間で、よい塩梅であります。
ここ2年、近隣の農民は仕事の合間に、マッドスライム狩りに精を出していました。
そこそこ力をつけた者には、獲物として手頃でしょう。
最初のうちは念のため、自警団を指導員につけさせますが」
人前では重鎮らしく、城主の面目を保っているようなオルスティンだが、しかし話しかける度に尻尾をブンブン振ってくれる。
イッヌ、めんこい。
大きくて強くて、白くてモフ。
その上、人懐こいとかグッドマン一族最強だ。
「以前、サリアータに築かれていた代々コットンダンジョンの仕様書を取り寄せた。
この通りに造るといいのか?」
長く使った施設らしいので、やりやすい形なら踏襲するつもりだ。
「はい、いいえ。
三つ目羊やマッドスライムと同じく、専用の解体場に直結した造りにすることは可能でしょうか。
沸き槽と、加工処理場が直通の方がより作業が効率的です。
そうすれば代々コットンが沸く時間を十分の一以下にしても余裕があります。
もともと領都のダンジョンでは、サリアータ全体の需要は賄いきれていませんでしたので、そのままだと手狭になるかと」
「……部屋に個体数制限を掛ければ、良いかな。オルスティン?」
一定数以上に増えないようなセーフティはいるよな、これ。
この安全装置の概念はここ数十年の流行りなんで、それより昔のダンジョンにはついてないことの方が多かったりする。
以前、サリアータのダンジョンが飽和していた原因のひとつだ。
サリアータ以外のダンジョンって飽和する前に狩られるから、こんなことあまりないんだけど、ここらへんは魔物が沸くのが早すぎるんだよな。
「はっ。しばらく運用してみて、問題がありましたら奏上します」
樵をしながら雫石を『調律』してきたが、成人したせいで負担がぐっと軽くなった。
リアルのオレは日本人だが、こっちのリュアルテくんはエルブルト系だからな。
やはり体の作りが違うのだろう。
幼年期ですら、こっちの方が魔力は使いやすい体だったんだ。成人したら、そりゃあ、なあ?
15で成人って、背もまだ伸びきってないのに早くね?って思ってたが、これ、スキルの使いやすくなる年齢で決めたのかもな。
……これで、調子こいて魔力を使いすぎると、身長が伸びなくなったりするんだろーな。自重しよ。
アスターク教官ほどはいらないけど、もうちょい身長はあってもいいな。
こっちじゃドアは高めに作られているから、爺さまの家みたく鴨居に頭をぶつける心配はないし。
オルレアが個体値を厳選して集めてくれた代々コットンの魔石でアンカーを打ち込み、ダンジョンを開く。
質のいい魔物を呼び込むのは、魔石の良さにもよるものだ。
おかげで豆やキノコはアンカーの張り直しを1度やった。
…しかし界の外側。魔力の外はどうなっているんだろう。
魔物は無限に沸いて出るけど、アンカーを辿り呼び寄せる魔物はほぼ近似の個体だ。
その呼び寄せたばかりの魔物は、寄生虫や病気の問題もない健康体で。まるで無菌工場からそのまま出荷されたような綺麗さだ。
外界は魔力の海。
打ち込んだアンカーによる魔石の目印を模倣して、そこから直接魔物が生まれたりするのだろうか?
うーん。世界は天動説だったり、亀が支えてたり、ハマグリの見る夢だったりするからなあ。
とんでも学説は頭の中で楽しむだけにしておこう。
妄想すること数十秒。
早速、代々コットンが枝葉や実を揺らして涌いて出た。
待ち兼ねていたような、起動の良さだ。
森のアイアンツリー。あいつらの処理が大分進んだのか、ナノハナ支部ダンジョンの沸き具合も早くなっている。
「『鋭利』」
ザクッと倒して、魔石を抜き取り、井戸に落とす。
力も強くなったので、大人一人より軽い代々コットンなら引きずっていける。
魔石を抜くのは安全のためだ。
うっかり生きたまま転送されてはコトなので、魔石を抜かない限り井戸は転送しない設定だ。
オレの井戸は皆そうしているし、人が入っても転送できないようにしてある。
井戸っていっても、へりの高さは15センチもないんで、足を踏み外しそうなんだよな。かといってあまり高くしても利便が悪いし。悩ましい。
「ラインに流れているか、確認を頼む」
「はい!行ってきます!」
たーっと走って、直ぐに戻ってくる。
「大丈夫でした!ついでに何体か続けて流してみてほしいそうです!」
「わかった」
代々コットン → 解体工場 → 水玉工場のラインの転送装置は、問題なしと。
ついでにちょっくら体慣らしだ。
にょろりと涌いて出てくる代々コットンを『鋭利』で切り飛ばし、仕留めていく。
おお、体が大きくなるといいな。狙った通りに剣が動く。
不具合はないか確認がとれて、5体ほど狩ったところで撤収する。
やっぱり自分のダンジョンじゃ、狩りはしにくい。
攻撃しても抵抗しない相手とか、魔物相手でもなんか嫌だ。無体を働いてしまった気になってしまう。
カルマ値は減らないから、許されているのかもしれないが、気分が悪いのに無理することもないよな。
「代々コットンの攻撃手段はなんだろうか?」
製糸ギルドのお偉いさんは、ニコニコと上機嫌だ。丁寧に解説してくれる。
「コットンが詰まっているあの実をボーラ代わりに投げつけて、絡まったところを吸血します」
おおう、思ったよりえげつなかった。
血を吸うのに白い綿をつけるんだな、代々コットン。
「なるほど、採血管らしき触腕があったな」
「はい、一部の蜂みたいに『貫通』はありませんから、HPを上げて挑めば、それほど怖くはありません。
しかし本職がある兼業冒険者なら、数人がかりで挑んで貰うつもりです。
あの硬い実を割るとコットンとその種から油が取れますが、ボーラの縄になっている部分も強靭な繊維が取れます。
胴体部分は紙用の繊維を『抽出』した後は水玉のご飯ですね」
繊維か。
そういや、ファンタジーな世界観なのに、紙は気軽に使えるもんな。良いことだ。
本は気軽に買い求めたい。
「ダンジョン専用の『抽出』機械の手配等は頼めるか。
貴方たちが使いやすいものが、やはりいいだろう。
それまで手仕事になってしまうが」
「はい。あと、すみません。リネン用の機械が馬牧場の片隅で動いているので、そちらもこちらの工房に統合してよろしいでしょうか?」
「あそこで布を作っていたのか?
そうだな、それは移動したほうがいいかもな。
しかしナノハナのダンジョンの管理はオルスティンに一任しているから、そちらに話を通してくれ」
ちらりと、城主殿に視線を向ければ頷いてくれる。
よし、任せた。
案外、役に立つものだな。
必要なのはいざという時。馬養いの代替地名目の草っぱらだが、余剰スペースはやはり造っておいて正解だった。
これからも公園や多目的ホールは増やしておきたい。
2年ショートカットされたようなことがそう何度も繰り返されることはない。そう信じたいが、運営はなにをしてくるかわからん。警戒するに越したことはない。
いざというときの避難所は造っておこう、そうしよう。
一番いいのは公民館かな?
イベントごとにも使えるし、いざという時も調理室が使えれば便利だろう。
建築ラッシュが落ち着いたら手配してもらえるか、オルレアに相談しとこ。
やりたいことが、どんどん増える。
んんん。でも、今日はこれでお仕舞いにしよ。
日付はとっくに45日目だ。
「オルスティン、後は頼む。今度は昼間、時間を取って会いに来る」
「はい。速報は流して貰いましたが、尊顔を拝見出来て安堵いたしました。
次は大陸行路の見物にお出ましくださいませ。あれはマスターの指先によって描かれたものです」
「楽しみだ」
サリアータから遥か東の国は、賢者の塔があるという。
この大陸にロケットが発見された記念の地は、押しも押されぬ学識と工業の国でもある。
これで駅が通るようになったら、観光とかをしてもいいな。
【睡蓮荘】に帰ったら、妹たちは起きていた。
思わず時計を確認する。
もう、朝の時間だぞ?
「なんだ。寝ていなかったのか?」
「うん、ちょっとね。………運営、酷いね」
「鬼、畜生、運営と、先達が怨嗟を上げる理由がようやくわかりましたわ」
憤懣のような。虚脱のような。
こいつらは運営の洗礼は初めてか。そりゃあ、そんな顔にもなる。
「予定どおり10年ショートカットされたら、もっと阿鼻叫喚だったな」
ははは。もう、笑うしかねーわ。
「プレイヤー、やたらアグレッシブで行動が早いと思っていたけど、これ運営のせいだよね?
慣らされてる」
「リアルにファンタジーがやってきたと喜んでしまいましたが…………これがどこかの世界の写し身なら、怖いことですわよね」
マリーは吐き捨て、チェルは気鬱げにため息をつく。
そうだな。ゲームならまだしも、サリアータの大穴は現実を思うと心にくる。
奥地に浸かったなら、その恐怖を味わってしまっただろう。
「将来なにになるにせよ、知識はあった方がいい。
…怖いと思ったら、戦うなり避ける術を身につけられたら良いな」
チェルとマリーの頭を両手で抱き込む。
年頃になってからはこちらから触れるスキンシップはしなくなったが、不安がっている時なら話は別だ。
男なんて女に頼られてなんぼだろうよ。
妹だって例外じゃない。
「…うん」
2人で待たせて悪いことをした。
「今日は一緒に行動するか?」
「そうする」
「はい」
抵抗なく抱き締められてくれた妹たちは、だからと言って、手のひらの中で守れる雛鳥ほどにはもう小さくはない。
この年なら、男より女の方が早く成長してしまう。
2年は大きかったと、ようやくオレも実感した。
運営は、罪なことをする。
これは、しばらく荒れるかもな。
誤字報告、いいね、評価、コメントありがとう御座います。
コメントを栄養剤にして、この夏を乗り切ろうと思います…!




