111 地龍の杖
「こちら冒険者ギルド臨時受付になりまーす!
只今本部は非常に込み合っております。
まだ戸籍を取られていない異邦人の皆さまは、是非こちらもご利用下さい!
ギルドカードは銀行等の行政サービスと紐づいています!」
「ギルドカードを取られた方で、体の動かし方に自信がない方はどうぞこちら!
『ノベルの台所』では、得物の握り方からの訓練をしてますよ!
ギルド新人さんは5回まで無料で受けられまーす」
「宿泊施設の空き情報、取扱いしてます!
ギルドカード取得者さんは4週間分の、宿泊チケットが行政から配布されますが、なにが起きたかわからない、一先ず朝まで休みたい方は運動公園内テントもご利用どうぞ!
こちらは被災者支援で無料です!」
「レベル1でも、お金を一先ず稼ぎたい、経験値を吸いたい人!
単発バイトの受注の仕方から、安全な狩場のノウハウまで!
【引率】の腕章ある人は有志のボランティアです!
貴方ひとりで困ることはないです!
相談、頼りにしちゃってくださいねっ」
分散して情報収集しようと、それぞれ別れた。
当然オレはノベルに顔出ししたのだが、うちの子の行動の速さときたら、凄くないか?
「マスター!」
やや呆然としていたら走り寄ってきたサクマに回収されて、支配人室に通される。
「危ないところでした。今マスターの顔を見てはうちのメイドたちが戦線崩壊してしまいます…!」
そんな危険物みたいに。
「お美しく、いえ、背が伸びられましたね。お目覚ましいことです。
我らはマスターのお帰りを、一日千秋の思いでお待ちしておりました」
「ありがとう、サクマ。
わたしとしても、いきなりのことで説明もなく長い時間を離れてしまった。
皆は元気で変わりないだろうか」
「は」
「マスター!」
どごん!
オルレアらしくなく、扉が乱暴に開け放たれた。
息せききったその姿。
2年前と同じように胸に銀のオルレアのピンブローチを差してある。
「オルレア」
「はい、マスター。貴方のオルレアです。……無事のご帰還、祝着に存じます…!」
「この2年。わたしの留守を良く守ってくれた。
心配を掛けたな」
「はい、いいえ……はい」
オルレアは獣相が濃いので、悲しみや喜びで泣きはしない。
そういうように体のつくりはなっていない。
でもだからといって感情表現が乏しいというわけではなかった。
「おいで」
両手を広げるとその前で膝をつく。
首の辺りをそっと撫でた。
「いい子だな、オルレア。いい子、可愛い子。
よく、頑張ってくれた。わたしの、オルレア。
皆を守ってくれてありがとう」
白い毛並みを優しくわしゃわしゃして、一度きゅっとハグして離れた。
いくら感謝を示す形だからでも、これ以上はセクハラだ。
しかし、腕を捕まれ抱き込まれた。
大きな背中が震えている。
「この2年。
私たちは、小さなマスター、貴方にどれだけ祝福を与えられていたか。
それを感じない日はありませんでした」
「うん」
「ですが、マスター。寂しゅう御座いました。
皆も、私も……!」
「はい、そこまでです」
べりっと、サリーに引き剥がされる。
「なにを、サリー!
………………いいえ、助かりました……危ないところでした」
怒気を露にしかけたオルレアだったが、数呼吸で、意見を翻す。
「気持ちは察します。
オルレアは自制心が強い。
他の者だったら、リュアルテさまが一撫でした段階で引き離していたところです」
「手間を掛けました、サリー。
2年ぶりのマスターは、その。記憶よりも凶悪で」
「わかります。私もしばらく、固まりました」
わかりませんがー?
なんだよもう。
こーいう機会でもないと、オルレアをハグすることなんてないのにさ。
「この2年の間のことを話したいのは山々だが、喫緊の問題が出たと聞いた。
サリアータでは、難民の受け入れ体制はどのように?」
「それはもう、大歓迎です。
冒険者学校や、各ギルド、うちのような民間で分散して支援を始めたところです。
しかし衣食住のうち、衣と住は足りていないので増産に入る予定です」
「うちでやるとしたら、何がいいかな?」
「サリアータならアパート建造。ナノハナでしたら代々コットンのダンジョンを建造するのがよろしいかと。
サリアータでは住居が足りませんし、ナノハナは現在、三つ目羊の習熟で製糸事業が起こっています。
マリルの麻もこちらに運んでリネンに仕立てていますので」
マリル村。ああ、ポメポメの里か。
ご機嫌麻太郎と川魚のダンジョン造ってたっけ、そういや。
「サリアータでは確か蜘蛛絹のダンジョンは、あったな。コットンはなかったか?」
「リネンも、綿花のも大崩落の際に潰れました。製糸ギルドの本館も」
それで布不足だったのか。
確かに製糸ギルドの人たち、うちに来て仕事してたけど本部が潰れたのは知らんかった。
都半分削れてたから、なにがあって、なにがないのか今一把握しきれないままだったからさ。
……エンフィ、水回りの工事、自分の担当は終わったって言ってたけど不幸中の幸いだ。インフラを2年放置は、洒落にならない。
「サリアータの製糸ギルドの本部は今はナノハナに仮拠点を置いています」
「エンフィは軍部に、ヨウルはギルドに顔を出した。
住居建設の要望が被らなかったら、そちらを優先。
重なりそうだったら、わたしはナノハナに飛ぼう。
確認が取れるまでは、建材ギルドで材木の供給がてら経験値を吸い上げて雫石の『調律』をしたい。
コットンの魔石の調達は頼めるか?」
前に持っていたヤツは『部分破壊』の大量生産をやった時、他の石に喰わせてしまったから手元にない。
「お任せください。マスターがいつ戻られてもいいように、準備は整えております。
…そして、この杖もお返しします」
オルレアは地龍の杖を取り出した。
あれ。それ、預けてたんだ?
「この杖のおかげで、愉快な小人街道が滞りなく整備されたようなものです。
あちらから杖の返却があったのは、たった3日前のこと。
まるでマスターのお戻りを杖は知っていたかのようですね」
ん?
なんか知らん名前が出たぞ?
「愉快な小人街道とは」
「ナノハナと東方諸国を繋ぐ大陸公路の名前です。
マスターたちは、称号の【靴屋の小人】の取得条件を、テルテル教官にお教えしたでしょう?
英雄症の方にはよく知られた事実だったそうですが、こちらには未確認の情報でした。
ええ、大騒ぎになりましたよ。
英雄たちの世界縫製の後だったので、ことさら良いニュースになりました。
ですので職人たち、民衆の要望でこの街道は、ほぼ半分はボランティアで造られました。
おかげでサリアータ近郊の者はこの称号持ちが多いのですよ。当然私たちも」
受け取った杖の竜の顔も、やってやったぜと心なしか誇らしげだ。
「一般人もわざわざナノハナまで行ったのか。……いや、アリアンや、クロが頑張って駅を通してくれたからかな?」
「はい。あの方たちは、ノベルのことも大変気に掛けて下さいました。
アクセサリに使うルースも随分卸して下さいましたし、よく食事にも顔を出してくれましたよ」
アリアンは面倒見がいいし、クロは人懐こいからな。
「クラスメイトとは、ありがたいな。話も出来ずにあんなことになったのに」
溜め息をつく。
リアルのやつらも心配してくれるし、オレばかり不義理で申し訳なくなる。
なんか、オレ。あいつらにはバイト先で守秘義務に触れたことをいいことに、政府ちゃんにこき使われていると思われている。
ニュースでお役人ちゃんの月月火水木金金ムーブがバレてしまったから仕方ないけど。
「公報を見た限りでは、公共事業が活発になった印象を受けたが」
「カザンとサリアータ南海を結ぶ大規模ゲートの実験が成功して、正式な空港として稼働しましたから。
南大陸の交易品を求めて愉快な小人街道を通る者が、どっと増えました。
おかげでセイランともあの天険をぶち抜いてトンネルを掘る話も出ています」
おぅわ。なんか寝ている間に楽しいことになってる。
「街道工事は参加してみたかったな」
折角の称号が泣きませんかね?
人類の守護者のことだけど。
アレ、街道通すぜって決めたことで貰ったんだけどなー。
人柱ってる時に達成しちゃったけど、これってどうなん?
「代わりにマスターの杖が参加してくれましたよ。
普通このクラスの杖は主を選ぶのですけど、街道を造る用途に限定して、どの民草にも力添えしてくれました。
それでスキルを覚えて帰った者もいます」
なんて有能な。凄いなお前。
オレが参加するより、お役立ちじゃん。
喉元を擽るように杖を撫でると、喜ばれた気がする。
……この感覚。既視感があるぞ。
桃子との意志疎通に似ている。
よく使い込まれた杖は育つというが、こいつ自我が生えていないか?
『探索』先生が仰るには、住人たちの希望や喜び、達成感。それにともなう畏敬を浴びてすくすく成長したらしい。
そうか。いい育て方して貰ったな。
「覚えていないから、おそらく無意識に信頼しているものに渡したのだろうが。
人柱に入る前にわたしはオルレアと会えていたのか」
「はい。英雄症の方の由来を拝見しました。
あの時の皆さんは、なにか、統一された大きなひとつの生き物のようでした。
近寄りがたく、美しく。
その中でマスターが私に杖を預けてくれたことは一生の誇りにします」
オルレアが噛み締めるよう胸に手を当てる。
……あのさ。
サリーは人柱側なんだから、そんな羨ましい顔をしなくていいんじゃないか?
こちらとしては昨日と地続き。
しかしあちらにとっては久しぶりの再会で、メイドさんらには泣かれてしまった。
そして獣相の濃いものには、腹を見せて転がられる。
軍部上がりで、普段は理性や自制心の強いうちの子がぐだぐだだ。
運営。心が痛いんだが?!
「ずびっ、すいません。マスター、お待たせしました。もう、いつでもいけます」
「お帰りなさいませ、マスター!」
「お待ちしていましたっ」
「お務めご苦労さまでしたー!」
「うん、ありがとう。わたしもお前たちの元気な顔を見れて嬉しい。
また、よろしく頼む」
「「「「「「はい!」」」」」」
あら、よいお返事。
でも、顔やらがドロドロなので『洗浄』を掛けさせて貰おう。
「よし、いつも通り可愛くなった。
もう聞いたかもしれないが、エンフィ主宰で、集合住宅を建造することになった。
わたしたちは合力して建材の確保にあたる。
そして『建材ダンジョン』を一当たりした後は、ナノハナへ飛ぶ予定だ」
話を終えると、ビシッと手を上げたメイドさんがひとり。
「質問か?」
「意見具申を致します!
引き継ぎをスムーズにするため、『建材ダンジョン』を運用する樵の皆さんと合同作業で良いでしょうか!
どのギルドも新人さんにバイトさせるのに、取り急ぎレベル5まで育てるそうです!」
「良いことだ。了解した」
「『サンダー』」
ドッカン落とした雷は、成長した分、威力が増していた。
成人して、あるべき力が全て使えるようになったということだろう。
魔力の通りからして、格段に違った。
なるほど、これだけ違うなら子供は守らなければならない。
たくさん大事にされたぶん、これからはオレも守る方だ。
さようなら、全年齢。
こんなに早くお別れするなんて思ってなかった。
気を取り直して。もう一度。
「『サンダー!』」
微調整をして、雷の範囲を広げていく。
弱く、しかし広く。一網打尽だ。
トレントの森に、雷の雨が降る。
「こんなものだろうか」
ふりむくと、建材ギルドの新人さんがプルプルしている。
ダイジョウブ、ワタシ怖くないよー。
「よし、これでお前らはレベル5は越えたな!
いっせえのっ!」
「「「「「「あ、ありがとうございましたっ」」」」」」
「よい。貴方がたもいきなりこのようなことになり、さぞ驚いただろう。
しかし我らは、新しく訪れた貴方たちを歓迎する。
なにか、困ったことがあれば気軽に相談して欲しい。
ノベルに言付けがあれば、わたしまで届く」
なにせレベリングは重要だ。
訓練は位階を上げた後、HPが増えてからが望ましい。ちょっとした事故で大惨事はノーサンキューだ。
「とんでもない!こいつらは、俺らがしっかり面倒を見ますんで!」
「なるほど。では、貴方たちにも頼もう。……と、言うことだ。
なにか質問や疑問があったら、傍の先人に尋ねるといい。
うちだと【ボランティア】や【引率】の腕章をしている者を目安に声を掛けて欲しい。
仕事中だと、急ぎのこともあるだろうから」
「その。犬のメイドさんは、ご家門の方で?」
うん。可愛かろ?
なんでメイドなのかはオレも知らん。最初からそうだった。
「ああ、うちの子だ。よしなに頼む」
「鼻の下を伸ばすなよ!
彼女らは小雷公のご家来衆だぞ、礼儀正しいいい子にゃ親切で優しいが、悪道を働けば軽く捻り上げられるからなっ?!」
…オレら新人の躾に使われているのだろーか。
「2年前は煮詰まっていたが、今は狩りすぎも良くないかな?」
リーダー格の女性に尋ねる。
そうここの管理人さん、トップは女の人なんだよな。
がらっぱちでムキムキなレディが好きな人には堪らなそうなかんじの。
でも時候の挨拶状の文字は優しげな女文字だったから、舐められないよう現場用のキャラ付けしているのかも。
うーん。男でも仕事をしようと思ったら専用の猫を被るから、そんなものか。
「『建材ダンジョン』は、全くの初心者の教導には向きませんから、丸坊主にしても構いませんよ。
…ただ、倉庫の空きはないので」
「わかった。こちらで預かろう。
必要になったら取りに来てくれて構わない。託けておく。
して、レベル40までの中堅は他にもいるだろうか。
ついでにレベリングしてしまおう。
これから住宅建造ラッシュになるぞ」
『乾燥』とか、職人がやらないとひび割れるしさ、MPは少しでも増やしておこう?
「流石は愉快な小人街道の発起人だ。大盤振る舞いはありがたく。
礼はこれからの仕事で返しますんで」
「いや、礼を言うのはこちらだ。わたしはこれからナノハナに飛ぶ。
プライベートダンジョンを預けるのに人員は残すが、狩りっぱなしで放置することになる」
「いいんですって!それくらい、こちらに任せてくださいな。
貴方の音頭で始まった、ナノハナの街道工事は楽しかった。また、あんな祭りをしたいものです」
「ああ、多くの人がボランティアに参加してくれたと聞いた」
「おかげで【靴屋の小人】がうちにも来ましたよ。たまには良いことをするもんです。
…地竜の大殿は、ダンジョンマスター殿の元に戻られましたか?」
「うん、今は休めている」
あいつ、石のスキルが育ってメモリを圧迫しているから、そのうち相性のいい魔石でも喰わせておこう。
なんか、前にはなかった『教導』とかついていたし、こんなの他の石では聞いたことない。
竜は魔石になってすら規格外だ。
「それは、よう御座いました。
あれは夢のようでしたねェ。
杖に触れるとわかりましたよ。
竜とはかくも強大な生き物かと。
その冗談みたいに大きなモノが、うちらごとき小さな生き物に力を貸して下さった。
そして造ったのは、千年も残りそうな大道だ。
忘れられない、得難い経験をさせてもらいましたよ」
夢見る少女のような横顔は、憧れと称賛に満ちている。
ああ、ヨウル。
お前、気軽に作ってくれたけどさ。
ひょっとしたら、伝説の杖を生んでしまったかもしれないぞ?
誤字報告、いいね、評価、コメント、ありがとう御座います。
コメント、嬉しいです。
夏バテに慈雨です。




