109 人柱
目を開けたら、テルテル教官が男泣きしていた。
見たこともない号泣だ。
どこだろう、ここは。
ほの暗く静かで、遺跡の墓場のような。六角形の小さな部屋だ。
湿度が高いわけでもないのに、空気が重い。そして、どこかで、見た。
ああ、思い出した。ここは次元の狭間だ。
役目を果たしたプレイヤーのアバターたちが仮初の眠りにつく、サリアータの最奥。
前世の最後に案内されたのと同じ、棺桶の中で寝ていたらしい。
「きょうかん」
口がもつれて、巧く言葉が出てこなかった。
「よ、よかった。もう、二度と目覚めないものかと…!」
ぐっと逞しい腕の中に抱き込まれる。
その体温が熱くて気持ちいいと感じて、体が冷えきっていたことに気が付く。
そうか。時間の代償って、人柱になっていたのか。
「きょうかん、かみ、のびま、したね」
刈り上げられていた後ろ髪に、ぴょこんと尻尾が付いている。
「リュアルテくんもね。…水、飲んで、そう。ゆっくり」
口元にカップが当てられる。
カラカラの喉に滑り落ちていく、ほのかに温められた水の甘さ。
「妹、サリ、や皆は」
「異界衝突の際、人柱に志願してくれた君たちは、今、手分けして回収を行っているよ。
……本当に、無茶をして!
子供の2年間なんて黄金より貴重だったというのに。……もう、君たちを子供扱い出来なくなってしまうなんて」
困った。
大人をまた、泣かせてしまった。
教官に手を伸ばそうとして気付く。
手が大きくなっている。
リアルほどじゃないが、これはリュアルテくんにしてみれば一寝入りしたら大人になっていたようなものではなかろうか。
なるほど。そうか。
リュアルテくんも成人か。道理で。
………2年間か。
「声がわりも、したみたいです」
まだ完全に大人の声じゃないが、ソプラノボイスは卒業らしい。
「少し残念だけど、今の声も素敵だね。
…起きられるかな?」
「痺れは大分抜けました、平気です」
制服は脱がされて、白いシーツだけしか被ってない。
なんで、真っ裸なの。って、制服着ていたら悲惨なことになりかねなかったか。これだけ一気に成長すると。
オレ、また介護されていたのかな?
「…あれから、どうなったのでしょうか」
「世界同士の接触事故が起きたことは覚えている?」
世界同士には交わらないように反発する地場があるとされる。
しかしその上で、保有魔力が低い世界は、高い世界に引かれ易くもある。
魔力が多い世界ほど、引力じみた力があるのは知られたことだ。
「いいえ。わたしの記憶にあるのはナノハナの夜の森を皆で歩いて、すごく楽しかった時までです」
「そうか、そこからか。あの時の君たちの様子は明らかに可笑しかった。
神がかりとでもいうのかな。
口を揃えて「サリアータの最奥へ」「急いで」としか言わない。
ヤバイことが起きているのは直ぐにわかったよ。
サリアータだけではなくて、世界各地が崩落した。
英雄症の皆は分かっていたように次々とその穴に沈んで、崩落が止まった。
それから2年だ。
長かったよ。
その間、君たちが眠っていた深層に続く道は繭によって封鎖されていたんだ。
それが解けて君たちの姿が見えるまでは、随分やきもきした。
だけどビックリしちゃった、リュアルテくんたち裸なんだもん。
咄嗟にシーツ掛けたけど、オレの予備の服を着てくれる?」
は?
「妹たちは?!」
「女の子はトト教官やオルレア、メイドさんたちが迎えに行ったよ」
なら、いいか。
新品のテルテル教官の服はやはり大きい。だけど思ったよりはブカブカでもなかった。
随分、背が伸びたな。170センチあるかないかぐらいか。
うーん。手足の感じからして、まだ大きくなる余地はありそうだ。
髪は長くなったのに、爪は伸びていない……と、思ったら宝珠化している。
足の爪も同様、マニキュアを塗ったような薄い金色がかったオパール色だ。
爪のカラーは前世と一緒か。
「サンダルなら新品のがあるから、そっちを履いてね。
……うーん。俺の予備なのに品がいいな。同じ服には見えない」
どおん!
近くで何かが叩きつけられた音がした。
起き抜けでパニックを起した人がいるんだろう…………ってサリー!
起きて真っ裸だったら、過剰反応しそうじゃないか?!
なにぼんやりしてるんだオレは!
【サリー、起きたか?】
【リュアルテ、さま?】
良かった。『コール』が通じる。
【直ぐに迎えに行く。驚いただろうが、落ち着いて待っていて欲しい】
【これはいったい、どういうことでしょう?】
【まだ、良くわからない。けどひとつだけ】
【はい】
【わたしは、寝ている間に成人してしまったみたいだ。そのつもりで心構えしておいて欲しい】
【は?!】
「教官。サリーを回収してもいいですか。きっと混乱していると思うんです」
「そうね。ジャスミンとサリーは君らに押さえて貰わんといけないかもね。
記憶がないとか、予想していたけど、面倒だわー。特にあいつら」
教官は赤い目をこすってにへらと笑う。
そこに白銀色の獣が飛び込んできた。
テルテル教官との間に割って入って、唸り声を上げる。
「ストップ、サリー!テルテル教官だ!」
サリーはこちらを見てから、テルテル教官を見て、それからこちらを向いた。
わかる。二度見は基本。
そしてそのまま石像のように固まってしまった。
「サリー、ひょっとして裸か?」
ばさりとシーツを肩に被せると、ややあってから、サリーは『転変』を解く。
あれ?
髪が伸びたサリーを見れると思ったが変わってない?
「なんで、年が」
サリーが喘ぐ。
「世界が撹拌されたおり、わたしはその間の歳月を捧げるか聞かれた」
サリーにはなかったのか?
初耳って顔をしている。
それぞれ別の選択を与えられたのだろうか。
「相談する時間はなかったから、自分で決めた。大人になったわたしは嫌か?」
サリーは子どものオレを好いていてくれたから、そうだったら寂しい。
「いくひさしく」
「うん」
「貴方の側にあり、終生を捧げることをお許し下さい」
『礼法』スキルが勝手に働き、青年に右手を差し出した。
それを見た、サリーが片膝をつく。
手の甲に口付けが落とされる。
クエスト!
サリー エリステル より忠誠が捧げられました。
受け取りますか?
一瞬、迷った。恋人関係の上書きをされたら嫌だ。
「…わたしが道を違えた時は、お前が殺せ。
それが出来るか?」
「させないように努めます。ですがやむをえず万一は、必ず私が」
うーん。
そこはいざとなったら2人で逃げましょうと言うところだぞ、サリー?
まあ、いいか。ちゃらんぽらんはオレの担当で。
真面目で頑ななのはサリーの良いところでもあるし。
「許す。この時より サリー エリステル 汝はわたしの銀翼である。
ゆめ、その翼を折ることなかれ。
汝を傷つけることはわたしの身を害するものだと心得よ」
クエスト!
リュアルテ ノベル サリアータ の麾下に サリー エリステル が 加わりました!
忠誠の誓いが立てられたことにより、【英雄の仕立て人】の効果が拡大します。
サリー エリステル が 貴方の采配で戦場に立つ時、全能力に2パーセントのバフがかかるようになります!
この世は彩り移りゆくもの。
まして人の思いなど、川に浮かべた笹舟のように、永劫とは程遠く。
だから目の前の人を大切に、どうか百年お過ごしください。
うん。珍しくロマンスめいたフレーバーが出たな。ちょい、嬉しい。
「サリー、気持ちはわかるよ。
寝て、起きたら可愛い主が立派になってたら、テンション可笑しくなるよな?
でもさ、シーツ被っただけの真っ裸でいるのは、やめよう?
お前のヌードは、リュアルテくんの教育に良くない」
「服。そう言えばなんで全裸なんですか?」
教官に窘められて、サリーは『体内倉庫』から早着替えをする。
オレはサイズアウトしたけど、サリーは変わってないもんな。
「知らんよ。そーいうもんじゃないの?」
「…起きたら、裸で。目の前に男がいたから殴り飛ばしてしまったのですが、不味かったですかね?」
お迎えは知り合いじゃなかったの?
「ダメだよ。……いや、ダメだよな?
心情的にはセーフだけど、お前の無事を喜んで近寄ったらぶん殴られたとか、あっちにしてみればなんで?ってなってるよ、きっと」
佐里江さんだったら完全アウトだけどサリーだから。うん。
少しモヤるが、それはそれ。
「…………後で、謝っておきます」
「サリー。後回しにすると気まずくなるから、今すぐ行った方がいい。
なんなら、一緒に謝るから」
「いえ、それには及びません。少々、御前を離れます」
サリーは来た道を引き返す。
今いるのは蜂の巣状の小部屋だが、帰り道わかるんだろうか……『マップ』があるか。
なんか『コール』したら直ぐに来たし、隣の部屋にでもいたのかな?
「あいつ、速攻で【誓い】を立ててきたな。成人したから、まだいいけど」
「駄目でした?」
「ん?
いいんじゃない?
サリーなら命つきるその日まで、リュアルテくんを支えられるでしょ。
それにしても、知ってたんだね。
従者が君の懐剣だって」
それは、うん。ダンジョンマスターってあれだから、安全装置はいるだろうな、と。
ダンジョンマスターの従者が武力特化なのって、そういうことだろ。
もちろん普通に護衛代わりでもあるんだろうけど。
騎士の誓いの定番で【決して裏切らず】みたいなフレーズがあるけど、一番側に居るダンジョンマスターの従者には違う役目があるのだろう。
「本は好きです。
歴史を紐解けば、わかりました。
サリーは、世の悪魔たるダンジョンマスターに、わたしがならないように与えられた祝福なのでしょう?
こうして大人になれば、自ずと責任も増えるでしょうし。
……。
わたしは彼を大事にすると決めました」
監視ととるか、自身の尊厳を守ってくれる最後の刃ととるか、個人の判断になるかと思う。
オレの場合はサリーを悲しい目に合わせたくないんで、そういう意味では良い守り刀であるのかな。
でもさ、ぶっちゃけ。
オレは守りたいものが多いんで、闇落ちしている暇なんてないんだわ。
ほら、闇落ちってタイミングがなにより重要じゃん?
ノベル崩落直後はそうだったかもしれないけど、身動き取れない大怪我してたしさ。
リュアルテくんはオレのアバターになってしまった段階で、その手の才能と運に見放されているんじゃなかろうか。
だから、そんなに苦しそうな顔はしなくていいよテルテル教官。
サリーは責任もって、オレが幸せにするからさ。
「そうだね、そうしてやって。
君が幸せに笑っていると、あいつも幸せになれるだろうからそういう道を選ぶといいよ。
さあ、行こうか。いつまでも地の底にいると皆が心配する」
大穴近くの平地には、急遽、テント群が立てられていた。
その内のひとつに案内される。
中には目を真っ赤にしたヘンリエッタ女史がいて、テルテル教官と目配せし合って、結果、教官が外に出ていった。
「おはよー。うわ、化けたなあ」
「ヨウルこそ」
波打つ赤毛が豊かに腰元まで落ちている。
牛のような形の小さな角は、幼年期とは違って目の色と同じ鮮やかなエメラルドグリーンできららかだ。
背丈は同じくらいでも、体の厚みはヨウルの方がしっかりしていた。
顔のラインも丸さが削げて、シャープなものになっている。
こいつ、10年後とか、どえらいイケメンになるんじゃないか?
もっもっもっと頬袋をパンパンにして握り飯にがっついてなければ、さぞや絵になる美少年ぶりだ。
それを見たとたん、ぐーっと腹が鳴る。
「2年分のカロリー補給しとこうぜ?
オレなんか、食べても食べても腹が減る」
「味噌汁いる?」
「欲しい」
「私も欲しい」
なんか、生えた。
低血糖で頭痛でもするのか、エンフィの顔色は良くはない。
健康的に日焼けしていた肌も、すっかり色白に戻っている。
そしてこっちでも体格は負ける。15なんてこれからだから、いいけどさ。
オレも16あたりからぐっと背が伸びたことだし。
しかし腹が減って、しおしおな状態のこいつ、妙な色気があるから元気になるまで食わせとこ。
肉と米と野菜が取れる中華丼を一先ず出した。
茄子の味噌汁はセルフサービスな。好きなだけ椀に注いで食べるといい。
「お前ら子供の頃は似てたけど、2年で結構変わったなあ」
中華丼と引き換えに、ヨウルは春巻とナッツと青菜と鶏肉の炒めたのを出してきた。
それを見てエンフィは黒ゴマ団子と焼き餃子の大皿料理をどんどこ出す。
ああ、中華って素晴らしい。
こういうものの原型を産み出したお隣さんだ。昔のオレらが憧れて、危険を押しても遣唐使とか派遣しちゃった気持ちがわかる。
魔改造はお許しあれ。
風土が違えば好みは変わるし、採れる食材も違うから仕方ないんだ。
現にこの中華丼にはキクラゲが入っていないし、上に乗っかるうずらの卵は、烏骨鶏の卵サイズだ。
「ああ味噌汁が旨い、出汁が染みる…」
椀に添えられた手元の爪の色が赤い。
先端だけゴールドで、メインは深紅とか派手派手なのに、エンフィの手にあるとむしろ格調高く映えるでやんの。なんなのコイツ。
奔放に跳ねた髪とか、チビのころはヒヨコみたいで可愛かったのに今はやたらゴージャスだ。
なんか、エンフィは素でお高そうな感じに成長してしまったな。
元が面白Tシャツを着ても、ハイブランド品のように着こなす男だから妥当なとこか。
うわ。
春巻、最高。皮がバリッと小気味よくて、肉がたっぷり詰まってる。
この清々しい肉々しさは、さてはヨウルの手製だな。
「だけどさ。リューがこれなら妹ちゃんら、スゲー楽しみじゃねえ?」
「それは思った!リューの母君の話は良く聞いたが、納得しかない!」
「わたしはあまり、聞いてないが?」
当事者なのに。
「耳タコだと思われたんじゃねえの?
独身主義のノベルの殿さまを宗旨がえさせた手腕と美貌で有名よ。お前のかーちゃん」
「化粧領代わりにダンジョンマスターを連れてきた方だろう?
今、サリアータで階層エレベーターを手掛けている第一人者の」
……リュアルテくんのとーさん、大変だったんだなあ。
ダンジョンマスターを嫁入りに連れてこられたら断れないよ。マジでか。
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