106 水晶洞窟
メイドさんらはウエットスーツに着替えたものの、シュノーケリングの道具等は身に付けなかった。
なんでも上から落ちてくる水圧で、装備すると却って危険だったそう。
「なので今日は水麗人さんにお出ましいただきました!」
わーっと拍手を浴びるその人は、女王戦で大怪我していた兄さんだ。
この人、適正は純魔導師のくせバチクソ前線で戦ってた育成迷子さんだ。
魔法が効かない家亀憎しで、鈍器に傾倒していたタイプ。
そーゆーとこある水麗人。
大歓迎されてはにかむ姿は、バーサーカーしてたとは思えない文学青年ぶりだ。
「今日は滝壺内の工事をするということで、『水流操作』を担当します。
MPには自信がありますので、要望はお気軽にお申し付けくださいませ」
よっしゃ。しばらく養生させたら、『ヒール』の発動体支給して、衛生班に突っ込んだろ。
大怪我したばかりだと、位階や体力減っているだろうし。………こっちに回されたってことは、懲りずに前線希望したんだろうなあ。
しかし『水流操作』があれば、滝の水圧を緩和できるとなると。
つまりいつもはHPで耐えるスタイルで滝壺潜りしているんだよな。
男らしいぞ、メイドさんら。
水流で抉られた滝壺の水底は、暗い異界のようだった。
泡立ち流れる水の中で目を開けていられるのは、ウィングブーツのおかげだ。
空気を取り込んで結界を張るので、十分程度なら水の中にも潜っていられた。
もっとも換気機能は落とすので、連続して長時間は難しい。裏技としての使用だから、なるべく短時間の使用でと、先に言い聞かされている。
しかし、水の中は視界が悪い。『探索』もろくに効かない中、よくヨウルはゲートを見つけられたものだ。
と、急に視界が開けた。
水麗人が『水流操作』を始めたのだ。
その隙にウエットスーツ姿のメイドさんらが、ロープと杭を打ち込んで工事のガイドをつけていく。
『ライト』を滝壺に放り込んだ、テルテル教官のGOサイン。
まずは斥候が入って、直ぐに出てきた。問題なし!のジェスチャーに、次々とゲートに突入する。
滝壺の中の世界は、煌めく水面に迎えられた。
地面すら水晶で出来ている。思わず息を飲んだが、水面へのサインに正気に返った。
水中だとウィングブーツの挙動が重い。
湖面に出るとキャンプを張っている集団が見えた。
地下なのに明るいのは、ふんだんに『ライト』を付与した道具類を壁に掛けてあるからだ。
水晶の採掘を始めたグループがいれば、地図を作っているグループもいる。
出口付近は彼らのベースキャンプだ。
「おおー」
「これは素晴らしいな!」
事故防止の『ライト』が一定間隔で掲げられている大広間は、全て水晶で出来ていた。それが光に煌めいて、夢のように美しい。
「こう光源があると違うなー。オレが流された時は、もっと怖くて神秘的な感じだったけど、これは観光地っぽい」
「観光するには、出入り口が難儀だな!」
「ワールドウォークにスクショ報告しとこーっと。キーワード登録は、出入口が滝壺の中、水晶、採掘、絶景…っと」
「ヨウル。そう言えば人工水晶って何に使うんだ?」
「んー。咄嗟に思い付くのは、クォーツ時計や半導体の原料かなー?
あと魔道AIの制御にも使われているんじゃなかったっけ。専門が違うんで詳しくは知らん」
なるほど。なるほど?
科学とファンタジーが混じると、わかるようなわからないような。…うん、やはりわからんな!
そこら辺は詳しい人に任せてしまおう。オレらプレイヤーの中には、機械工学ガチ勢なお人もいるだろうし。
「需要はあるのだろうか?」
傍のメイドさんに尋ねてみる。
「じゃかじゃか掘ったら、飽和するかもですね。すごい埋蔵量ですよこれ。
ううん、天然水晶の玉杯とか、そういうものを作ったらいいかもです」
使いづらくない?
あー。でも、とーさんもアルコールを嗜む時はいいグラスや盃を使いたい人だからな。欲しい人は欲しいか。
ちょっとした贅沢は日常が潤うし。
普段飲むのは麦茶でもいいけど、喫茶で頼むならやはりその店のお勧めを頂きたいものだ。そこで良さげなカップで提供されたら、気分も上がる。そういうことだよな。
「薄利多売が売りのうちで扱ったら、ブランド力は低いだろうか?」
「売店には高級品も置いてありますよ?
袋リスのショッピングバッグや、ギルド売りタイプではない発動体のアクセサリや。
便利で手の届く贅沢で。庶民をキヨミズさせるには、お値段以上であると自負します!」
キヨミズって、清水の舞台か。
それさ、お客さんを突き落としてない?大丈夫?
ナノハナ34号ダンジョンは、冷たくない氷で出来たような景観をしている。
最初の問題は方向感覚が狂うこと。
これは『マップ』があれば解決するし、浅層ならワールドウォークのアプリも使える。
二番目の問題はトイレである。
目隠しを立てたら穴を掘って、その場で……とかには、クリスタルがいかにも邪魔だ。
野良ダンジョンに吸収されるまで、2日か3日か。それまでの辛抱とはいえ、ブツが丸見えになるのは文明人には敷居が高い。
これはポータブルトイレが活躍する。紙袋とビニール袋、中身を固めてくれる粉がセットになっていて、一回毎、口を縛ってそのまま水玉工場の回収ボックスに捨てられるやつだ。
『体内倉庫』がある冒険者なら、簡易トイレくらい持ち運んでいる。これもまあ、面倒だけど対処は可能。
三番目の問題は、この野良ダンジョンは食べるものがないんで、餓えて死んだ魔物がレイスになって襲ってくることだ。
これが精神に優しくない。
魔物とはいえ飢え死にした後に、空飛ぶクラゲになる第二の人生は嫌だろうに。
野良ダンジョンは魔物相手にも容赦ない。
召喚されたてで元気な魔物に遭遇すると、ホロリとなる。
「『アイスピラー!』」
まあ、容赦はしないけど。
戦争蟻は、魔石以外値がつくところがなかったりするが、死骸を野良ダンジョンに放置するとダンジョンを肥やすことになるんで回収する。
「蟻かあ。数が多かったら、危険だったな」
「女王もエサがなければ、餓死だろうね」
ヨウルの言葉を、テルテル教官が肯定する。
男子3人はしょっぱい顔だ。
「…餓えて死んだのがレイスになったのって、なんか、最初から弱ってるよな。哀れさを誘う」
「掃除するのが、これほど楽な野良ダンジョンはあまりないな!」
短期間で最奥までの調査がやれてしまったのは、そーいう理由だったりする。
レベル30まで育てば、レイスは怖い相手ではなくなるので。
1から5層は水晶洞窟。そして5から18層は銅や鉄やアルミニウムといったベースメタルの鉱石が採掘できるそう。
稀によくある資源型野良ダンジョンだ。
ざっと調べたところ鉱石類はなかなか高純度。放ったらかしにしておくには惜しいけど、でもそこまでいくのが面倒なんだよな。そういうガッカリ仕様である。
そんなわけで、満を持して階層エレベーター製作デビューだ。
魔物が強くなくて、比較的安全。
鉱石の採掘が枯れるまではキープしたい野良ダンジョン。階層も浅め。
これだけ条件が揃う野良ダンジョンはあまり出てこない。
大まかな目安として、1階層は2時間で突破すれば御の字。
一先ず今回は1層と5層を繋ぐエレベーターを製作する予定だ。
っと、その前に。
張られた結界の中に、一旦戻る。
「ヨウル、エンフィ、ひとつずつな」
『精製』前の地竜の魔石を渡しておく。
「わー。ナニコレえげつないわー」
手にした途端、2人は目の色を変えた。
わかる。触らないと、ここまでの物とは思えないよな。光らない茶色の石だしさ。
「女王の魔石はオークションに掛けられたのではなかったのか?」
「それには数が合わないだろう?
ひとつ『精製』したら、役立ちそうなスキルが出たんで、お裾分けだ」
天然で『採掘』、『地面操作』、『金属抽出』、『岩石形成』、『鉱物鑑定』、『HP強化』、『圧縮』が付与されている欲張りセットだ。
特に『鉱物鑑定』はレア。
これはダンジョン用に取っておくより、使ってしまうが吉と見た。
……いや、こんなおっかない魔物なんてダンジョンに放つとかナイナイ。人死にが出るわこんなん。
「『精製』……うわ、うわ、これ、おかしくない?」
「『精製』…まさか、竜の魔石か?!」
「エンフィ、正解」
「リューお前、……カザンの大公殿からカツアゲしたの?」
ヨウルにオレの魔石を渡すと、阿吽の呼吸でインゴットを取り出し、杖に加工してくれる。
意匠は香箱座りした西洋竜で、これがまた威厳があって格好いい。
細かいパーツを流麗に組み合わせていくさまは、いつの間にか技術格差が大きく開いていたことを教えられた。
ううん。オレは広く浅くしかスキルを習熟してないからなあ。
職人プレイも極めると楽しそうだ。
現地の人は半世紀を専門で打ち込んでいたりもするから、現代ではお目にかかるのも難しいような、手に持つとピリリとくる名品が日用品として売られていて吃驚する。
ちょっと現代知識持ちで北斎と同世代だった人の気分だ。
こいつはすげーって皆は言うが、後世でもこれほど評価されるなんて皆思わないんだろうな、オレは知ってるけど。みたいな感覚で。物欲を刺激されるプレイヤーは多いんじゃないかな。
「普通に商売しただけだぞ。ただ大公殿が太っ腹だったのは確かだ」
『精製』してから噴いたもん。心情的には。
ひとつの魔石にこれだけスキルが残っているとか、竜種はやはり格が違う。
「そっちも、楽しい休暇だったんだな!
……ヨウル、それいいな。私も頼みたい!」
「いいよー。こんなに早くドラゴンの杖が作れるなんて思ってなかったー。
ひとつ、野望をなしちゃったぜ」
「特別なレシピか?」
「特別っつーか。設計図の作者さんが、無料開放している割には竜種の魔石以外でこの杖作るなって厳命して指示書に乗せてあってだな。竜はロマン故にしゃあなし」
「なるほど、そうか。
しかし、ダンジョンの壁は全部破壊不可能ではなかったんだな!」
「エンフィ、違う。この野良ダンジョンは、再生しないタイプの採掘ポイントで出来ているだけだ。
壁まで掘ったらそれ以上は破壊出来なくなるぞ」
「つまり階層ごと露天掘りしちゃったり?」
「はい。1層目はこのままにしておいて、2層目の天井までを今、掘っているそうですよ」
ウェットスーツからいつものメイド服に着替えてきたひとりが教えてくれる。
「髪を乾かしてきたので、お待たせしてしまって申し訳ありません」
女の子が多いから、当然だよな。
「洞窟内は寒いくらいだからその方がいい。
エレベーター基地はもう用意されているのか?」
「はい、右手側が1Fから5Fずつの各層止まりで、左手側が今回設置予定の1Fから5F間のエレベーターです。
各層止まりのエレベーターは造られないかもしれませんが、一応規定がありますので用地は確保してあります」
土地は右手側は広く取られているが、左手側はやや狭い。
エレベーターと称してはいるが、ゲートを通してショートカットをしているだけなので、階層が多くなると煩雑なものになりがちだ。
よってエレベーター建造は、冒険者が混乱しないように国際規定が決められている。
1Fごと移動する階段型と、5Fずつ移動するショートカット型だ。
階段は余裕があったら造りたいところだけど、ダンジョンマスターが足りていない今、ショートカット型があるだけでスゲー便利な野良ダンジョン扱いだったりする。
ちなみにナノハナ砦から、このダンジョンまで歩いて約30分。なのに駅を通す案すら出ない。撹拌世界の地方民は、歩くことに慣れている。
これから半日ほど歩きっぱなしになるので、オレだけウィングブーツの着用だ。
エンフィと、ヨウルはきちんと歩くと。
基礎体力が違うんだよなあ。
考えると悲しくなるので設置したエレベーターに石を嵌め込んで半起動させておく。
おっし。これで5Fについたら、エレベーターを正起動させて帰ってこれる。
「5Fエレベーター用地の準備は終わっているそうです。
作業員は帰りはこちらの到着を待って同行するので、キャンプを張りつつ探り掘りを試してみると先行帰還した斥候より報告がありました」
「了解。エレベーター設置はリュアルテくんが起きてこないなら明日になるかなって思ってたけど、早めに手回ししていて良かったね」
「ええと、わたしが起きなかったら先行していた人たちどうしたんでしょう?」
テルテル教官、今怖いこと言った。
「え、フツー3週間は潜れる準備していくよ。野良ダンジョンだもん」
ああー。
これだから野良ダンジョンは!
人類にも魔物にも平等に、優しくないなあ、自然ってさ!
いや、不自然じゃん?って思うのは、撹拌世界は今までのオレらの常識になかった法則で動いてるからでそちらの感覚も正しいんだけどさ。
「ワールドウォークは起動させたね。さっき帰還した斥候の彼が届けてくれた地図はもう提出してあるから、ログインすれば、最新マップが開くはずだよ」
言われるままアプリを開いた。
すると大まかだった18階までの地図に、5Fまでの詳細な地図が書き込まれていく。
文責が違うので、【マップを重ねる】を外すと、それぞれ別の地図になると。ほうほう。
「今日は真っ直ぐ行って帰るだけ。……って言うのもアレなんで、道中の脇芽は回収します。
ヨウルくんは『調律』禁止ね」
「はあい」
さあ、洞窟探検だ!
コメント、いいね、評価、誤字報告ありがとう御座います。
暑い日が続いています。皆さま熱中症にはお気をつけ下さいね。
脳ミソとーけーるー。
塩分を取るのも、夏場は大事ですよー。




