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103 ワールドウォーク



 42日目。

 オレが身分あるおっさんにウザ絡みされている間、ヨウルは新しく友達をつくっていたらしい。

 仲良くなった砦の子らに誘われて、奉納相撲とかしてたらしいよコイツ?


 そういや奉納って言えば、踊りを練習していたアリアンやクロは残念だったな。

 彼女たちが踊り練り歩くなら、見物に出たかったのに。


 駄目だ。気をまぎらわせても切ない。

 格差社会の悲しみよ。

 オレの側にサリーがいてくれなかったら暴れてた。

 現に、今も。


「ハァイ!ヨウル!」

 って、朗らかに近寄ってきたのに、オレがツレだと分かるとすすすと後じさり逃げられる。


 オレがなにをしたと。

 つらい。


「マスターは、我らがグッドマンの大切な方ですから、躾が終わってない子は近寄り難いですわ。

 なにかしたら一族の恥ですし。

 あの子たちも出仕するのを目標に頑張っているので、いつかお声かけお願いしますね」

 よほど怨嗟と妬みが洩れていたのか、横からするりとフォローをもらう。


 今日のディアは可愛いお姉さんモードで通すらしい。森歩き用のパンツルックだ。

 艶っぽい格好を封印すると、年齢不詳にもほどがある。


「ディアは、狩人服も凛々しいな」

 男装の麗人っていうには、滲む色気がありすぎるけど。

 女の人の腰の括れって、芸術だよな。見ていて飽きない。


「ふふ。マスターに誉められると、年甲斐なく嬉しくなってしまいますわね。

 今日は久々の森歩きで、楽しみにしていましたの。ねえ、お嬢さま?」

 オルレアは以前の姫騎士スタイルより軽装だ。

 革のベストに籠手や脛当。フード付きマントを着込んでいる。

 蛇が上から落ちてくると、ダメージはなくてもうわあ!ってなるので、頭部保護は必須とのこと。

 オレもヨウルもフードのある外套姿だ。


 ちなみに山ヒルとかノミとか蚊は、このHPの概念搭載されている撹拌世界では淘汰されてしまっている。

 脅威としては魔物の方がずっと厄介だが、森でウゾウゾした小さな生き物に絡まれないのは素直に嬉しい。


「はい。マスター、ヨウルさま。今日はよろしくお願いします。

 しかし、ヨウルさま。体調は如何でしょうか。森歩き中、レベル0帯のダンジョンは順次回収の予定と聞きましたが」


「『調律』掛けなきゃ平気だし、無理そうだったらリューに投げるし」

 うん。その方が安心する。


「任せろ」


「おう。代わりにへばったらおんぶしてやるよ」


「…ヨウル、そんなに力があるのか?」


「米袋2つくらいなら軽いもんよ」


「大袋で?」

 こっちの規格で米袋の一番大きなサイズは60キロだ。


「うん。そりゃそーだろ?」

 ぐぬぬ。どんなに頑張っても120キロはないから軽々と担がれてしまう。


「ヨウルは魔力強いし、獣人の体力あるしいいとこ取りだな」

 リアルじゃオレも体力は伸びたけど、獣人はやはり体のステータスが別物だ。ここは悪態つかずに甘えておこう。


「頑張って歩くけど、万一は頼む」






 森歩きは30分でバテた。

 出オチで済まない。


 というか、ゆっくり歩いて貰ってもイッヌたちのペースについていけなかった。

 仕方ないのでトリュフの群生地をベースキャンプにして、他の人が森を『探索』している間に、オレのグループはキノコ狩りだ。

 ヨウル?

 あいつはハツラツ森歩き組だ。都市部育ちの癖にコツをちょっと教えて貰っただけで野歩きが様になっている。

 生来のスキルもちの獣人はものが違う。


 オレが『探索』先生が促すままに、トリュフを掘り起こしてホクホクしている間、森に散った他のグループが帰ってきては野良ダンジョンの手入れ状況のホウレンソウなぞをしていた。


 魔の森は生来ダンジョンが沸きやすいラインにある。

 遥か東の国から一路サリアータへ。

 セイランを守るかのように天険に阻まれた道無きダンジョンロードは、サリアータが終着点だ。

 犬族はもの探しが得意だが、このライン上に新しく生えた野良ダンジョンを見逃すと育ちが早いので地回りも一苦労だ。


 それを鑑みて創られたのが、ワールドウォーク。

 野良ダンジョン管理アプリ……という名の万歩計系ゲームアプリだ。


 本日配信開始でステータス持ちなら無料でギルドからダウンロード出来る。

 出先でも野良ダンジョンの掃除依頼を受けられるし、目的地まで地図がナビしてくれるので便利だ。


 冒険者諸君。新たな野良ダンジョンを発見したら、スクショで報告よろしくだ。

 功績ポイントらの褒賞がつくので、活用されたし。


 例えばオレはダンジョンマスター登録をしたんで、ダンジョン消去のタスクを選び、スクショを撮れば依頼達成になる。

 『体内倉庫』持ちの冒険者ならこれは、ダンジョンを回収、所定の場所まで運んだら任務達成になる流れだ。


 ちなみにノベルでも協賛しているので、今はスターを踏むと1日1回亀串が無料だ。通りすがりの冒険者は是非おやつにきて欲しい。


 冒険者は地域の見回りも仕事なので、いっぱい移動するとお得なサービスがうけられたりする。



 なにせ、リアルに建てられているゲーム塔。

 あれ、結構問題もあったりする。


 ダンジョン発生指数が高いのに、野良ダンジョンを招き寄せるあの塔を築くようなものならサリアータの二の舞だ。

 撹拌世界じゃ、ダンジョンマスターが何名も確保出来る都市部でしか、あの手の塔の建造許可は出ない。



 変なところに野良ダンジョンが出来るのは困る。

 だから塔は必要な技術なのもよーく、分かるんだよ。

 でも、リアルもね。アレさ、管理きちんとしてないと凄い人災が起こるんだろうな。その心配も強くって。


 サリアータで酷いケースの実例証明がされてしまった時の政府ちゃん、どんな心境だったんだろ。



「マスター。レベル1の野良ダンジョンのお掃除を済ませてきたので、お出ましくださいますか?」


「ああ」

 ディアにエスコートされ、潰す予定の野良ダンジョンに潜るべく準備する。

 移動はウィングブーツに切り替えた。森が深くなるにつれて、木の葉や窪みに足を取られ転ぶこと数度。まあ、森歩きは今日のところはこの辺にしとく。

 オレも大概田舎の子だけど、多少人の手が入っただけの原生林とか、にわかにはとても歯が立たない。

 田舎、田舎と散々地元をディスってたけど、あれできちんと人里だったわ。人が歩ける道があるだけ、どんなに有難いことか。


 人間ってちっぽけだなあ。そう、ため息つけば頭に蛇が落ちてくる。

 紫毒蛇だ。

 こいつは人を丸のみ出来るサイズでもないのに、人を見るや積極的に襲ってくる、アグレッシブ特攻野郎だ。

 胴回りは男の腕の太さくらい。

 首が折れるような大きさではなくても、頭上からこんにちはされると盛大にビビるからやめなされ。


「『鋭利』」

 プスっ。サクっとしたところで『体内倉庫』にIN。

 そして『洗浄』で脇差しについた汚れを落とす。

 血に毒があるのは、『解体』の時も厄介だ。

 なので全て後処理は『体内倉庫』内で済ませてしまう。


「わたしだけ狙われるのは、周りより位階が低いせいなのかな?」

 護身用の脇差しが先程から大活躍だ。

 蛇相手は苦戦するレベル帯にないので、周りも見守り体勢である。


「それはあるでしょうね。

 でも。マスター、蛇の処理に慣れてますのね」

 スキルや刺股なしで、まむしを捕まえるよかマシだもん。あいつら、基本どこでもいるし。

 その癖、刺股取りに行っている間に消えやがるし。放置するとその分だけ増えそうで、嫌な気分になるんだよな、あれ。

 『体内倉庫』と『洗浄』は神。ありがたや、ありがたや。


「農村育ちだからな。

 紫毒蛇の魔石は小さいけど『解毒』が付いているのか。いいな」

 『体内倉庫』から石を取り出して確認する。

 これ、リアルでの農作業のお供になりそう。

 色も紫でアメジストみたいだ。


「『精製』しないと、そう効果はありませんのよ。お守り程度かしらね」

 ふうん?

 よし、『精製』。んー?

 やっぱり石の魔力の通りは『精製』したほうがずっといいな。

 そのまま使うは、これはちょっと効き目が悪いか。残念。

 石はちっちゃくて可愛いから、ファンシーリングとして使えるかも。

 チェルと相談してみるか。

 里芋や無花果の皮を剥くと痒いって毎回ひんひん言ってたし。喜びそうだ。


「マスター、それ、子どもに持たせるといいですわね。

 好奇心旺盛で、良からぬ物に触ってしまう子たちは多いですもの」


「うん。外歩きする時なんて、班長に持たせると良さそうだ。

 『治癒』持ちか、『診断』があるともっといいがなくても、漆や毒蛾、草かぶれ、それくらいならこれでも治せると思う」

 毒が嫌らしいのは、HPの盾を貫通してくることだ。

 肌や粘膜に毒が付着すると、HPは減らないのに具合は悪くなる。

 そりゃま、そーだ。


「『加工』って便利ですわね」


「魔力とメモリが余っている、魔力系スキルの充実した暇なご老人とか、どこかに転がっていないかとよく思う。

 やたら経験値を喰らってしまう、雫石の『加工』までとは言わない。せめて『精製』止まりでも増えるといいのに」

 そしたらエンチャンターの人が巧くあとは引き継いで、付与具を量産してくれるのに。

 効果を考えると付与具は法外に高くはないが、実物がないのはありがちだ。


 石を選べば紫毒蛇の『解毒』よろしく、それ自体にスキルが付いているのも結構あるし、それだけでも違う。

 しかしその手の人材なら手に職持ちだろうから、忙しくて無理なのが悲しい。


「スキルはともかく、メモリと魔力が問題かしら。

 ………ちょっと真面目に人を探してみるか。

 低レベルで高スキルなら、経験値と引き換えで……うん、いいな」

 なんの算段か。目をすがませ、口の端を歪める仕草が男らしいなディア。

 葉巻とか似合いそう。


「ババさま。また化けの皮が」


「あら、いけない。マスターとのお話しが楽しくてつい夢中になっちゃって、嫌ね」


「ディアは可愛いのと格好いいの、使い分けているのなんでだ?」

 特に二重人格ってなわけでもないし。


「ぽやぽやのヒヨコちゃんが分かりやすいように怖ーいお姉さんを長年していたら、皆、私が引退しても背筋を伸ばして敬礼してくるおじさまになっちゃって。

 新しい気持ちで職を辞したのに、現役気分を引き摺るのはちょっとね。

 精一杯の怖くないアピールよ?」


「…また、ババさまが適当なことを」

 嘘なんかい。


「うふふ。言うことを聴かない殿方を躾るのは昔は拳に頼ってたけど、今となっては若かったなって反省しているの。

 殿方に気持ちよく働いて貰うためには、女は可愛げがあってもいいと思いません?

 ねえ、お嬢さま?」


「その点オルレアは優勝だな。

 いつも可愛くて100点満点だ」

 イッヌはうちの近所の三笠さんちの愛犬。ミックスの次郎丸が愛想良くて最高に可愛いと思ってたが、いつもふわふわに手入れされた、品の良く賢い純血種のワンコもそれは素晴らしいものだ。

 うちのオルレア、超プリティ。


「あら」


「…マスターは犬族贔屓ですから」


 くっちゃべりながら、野良ダンジョンに突入し『精製』を済ませて撤収する。

 他のメンツが綺麗に掃除してくれた後なんで何事もなくサックリ終わった。

 サンダーやアイスピラーでマウントを取れるボスだったら残してくれるそうだが、違ったので巻きでいくそう。


 そこでワールドウォークに提出する、証拠のスクショをパシャリとする。

 報告する人数が多いほど信用できるデータになるので、スクショはチーム全員で撮った。

 オレの場合は『精製』使用前、使用後の雫石の画像もだ。

 時間と位置情報でデータを管理してくれるので、これで数日後にはそれぞれのアカウントに報酬が振り込まれるはず。

 アプリのタスクには【済】の文字と【審査中です。しばらくお待ちください】そう浮かぶ。


 苦笑する。

 このアプリ、ダンジョンの数が増えたり減ったりするのが一目瞭然すぎて、目の毒だ。

 絶望的な数字に気の弱いものは胃を悪くしそうだが、是非とも冒険者の皆さまは発奮して貰いたい。


「やった!臨時収入!」

「報告書出さなくていいの、楽ね!」

「あ、【跳ねるピンクの仔牛亭】も協賛してる」

「ステーキ全品10パーOFF。行かねば」

 少なくともうちの子は新しい玩具に、きゃっきゃと楽しそうだ。頼もしくて癒される。



「点在して邪魔な野良ダンジョンが、こうもあっさりと。

 ダンジョンマスターは本当に力添えの甲斐がありますのね」

 木陰にディアの呟きが落ちる。


「ダンジョンマスターは民間主導でも、もっと育てられても良かったな。

 …いや、サリアータのように切羽詰まらなければ難しいか」

 大抵のダンジョンマスターは善良だけど、うっかり酷いの出てくるととんでもないことになるからな。


 大規模戦争が少ないこの撹拌世界で、最も人殺しをやらかしている不動のトップ10はまるっとダンジョンマスターだもん。

 しかも指導者とかそんなんじゃなくて、個人としての所業である。

 なんとかダンジョンマスターは討伐出来たとしても、ダンジョンを潰すのがまた難しい。

 人間が悪意を持って造り上げたダンジョンほどに、厄介なものはなし。

 なんてこったい、とっぴんぱらりのぷう。


 今世でのスローライフはもう諦めたけど、そーゆーダンジョンマスターにならざるを得ない人生だけは送りたくないものだ。






 新アプリの位置情報を開示していると、その場所で採取できるものや、その方法も教えてくれる。

 トリュフの他にもププトと呼ばれる低木の木の実なんかも、もりもり採れた。

 両方とも庶民的に、魔の森を代表する美味だ。

 蛇に食い荒らされて姿のなくなった小動物のかわりに、木の実をせっせと摘んでいく。

 ププトはサラダに入っていたのがカリカリで美味しかったので、妹やクラス女子の土産にしたい。

 味はスパイシーな木の実で、形状は皮の柔らかなドングリ。ファンタジー産の食材だ。


 野生のハーブも生えているけど、そちらは畑で採れたほうが質が良かった。

 鈴なりに生っているベリーなんて、顎がきゅうっとなるくらいに酸っぱい。ジャムにしたらいいかもだけど、生食には向いてなさそうだ。


 …あ、でもベリーは依頼が出ているな。

 ほうほう、肉に掛けるソースの原料になると。

 誰かの口を喜ばせるなら、摘んでいくか。よし『採取』。依頼超過分は、これも土産だな。



「森歩きって、楽しいな!」

 何件かワールドウォークのタスクをこなしていると、ヨウルたちが帰ってきた。

 ヨウルの目が爛々としている。

 おおっと?


「なんか野生に戻ってるな?」

 どこをほっつき歩いてきたのか、ヨウルの髪は濡れていて、服も総取っ替えしている。さては、こいつ大冒険しやがったな?


「川に落ちた!いや、溺れ死ぬかと思った。まいった、まいった!」

 また落ちたのか。楽しそうだなヨウル。そのテンションどうしたんだ?


「そのまま流されて滝に落ちたら、滝壺の中に未発見の野良ダンジョンがあってな?

 しかも水晶洞窟!

 思わず、ゲット トレジャー!って叫んだわ」

 ちょ、お前。


「怪我は?!」


「HPで吸収した範囲だったんでヘーキ。不慮の事故は窒息や、毒の方が怖いのな。あと麻痺も」


「ヨウルくんは先にレベル上げして正解だったね。

 HP高いと、少しの無茶を見守れていいわー」

 テルテル教官は落ち着いている。

 生徒が腕白なぶんには、余裕あるんだなテルテル教官。


「そういや、リュアルテは意外と好奇心に釣られてフラフラはしないな」

 熊教官には内面が、落ち着きがないのはバレてるか。


「小さい頃に、木から落ちたり、田んぼに落ちたりはよくやって、身に染みているのでしょう。きっと」

 しかも田んぼは自転車ごと突っ込んだりな!


「木登りはやれるか?」


「多分」

 アスターク教官に聞かれたので、試しに近くの木を登ってみる。

 杉みたいに真っ直ぐなのはわからんが、紅葉あたりの枝が多いのは、問題なさそう。

 木の上では紫毒蛇がアンブッシュしてたので、咄嗟に頭を捕まえてそのままサックリだ。

 手袋しているから、わけはない。

 絞めたらそのまま仕舞ってしまう。

 中堅冒険者の脅威にならなくても、妙に心臓に悪いなこいつら。


「…登りはともかく、降りるのも危なげないな。そういや、川にもはしゃがなかったな」


「自然物よりは大きめの造形物のほうが慣れてないです。多分」


「ああ、砦は楽しそうに探検してたな」

 だってオルスティンが見てもいいよって許可をくれたから。

 ごつい石造りの建物とか、雰囲気あるよな。実用品のタペストリーとか、色鮮やかで見ているだけで楽しいし。

 規則正しい石組とか、大きな石でやるとそれだけで迫力がある。


「それで外に慣れていないヨウルは、リードを外されたワンワンになったと」

 迷子にならんで良かったな。

 アプリ入れて正解だった。

 マップアプリの機能でチームメンバーの位置情報も表示することもできるから、早速役に立ってしまいそう。


「いや、だっていたるところから面白そうな匂いがしてさ。

 なんか、歩いてたら楽しー!やったー!…みたいになって?」


「5歳児か」


「ヨウルくんが獣人系なのに年の割にしっかり者で落ち着いていたのは、都市部育ちだったせいかもね。

 本来だったら、野生児なタイプだな。

 それで力もあるし、魔力も強いとなると。

 大人になったら、一匹で狩りをこなせるようなスキルらが生えてくるかもしれないねえ」

 つまり集団で狩りをする犬ではなくて、猫科だと。


「野良ダンジョン内はそれでも自重してたんだな、お前さんは。

 今ならアイアンツリーも、怖くはねえしな。まあ、いいか」


「リューはなにしてたん?」

「ベリー摘み」

「うっわ!なにこれ、すっぱー!

 このまま酢として代用できそう!」

「肉のソースになるそうだ」

「小洒落たもんを作る人がいるんだな。依頼品?」

 ヨウルのチームが休憩に入ったので、オレも一緒にカロリー補給だ。

 オレらは休み中に体重を3キロ増やすように、教官から厳命されている。

 女子には女子の美学があるから、激しくブーイングしてたらしいけどな。

 アリアンなんて最初より、随分とほっそりしてしまったから大人の気持ちが分からんでもない。

 あの丸いほっぺが失われるとか、世の損失だ。


 オレ?

 オレは実は痩せていない。もともとガリだから痩せるところがないともいう。


 経験値は肉体の健康維持にも消費されます。そーいうわけで、若いのに仙人のような状況は不健康だとお医者さまのお叱りを受けた。


 お姉さま方。お聞きになりまして?

 この世界のストイックな菜食主義者は、主に経験値だけ吸って生きているそうですわよ?


 【仙人】呼ばわりは追加サプリの功罪だ。

 それで生きられるなら、無理に食べなくてもいいんだろうけど、オレには人生損をしているように思えてしまうな。

 夢魔の修行僧が、この辺あたりだ。

 オレはあそこまで深刻なガリではないと主張しておく。



 はー。家亀卵のプリン、ウマー。

 赤くて、まったり濃厚で、命の味だ。これからさあ大きくなるぞっていう力に満ち溢れている。

 卵の美味しさは罪の味。感謝してしっかり味合わねば。


「家亀のプリン、これ大好きな味。通年扱いしねえの?」


「どうだろうか?要望があったと、妹に伝えておく。

 ソフトシェルの竜田揚げもあるぞ?」

 生まれたて、一度も食事をしていない子家亀を調味液に漬け込んで約半日。

 衣で化粧してからカラリと揚げたのがこちらになります。

 家亀の骨や甲羅ごとバリバリいけるのは、生まれたて直ぐの状態だけだ。


「丸ごとっつーてもこう真っ赤だと、そう不気味な感じでもないのな。

 むしろ旨そう。頂きます」

 おお、ザクッといい音させる。


「…旨っ。肉がめっちゃ柔らかいし、甲羅も鳥の軟骨よりは、ザクザクして食べやすい。

 肉だけ、甲羅だけにしてもきっと旨いよコレ」


「雑味の出る部分は取り除いてあるそうだけど、頭から尻尾まで旨いよな、亀」

 これらは妹らが持たせてくれたロケット祭のご馳走だ。

 本番中はナノハナの皆が張り切ってくれたから、そちらの世話になってしまった。

 丁度いいので、休憩のお供に出してしまう。


「妹ちゃんらのご飯いいよなあ。すげえ好き。美味しいのに家庭の味がする」

 チェルは今のオレの舌に合わせて料理してくれるから、そこら辺が家庭の味つけぽいのかも。


「香辛料は控えめだから、欲しい人はタバスコや辛味噌も入ってたぞ?」

 話を振ると、無言で欲しい人の手が上がる。

 見張り以外は全員がもっしゃもっしゃと食べることに真剣だ。


 わかる。

 家亀のプリン、悪魔的に魅力あるよな。

 最低な罵り言葉さえ、飲み込んで昇華してしまう至高のプリンだ。

 そこにしょっぱいもので舌がリセットされると、また食べたくなるのが狡い。


「マスターって、こんな強力なサポーターがいるのに、なんで太らないのかしら?」

 1人3つ配ったプリンの瓶を、軽くぺろりと空にしたディアが溜め息をつく。


「ヤバいわ。のんびり引退していたら太っちゃう。…なんで現役のころより美味しいものを沢山食べているのかしら。

 カロリーバーですら、ノベルのは美味しいのって狡くない?」

 ナッツとグラノーラとマシュマロをチョコで固めたやつならオレのリクエストだ。

 ギルド販売のも高品質で不味くはないけど、前世で食べすぎたからしばらくご遠慮したいなと。


「行動食は幾つ種類があってもいいよな?」


「そうね。スティックタイプの羊羮が、現役時代にあればどれだけ…!」

 ディアの嘆きに、アスターク教官が同意を得たりと大きく頷いている。

 一般人は親指サイズの羊羮を買い求めるが、冒険者は贈答品の切る羊羮を丸ごと一本豪快に齧る。黒文字で食せとは言わんから、せめて切ってから食べて欲しいと思うのは贅沢だろうか。






 そんなこんなで昼3つまでは森の野良ダンジョンを潰して回り、ギルド前でヨウルと別れる。

 やつは地元のおばちゃんに誘われて、ベリーのレシピを習うそうだ。

 ギルドにベリーを提出したら、なんかそんな話になってた。

 オレも予定がなかったらくっついて行きたかったが残念だ。


 これからはダンジョンマスターの本分で、ナノハナ支部を拡張する。

 アイアンツリーはこのままいけば、数年で撲滅できそうな足掛かりはつけた。

 やはり産廃が金に化けるのは大きい。

 モチベーションも変わるし、なにより他の事業で稼がなくてはいけなかった分の労力を回せるようになる。その負担軽減が効いていた。


 そうすると森に子供たちが入れるようになる。犬族の子ならレベル5もあれば、紫毒蛇は余裕だが、毒はやはり問題なのでレベル10はあるといい。

 ヨウルに聞いたところマッドスライム界隈は、素材が安価になりがちな故に供給が足りてないそうだ。

 なので硬化代用樹脂のマッドスライムはナノハナ支部で賄うことで話を通した。

 サリアータの低レベルダンジョンはそこそこ充実しているので住み分けだ。


 アリアンたちが築く駅が荘に通るようになったら、地方の余っている人員がサリアータで依頼をこなせるようになる。

 その前に地元の荘に気軽に通える低レベルのダンジョンがあれば、レベルを上げておけるので良いのでは?

 その展望を教官に話したら、ご領主さまから感謝の言葉が綴られた一葉が届けられてしまった。


 なるほど、うちの親分は面倒見もいいらしい。

 サリアータ周辺は小さな領が管理する荘園の集まりで、集団としてはサリアータが盟主である。

 国や公国を名乗るには、力不足が否めない。


 大公はカザンを贄の国と自嘲したが、それならばサリアータもそうだ。


 サリアータは元より野良ダンジョンを狩るために造られた都である。

 破綻したのは……そう知識人によれば、さもありなん。そう苦く嗤っただろう。


 滅亡指数の公表は、サリアータがどうして造られなくてはならなかったか、その理由を世に明らかに浮かび上がらせた。

 世界の延命の為に押し付けられた領主の座は決して、居心地の良いものではないだろうに。

 大人の意地で踏ん張っている大将殿から褒められると、なにやら妙に面映ゆい。


 サリアータの米が旨いのは、土地の余剰魔力をふんだんに吸って育つからだ。

 少しでも魔力を消費させようと、連作障害の出ない米造りを選んだあたり、先代や先々代も地に足がついている。

 よく魔力を吸うからといって桃子みたいなトレントを育てようとしたものなら、サリアータは今頃魔界になっていただろう。

 魔の森のアイアンツリーが良い例だ。



「代用硬化樹脂が採れるマッドスライムは、熱攻撃禁止で、物理推奨。

 そうなると汚れるので作業者には『洗浄』の発動体を貸与したい。

 四半期MVPには『洗浄』のスキル石もつけよう」


「それは励みになりましょう。ですけど贔屓が過ぎましてよ?」


「ダンジョンマスターとして、ナノハナの子供たちに貢献したい。

 それにスキル石は大人の冒険者なら、買えるものだから。

 発動体でスキルを覚えられれば何よりだけど、それが難しいなら、先に一生使えてメモリ消費が軽いのを入れるのもアリだ」


「確かにそうですわね。

 でも、成人前の子には大金を持たせたくありませんわよ。子供用ポイントカードをこちらも導入させてくださいな。

 マスターの『魔力の心得』はなかなかに値段が張る石になっているでしょう?

 目標に丁度よろしくてよ。

 それと紫毒蛇を『精製』した石も、こちらに置かせて下さいませね」

 ディアが居てくれて良かった。

 オルレアはグッドマン夫人に引き摺られて行ったので、ナノハナ支部の人らはオレに慣れていない。

 こちらとしては要望を出して貰いたいのに、遠慮がちだ。

 ディアにビビりながらも。


「大刀自殿。マスターは休暇中では?」

 そう恐る恐る尋ねてくる。


「仕事はセーブしているぞ。『調律』は1日に1回までだ」

 なにせ『調律』済みの雫石は、星砕きのやつがまだ残っている。


 ああ、うん。ヨウルたちが体を悪くしたのってアレが原因だったんじゃないかなあ。

 調子こいたり無茶するのは、良くなかった。反省しとこう。


 そうだな。

 休眠期明けは、ヨウルが見つけた水晶洞窟に連れていって貰えそうなんで、予定を詰めておくつもりだったけど、これだけやったら終わりにしよ。





 コメント、いいね、評価、誤字報告ありがとう御座います。


 相変わらず好き勝手に書いている本作ですが、反応があると嬉しいものです。感謝!


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― 新着の感想 ―
 目を離した隙にヨウルがやんちゃして着替えしてた、というイベントは読者が知らないところでもちょくちょくありそう(笑) 幼稚園に行くのにお着替え五回分必要な感じでしょうか。
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