102 にょろにょろ
もうすぐ日暮れ。
祭の後片付けに大人も子供も大忙しだ。
下手に手伝うとリアル猫の手で、作業の邪魔になりかねないオレたちはグッドマン邸の中庭にて隔離中だ。
猫……あいつらなんでこう的確に、人のやることの邪魔をしてくるんだろうな。
タブレットとか、紙を広げると、その上に乗らなきゃいけない、にゃんの掟でもあるの?
可愛いから許してしまう人間ちゃんって、ほんとバカ。
明日の森歩きの準備に、簡易テントやら大物道具の手入れをサリーやヘンリエッタ女史らがしてくれているのを横目に、オレらは備え付けの木のベンチに座っている。
ヨウルと手を繋いでの『魔力循環』だ。
こうしてゆるやかに魔力を回していると、治癒力も上がるそうなのでお医者さまにも推奨されている。
温泉に入って血流が良くなると、怪我の治りが早くなるみたいなものかな?
リュアルテくんも体の調子が良くない時には、沢山の人に世話になった。
こうして近しい人から、お返ししていきたいところ。
「それで、午前中は森の中に駅を通してきたん?」
「うん。アイアンツリーと、紫毒蛇。それぞれ溢れた原因の野良ダンジョンは、手入れしにくい難所にあるから、空輸されて行ってきた」
正確なマップと空輸能力のあるサリーが居れば、ちょろって行って駅を通したらすぐ帰ってこれるもん。
魔物の跳梁を阻止するには、元から断たなくてはならないとの判断だ。
今頃あちらの駅前では結界を張れる人員が、整備、固定化を頑張ってくれているはず。
もちろん、野良ダンジョンの中には入ってない。
レベル4相当の野良ダンジョンの階層エレベーターを建造するなんて、オレの位階が足りていない。
だから冒険者のダンジョン通勤が、楽になるくらいだ。
それでも行きと帰りの森歩きを短縮するようになるだけ、掃除もぐっと楽になる。
この辺に、空飛ぶ魔物はいないからできた技だ。
川や崖や滝の地形って、つくづく難敵。
空を飛べたからこそ楽勝だったが、歩きと考えると、あれはぞっとする絶景だった。
「それと、あとひとつ。駅を通すべきか悩んでいる所があって……森の奥深くに、大きくて換金性の高い野良ダンジョンがあるのはわかっているんだけど」
「いいじゃん?駅通すの、ふたつもみっつも変わんねえだろ?」
「エロ触手が採れるダンジョンなんだ。駅を通したそのせいで、うっかりナノハナの冒険者が被害にあったら嫌だなと」
触手そのものの需要もあるが、あいつら医療品や美容品の原料としても有望らしいよ?
触手を放流したマッド生物科学者さんら、どんなコンセプトで開発したんだろうな。
悔しいが割りと役に立つあたり、なんとも負けた気にさせられる。
「魔物なの?」
「魔物なんだ。魔石もわりと質のいいのが採れる。あと香料やオイルも」
位階が高い割には、弱いのも美味しい。
まるっと無視するには利用価値が高すぎるんだよなあ…!
「そ、それは、手を出すの迷うな?」
「ましてダンジョン内で繁茂した触手が、スタンピードを起こしても困る。
こいつらが森にでも解き放たれたら、とんでもないことになってしまう。
手を入れなきゃいけない理由は沢山あるのに、やりづらくて。
…………オルレアやサリーには、ちょっと相談したくない」
大まかに一通り、管理している野良ダンジョン全ての話をしてくれたオルスティンも、ここは説明しづらそうだった。
現在、駅の予備の在庫は使い果たしたから、休眠明けに届くだろう新規注文分の予定を決めたいのに決めたくない。
「いっそさ。森にある大きなダンジョン前を、全部駅で繋いじゃったら?
駅前表示板にどんな魔物が出てくるかとか、必要な装備とか書き出しといてさ、あとは冒険者に判断してもらおうぜ?」
「……うん、そう、だな。触手ダンジョンを造れと言われたわけではないしな」
「…ちなみに、どんなヤツがいるの?」
青少年なら、気になるよな?
「ええと、こんなの、や、こういう」
手帳の図鑑をついついと、スクロールしていく。
植物系魔物亜種とか、スライム系亜種やら。
いたって真面目な図鑑なのに、説明文といい挿し絵といい、エロ本読んでいる気になるようでいかんともしがたい。
「…………やば、エッロ。なにこれ、こんな生き物実在するの?」
今世とリアルじゃ、まだお目に掛かったことはないなあ。
コメントしづらい。
「他所の世界には生命を弄っちゃう系狂科学者なダンジョンマスターもいるようで?」
「げっ。人造生物なのか、こいつら。マジでか」
ぽそぽそ、こしょこしょ小声で話す。いや、大声で話せるような会話でもなし。
「あら、内緒話ですか。額をつきあわせて仲がよろしいこと」
いつの間にやら側にいたのか。
微笑ましい。
そう言いたげなヘンリエッタ女史に、お互い額をゴツンとなるほど、動揺してしまったのは致し方ないことだ。
「触手!
いいですね。薬効が高い個体を選出したダンジョンの狩場があれば、野良ダンジョンは潰せます」
ぱちり。扇を閉じる仕草は淑女のものだ。
さっきまでヨウルが座っていたガーデンチェアに腰かけるのは、1人のご婦人。
彼女のご芳名はクリス グッドマン。
オルスティンの細君である男爵夫人は、真っ直ぐな黒髪を品良く結い上げて、琥珀の髪飾りで留めていた。それがよく似合っている。
切れ長の瞳に瓜実顔が、実に清楚たる方だ。
うん。オルレアのご母堂は、イッヌじゃなかった。オレもさっき初めて知った。
ヨウルがヘンリエッタ女史に呼ばれたんで、独り暇になってしまった。
そのタイミングでお茶を運んできたので、ノコノコ誘われちゃったぜ。
オルレアのママン、美魔女すぎひん?
すまん。
リアル伏姫とか、そう連想してしまったオレを許して欲しい。
オルスティンは白いモフだし、オルレアは末っ子で、上に7人の兄がいるとか、聞いちゃうともうね。
なんかさ。100をも越える位階にある女性なら、両親どちらの種族に寄せるか産み分けられるものらしいよ?
妊娠すると5から10はレベルダウンするのに、旦那似の子供を産むため何度となく100の坂越えしたんだな、きっと、この人。
淑やかな貴婦人に見えても、オルレアのお母さんだ。
それってきちんとした計画と、愛がないと出来ないよな?
………そうか。オルスティン、嫁さんとラブラブなんだ。見習いたい。
「女は幾つになっても美しくありたいものです。ナノハナを維持するためには、あの野良ダンジョンは必要でしたが、品質にバラつきがあるのは悩ましいことでしたわ。
是非とも協力させてくださいまし」
つい、現実逃避してしまったが、話題は変わってくれなかった。悲しみ。
あー。
でも、ナノハナって持ち出しばかりで金が掛かるもんな。このドル箱があったから、破綻せず運営できたのか。
そう考えると応援したくなる。
空から見下ろしただけでも、この森を歩いて野良ダンジョン管理とか、苦労の一端が見えるもん。
……ああ、でも。
「その、オルレアのような妙齢の女性にそのようなダンジョンを任せるのは心苦しくて」
外聞が悪いってもんじゃないぞ。
「まあ、リュアルテさまは紳士でいらっしゃいますのね。
そうですわね。あの子が結婚するまではわたくしが管理いたします。
年をとった女のほうが、広告として有効な場合もありますわ。
触手はアンチエイジングの基礎薬ですし、上薬の原料ですものね。
まだ年若い娘にババ臭い印象がつくのは、避けなくては!」
そうね。
この人、シワどころか、染みひとつもないけどさ。グッドマン夫人、うちのかーさんよりも婆さまの方が年が近いんだぜ?
ディアといい、この人といい。グッドマン家門の女性って、年齢が迷子だ。
「上薬とは?」
なんじゃらほい。
「効き目が穏やかで、長期間服用しても副作用のないお薬のことですわ。
竜の血のような効き目の強いだけに、副反応の出やすいものは、中薬、もしくは下薬ですわね。
サプリメントは上薬。
抗生物質なら下薬ですわ。
用法の違いがありますでしょ?
体質改善や、毎日続ける基礎化粧の素材として、触手はとても良質ですの。
肌がもちもち、ぷるんとなりましてよ。
残念ながら薬にならないようなものもありますけど、それはそれで需要もありますし」
そっかー。
オレはヤツのえげつないビジュアルに反応しすぎちゃったか。
そんなにビビらんでも良かった?
いや、青少年ゆえしゃあなし。
「夫婦や恋人たちの、倦怠期にも効きましてよ」
あっ。はい。そうっすね。
「………大切なことなのだろうが、わたしには少し早いようだ」
「あら。いけませんわ、対処の仕方を知らないと、いざという時逃げられませんわよ?
中には厄介なモノもありますわ。
子供のうちに正しい知識を知っておくべきです。それが御身を守る術につながりますわ。
……と、いうことでこの冊子を献上させてくださいまし。
流石にリュアルテさまを、彼の野良ダンジョンに実地で連れていくわけにはいきませんもの」
はあい。勉強しておきます。
それですぐダンジョンを造るということにはならなかった。
オルレアやサリーがすんごく怒ったので話が縺れた。
オレが年若いことを主張して、正論でぶったぎるオルレア、サリー連合と、実利と事業の展望を説き、あくまで冷静沈着に有用性をアピールする男爵夫人のディスカッション。
これが女の戦いか。震える。
結局は2年後、オレが15になって成人するまでこの話は凍結らしい。
ちなみにオレはこの話し合いに、殆ど参加させて貰えなかった。
鉄火場のゴングが鳴ったとたん、メイドさんらにそっと避難させられた。
「マスターがやりたいと主張する企画ならともかく、企業としての立ち回りなどの些末事は、私共の仕事ですので」
「ダンジョン造りだけでなく、それでなくても忙しいマスターの時間を、無駄な会議で潰すとか許されません」
そう、お茶とお菓子が新しく用意されてしまう過保護ぶりだ。
仕方がないので、魔石をじゃらつかせつつ、しばらくサボり気味だったドリルを進める。
ああ。リュアルテくん、まだ13歳だな。………これは、インモラルなシナリオ展開に入る前に、全年齢セクシャルガードが仕事したんだな。きっと。
よかった。触手に襲われるナノハナの冒険者なんていなかったんだ。
全年齢さんは、ホント頼りになるお方よ。これは信頼が厚くなるな!
「まあ、こんなものですかしら。丁度いいわね。2年後には息子たちに仕事の引き継ぎも終わるでしょうし、その頃には手があきますもの」
「おや、母上はそれまで遊んでいるおつもりですか?
サリアータとナノハナは駅ひとつの距離だというのに。
外商周りの人員は増やしていいと思ってるのですよ?」
「そうですわね。バイトでよければ、この顔を貸しましてよ。
オルレアも独りで頑張らないで、巧くおねだりをしてお兄ちゃんたちを転がしなさいな。
あの子たちが発奮してくれればそのぶん、手暇になりましてよ」
「そういう可愛げは、義姉上たちに期待してどうぞ。
……サリー、先ほどから難しい顔をしてどうしました?」
「先にプレゼンされた資料なのですが。
ナノハナが保有する薬剤のデータは、是非、論文に纏めて世間に貢献すべきです。
MPポーションは世界を変える発明では?」
「いいえ。もう少しデータを集めて検証してからではないと、発表の際、【この分野は不勉強で、稚拙な質問をして申し訳ないのですが】と、滅多切りされてしまいますわ。
それに間違って認可を受けてしまえば、もっと問題になりましてよ。
なにしろ触手特有の副作用を完全無毒化すると、現在のところ薬効にバラつきが出てしまいますもの。
効果の安定しない回復薬なんて、命懸けの仕事に従事する冒険者に渡すわけにはいけませんわ」
企画会議が終わった後に、喉が乾いたらしい女性陣と合流して、改めて一緒にお茶したけどさ。
バチバチ、ケンツクやりあって、肝心の話は平行線だったらしいのに、仲は悪くないよな、これ。
…でも、自分の意思を通すのって、利権が絡む社会人になると難しくなるんだな。
なるほど。それで、どこまで根回しするかが、重要になってくると。
サリーとオルレアでさえ前準備がないと、これとか。
グッドマン夫人、怖い。オレなんか手のひらで転がされそうな気がする。
夜にサリーと2人きりになってから裏話を聞かされた。
あくまで推察ですがと前置きされる。
「元から、グッドマン夫人はリュアルテさまが成人前にはそんなダンジョンを造らせる気はなかったでしょうね。
おそらくオルレアがちゃんとやっているか、夫人による抜き打ちチェックじゃないですか?
オルレアが頼りなくてリュアルテさまを守れないのでしたら、一族のテコ入れが必要ですから」
「は?」
なんと?
「怒ってもダメです。リュアルテさまの身と心の安全はなにより優先されますから。
ダンジョンマスターに信任されて、ダンジョン運営に携わっているのに、手が回りきらないなんて名族の名折れでしょう。
いくら娘は可愛くてもそれはそれです。
ダンジョンマスターを守ることは、100年後の彼ら一族の未来を守ることですよ。
ノベルも規模が大きくなってきましたから、まともな母親なら娘が躓かないか心配でしょう」
「つまり触手は仕込みだった?」
オルスティン…は白かな。武力特化で腹芸は得意じゃなさそう。
そういうとこが安心感があって、いいところだもん。
部下に信頼される上司のタイプってきっとあんなのだ。
「丁度いい試金石でしたね。ほどよく問題があって、どう料理してもシリアスになれないあたりが。
他が題材で、例えば貴方に悪い企みなどしようものなら、一触即発で一家離散の危機ですし。
洒落になりませんよ」
「そういう、怖いの嫌だ」
本当にやめて。
「リュアルテさまが、どこぞの大公を引っ掛けて転がしていたりするものだから。
娘の対応能力が越えてないか、不安になったんじゃないですか?」
ごめんなさい。でも。
「ありきたりな商売や、世間話しかしてないのに」
あれはおっさんの周りが自分で勝手になにかに気付いただけで、オレは殆んどなにもしていない。
カザンや大公のお供をしていた女性プレイヤーさんらがやっている一連のイベントに、髪一筋掠めただけだ。
「そうですね、リュアルテさまはそれほど無軌道ではないのに不思議です。
貴方が大公の誘いをばっさり断るのに、胃の痛い思いをした人は多いでしょうけど」
「サリーは断らない方が良かったのか?」
うんと言われたら泣くぞ。
「いえ、痛快でした。
しかし大公が帰られて良かった。ナノハナに滞在していたら、また騒動になっていましたよ。
…触手、MPポーションの材料ってどうしましょう。
上に報告しないといけませんのに」
サリーは見るからに憂鬱そうだ。
そりゃ話しにくいよな。
撹拌世界はスケベまわりも充実してるから、その一環と思ってたよエロ触手。
ダンジョンマスターが触手を界の狭間に放流したのって、そんな意図があったなんて知るかそんなん。
「身体にいい成分が、道理で多く含まれているわけですね。
より良い成分が『抽出』出来るように魔物化させたら、余計な機能までついてきてしまったのでしょうか…?」
ダンジョンに潜ることで恋愛脳に陥っている冒険者が、そんなもん見つけたらそっとお持ち帰りしちゃうんだろうな。
採取して帰ったら詳しく調べるヤツは出てくるだろうし。
そうすればこっちのもんだと。
そんな意図のあるコンセプトだったり?
……反対だったら、嫌だな。
快適なエロのついでに役立つ機能つけてみました!
そこそこいい感じに創れたから、これは三千世界にお裾分けしなければ!
みんなー!楽しんでねー♡
幸せになぁれ!
ってゆーダンジョンマスター。
うん。
オレはもう少し堅実なダンジョンマスターになるのを目指そう。
そんな面白みがなくてもいいよ。
サリーや家族に白い目で見られるのは勘弁だ。
誤字報告、いいね、評価、コメントありがとう御座います。
コメント美味しいですモグモグ。食べっぱなしのヤギでごめんなさい。
代わりに物書き頑張ります。
そして、エロにしかならない素材でエロくない話を書くでござる。
そんなわけでヤツらは、MPポーションのメイン素材でした。
人の都合のいい動植物なんて、更に改良を重ねて飼い慣らして増やしちゃうしかありませんよね?
触手だからって遠慮する人類ちゃんなんて、この世界にはいなかったわけで。
そーいうことです。




