第弐弁
猫のような吊り目がちの瞳が俺を見ている。
「毒?」
俺は手元にあった一つをもぎ取って、
「あっそう」
一口、齧った。
空腹で乾いた身体に甘味と酸味が広がる。
「なんだ。毒なんてねぇじゃん」
「…毒があるのは真ん中にある黒い種よ。」
「これか?」
齧った実の断面を、少女に見せる。
「そうよ。…アナタ、正気なの?毒のある実を食べるなんて…」
「そんなのどうでもいい。毒だろうと何だろうと、俺は何か食べなきゃこのまま飢え死にすんだよ」
「飢え死にの前に、毒死するわ」
「どうかな。アンタの言ってることが嘘かもしれないだろ?柘榴に毒があるなんて聞いたことがない。」
俺の言葉に少女が微かに笑ったように見えた。
「なら、周りをよく見るといいわ」
その言葉に、初めて周りを見た。
---瞬間。
息を呑んだ。
---辺り一面、鮮紅色。
敷地を飲み込むような柘榴の木々。
鳥や獣の死骸、流れる血。
潰れて砕けた柘榴の欠片。
それらが幾重にも重なり合って、地面を、景色を染め上げる。
それは、眩む程、正に地獄。
そして。
恐怖を抱く程、綺麗な赤。
「…っ!」
俺は反射的に目を背けた。
---ここは…
この光景には、聞き覚えがあった。
「…柘榴寺」
その寺は、町外れにある廃れた寺。
至る所に柘榴の木が植えられいて、遠くからみると燃え盛る炎のように見える。
あちこちに動物の死骸があり、一年中地面が血の海のようになっている不気味な場所。だから、町の人々は気味悪がって誰もその寺に近づかない。
噂では、この町に住んでいる華族の私有地だと聞くが…。
空腹で意識が朦朧としていた俺は、柘榴寺だということに気づかなかった。
「柘榴寺…そう。そんな風に呼ばれているのね」
今初めて知ったような口振りで、少女が呟く。
「…アンタ、この寺の名前知らなかったのか?町で知らない奴なんていないと思うけど」
「…町へ行ったことがないのよ」
少し視線を外して少女が答える。
「ふーん。まぁ、そうだよな。そんな高そうな服、着てるようだし。どうせ、何処かの金持ちの箱入り娘とか言うんだろ?」
「そうね」
これまでの鋭い言葉とは違い、抑揚のない声。
それは、それ以上聞かれることを避けているように見えた。
「…今更な質問なんだけど、アンタどうしてこんな所にいるんだ?家なんか抜け出して、こんな所にいたら不味いだろ」
「平気よ。ここも私の家の敷地だから」
「じゃあ、何でアンタは毒のこと教えたんだ?」
「人が毒の入ってる実を食べようとしたら、誰だって止めるでしょう?」
「だとしても、俺はアンタの家の物を盗んで食べようとした」
「…別にかまわないわ。どうせ誰にも食べられず、腐り落ちるだけだもの」
そう言って、少女は柘榴の木を見上げる。
何処か諦めたような言葉。
無表情のはずの色の無い顔が一瞬だけ寂し気に見えた。
「なぁ、どうせ誰も食べないなら俺が食ってもいいよな」
「え?」
「食べる奴いないんだろ?アンタもかまわないって言ったし。こんだけあれば、当分食うのに困らないな」
最近、町の奴らには顔覚えられて盗みにくいしな。
俺のその言葉に、少女が呆れた顔で言い返す。
「だから、それには毒があるのよ」
「種さえ食べなきゃいいんだろ?さっき、アンタがそう言ったじゃねぇか」
「……さっきは私の言葉を信じなかったくせに」
少女が俺を睨みつける。
「今も別に信じてないけどな」
「あっそう」
少女が分かりやすくそっぽを向いて、素っ気ない口調の言葉を言った。と思ったら、
「…アナタ、変な人ね。最近じゃ、獣だってこの寺に近づかないのに。わざわざこんな場所まで来て、わざわざ毒のある柘榴を食べるつもり?」
盛大な皮肉を俺に投げつけた。
どうやら、俺の言葉が気に食わなかったらしい。
それにしても、金持ちの娘って皆こんなに捻くれてるのか?
この柘榴よりよっぽど毒々しいんだが。
「ああ。悪いか?」
「……」
意志の強そうな、少し吊り目の大きな黒い瞳が俺を見つめる。
そして、呆れたように一つ溜息を吐いた。
「御勝手に」




