誘う香り
「静かだな」
カイルが静かに呟いた。
エレノアは無言で同意した。
あたり一面は異様なほど静寂に包まれていた。
何一つとして音がないのだ。
生き物の声も木々の擦れ合う音も。
森は無機質で冷たさしかない。
この森は死んでいた。
あの報告会の後、調査は続行となった。
キーワードは7年前と森。
そしてエレノアが違和感を感じたリンゴ。
現段階で一番怪しい伯爵への探りは外面がいいルークとシャラ、
そして、森の調査は森に慣れ、能力を発揮できるカイルと気配に敏感なエレノアとなった。
エレノアとカイルは森近辺に住む住民にもう一度綿密な調査を行った。
だが、これという収穫はなかった。
セドブルが漏らした亡霊を話題に出すだけで、
誰もが口を閉ざすのだ。
正直なところ森には罠が潜まれているとしか思えないので、できるだけ行きたくはなかった。
しかし、この森にはそれだけの価値のあるものが手に入るはずだという結論に至り、今に至るわけだ。
「『亡霊は 森へ誘い 蜜を吸う』だったか?」
ふと思い出したようにかけられたカイルの言葉にエレノアは頷いた。
「伯爵の息子の亡霊がこの森の現象を引き起こしていると噂があるけど、それとかけたのかしら?」
「かもしれないが、蜜を吸うっていうのは?」
「それよね。何かの比喩かしら?」
「蜜か……蜂蜜くらいしか思い浮かばないが甘くて希少なものだよな」
「他にもあるでしょ。花の蜜とか。」
冗談交じりに言うカイルに呆れたようにわざとらしくため息をついた。
だが、その言葉にどこか引っかかりを覚えた。
……花? 甘くて希少?
もしかして……
昔の記憶の何かに掠った。
「リンゴの花言葉って何だった?」
「えーと……名声、永遠の幸せ……あとは……誘惑?」
「カイル! 帰るわよ」
「は?」
叫ぶように声を張り上げたエレノアにカイルは目をしばかせたが、
そんなカイルを気にすることなく
エレノアは踵を返す。
刹那、甘く芳醇なリンゴの香りが鼻を挿し、
意識は闇へと引き込まていった。




