この国、終わったな
「エミリアーナ!」
会場後方から声が響き、振り返ったエミリアーナの瞳が大きく見開かれる。
「お父様!お母様!」
人垣を掻き分けるように現れたのはスペンサー公爵夫妻だった。
公爵夫人は真っ先に娘へ駆け寄り、その身体を抱き寄せる。
「大丈夫?怪我はない?」
「は、はい。」
「そう。」
夫人は安堵したように息を吐いた。
その隣で公爵も娘の肩へ手を置く。
「全く。」
深々とため息。
「何かやらかしそうだとは思っていたが……。」
その視線の先には王太子。公爵の目は笑っていない。
「予想以上だったな。」
会場の空気が凍る。公爵夫人もゆっくりと王太子へ向き直った。
「婚約の意味をまるで分かっておられぬご様子。」
柔らかな声だったが、その場の誰もが怒りを感じ取った。
「こんな大勢の前で、私の可愛い娘に恥をかかせるなど。」
一歩、夫人が前へ出る。
「いくら王太子殿下と申せど、見過ごす訳には参りません。」
王太子の顔が引き攣った。
公爵は構わず静かに続ける。
「それ相応の覚悟がおありでなさったのでしょうな?」
返事は無い。出来る訳がなかった。
沈黙が落ちる。
やがて公爵は踵を返した。
そして、三成たち三人へ向かって深々と頭を下げた。
会場がざわめいた。公爵家当主が、異国の男たちへ頭を下げたのだ。
「本来ならば。」
公爵は静かに言った。
「私どもで処理せねばならぬ案件でした。」
「いや。」
三成は即答した。
「手続き雑で見てられんかっただけですわ。」
「いや、ほんまに。」
且元も苦笑する。
「これでよう国が回っておりましたな。」
「回っとらんかったんちゃう?」
後ろから吉継が口を挟む。
「なんとか回しとった人がおっただけやろ。」
公爵夫妻が苦笑した。否定できないらしい。
その様子を見て吉継が首を傾げる。
「なぁ、公爵。」
「なんでしょう?」
「アンタ、海外にアテでもあるんか〜?」
何気ない問いだったが、公爵はあっさり頷いた。
「あります。」
会場が静まる。
「私の母が遠方の王国の出身でして。」
「ほう。」
三成が眉を上げた。
「実は以前から、王太子と王妃には辟易しておりました。
娘が王太子妃となり、国を護るというので、ならば我らも、と思ってましたが……。」
公爵は肩を竦めた。
「国王陛下に忠誠は誓っておりますが、あの馬鹿に忠誠を誓えるかどうか……。」
公爵の爆弾発言に、王太子が目を剥く。
「なっ……!」
だが公爵は気にしない。三成は少し考えた。
「財務。」
「我が家です。」
即答。
三成の眉がぴくりと動く。
「軍事。」
「我が家です。」
且元が天井を見上げた。
「農務。」
「我が家です。」
吉継が吹き出した。
「ははっ。」
そして三人は顔を見合わせる。
数秒、沈黙。
やがて、三成がぽつりと言った。
「この国、終わったな。」
「終わりましたな。」
且元が頷く。
「終わったなぁ。」
吉継も笑う。
王太子とメリーだけが理解できていなかった。
自分たちが今、国家の基盤を吹き飛ばしたことを。
一方、会場にいた貴族たちは理解していた。
だからこそ、誰一人として笑えなかったのである。
「では、失礼致します。」
スペンサー公爵は娘の肩を抱き、公爵夫人も静かに一礼する。
エミリアーナもドレスの裾を摘まみ、最後の礼を取った。
「待て!!」
王太子の怒声が響き、全員の足が止まった。
「誰が行って良いと言った!」
王太子は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「貴様らはこの場に残れ!」
「何故でしょう?」
公爵が静かに問い返す。
「婚約破棄は成立しておらぬ。」
三成が即座に口を挟む。
「手続き不備。」
且元が続ける。
「証拠不十分。」
吉継が肩を竦める。
「つまり?」
王太子は叫んだ。
「捕らえよ!!」
近衛騎士団が一斉に前へ出ると、会場が騒然となった。
その時……
「おいおい。」
低い声が響き、騎士達の動きが止まった。
入口付近に、大柄な二人の男が立っていた。
一人は精悍な顔付きの武人。
もう一人は豪快そうな雰囲気を纏った大男。
「虎之助。」
「なんや、市松。」
「終わった思うたら始まっとるがな。」
「せやな。」
二人は会場を見渡した。
「佐吉〜。」
「なん?」
三成は振り返りもしない。
「殴ってええん?」
「あかん。」
即答だった。
王太子は勝ち誇ったように笑う。
だが、正則が頭を掻いた。
「佐吉〜。」
「なにぃ?」
「背中向けて帰るんは武士の恥だでよ〜。」
三成の眉がぴくりと動く。
数秒沈黙後、三成が舌打ちをした。
「……ちっ。」
そして、静かに命じた。
「殺すなよ。」
「「おう!」」
即答だった。
王太子の笑顔が凍る。
「え?」
その瞬間、騎士団長が叫んだ。
「かかれぇ!!」
騎士達が飛び出した。
そして、五秒後。会場には気絶した騎士達が転がっていた。
「弱ぁ。」
正則が首を傾げる。
「市松。」
清正が呆れたように言う。
「お前、三人まとめて殴ったやろ。」
「一人ずつ殴るん面倒やった。」
「それもそうか。」
エミリアーナは口を開けたまま固まっていた。
王国最強を誇る近衛騎士団。それが一瞬で壊滅したのである。
「終わったぞ。」
清正が三成へ告げる。
「そうか。」
三成は頷いた。
全く驚いていない。
そこへ。
「治部殿。」
さらに新たな声が響く。入口に三人の男が立っていた。
「残っとらん?」
「もう終わったで。」
正則が答える。
「えぇ〜。」
加藤嘉明が露骨に残念そうな顔をした。
「間に合わんかったか。」
黒田長政も肩を落とす。
「脇坂の兄ぃ、遅いねん。」
「儂のせいか?」
脇阪安治が呆れていると、三成は三人へ視線を向けた。
「丁度ええ。」
「ん?なにが?」
「公爵一家を城門まで送ってやってくれ。」
嘉明と長政が顔を見合わせる。
「護衛か。」
「任しとき。」
安治も頷いた。
「それぐらいならな。」
公爵が目を丸くした。
「よろしいのですか?」
「構いません。」
三成は平然と言う。
「どう見ても狙われるやろ。」
「確かに。」
且元が頷く。
「既に国家機能の半分ぐらい担っておられるようですしな。」
「半分どころやないで。」
吉継が笑った。
「八割ぐらいちゃう?」
公爵夫妻は否定せず、三成は天井を見上げる。
「終わったな。」
「終わりましたな。」
且元が頷く。
「終わったなぁ。」
吉継も続く。




