第1章-4
朝日。
カイが、ゆっくりと目を開ける。
見知らぬ天井。
見知らぬ、部屋。
カイ「……ここは……」
声を出した瞬間、
喉が焼けるように痛んだ。
カイ「……カハッ……カハッ……」
頭に、靄がかかっている。
何かを――
思い出さなければならない気がする。
それと同時に、
何も思い出したくないという感覚も、
なぜかはっきりと分かる。
二つの感情が、
同時に、胸の中にあった。
――しかし。
横を見た、その瞬間。
カイは、すべてを理解する。
そこにいたのは――
見たことのないほど、憔悴しきったアスナだった。
本来、美しいはずの肌は青白く。
いつも優しく、強かった瞳は、
光を失っている。
ただ、そこに――
生きているだけ。
その姿を見た瞬間、
カイの目から、涙が溢れ出した。
言葉は、出てこない。
頭の中にある、
どんな語彙よりも。
そのアスナの姿が――
現実を、ありありと突きつけていた。
カイ「……うあ……」
喉が、震える。
カイ「……うあ……」
声にならない音だけが、漏れる。
涙が、
ただ、溢れる。
アスナは、
小さく開いた口から、
静かに呼吸をしている。
――それだけ。
その時。
男の声
「おい、坊主」
荒く、しかし生きた声。
男の声
「……目が覚めたか!」
ーーー
その後のことは、
よく覚えていない。
話しかけてきた男は、
周囲から「団長」と呼ばれていた。
孤児院は、完全に焼け落ちたらしい。
生存者は――いない。
そう、言っていた気がする。
おれとアスナは、
その「団長」という男が率いる、
「自警団」に助けられたらしい。
自警団が、何なのかは分からない。
分からないし――
別に、どうでもいい。
どれくらい、時間が経ったのかも分からない。
朝なのか、夜なのか。
ここがどこなのか。
これから、どうなるのか。
もう、
本当に、どうでもよかった。
ーーー
あの夜から、どれだけの時間が経ったんだろう。
アスナも、
数日前に見た時は、
おれと同じような様子だった。
それから、
もう何日も――話していない。
……いや。
話していない、というより。
どこにいる?
アスナは、どこだ?
生きてるのか?
何にも、興味は出ない。
世界が、どうでもいい。
……でも。
アスナは?
アスナ……?
アスナ……。
――見つけないと。
アスナを、見つけないと。
シキ。
アスナは、どこにいったんだ?
……あれ?
……シキ……?
......あ.......
胸の奥が、
ひどく、冷える。
カイ「……シ...キ……!!」
その名前を、
声に出した瞬間。
堪えていたものが、
一気に、溢れ出す。
カイの頬を、
涙が、静かに伝った。
---
泣き疲れたカイは、
夜中に、ふと目を覚ました。
孤児院の屋根に上って、
三人で、月を見ながらよく話していた。
――そんなことを、
なぜか思い出しながら。
カイは、
自警団の拠点の屋根へと、上る。
「……カイ?」
聞きたかった、その声が、
耳に届く。
カイ「……」
アスナ「カイ? どうしたの?」
何かを言いかけて、
カイは――何も言わなかった。
少し、しゃがれた声。
それを必死に隠そうとしている、アスナ。
カイは、すぐに気づく。
(……泣いてたんだ……)
アスナ「もう、ダメよ」
「こんな夜中に、一人で歩いたら」
「危ないでしょ」
カイ「……う、うん」
アスナ「……」
沈黙が、流れる。
月の光だけが、
二人を照らしている。
アスナ
「……シキが……」
「……守ってくれたんだね……」
カイ
「……うん」
アスナ
「……合流するって、言ったのにね」
「……嘘つき……」
アスナの頬を伝う雫が、
月光に、きらりと光る。
カイ
「……アスナ……」
アスナ
「……なぁに?」
精いっぱい、平静を装う声。
隠すのが、下手だ。
カイ
「……ごめん……」
「……ごめん……」
視界が、ゆっくりと滲んでいく。
アスナ
「……なんで、あんたが謝るのよ……」
「……バカ……」
二人は、
そこからしばらく、何も話さなかった。
ただ――
二人で、同じ時間を過ごした。
やがて、カイが口を開く。
カイ
「……アスナ」
「おれは……」
一拍。
カイ
「…強くなりたい...」
アスナ
「……カイ……」
カイ
「……シキは......いつもおれとアスナを守ろうとしてくれてた...」
「おれたちが......平和に生きてほしいって......」
「……願ってた」
アスナ
「......」
カイ
「シキは…最後におれに…”アスナを頼んだ”って...」
アスナ
「!」
アスナは、シキが最後にカイの頭をゴシゴシした場面を回想する。
カイはぐっと拳を握った。
カイ
「…強くなって」
「シキの分まで...アスナを守れるようになる......」
「……絶対に.....おれは...!」
カイは、目の奥が熱くなっていくのを感じた。
アスナ
「……何言ってんのよ」
カイ
「……え?」
アスナ
「......私の前に、自分のこと守りなさいよ......」
「あんたじゃ......強くなる前に、すぐ死んじゃうわよ」
「……そんなの、許さない」
カイ
「……アスナ……」
アスナ
「……私が、守ってあげるから」
「……死なないで」
「……約束して」
カイ
「アスナ.....」
「あ、また子ども扱いしただろ!」
アスナ
「子供でいいの!」
「あんたはすぐ意地張るんだから・・・」
「大人しく、お姉ちゃんに甘えてなさいよ」
カイ
「ったく・・・」
アスナ
「……」
「……ふふ」
カイ
「……ハハ……」
「……ハハハハハ」
二人は、笑った。
ずいぶん――
久しぶりな気がした。
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