第1章-3
その夜。
カイは、夢を見ていた。
―真っ黒な、竜のような影。
大地を覆い、
空を喰らい尽くすかのような、
巨大な闇。
その前に――
光をまとう戦士が立っている。
戦士の手には、一本の剣。
それは――
カイが、孤児院に預けられた時から
ずっと一緒にある、白い剣だった。
剣が、淡く輝く。
そして――
どこからともなく、
女性の声が響く。
???
「……カイ……」
カイ
「……っ……」
胸が、ざわつく。
カイ
「……か、かあ……さん……?」
次の瞬間――
「カイ!!」
現実が、叩きつけられる。
「カイ!! 起きて!!」
肩を強く揺さぶられる。
カイ
「……っ!?」
目を開くと、
そこにいたのは――
真剣な表情のアスナだった。
アスナ
「カイ! 起きて!」
「……逃げないと!!」
カイ
「……? アスナ……?」
「な、なんだよ……こんな夜中に……」
アスナ
「私にも分からない!」
「でも――」
言葉が、遮られる。
シキ
「カイ! アスナ!」
二人が振り向く。
カイ
「……シキ……?」
「なんだよ……一体……?」
シキの顔は、
昼間の優しい表情とはまるで違っていた。
迷いも、焦りもない。
ただ――
決断した目。
シキ
「山賊が、この孤児院を襲ってきた」
カイ
「……!?」
シキ
「睡眠香を使われた」
「先生たちも……おれたちも……」
「……みんな、眠らされた」
遠くで、
木が爆ぜる音。
赤い光が、
障子の向こうに揺れる。
シキ
「もう、周りは火が回ってる」
カイ
「……っ……!!」
息を呑むカイ。
シキは、一歩、アスナの前に立つ。
シキ
「……アスナ」
アスナ
「……!?」
シキ
「カイを連れて――逃げろ」
カイ
「……!?」
アスナ
「……!?!?」
アスナ
「……シキは!?」
「シキは……どうするの!?」
シキ
「……」
一瞬、視線を落とす。
シキ
「後で…」
「必ず、合流する」
その言葉を聞いた瞬間、
アスナの目から、涙が溢れた。
アスナ
「待って……!」
「私も――」
シキ
「いいから、行け!」
鋭い声。
横で、
カイが、声を殺して泣き出す。
カイ
「……シキ……」
「待って……」
「待ってくれよ……」
シキは、しゃがみ込み、
カイの頭を――
いつものように、ゴシゴシと撫でる。
シキ
「……カイ」
いつもの、優しい声。
シキ
「お前は、強いよ」
カイの肩が、震える。
シキ
「……アスナを、頼んだ」
カイは、唇を噛みしめ、
涙をぐっとこらえる。
カイ
「……わ、わかった……!」
腰に、白い剣を括りつける。
カイ
「……アスナ」
「いくぞ!」
アスナ
「……シキ……」
その時――
背後から、
荒れた笑い声。
山賊
「へへっ……」
「まだ、ガキが残ってたのか」
カイ・アスナ
「……!?」
山賊
「二人か……」
「売り飛ばせば、いい金になるなぁ!」
―次の瞬間。
ズザアァァッ!!
カイ・アスナが初めて聞く衝撃音。
目にも留まらぬ速さで、
シキが動いていた。
孤児院の訓練用の刀が、
一直線に振るわれ――
切り裂かれた山賊が、宙を舞う。
シキ
「カイ! アスナ!」
「もたもたするな!!」
アスナの手が、震える。
その手を――
カイが、強く握った。
カイ
「……分かってる!!」
走り出す。
アスナ
「……っ……!」
―カイは、振り返らなかった。
振り返ったら、
何かが、終わってしまう気がしたから。
だが――
アスナは、
ほんの一瞬だけ、振り返ってしまう。
その視界に飛び込んできたのは――
こちらを追ってくる5人の山賊、そしてそれを圧倒するシキ。
しかし、次の瞬間、シキの背後から現れた、
6人目の山賊。その山賊のドレッドが一瞬揺れる。
振り上げられた斧が――
月明かりを反射する。
全ての光景が、まるで時間の流れを引き伸ばしたようにゆっくりと流れる。
そして・・・
―ザンッ。
気味の悪い音が低く響いた。
アスナ
「――――!!」
声にならない叫び。
アスナの全身の力が、一気に抜け落ちる。
そしてさらに次の攻撃がシキに浴びせられるのが見える。
アスナ
「……あ……」
「……シ……キ……」
膝が、崩れる。
視界が、滲み――
闇に、沈んでいく。
ーーー
カイは、
アスナを背負って走った。
ただ、必死に走った。
足がもつれる。
息が切れる。
それでも、止まれなかった。
気づけば――
頬を伝うものが、止まらなくなっていた。
やがて、
見覚えのある丘にたどり着く。
いつも三人で、
薪を取りに来た場所。
アスナを、そっと寝かせる。
そして――
おそるおそる、孤児院の方を振り返る。
そこには――
焼け落ち、
崩れていく、孤児院。
闇夜の真ん中で、
真っ赤な炎の塊だけが、
カイの視界を、埋め尽くしていた。
カイ「……う……」
声が、喉に引っかかる。
カイ
「……うあ……」
次の瞬間。
カイ
「うあああああああああああああああ!!」
「うああああああああああああああああああああああああ!!!!」
膝から、崩れ落ちる。
泣き叫ぶ、カイ。
気絶し、眠ったままの、アスナ。
燃え尽きていく、孤児院。
静かな夜に、
響くのは――
カイの嗚咽と、炎の爆ぜる音だけ。
そして。
それらすべてを――
静かに。
大きく。
悲しいほど、美しい月が、見下ろしている。
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