↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、王宮を出て制度を作り直します ~王国の財政を握っていたのは私でした~  作者: 月守いとは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
91/135

第92話 公の言葉

 再開から十日。港湾広場に、再び人が集まった。だが今回は、怒号ではない。


 告知は一つだった。アーデル・マルクス、声明発表。前の集会のときのような呼びかけの紙は、一枚も出ていない。


 壇上に立った彼は、以前よりも静かな表情をしていた。壇は前回と同じ荷箱で、今度は四つ積んである。


「私はこの制度を批判してきました」


 広場が静まる。批判してきました、という過去形を、全員が数えていた。


「今も、全面的に賛成しているわけではありません」


 率直な前置きだった。賛成していない、と先に置いてから話す人の言葉は、後半のほうが効く。


「公開は、人を傷つけ得る。それは変わらない」


 頷く者もいる。三十日前に、同じ場所で同じ言葉に怒っていた顔もあった。


「だが」


 彼は、新しい表示画面を背後に映し出した。失敗履歴の上に改善率、経過年数、待った日数。その下に再評価の注記と誤差の範囲。彼は説明を足さなかった。足さずに、しばらく黙って映していた。


「以前は、失敗が単独で歩いていた。今は、物語が分断されにくい」


 ざわめきが起きる。分断されにくい、という言い方を、記者が二人、同時に書き取った。


「完璧ではない。だが、制度は応答した」


 その言葉は重かった。応答した、という語を選んだのは、たぶん偶然ではない。


 エリシアは本部から中継を見ている。誰も声を出さない部屋で、画面の音だけが鳴っていた。


「一つだけ、皆さんに数字を出します」


 アーデルは続けた。


「停止していた三十日のあいだに、私は制度の作業ログを毎日読みました。実装完了、十九件。実装断念、二件。断念のほうも、毎日そこに書いてありました」


 群衆が静かになる。実装断念、という言葉を、この広場の大半は今日まで知らなかった。


「二十年、私は記事を書きました。断念したことを毎日書き続けた組織を、私は一つも知りません」


 彼は表示画面のほうを指した。指したのは、断念の欄が並んでいる側だった。


「私は凍結を求めた。だが今は、監視を続けます。壊すためではなく、続けさせるために」


 広場の空気が、わずかに変わる。続けさせるために、という言い方に、誰も野次を飛ばさなかった。


「透明性は理想ではない。だが、隠蔽よりはましだ。制度は人のためにある。だから、人の声で修正させる」


 拍手が起きた。熱狂ではない。だが、否定でもなかった。鳴り終わるまでに、少し時間がかかった。


 その夜、世論調査の速報が出る。支持、四十九パーセント。条件付きの支持、三十四パーセント。不支持、十四パーセント。


 支持が初めて過半に近づいた。近づいただけで、届いてはいない。


 王宮で、レオンハルトは資料を見て小さく息を吐く。


「政治は六割を目指すと言ったな」


「制度は、五割で立てるかもしれません」


 側近が言う。五割で立てる、という言い方に、王子は否定も肯定もしなかった。


 ハルフェンで、エリシアは広場の映像を見つめていた。アーデルは壇上を降り、群衆に紛れていく。誰かに肩を叩かれ、短く頷いてから、そのまま人の間に消えた。勝利宣言はない。だが、対立もない。


「一つ、気になることが」


 ヴァルドが言う。気になること、と前置きしたわりに、声が明るい。


「作業ログを毎日読んでいた閲覧者は、六名です」


「六名ですか」


「はい。あの方と、記者が二人。あとの三人は、登録名がありません」


 エリシアは短く笑った。三人という数を、彼女は嬉しそうに繰り返した。


「三人もいましたか」


「調べますか」


「いいえ」


 彼女は言った。調べない、と決めるのが、この二年で少しずつ速くなっている。


「読む人がいたことだけ、記録に残しておいてください」

アーデルが壇上で出した数字のうち、いちばん地味なのは断念の二件です。断念を毎日書き続けた組織を、彼は記者生活で一つも知らなかった。登録名のない三人の閲覧者は、まだ調べません。次回、夜の埠頭で、王子がエリシアの最初の綴りについて訊ねます。名前が一つと、行が四つだけの紙です。ブックマークと評価は、公の言葉の原稿用紙の一枚目に足しておきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。