第90話 可視化された評価
再開から三日。最初の世論調査が公表された。
『公開枠組みの再開をどう評価するか』
支持、四十二パーセント。条件付きの支持、三十一パーセント。不支持、二十一パーセント。無回答、六パーセント。条件付き、という選択肢を設けたのは今回が初めてだった。設けなければ、三十一は不支持に流れていた。
過半数には届かない。だが、完全な拒絶でもない。三十日前なら、この数字は勝ちに見えた。今日は、そう見えない。
ヴァルドが資料を並べる。並べる順を、支持の高い順にしなかった。
「年代別で差があります。若年層は支持が高い。中高年層は不支持がやや多い。炎上の被害を受けた層では、条件付きの支持が最多です」
単純な勝利ではない。だが、崩壊もしていない。数字の形は、この二年でいちばん地味だった。
市場の指標も出揃った。取引量は停止前の九十二パーセントまで回復。極端な資本の流出はない。依存分散指数は安定の域を保っている。残りの八パーセントが戻るかどうかは、誰も予測を出さなかった。
「短期的な動揺は収束の傾向です」
アルノーが言う。
エリシアは静かに数字を追った。制度は動いている。だが、熱狂はない。熱狂で始めた制度ではないので、それでよかった。
「……これは、成功でしょうか」
ヴァルドが小さく問う。
「成功ではありません」
エリシアは答える。
「破綻しなかっただけです」
王宮にも同じ資料が届けられていた。
「支持は五割に届かない」
側近が言う。
「ですが、不支持も三割未満です」
王子は頷いた。届かない、と言った側近に、彼は何も言い返さなかった。
「政治は六割を目指す。制度は四割で動ける」
数字は冷静だ。熱狂よりも、持続。持続は、褒められないまま長く続く。
ハルフェンの再評価窓口では、承認と却下が並んでいた。却下の理由も公開される。理由の書式は三通りに限ってあり、書き手によって温度が変わらないようにした。
『事実関係に変更なし』
『補足は既存の情報で足りる』
申請者からの反発もある。だが、基準は示されている。透明性は、修正にも適用されていた。却下された側が、却下の理由を読んで次の申請を書き直す例が、すでに二件出ている。
夕方、アーデルが本部を訪れた。
「世論は割れていますね」
「割れるのは健全です」
エリシアは言う。
「全員が納得する制度はありません」
「あなたは納得していますか」
問いは静かだった。答えを急かす調子はない。エリシアは少しだけ考える。
「納得はしていません。選んでいるだけです」
アーデルは微かに笑った。十分でしょう、という言い方に、皮肉は入っていなかった。
「それで十分でしょう」
彼は帰り際に、四欄の様式を指した。
「この待った日数の欄は、あなたが考えたものではないな」
「はい」
「誰が」
「二度潰れた人です。名前は出しません」
「出さなくていい」
アーデルは言った。
「私は名前を出す仕事を二十年やってきた。出さなくていいものが世の中にあると、最近になって知った」
言い終えてから、彼は四欄の様式をもう一度見た。四つ目の欄には、名前を書く場所が無い。
彼が出ていったあと、窓の外の港は、以前ほど騒がしくなかった。だが、静まりすぎてもいない。荷役の掛け声が、いつもの刻限どおりに一度上がった。
エリシアは世論調査の集計表を閉じ、その上に四欄の様式の写しを重ねた。重ねると、集計表の見出しが隠れた。隠れて困る見出しではなかった。
四十二という数字より、十九という数字のほうが、彼女にはよく見えた。
四割で動く制度と、六割を目指す政治。この差を王子が一言で言い切ったのが、地味にこの回の山です。続いて、レナ・クロイツの処遇が決まります。新しい四欄を前に、彼女が生まれて初めて口にする言い方が一つ。ブックマークと評価は、評価の可視化表に載ります。集計は下段ではなく、記録と同じ場所に。




