↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、王宮を出て制度を作り直します ~王国の財政を握っていたのは私でした~  作者: 月守いとは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
82/135

第82話 文脈の重さ

 会談は、港の一角にある小さな応接室で行われた。護衛も記者もいない。窓は二つあるが、片方は開かない造りになっている。向かい合うのは、エリシアとアーデルだけだ。


「一時停止案を支持していただき、感謝します」


 エリシアが先に口を開く。


「凍結は望んでいません」


 アーデルは淡々と答えた。感謝の言葉に、感謝で返さない話し方をする。


「腐敗の時代には戻りたくない」


 視線が交わる。敵対ではない。だが、緊張はある。壇上で二十七回と言った男が、今日は数字を一つも出していない。


「あなたは公開を壊したいわけではない」


「はい」


「ですが、今のままでは壊れる。文脈が守られていない」


 エリシアは頷いた。


「公開は事実を出します。ですが、人は意味で判断します」


 アーデルの言葉は鋭い。記者だった年月が、言い方の順序に残っている。


「切り取られた事実は、別の物語を作る。そして物語のほうが広がる」


 沈黙が挟まる。物語のほうが広がる、という一文に、反論の材料が無い。


「事実は制御できます。ですが、解釈は制御できません」


「制御ではなく、設計です」


 アーデルがわずかに眉を動かした。設計、という語に反応したのが分かる動き方だった。


「どうする」


「失敗履歴の単独表示を禁じます。必ず改善履歴と組で表示する。時系列を分断できない構造にする。画像化を防ぐ技術的な対策も入れます」


 アーデルは黙って聞いている。頷きもしない。頷けば、同意したことになる。


「だが、それでも拡散は起きる」


「起きます」


 エリシアは即答した。


「ゼロにはできません」


「ならば何が変わる」


「制度が、無関心でなくなります」


 その言葉に、アーデルの視線が止まった。無関心でなくなる、という言い方を、彼はたぶん初めて聞いた。


「今までは、正確ならよい、でした。これからは、どう読まれるかも責任に含めます」


 アーデルは椅子に深くもたれた。もたれてから、しばらく天井を見ていた。


「私の妻は、訂正が届かなかった」


 静かな声だった。三年前の話をするときだけ、声が半分になる。


「制度は正しかった。だが、救われなかった」


 エリシアは視線を落とす。救われなかった、という言葉の前で、設計の話は一度止まる。


「救済窓口を設けます。再評価の申請制度です。誤読や拡散の被害に対して、公式の注記を追加できる。制度が、後からでも補足します」


 アーデルは目を細めた。遅い救済だ、という評価は、正確だった。


「遅い救済だ」


「それでも、ないよりは」


 沈黙が落ちる。港の波音が微かに聞こえる。開かない側の窓の向こうで、荷役の笛が二度鳴った。


「一つ、伺ってもよろしいですか」


 エリシアは言った。


「奥様の件の記事は、どこに残っていますか」


 アーデルの表情が、初めて硬くなった。記事の話をされるのは、想定していなかったらしい。


「三紙です。二紙は廃刊した。残る一紙は、うちの元の職場です」


「訂正は」


「出させました。三行です。本記事は四十行ありました」


「その三行は、記事と同じ場所に載りましたか」


「載っていません」


 彼は言った。


「別の頁の、下段の隅です」


 エリシアは、しばらく黙っていた。下段の隅、という言葉が、様式の話として耳に残った。


「再評価の注記は、元の記録と同じ場所に載せます」


 彼女は言った。


「下段には置きません。そこだけは、約束できます」


 アーデルは、返事をしなかった。約束できます、と言い切られたことに、返す言葉を用意していない。それから、短く息を吐いた。


「三十日でやれるのか」


「注記の位置は、三日でやれます」


 即答だった。


「残りは、やれるところまでです」


 アーデルは立ち上がる。握手はない。だが、敵意もない。上着を取るとき、内側から例の紙が一度覗いた。


「私は監視を続けます」


「歓迎します」


 扉のところで、彼は一度だけ振り返った。


「妻は、まだ生きています。念のため」


 それだけ言って出ていった。


 公開は止まっている。だが、設計は動き始めていた。

最後の一言で、応接室の温度が少しだけ変わりました。あの人は監視を続けると言い、エリシアはそれを歓迎する。敵の定義が、この作ではよく揺れます。次回、夜の王宮で、王子が付箋の問いに自分で答えます。誰が村の名を消したのか。答えは、拍子抜けするほど短い。ブックマークと評価は、文脈の重さの秤に載せて受け取ります。切り取りません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。