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婚約破棄されたので、王宮を出て制度を作り直します ~王国の財政を握っていたのは私でした~  作者: 月守いとは


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第8話 象徴が空になる

 第一王子レオンハルトは、自分の執務室がこれほど広かったかと、ふと思った。


 窓から差し込む光は十分にある。

 壁には王家の紋章、歴代王の肖像画。

 机も椅子も、何一つ不足はない。


 ――それなのに、満たされていなかった。


「……また、断られたのか」


 机の上に置かれた報告書を、指で押さえる。

 商会連合、地方有力都市、外部投資家。

 どれも返答は同じだった。


『現状では判断できない』

『王国の方針が不透明』

『再検討を要する』


 拒絶ではない。

 だが、期待もない。


「なぜだ……」


 レオンハルトは低く呟いた。


 自分は王太子だ。

 王国の象徴であり、未来そのもののはずだ。


 だが今、彼の言葉は誰の決断も動かさない。


 扉を叩く音がした。


「入れ」


 入ってきたのは、宰相ヘルムートだった。

 老獪で、常に冷静な男。だが今日の表情は、いつもより硬い。


「殿下。シュタインベルク商業同盟から、正式な通達が来ました」


「……内容は」


 聞かずとも分かる。

 それでも、聞かずにはいられなかった。


「当面、王国との新規取引は凍結。

 ただし――」


 宰相は一拍置いた。


「“特定の個人”との技術的・制度的協力については、別途検討する、とのことです」


 レオンハルトの喉が、ひくりと鳴った。


「……個人、だと?」


「はい」


 宰相は、はっきりと告げる。


「エリシア・フォン・ルーヴェルです」


 その名を聞いた瞬間、胸の奥が冷たくなった。


「なぜ……」


 問いは、弱々しかった。


「なぜ、彼女なんだ。

 彼女は、ただの補佐だったはずだ」


 宰相は、静かに首を振る。


「殿下。

 殿下は“象徴”を見ておられました。

 彼女は、“仕組み”を見ていた」


 レオンハルトは言葉を失った。


 象徴。

 それは、自分が最も信じてきた価値だ。


「王とは、民に希望を示す存在だ。

 数字や帳簿など、裏方がやればいい」


 そう教えられてきた。

 そう信じてきた。


「しかし今、民も商人も、見ています」


 宰相は続ける。


「希望ではなく、“安定”を。

 言葉ではなく、“結果”を」


 それを支えていたのが、誰だったのか。

 その答えが、ようやく可視化されただけだ。


 レオンハルトは、椅子に深く腰を下ろした。


 ――自分は、間違えたのか。


 婚約を破棄した判断。

 あれは、王太子として正しいと思った。


 だが、その判断は「王妃」という役割しか見ていなかった。

 一人の人間が、何を担っていたのかを、見ようとしなかった。


「……呼び戻せば、戻ってくると思うか」


 かすれた声で、レオンハルトは問う。


 宰相は、答えなかった。

 代わりに、こう言った。


「殿下。

 “必要だから”では、人は戻りません」


 胸に、重い石を落とされたような感覚。


「彼女は、もう王宮を“職場”として選ばないでしょう」


 レオンハルトは、窓の外を見た。

 遠くに見える王都の街並み。

 そのすべてが、自分の支配下にあるはずだった。


 だが今、確かに分かる。


 自分は、何も動かせていない。


 象徴は、空だった。


 机の端に置かれた婚約破棄の書面が、視界に入る。

 あの日、自分は迷わなかった。


 ――迷うべきだったのかもしれない。


 一方、ラグネス。


 エリシア・フォン・ルーヴェルは、静かに帳簿を閉じた。


「……王子は、ようやく気づいたでしょうね」


 ヴァルドが、そう言う。


「ええ。でも、それで十分です」


 エリシアは、淡く微笑んだ。


「理解と、修正は、別の作業ですから」


 理解しても、戻れない。

 それが、選択の重さ。


 王宮の象徴が揺らぐ中、

 彼女の立ち位置だけが、静かに定まっていく。


 第1章の終わりは、もう近い。


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