第56話 時間という変数
採決まで、五日。
公開型枠組みの意見書提出期限が迫る中、
エリシアは三日間、ほとんど席を立たなかった。
机の上には、二つの山。
カイの予測淘汰モデル。
連鎖遅延の記録。
否定はしない。
淘汰は、必要だ。
だが。
「速度が速すぎる」
ヴァルドが、小さく呟く。
「ええ」
エリシアは頷く。
失敗確率が高い団体は、
即座に制限対象となる。
資本は一斉に引く。
再建の猶予がない。
「淘汰そのものではなく、
“圧縮”が問題です」
失敗 → 制限 → 縮小 → 破綻。
本来、段階があるはずだ。
だが、指数が一つの判定を下すことで、
時間が縮む。
「では、時間を戻すのですか」
「いいえ」
エリシアは、首を振る。
「時間を組み込みます」
白紙に書かれた見出し。
『動的評価指数』
静かな声で説明を始める。
「失敗履歴は残す」
「淘汰も否定しない」
「ですが、評価に“改善速度”を加える」
ヴァルドが、資料を見る。
「改善速度?」
「是正措置から次の成果までの期間」
「再発率低下の傾向」
「外部支援との連動効果」
つまり。
静的な“失敗履歴”だけではなく、
時間軸を含めた評価。
「失敗があっても、
改善が速ければ指数は回復する」
制限は即時ではなく、
段階的に。
「淘汰は否定しません」
エリシアは、ゆっくりと言う。
「ですが、淘汰の前に
“回復機会”を可視化する」
ヴァルドが、静かに言う。
「カイは反対します」
「ええ」
「効率が落ちる」
「短期的には」
だが。
「長期的安定性は増します」
数値を重ねる。
連鎖破綻事例。
回復可能性の未評価部分。
「モデルは、未来を予測します」
エリシアは、ペンを置く。
「ですが、未来は固定ではありません」
改善は、予測を裏切る。
夜。
意見書が公開枠組みに提出された。
『効率条項に対する代替案:動的評価指数』
即座に閲覧数が伸びる。
カイも、すぐに目を通した。
翌朝。
回廊で向き合う。
「興味深い」
カイは率直に言う。
「効率を否定していない」
「否定しません」
「だが、遅らせる」
「猶予を与える」
短い沈黙。
「感情のためですか」
「構造のためです」
エリシアは、まっすぐに答える。
「連鎖は、効率モデルの盲点です」
カイの目が、わずかに動く。
「モデルは修正可能です」
「ええ」
「ならば、時間を含めたモデルに進化させる」
挑戦ではない。
提案だ。
「採決まで、五日」
カイは、淡く笑う。
「面白くなりました」
公開は、未完成だった。
だが、崩壊する必要はない。
進化すればいい。
第4章は、反撃に入った。




