第48話 見直しという名の後退
王都の議場は、ざわめいていた。エリシアは、傍聴席の端に座っていた。
定例協議への参加は他団体と同条件――そう回答した以上、席はここになる。名札には所属も肩書きもなく、「公開枠組み参加者」とだけ書かれていた。
「公開型枠組みの見直しを求めます」
若手貴族議員が、声を上げる。
「小規模商団が相次いで信用を失い、再起の機会を奪われている」
傍聴席にも、同調の気配が広がった。
「透明性は理解します。ですが、過度な公開は市場を硬直させる」
言葉は柔らかい。だが、方向は明確だ。公開を緩めろ、と言っている。
第一王子レオンハルトは、演壇の上でそれを聞いていた。
「具体的な被害事例は?」
静かな問いだった。
「リリア商団です」
名が出た瞬間、空気が変わる。エリシアは、膝の上で手を組んだ。
三日前、その人は自分の応接室で「制度の外で戦います」と言った。いま、その名前が、本人のいない場所で証拠として使われている。
「再建計画を提出しているにもかかわらず、融資が止まりました」
事実だ。
「公開履歴がある限り、投資家は保守的判断を下します」
理屈も通る。
「王国として、公開範囲の限定を検討すべきです」
議場は、揺れている。完全な否定ではない。だが、後退の兆しだった。
誰も、傍聴席を見ていない。設計した人間がそこに座っていることを、議場のほとんどが知らない。
エリシアは、発言しなかった。できないのではない。ここで立てば、公開枠組みは「彼女が守るもの」になる。そうなった瞬間、それは彼女のものになる。だから、聞いていた。
レオンハルトは、数秒沈黙した。公開は、王国の失敗も晒した。痛みはあった。だが、信用は回復しつつある。
「見直しは、後退です」
はっきりと言った。ざわめきが止まる。
「公開は、王国の不正と隠蔽を減らした」
「しかし、弱者が――」
「弱者を守るのは、公開の役割ではない」
議場が静まり返る。
「守るのは、政治の役割だ」
その言葉は、以前の彼には出なかった。
「公開を緩めるのではなく、再起支援制度を整える」
明確な方向転換だった。
「失敗を消すのではない。再挑戦を支える」
議員たちは、言葉を失う。公開を止めるのではなく、政治が動くと宣言したのだ。
傍聴席で、エリシアは短く息を吐いた。政治が、支える。それは、公開とは別の機能だ。制度が冷たいなら、人が補う。道理は通っている。
通っているが、間に合うだろうか。
似た枠なら、公開枠組みにもう一つある。港湾の再教育枠。四十代以上を対象に、先月から動き出したものだ。申込は、二件と聞いている。
二件という数字を、彼女はしばらく手放さなかった。政治が支えると宣言する速さと、二件が三件になる速さは、たぶん違う。
六人のうちの一人は、先週もう辞めている。
会議後、廊下で側近が低く言うのが聞こえた。
「殿下、それは財政負担が」
「分かっている」
レオンハルトは、窓の外を見る。
「だが、公開を戻せば、王国はまた隠す側に戻る」
それだけは、避けたい。二人は、エリシアには気づかなかった。彼女も、声はかけなかった。
議場を出たところで、学術院の使いが待っていた。
「報告会のご案内です」
差し出されたのは、一枚の刷り物だった。運用三か月の検証。参加は自由。
登壇者の欄に、知らない名前が一つあった。
『工業国家ヴァルケイン カイ・ルーベルト』
肩書きは、書かれていない。
エリシアは、その名を二度読んでから、刷り物を鞄にしまった。
弱者を守るのは公開ではなく政治の役割だ、とレオンハルトが言えるようになるまでを、王宮側の筋として書いてきました。ただ、通る道理と間に合う道理は別物で、エリシアはその差を傍聴席で数えています。次回、報告会。刷り物の名前が人の形になり、「予測淘汰モデル」という一枚を出します。ブックマークと評価は、傍聴席の名札代に頂戴します。




