第49話 効率という正義
公開型枠組みの分析報告会は、学術院主催で、ハルフェンの集会所を借りて開かれた。名目は「運用三か月の検証」。参加者は多く、王国、同盟、商会、独立商団が席を埋めている。
エリシアは、後方の席に着いてから、少し離れた列にリリアがいることに気づいた。目は合わなかった。彼女は前を向いたまま、膝の上で帳面を開いている。
「工業国家ヴァルケインより参りました、カイ・ルーベルトです」
淡々とした声だった。無駄な抑揚はない。年齢は三十代前半。整った身なりだが、装飾はない。刷り物で見た名前が、そのまま人の形になっていた。
「公開枠組みのデータ解析を依頼されました。三か月分の運用データを統合しました」
視線が、自然と集まる。カイは、資料を開いた。図表が並び、推移と再発率と資金循環が、同じ縮尺で刷られている。
「全体としては改善傾向です」
それは既知の事実だった。
「しかし」
図が切り替わる。
「失敗再発率の高い団体群が存在します」
数値が、はっきりと示される。その一覧の三行目に、リリア商団の名があった。
会場の何人かが、名前を確かめるように前を向いた。何人かは、後ろを振り返った。リリアは、姿勢を変えなかった。帳面に何かを書き込み、また顔を上げる。エリシアは、その背中を見ていた。
「公開は透明です」
カイは続ける。
「ですが、透明性は効率を保証しません」
会場が、低くざわめいた。
「市場は、合理的に反応しています」
失敗履歴のある団体への融資が減り、投資回収率が下がる。どちらも、責める相手のいない現象だった。
「これは冷酷ではありません。最適化です」
王国側が、慎重に問う。
「提案は?」
カイは、一枚の資料を提示した。
『予測淘汰モデル』
公開データをもとに、失敗確率の高い団体を事前に分類する。
「再発率が一定基準を超える団体は、資源配分を制限します」
明快だった。反論するには、別の目的を持ち出すしかない。
「救済ではなく、集中投資による全体最適を目指します」
商会連合の一部が頷く。効率は、いつでも魅力的だ。
エリシアは、一覧の三行目から目を離さなかった。この人は、数字を正しく扱っている。扱い方に、一つの誤りもない。誤りがないまま、あの背中を分類している。
「公開は素晴らしい」
カイは、エリシアに視線を向けた。
「ですが、公開は手段です。目的は、最適化では?」
会場が静まる。エリシアは、即答しない。
「失敗を残すことに意味はあります」
カイは続ける。
「ですが、失敗を許容し続けることは、資源の浪費です」
理論は、筋が通っている。通っているから、こちらの反論のほうが感情的に見える。
「私は、感情を否定しません。ですが、制度は感情で動くべきではない」
その瞬間、空気が変わった。公開を否定しているわけではない。むしろ、評価している。だが、その先を行こうとしている。
会合後。回廊で、カイが声をかけてきた。
「設計者の方ですね」
「エリシア・フォン・ルーヴェルです」
「素晴らしい設計です」
本心だと分かる声だった。世辞を言う必要のない相手が、世辞ではなく言っている。
「ですが、未完成ですね」
真正面から言う。
「どの点が」
「再起を待つ設計は、効率を落とします」
迷いはない。この人は、この話を何度もしてきたのだ。
「淘汰は悪ではありません。むしろ、制度を強くします」
エリシアは、ゆっくりと答える。
「強さの定義が違います」
「全体利益の最大化です」
「信頼の持続です」
短い応酬だった。カイは、わずかに笑った。
「面白い」
「何がですか」
「あなたは、効率を恐れている」
「いいえ」
エリシアは、静かに首を振る。
「効率の暴走を警戒しています」
カイの目が、わずかに細まった。反論としてではなく、条件として受け取った顔だった。
「なら、証明しましょう」
「何を」
「私のモデルのほうが、安定することを」
彼は懐から一枚を取り出し、差し出した。
「来月一日から、ヴァルケイン国内の三港で走らせます。データは全部、公開枠組みへ流します。あなたの流儀に合わせて」
紙には、開始日と対象港の名が書かれているだけだった。誇張も、条件も、ひとつも添えられていない。
「比べてください」
回廊の窓から、港が見えた。エリシアは、その紙を受け取った。
カイ・ルーベルトを、悪役として書いていません。数字の扱いに一つの誤りもない人が、誤りのないまま人を分類する。その怖さのほうが、悪意より切実です。次の話は、机に並んだ三枚の紙。運用報告と、予測淘汰モデルと、罫線のない慣れない字の一枚。設計者が初めて迷う夜です。ブックマークと評価は、実証開始までの日めくりに、一枚ずつ挟ませていただきます。




