↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、王宮を出て制度を作り直します ~王国の財政を握っていたのは私でした~  作者: 月守いとは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/135

第49話 効率という正義

 公開型枠組みの分析報告会は、学術院主催で、ハルフェンの集会所を借りて開かれた。名目は「運用三か月の検証」。参加者は多く、王国、同盟、商会、独立商団が席を埋めている。


 エリシアは、後方の席に着いてから、少し離れた列にリリアがいることに気づいた。目は合わなかった。彼女は前を向いたまま、膝の上で帳面を開いている。


「工業国家ヴァルケインより参りました、カイ・ルーベルトです」


 淡々とした声だった。無駄な抑揚はない。年齢は三十代前半。整った身なりだが、装飾はない。刷り物で見た名前が、そのまま人の形になっていた。


「公開枠組みのデータ解析を依頼されました。三か月分の運用データを統合しました」


 視線が、自然と集まる。カイは、資料を開いた。図表が並び、推移と再発率と資金循環が、同じ縮尺で刷られている。


「全体としては改善傾向です」


 それは既知の事実だった。


「しかし」


 図が切り替わる。


「失敗再発率の高い団体群が存在します」


 数値が、はっきりと示される。その一覧の三行目に、リリア商団の名があった。


 会場の何人かが、名前を確かめるように前を向いた。何人かは、後ろを振り返った。リリアは、姿勢を変えなかった。帳面に何かを書き込み、また顔を上げる。エリシアは、その背中を見ていた。


「公開は透明です」


 カイは続ける。


「ですが、透明性は効率を保証しません」


 会場が、低くざわめいた。


「市場は、合理的に反応しています」


 失敗履歴のある団体への融資が減り、投資回収率が下がる。どちらも、責める相手のいない現象だった。


「これは冷酷ではありません。最適化です」


 王国側が、慎重に問う。


「提案は?」


 カイは、一枚の資料を提示した。


『予測淘汰モデル』


 公開データをもとに、失敗確率の高い団体を事前に分類する。


「再発率が一定基準を超える団体は、資源配分を制限します」


 明快だった。反論するには、別の目的を持ち出すしかない。


「救済ではなく、集中投資による全体最適を目指します」


 商会連合の一部が頷く。効率は、いつでも魅力的だ。


 エリシアは、一覧の三行目から目を離さなかった。この人は、数字を正しく扱っている。扱い方に、一つの誤りもない。誤りがないまま、あの背中を分類している。


「公開は素晴らしい」


 カイは、エリシアに視線を向けた。


「ですが、公開は手段です。目的は、最適化では?」


 会場が静まる。エリシアは、即答しない。


「失敗を残すことに意味はあります」


 カイは続ける。


「ですが、失敗を許容し続けることは、資源の浪費です」


 理論は、筋が通っている。通っているから、こちらの反論のほうが感情的に見える。


「私は、感情を否定しません。ですが、制度は感情で動くべきではない」


 その瞬間、空気が変わった。公開を否定しているわけではない。むしろ、評価している。だが、その先を行こうとしている。


 会合後。回廊で、カイが声をかけてきた。


「設計者の方ですね」


「エリシア・フォン・ルーヴェルです」


「素晴らしい設計です」


 本心だと分かる声だった。世辞を言う必要のない相手が、世辞ではなく言っている。


「ですが、未完成ですね」


 真正面から言う。


「どの点が」


「再起を待つ設計は、効率を落とします」


 迷いはない。この人は、この話を何度もしてきたのだ。


「淘汰は悪ではありません。むしろ、制度を強くします」


 エリシアは、ゆっくりと答える。


「強さの定義が違います」


「全体利益の最大化です」


「信頼の持続です」


 短い応酬だった。カイは、わずかに笑った。


「面白い」


「何がですか」


「あなたは、効率を恐れている」


「いいえ」


 エリシアは、静かに首を振る。


「効率の暴走を警戒しています」


 カイの目が、わずかに細まった。反論としてではなく、条件として受け取った顔だった。


「なら、証明しましょう」


「何を」


「私のモデルのほうが、安定することを」


 彼は懐から一枚を取り出し、差し出した。


「来月一日から、ヴァルケイン国内の三港で走らせます。データは全部、公開枠組みへ流します。あなたの流儀に合わせて」


 紙には、開始日と対象港の名が書かれているだけだった。誇張も、条件も、ひとつも添えられていない。


「比べてください」


 回廊の窓から、港が見えた。エリシアは、その紙を受け取った。

カイ・ルーベルトを、悪役として書いていません。数字の扱いに一つの誤りもない人が、誤りのないまま人を分類する。その怖さのほうが、悪意より切実です。次の話は、机に並んだ三枚の紙。運用報告と、予測淘汰モデルと、罫線のない慣れない字の一枚。設計者が初めて迷う夜です。ブックマークと評価は、実証開始までの日めくりに、一枚ずつ挟ませていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。