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婚約破棄されたので、王宮を出て制度を作り直します ~王国の財政を握っていたのは私でした~  作者: 月守いとは


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第128話 守るか、通すか

 王太子の机に、差分の件が上がってきたのは、新聞記事から二十日後だった。上げてきたのは宰相ヘルムートで、書式は照会だった。裁可を仰ぐ形にしていない。相変わらず、この男は退路を残す。


『監査局内の対立につき、王太子殿下のご意向を伺いたい』


 意向。判断ではない。


 レオンハルトは、その一枚を裏返さなかった。前に一度、同じ形の紙を裏返して、そのままにしたことがある。あれは正しかった。だが今回は、状況が違う。前回は、一つの町の除外だった。今回は、監査局そのものが割れかけている。彼は、ヘルムートを呼んだ。


「監査局は、いま判定を出せているか」


「出ています。ですが、今月は例年の六割です」


「理由は」


「局長が案を回してから、局内で確認に時間がかかっております」


「様式は、まだ採られていないな」


「はい。採るか否かで揉めております」


 レオンハルトは、指で机を一度叩いた。


「私が『採れ』と言えば、採るか」


「採ります」


 ヘルムートは、即答した。


「殿下のお言葉であれば、局は割れずに動きます」


「割れずに、な」


「はい」


「割れずに動いた局は、次に何を基準に動く」


 ヘルムートは、口を閉じた。その沈黙が、答えだった。この宰相は、答えられない問いに嘘で蓋をしない。長く務まっている理由の半分は、そこだった。


 王太子が採れと言った様式は、王太子が退けと言えば消える。二十二年かけて紙の上に移してきた判断が、また人の上に戻る。しかも、戻したのが自分だという記録だけが、どこにも残らない形で戻る。


「私は言わん」


 レオンハルトは言った。


「殿下」


「監査局は私の下にある。下にある組織の内部の議論に、私が結論を渡すなら、その組織は次から議論をしない」


 ヘルムートは、しばらく黙っていた。


「では、放置されますか」


「放置はしない」


「と、申されますと」


 レオンハルトは、机の抽斗を開けて、白紙を一枚出した。書き始める前に、少し手を止めた。庇わないと決めるのは、庇うより難しい。決めた瞬間から、結果を全部見届ける義務が残る。あのとき、彼はそう思った。その義務を、いまから果たす。


「議題に載せる」


「議題」


「王国評議会だ。次の定例に、差分の件を載せる。提案者は監査局長ではない」


「では、どなたが」


「私だ」


 ヘルムートが、目を上げた。


「殿下が」


「私が載せる」


 レオンハルトは、書き始めた。


「載せるのは案の採否ではない。監査局が採った場合と採らなかった場合で、公開枠組みに何が起きるか──その報告を求める議題だ。裁くのは評議会ではない。報告を出させるだけだ」


「それは、結論を先送りにするだけでは」


「先送りではない」


 彼は、ペンを止めずに言った。


「いま局内で起きているのは、中身の議論ではない。局長が外から案を持ち込んだという話だ。評議会に議題として載れば、局は中身で説明する義務を負う。義務を負えば、中身の議論になる」


 ヘルムートは、その理屈をしばらく吟味していた。


「……殿下は、案を通されたいのですか」


 レオンハルトは、ペンを置いた。


「知らん」


「知らん、と」


「中身を読んでいない」


 彼は、正直に言った。


「読めば、私は判断してしまう。判断すれば、それが結論になる。私が読まずに議題だけ載せるのが、いまいちばん役に立つ」


 ヘルムートは、初めて、少しだけ笑った。笑ったのを見たのは、レオンハルトも数えるほどしかない。


「殿下は、変わられました」


「そうか」


「以前でしたら、読まれて、決めておられました」


「以前は、決めることが仕事だと思っていた」


 彼は書き終えた紙を、宰相のほうへ滑らせた。


「決めないことのほうが難しいと、教わった」


「どなたに」


 レオンハルトは、答えなかった。ヘルムートも、それ以上訊かなかった。


 宰相が退出したあと、彼は窓辺に立った。王宮から港は見えない。距離がある。だが方角は分かる。


 彼女は、いま王都にいない。外された先を順に見に行っている、と報告が来ていた。二十三件。四日かかる場所も、七日かかる場所もある。戻るのは、評議会のあとになるだろう。


 二年前なら、彼はそれを逃げだと呼んだ。都合の悪い日に王都を空けている、と。いまは違う読み方ができる。彼女は、評議会で自分が発言できないことを承知のうえで、発言しなくて済む場所へ行っている。案が通るなら、提案者が席にいないほうがいい。それが分かってやっているのだと思うと、少しだけ腹が立った。


 庇わない。今回も庇わない。庇わない代わりに、彼女が戻ってきたときに、議論が中身に戻っている場所を作っておく。それが、対等ということの、実務での意味だった。


 レオンハルトは、次の書類を引き寄せた。北方輸送費の照会が、また上がってきている。差出人の欄に、同じ書記官の名がある。二年目に入った、と書いてあった。


 三年かかると言った者が、二年目に入ったと自分で書いてくる。急がせる必要は無さそうだ、と彼は思った。急がせて速くなる仕事と、急がせると壊れる仕事がある。その区別が付くようになったのは、ここ二年のことだった。

中身を読まずに議題だけ載せる、というのがこの回のレオンハルトの最善手です。読めば決めてしまう人が決めない訓練をする話を、第2部では王宮側でずっと書いています。次回、二十三件の巡回。一覧の十七件目には地名しか書いてありません。その地名が、ルーヴェル伯爵領の中にあります。

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