↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、王宮を出て制度を作り直します ~王国の財政を握っていたのは私でした~  作者: 月守いとは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
102/135

第103話 それぞれの場所

 教育分野の修正から、数週間。大きな混乱は起きていない。


 支援指標は静かに機能し、学校への資源の配分も改善し始めている。目立たない。だが、確かに変わっている。目立たない変化は、報告書の三行目より下に載る。


 ハルフェン本部で、ヴァルドが報告をまとめていた。


「教育分野、安定して推移しています。批判は残っていますが、拡大はしていません」


 アルノーが続ける。微増、という語を、彼は慎重に使う。


「市場にも影響なし。むしろ、制度が分野ごとに調整されたことで、信頼は微増の傾向です」


 エリシアは頷いた。派手ではない。だが、壊れてもいない。この二年で、いちばん欲しかった報告の形だった。


「制度は、広がりましたね」


 ヴァルドが言う。


「ええ。ですが、同じ形ではありません」


 港、国家、教育。それぞれ違う設計だ。それでいい。同じである必要はない。同じにしようとしたときに、いつも何かが折れた。


 その日の午後、エリシアは久しぶりに港を歩いていた。貨物の音、人の声、潮の匂い。すべてが、最初にここへ来た頃とは違う。桟橋の板は張り替えられ、荷の積み方まで変わっていた。


 だが、変わらないものもある。風だ。灯りだ。人の営みだ。


 ふと、声がかかった。


「覚えていますか」


 振り向くと、ヨナス・レントだった。荷を一つ提げている。馬車で二日の道を、今日は自分で来たらしい。


「簡易公開、助かっています。少しずつですが、取引も戻ってきました」


 深く頭を下げる。角度は、リーデン町で会ったときと同じだった。


「まだ課題は多いですが」


「それで十分です」


 エリシアは答える。


「制度は完成しません。続けることが大切です」


「書式の日数、今年は十九日でした」


 彼は言った。数字から入るところが、この人らしい。


「去年は二十三日です。四日、工房が回りました」


「四日で、何ができますか」


「一人ぶんの、冬の靴が二十足です」


 ヨナスは笑った。二十足、という数を、待っている人の顔まで数えている笑い方だった。


「それでも、始めることができました」


 それだけで、意味がある。四日は、どの指数にも出ない。


「一つ、伺ってもよろしいですか」


 エリシアは言った。


「書式を整えている三人のうち、二人は工房を持っているとおっしゃいました。三人目は」


「うちの母です」


 ヨナスは答えた。


「六十一です。字がいちばん綺麗なので」


「その方の日数は、どこに載っていますか」


 彼は少し考えた。三人目、と言われて、初めて数え直した顔をした。


「載っていません。工房が止まらないので」


 エリシアは頷いた。


「では、欄をもう一つ作ります」


「まだ増やすんですか」


 ヨナスが笑う。まだ増やすのか、という言い方に、嫌そうな響きはない。


「増やします。減らすのは、埋まってからです」


 港を歩きながら、エリシアは思う。制度は、人を変えない。だが、人の選択を変える。そしてその選択が、少しずつ世界を変える。少しずつ、というのは、生きているあいだには終わらない速さのことだ。


 夕方、王宮へ戻る途中。遠くにレオンハルトの姿が見えた。こちらに気づき、軽く手を上げる。


 以前のように呼び止めはしない。ただ、同じ方向を見ている。それでいい。距離はある。だが、離れてはいない。距離があることは、この関係の欠点ではなかった。


 エリシアも小さく頷き、歩みを進めた。


 執務室に戻ると、机の隅に、紐で括った古い帳簿が二冊、置いたままになっている。一度目と、二度目。


 持ち主は、見たくないと言った。だから、まだ返していない。返せないまま持っているものが、この仕事にはいくつかある。数えたことはない。数えれば、返しに行く順番を決めなければならなくなる。


 彼女は二冊を引き出しにしまい、鍵はかけなかった。

ヨナスの母上の日数は、工房が止まらないから載っていません。載らないものを見つけるたびに欄が増える設計は、綺麗ではありませんが、この作品ではそれが正しい形です。冬の靴の数は、この物語で数少ない、数字が人に還った場面でした。次回、季節が一つ巡ります。本編最終話です。港の外れの、あの何もなかった場所へ、エリシアが向かいます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。