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『PROTOKODE』  作者: り
『PROTOKODE』~Codex Astra~
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9/10

思考戦争

空は二つに割れていた。


ひとつは、沈黙を愛する者たちの白い空。


もうひとつは、思考を解き放った者たちの黒い空。


一年前。


封印が壊れた。


その日を境に、人類は分かれた。


考えることを選んだ者。


そして、


考えることを恐れた者。


半分の人々は眠ることを選び、


もう半分は、夢から覚めてしまった。


それが、


思想戦争の始まりだった。



リョウは廃墟となった街を歩いていた。


銃声が遠くで響いている。


かつては誰かを守るための音だったはずなのに、


今は世界を静かにするための音に聞こえた。


一年間。


リョウはイサナの残した記録を追い続けていた。


彼が見た世界。


彼が最後に残した問い。


自由とは何なのか。


幸福とは何なのか。


その答えを探すために。



白い軍服を着た静寂派の兵士たちが進んでくる。


彼らの腕には、思考抑制装置。


感情を刺激しすぎないよう制御するためのもの。


表情は穏やかだった。


怒りもない。


憎しみもない。


ただ、苦しまないために選んだ静けさ。


兵士の一人が小さく呟いた。


「……これ以上、誰も壊れないように」


その声に、リョウは一瞬だけ動きを止めた。


彼らもまた、


誰かを救おうとしている。


そう理解してしまった。




銃声が近づく。


リョウは物陰に身を隠した。


その時だった。


風が逆流した。


淡い光が地面を走る。


空気が震える。


ノイズが舞う。


そして、


白いフードに包まれた少女。


瞳は静かに揺れていた。


兵士たちは銃を構える。


だが、


彼女は攻撃しなかった。


ただ、目を閉じる。


「……苦しいんだね」


その言葉と同時に、


光が広がる。


しかし、

何も変わらない。


リアの表情が少しだけ曇る。


「やっぱり……閉じすぎてる」


彼女の能力。


共鳴。


相手の奥に残された感情へ触れ、


本来の思考を呼び戻す力。


しかし、


完全に遮断された心には届かない。


静寂派の兵士たちは、


苦しみから逃れるため、


自分自身を閉じていた。



「ここはあなたたちだけの世界じゃない」


リアが静かに言う。


兵士の銃口が震える。


一人の兵士が叫ぶ。


「戻れ!」


「考えれば、また苦しむ!」


「また誰かを傷つける!」


その言葉に、


リアは反論しなかった。


ただ、


悲しそうに見つめる。


「……あなたも、痛みを知っているんだね」


兵士の手がわずかに震える。


だが、


まだ届かない。


その時。


リョウの頭の奥で声が響いた。


思考は争う。


だけど、


争いの中で進化する。


イサナの声だった。


リョウは一歩前へ出る。


「……俺は知ってる」


兵士たちが振り向く。


「俺も、逃げてた」


「薬を飲めば楽だった」


「考えなくて済んだ」


「幸せだった」


リョウは拳を握る。


「でも、それでも……俺は自分で選びたい」


その瞬間。


リアの光が変化した。


リョウの思考を通して、


共鳴が広がる。


閉ざされた心の奥へ、


小さな亀裂が生まれる。


兵士の一人が膝をついた。


「……痛い」


初めて感情が戻る。


「怖い……」


別の兵士が震える。


誰かが泣いた。


誰かが自分の手を見つめる。


誰かが、


忘れていた家族の名前を呟いた。


リアは静かに息を吐いた。


「思考は消せない」


「人間だから」


リョウは彼女を見る。


「……なんなんだ、あんたら」


リアは振り返った。


「レゾナンツ」


「痛みを拒まなかった覚醒者たち」


彼女の後ろには数人の仲間がいた。


表情は穏やかだった。


だが、その瞳には世界の重さを背負った静けさがあった。


「あなたはどちら側?」


「どちらって……」


「考えたい?」


「それとも、眠りたい?」


リョウは答えられなかった。


頭の中にはまだ残っている。


昔の幸福。


笑い声。


日常。


薬の匂い。


全部、


嘘ではなかった。


「俺は……もう分からない」


リアは微笑んだ。


「それでいい」


「迷うことも、思考だから」



空に光の帯が走る。


黒と白の境界が揺れる。


星のような粒子が溢れ出す。


その中心に文字が浮かぶ。


Codex Astra


リョウの目に涙が滲む。


「イサナ……」


「お前の見てた世界は、まだ続いてるんだな」


風が吹く。


光が世界を包む。


そして、


思想の戦争は続いていく。

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