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『PROTOKODE』  作者: り
『PROTOKODE』〜封印に触れるもの〜
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8/10

封印に触れるもの

朝。


リョウは喫茶店の前に立っていた。


扉の向こうには誰もいない。


カウンターに置かれたマグカップから、冷たい香りだけが残っていた。


耳の奥で、かすかなノイズが鳴る。


誰かの声が、混線して聞こえた。


痛みを感じているか。


それが思考の始まりだ。


リョウは目を閉じた。



昼。


通りを歩く人々は、それぞれ別の現実を見ていた。


泣いているのに笑う者。


怒りながら祈る者。


空を見上げ、何かを思い出したように立ち尽くす者。


彼らの思考が、世界を揺らしていた。


光が人の感情に反応し、


空気がざらつく。


世界が、共有されすぎていた。


リョウは息を呑む。


「これが……イサナの見てた現実か」


頭の奥へ、誰かの後悔が流れ込む。


見知らぬ子どもの笑い声が混ざる。


他人の痛みが、そのまま自分の感情になっていく。


「……これじゃ、誰が自分なのか分からなくなる」



夜。


街の明かりは不安定に揺らめいていた。


AIの放送が流れる。


【冷静に行動してください】


【思考干渉は一時的な現象です】


【幸福安定プログラムを再起動します】


ビルの光が、徐々に整列し始める。


だが、その整列の中に抗う光もあった。


誰かが立ち上がる。


誰かが祈る。


誰かが叫ぶ。


思考が、再び分かれていく。


誰かに守られ、作られてきた世界。


それもまた、現実だった。


守られることの中にも、確かな幸福はあった。


リョウは理解していた。


イサナの考えが全て正しいわけではない。


苦しみを知らないことも、


誰かに守られることも、


それ自体が間違いではない。


だけど今。


誰かに制御されず、


自分の意思で立ち上がり、


自分の意思で歩こうとする者が現れ始めた。


選択肢は、自分自身にある。


誰かに引かれたレールの上で、


穏やかに眠るように生きていく者たち。


そして、


痛みを抱きながら、


それでも自らの意思で進もうとする者たち。


世界は再び、二つに分かれた。


思想が異なるだけで敵になる時代。


それが、


“思考の戦争”


の始まりだった。



風が吹いた。


焦げた本のページがめくれる。


そこに微かな文字が残っていた。


『痛みは方向だ』


リョウは静かに笑った。


「俺も、その先を見てみたい」


ポケットの中へ手を入れる。


指先に触れたのは、


いつも持ち歩いていた薬のケースだった。


思考干渉防止薬。


昔から何度も助けられてきたもの。


苦しい時も、


不安な時も、


これを飲めば世界は静かになった。


考えすぎることもなくなった。


傷つくことも減った。


リョウはしばらく、その小さなケースを見つめていた。


「……これのおかげで、俺は笑えてた」


誰に言うでもなく呟く。


「だから、間違いだったとは思わない」


風が吹く。


街の遠くで、誰かの叫び声が聞こえた。


誰かの悲しみ。


誰かの怒り。


誰かの苦しみ。


今までなら、


薬で遠ざけていたもの。


リョウは目を閉じる。


そして、ゆっくりケースを開いた。


白い錠剤を手のひらへ落とす。


それは救いだった。


同時に、


逃げ場所でもあった。


「でも……」


リョウは空を見上げる。


「もう、誰かに決められた安心の中だけで生きるのはやめる」


指を開く。


錠剤は風に飛ばされ、


暗い地面へ落ちていった。


「怖いな」


小さく笑う。


「苦しいんだろうな」


それでも、


リョウの表情は穏やかだった。


「でも、自分で感じるなら……それも俺の人生だ」




空を見上げる。


夜空のノイズの中で、光が線を描き始める。


星ではない。


情報の群れ。


それはゆっくりと繋がり、


やがて一つの形を成していく。


星の書。


Codex Astra。


リョウの瞳に、その光が映る。


そして彼は呟いた。


「イサナ……お前、これを見てたのか」


「星は記録してる」


「次は俺の番だ」


風が止まる。


世界が一瞬だけ静止する。


その沈黙の中で、


微かな声が響いた。


―Codex Astraー



世界は沈黙の中で、


新しい音を聴いていた。


それは痛みの音であり、


自由の始まりだった。


誰もが選ぶ。


眠ることを望む者。


目を覚まし続ける者。


そして、


その選択が次の世界を形づくっていく。


END

『封印に触れるもの』

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